今日はおれたちがつきあい始めて初めてのクリスマスイブだ。もっとも支度なんてなにもしてねーけど、いっしょにいられればそれだけで大事な思い出になるだろうなんて、おれにしては殊勝な事この上ないことを考えてもいた。 終業式の後昼食をとって、教室で今年の締めくくりという名の雑談をしてから寮の部屋に戻った。広めの一人部屋を利用してこっそり同棲中のおれたちの愛の巣ってやつだ。 意外な事に、あいつが出かける支度をしていた。 「言わなかったっけ? 今夜クラスで忘年会するって」 え? 一瞬で頭が真っ白になった。 「聞いてねーよ」 「言ったぞ、おれ。あ、おまえまた聞いてなかったな。あの時パソコン使ってたもんな」 パソ使ってると、たまに周りが全然見えなくなるって言っただろ! 「おまえのクラスもカラオケ行くって言ってたじゃん。そっち行ってくれば? 」 なんで平然とそんな事が言えるんだよ。 「ちょ……ちょっと待てよ、今日、何日か知ってる? 」 「24日」 「クリスマスイヴだろっ! 」 「そうだけど……? 」 「付き合い始めて最初のイヴじゃん」 「そう……だけど? 」 あいつは同じ言葉を微妙にイントネーションを変えて言い、びっくりしたような顔でおれを見た。 「そんなこと、気にするんだ、おミズ」 返事が出来なかった。 そうか……こういうのってやっぱおれらしくねーんだ、と思った。 でも、だから考えてくれてもいいじゃん、余計、とも思った。 ……つまりは、ミネにとっては結局どうでもいいってことなのか、こういう事って。おればっか浮かれてたんだ、ふーん。おれだけだったんだ、一緒にいたいって思ってたのは、ふーん、ふーん。一緒にいられない事自体よりも、そう思っているってわかってもらっていなかったのがショックだった。 「どうでもいいかと思ってたからさ。おまえ全然そういう事言わねえし、あれこれするのかえって面倒なのかなと思ってたからさ」 ああ、そうかよ。そっか……そうだよな。 黙りこくったおれに、あいつは 「忘年会、断ってもいいけど? 」 と言ってくれた。でもそんな事、今更言われても。 おれは一世一代の笑顔を作り上げて言った。 「はは、やっだなー冗談冗談。おれがそんな事思うわけねーじゃん? 」 「でも」 「おれも、クラスの方、行くよ。ちょうど良かった、今日歌いたい気分だし」 うそばっか。 わざとなんでもない風を装って、おれはその場で携帯を出し、幹事と聞いたヤツに電話をした。 「あ、おれ。うん。5時に駅な、分かった」 相手は親切にも会費やらなんやら、もっと細かい事をイロイロ言ってたみたいだけど、まあそんなのどうでも良い事だ。だって本当に参加する気なんてなかったから。 「だから、安心して、ミネも行ってきなよ」 「そうか? 」 「うん。遅れるよほらほら」 おれは、まだちょっとだけ気にしているあいつをドアから押し出した。 閉めたドアに寄りかかってため息をつく。 かわいいじゃん、気を使ってるおれ。 健気じゃん、気を使ってるように思わせないようにしてるおれ。 のろのろと制服を着替えて、一瞬だけ本当にクラスのカラオケ大会に参加しようかななんて思ったけれど、騒ぐ気になんてとてもなれそうもなかった。すぐにリダイアルして今のヤツに電話した。 「悪ぃ、やっぱやめる」 「え~、なんだよ、それ」 「気が変わった」 それだけ言って電話を切った。また気まぐれとかワガママとか言われるんだろうけど、慣れてるし別にいいや。ミネ以外になんて思われたってどーでもいいし。 ため息をついて部屋を見回した。1人で部屋にいるのはますます辛い。ここでミネの事待ってて帰ってきたら、グチグチ文句言っちまいそうだし、そういうのはさすがにやだし。 だから……今夜は顔合わせたくない。でも泊りがけで行けるところなんて限られている。友達少ないなおれ。 鳴った携帯の音に、一瞬あいつかと思ったけど、それは今断ったばかりのクラスのヤツからの電話だった。もう一度気が変わらないか聞いてきた。おれの様子が変だったから心配したのかもしれない。悪いとは思ったけど、今度は少していねいに断った。 その後も色んなヤツが誘いの電話をくれるんで、おれは面倒になって電源を切っちまった。携帯の電源切るのなんて何年ぶりだろう。 外はすっかり雪になっていた。幸せな恋人達は『ホワイトクリスマス』だなんて言って喜んでるんだろうな。そんな事を思いながら、おれは唯一自分を泊めてくれそうな沙代子ばーちゃんの家に向かった。
「え、何? 出かけちゃうのばーちゃん」 マンションに着くと、ばーちゃんは、鏡の前でうきうきといつもより派手めの服をとっかえひっかえ着替えているところだった。 「お友達とグループでオールナイトでディ○ニーランドで騒ぐのよ! いーでしょ。」 ばーちゃんは呆気に取られてるおれに、事もあろうに 「あ、淳も行く? 」 なんて事を言った。じょーだんじゃねー。誰がネズミのクセに犬飼ってるような信用できねえ設定のキャラと夜明かしするもんか。 「いいよ。留守番してる」 「でも、せっかくクリスマスなのに1人で」 連絡しないで急に来たおれも悪いしな。って言うか、今年は来ないって宣言してたし。 「いいんだ。宿題持って来たし。あとでパソ貸して」 「そう? 悪いね」 全然悪いと思っていない口調でそう言って、 「お土産買ってくるからね」 とにこにこした。ネズミのついたTシャツとかは止めてくれよな、頼むから。あと、クリスマス限定バージョンの絶対ディ○ニーランドの中でしかかぶれない妙な帽子とか。せめてお城かツリーの絵かなんかのついたチョコレート菓子とかに止めて欲しい。つまり捨てちゃっていいやつ。 浮かれながら支度を済ませ、スリムのジーンズに流行のブーツでキめたばーちゃんは、いつもよりますます若く元気に見えた。今おれと並んだら、確実におれの方が疲れて歳食って見えるに違いない。 「じゃ、行って来るから、戸締りと火の始末だけはちゃんとして」 「わかってるって」 「それから」 1度玄関を出てから彼女はくるりと振り向いた。 「峰岡くんと早く仲直りしなさいね」 え? おれ一言もそんな事言ってねえぞ。 「な…っなんでっ!? 」 「図星? 」 ばーちゃんはいたずらっぽい表情になった。 「きったねー、カマかけたのかよ! 」 「だって、あんた達ラヴラヴなのに、クリスマスに別々なんて変じゃない? 」 ラヴラヴって…あのなあ。おれが返事ができないでいると 「大事な時に素直になれないと、大事な人も逃げちゃうよ」 と、ばーちゃんはにっこり笑った。 「淳は、ちゃんと分かってると思うけどさ」 その言葉を聞いて不覚にも涙が出そうになった。さっきあいつに、素直に『そんな用事キャンセルしておれといて』と言えなかったのを見透かされたような気がした。 そうだよな、一言そう言って、自分がどんな気持ちだったか言えばそれで済んだのに。でも、これから出かけようとしてるヤツに涙なんか見せられない。おれは 「早くしないと遅れるよ」 とばーちゃんを急いでドアから押し出した。さっきもこんな事があったなとか思い出しながら。 弾んだ足音が遠ざかっていくのを聞きながら、その場にずるずると座り込んだ。 「……何……やってんだろ、おれ……」 ばかか、おれ。こんなんで泣いてどうするよ。別に別れようって言われたわけでもなくて、ケンカしたってわけでもねーのに、ホント笑っちゃうよな。 だからやっかいなんだよ、誰かを好きになるって。いない時の方が相手を好きだって思い知らされちまうから。 自分が情けなくてしょうがねー。1人でいる自分が不完全なものみたいに思えて、体が半分なくなったみたいにバランスが崩れてまっすぐに立ってるのも困難な気がしてくる。 ちょっとしたすれ違いだけなのにこんなに不安になるなんて、まだおれはあいつの事をちゃんと信頼していないって事なんだろうか? いつでも傍にいて、愛の言葉を囁き続けて欲しいなんて思ってるんだろうか。 「そんなんじゃねーよ」 自分で自分に言いきかせるように呟いた。口に出した言葉は、自分への戒めみたいに聞こえた。 でも、背中でもたれた金属性のドアが冷たい。外は雪だもんな。 「……寒いよ……ミネ……」 体が冷えると心まで冷えていく気がする。 「……温めてよ……」 おれは膝を抱えて玄関に座ったまま、必死で涙だけはこぼすまいと妙な意地を張り続けていた。
そのままそこで眠り込みそうになったので、おれは面倒くさがる体を叱咤激励して居間に戻った。 さすがに玄関で一晩明かしたら、ばーちゃんがるんるん帰って来たら、おれの凍死体が玄関に転がってたって事になりかねない。それは避けたい。まだミネにも会いたいし。 ばーちゃんは出かけるつもりだったから居間の暖房をタイマー設定していったらしく、暖房は切れていて玄関よりも少しマシといった程度だった。つまり寒い。時計を見るとまだ8時。宵の口と言うのにも早い時間だ。 一応自分の食いぶちくらいは持ってくるべきだと思って少し買い込んできたワインと食料は、テーブルの上に放りっぱなしだった。ヒマつぶしと思ってつけたテレビも、クリスマス特番ばかりでろくなモノはやっていない。まあ、日頃からあんまりテレビなんて見ねーから、どうせよくわかんねーんだけどさ。 食事をするのもめんどくさくて、買って来た食い物は冷蔵庫にしまいこんで、ワインだけ飲む事にする。おれってけっこう繊細だったんだなあ、こんなことで食欲なくすなんてさ。 寒くてどうしようもないんで、とりあえず風呂を沸かして体を温めることにした。体が温かくなれば気持ちも少しは落ち着いて、前向きに考えられるようになるかもしれない。 風呂に湯を落とすスイッチを入れて居間に戻って来ると、テレビはホテルの豪華なプランを紹介していた。 確かに窓から見える夜景はきれいで、ディナーは意味なく派手な盛り付けで、そういうのが好きなオンナノコたちの欲求はかなり満たされそうだけど……もったいないよな、限られた数の有名ホテルのクリスマスプランをこんな風に使っちまったら。これで、部屋が取れなかったとか言われて文句言われる犠牲者がでるんだぜ、考えてやれよ。それで別れたら誰が責任とるんだ? それにさあ 「楽しいか。オンナ2人でこんなトコ」 おれはちょっと意地悪な気持ちになりながら、持ってきたワインを1人でちびちび飲みつつ突込みを入れた。 あ、でもミネと2人だったら楽しいかもしんない。もっともミネと2人だったらどこでも楽しいじゃん。じゃ、わざわざ豪華なプランいらねーな。そうそう、2人でいられれば……。 っていられてねーじゃん。たったこれだけのちっちゃな夢も叶わなかったなんてカワイソーおれってばさ。 そっかカワイソーだったんだ、おれ。つまり怒ればいいのか。 とりあえず口に出して言ってみた。 「信じらんなーい、初めてのクリスマスなのに、1人にしとくなんてー」 ……止めればよかった。ものすごく空しい。っつうか、すっげーバカみてー。全身から力が抜けて、思わず床の上に大の字になって倒れこんじまった。 冷静になってみれば、クリスマスなんて単なる異人さんのお祭りじゃん? そんなに思いつめる事もなかったのかも知れない。 普通に部屋で待ってて、ミネが帰って来たら、寂しかったって甘えればよかったのかな。おれが待ってるって知ってたら、ミネも早めに帰って来てくれたかもしれないし。 めんどくせー性格だよな、おれ。あいつは面倒くさいとか思ってねーのかな。女の子だったら大目に見られても、オトコ同士ならケンカになっちまったり。 「ま、いーや、もう! 風呂入って寝よ! 」 風呂場へ向かいながら服を脱ぎかけたちょうどその時、チャイムが鳴った。 クリスマスのこんな時間に誰がくるんだ? 第一この家の主は留守で、誰もいないのと同じだから別に出なくても構わないはず。そう考えて無視しようとしたけれど、なんだかその音が切羽詰って聞こえた。おれに、直接何かを訴えているように聞こえた。 無視しておこうという頭での考えとは別に、ほとんど無意識の内に体が玄関に向かっていた。いつも確認するインタフォンも確認しないうちになぜかドアを開けていた。
「良かった。見つけた」 その言葉と同時におれは体を引き寄せられて、すっぽりとあいつの腕のなかに包み込まれていた。 何が起きたのかよくわからないまま、あいつの声が聞こえて来る。 「ここじゃなかったら、どうしようって思ってた。おまえが携帯切ってるのなんてありえねえから、何事かと」 「なんで……? 」 それだけやっとの事で口にした。 「途中でおまえのクラスの集団に会ってさ。おまえが来るのやめたって聞いた。部屋にもいねえし」 「気が変わって」 おれが言うと、あいつがおれを抱く腕にぐっと力をこめた 「うそつけ。いっしょにいたかったんだろ。ごめんな、ちゃんと気付いてやらねえで」 外をからきたあいつの服はひんやりと冷たかったけど、すぐにじんわりと暖かさが伝わってきた。 息が弾んでいる。駅から走ってきたんだろう。おれの頭にクリスマスで賑わう駅前の雑踏を掻き分けるようにして走るあいつの姿が浮かんだ。ちょっとでも体がぶつかると反射的に頭を下げながら、たぶんおれの事だけ考えて、ひたすらこのマンションをめざしてくる。 そう考えただけでおれはもう泣きそうになっていた。 「沙代子さんは? 」 「ディ○ニーランド。オールナイト」 「じゃ、今夜いないんだ? 泊まってって……いいよな? 」 そう言われてぞくっと体が震えた。ふたりきりと頭に浮かぶだけで、もうその先の時間を想像してしまう。そんな自分が、年がら年中発情してるみたいで情けない。 「ん。とにかく、中入れよ」 「その前に」 ちょっとだけ身をかがめ、唇を重ねて来る。軽く触れた唇が、おれの唇の感触を確かめるように何度もあちこちに移動してはついばむようにキスを繰り返した。力が抜けて薄く口を開くと、その隙間からそっと舌が差し入れられて歯列を軽くなぞって離れていった。 ……信じらんねー、玄関で戸開けたままするか? 「ワインの味した。酒だけ飲んで寝る気だったんだろ」 だって食欲なんて全然なかったから、しょーがねーじゃん。 「そう思って買って来た。一緒に食おう」 あいつの持っている、ケン○ッキークリスマスバージョンの袋からいい匂いが急にしてきたように感じる。さっきまで食欲がまるっきりなかったのが嘘みたいだ。 リビングのテーブルの上の、飲みかけのワインの瓶。その隣にあいつが笑いながら同じ瓶を取り出し置いた。 覚えててくれたんだ。ワインなんて星の数ほどあるのに。これが好きだと言った時は、高校生で好きなワインの銘柄があるなんてどうにかしているとか、どれも大差ないだろなんて言ってたくせに。思わず首にしがみ付いていた。 「ミネぇ、ありがとう」 色んな事がうれしくて、せっかく素直に礼を言ったのに、あいつの答えは 「そんなにもう一本飲めるのが嬉しいか? 」 だった。照れ隠しなんだろうけどさ。 冷蔵庫からおれが買って来た『クリスマスサラダ』と『クリスマスピラフ』を出して来た。ピラフの方はレンジで温めて、取り皿とグラスを追加して、ささやかながらクリスマスの宴の準備が整った。 パックの蓋にはメリークリスマスの文字とベルの絵。サラダは赤と緑の星型のゼリーが散らしてあるターキーのサラダで、ピラフは赤と緑のピーマンが入っている。ほーら、クリスマスっぽい。 …え? ピーマン?あああっ! しまった! ボーっとしてたから、『クリスマス』って名前だけにつられて買っちまった! ピーマン食えねーのにっ。 必死にピーマンをより分けるおれを、あいつはテーブル越しにしばらく黙って見ていたが、 「ごめんな」 やたら真剣な声が聞こえた。目を上げるとなんだか神妙な顔つき。 「そんなに落ち込んでたんだ」 「……やっ! ……そーゆーわけじゃっ! 」 そういうわけ……かも知んないけどさ、本当は。だって寮からここまでよく覚えてねー。途中でちゃんと買物したのが不思議なくらいだ。 金……払ったよなあ。あ、そう言えば、外泊届け…出したっけ? それも覚えてないけど、ま、いいや、怒られれば。今はとにかくお互いの事だけを考えよう。 こういう時ってやっぱ甘えた方がいいよな。さっき意地張った分、素直になんないと。黙って自分の皿とカップを持ってテーブルを回り込んで、隣に腰を下ろし、肩に寄りかかった。 「なんだよ、甘ったれ」 とまた笑われて、それでも肩を抱き寄せられた。そのまま半分くらい食事が進んだとき 「あ、そうだ」 と言いながら、あいつが脱ぎ捨ててあった上着のポケットをごそごそと探って、小さな包みを取り出した。シンプルな茶色の袋に一応小さな金色のリボンの飾りがついている。言いにくそうに目を逸らしながらあいつが言う。 「あー……その……一応、クリスマスだから」 もしかしてプレゼントってやつ? うっそー、考えてもみなかった。思わずじわっと目が熱くなった。 「わわわっ! 泣くなっ! 泣いたらやらねえぞ! 」 「やだよっ! おれのだろ! 」 急いで包みを掴んで、両手に持って重さを確かめる。軽い……。この包装紙、駅前のアクセサリーの専門店のだ。 中身はストラップだった。自分で文字とか絵とかストーンとか選んで、作ってもらうヤツだ。確か銀だから結構値が張るんだよな。JとUとNが並んでいる。あと、なんだか赤い石。おれ、名前短くて格安で済んでよかったな。 「指輪とか、おまえ金属アレルギーだろ。プラチナなんて財布的に無理だし、縫いぐるみとかコーヒーカップとかも馬鹿みてえだし、着る物ったっておまえなんでもいいようでうるさいし、文房具とかだとまるで小学生のお誕生会だし」 やたらと喋るところをみると、どうやら照れているらしい。 「ほら、お揃い」 あいつは自分の携帯につけたストラップを見せた。たまに忘れるけど、ミネも名前は『JUN』なんだよな。こっちはグリーンの石。ミネってストラップとか付けたことないのに、主義変えてくれたんだ。 「そっちはルビー7月のおれの誕生石、こっちはエメラルド5月のおまえの誕生石」 「じゃ、おれのが純でミネのが淳なんだ」 思わず声が弾んじまった。単純だよな。 おれは女の子たちに混じって一生懸命文字を選んでいるミネを想像して、嬉しくなった。案の定 「同じ名前2つでよろしいですかとかヘンな目で見られて、周りにも笑われるし。店の中ごちゃごちゃしてて何がどこにあるか、さっぱりわけわかんねえし。女の子ってあんな狭い店で何時間も過ごせるんだろ。不思議だよな。」 うんそれはおれも常々不思議だと思ってた。一周してもう一回見るとまた新たな気持ちで商品と向き合えるらしい。 「名前同じなんですとか言ったら、じゃあ結婚したら同姓同名ですねとか余計なお世話だっての。黙ってたらやたらと派手な、商品の3倍くらいあるリボンつけようとするし、そんなもん持って歩けねえっての」 ミネはまだ喋っている。よっぽど恥ずかしかったらしい。 「まず店の前でしばらく悩んで、中で熱気に当てられて、店の中で迷って、並んでる間がまた居たたまれなくて、ご自宅用って言われても、何のことだか。プレゼントですかって聞きゃいいのに。あと、ポイントカードって……? 」 ミネはおれが黙って聞いているのに気がつくと、声のトーンを落とし言った。 「悪ぃ。プレゼントするのが嫌だったみたいに聞こえるな。黙って渡しゃいいのに、カッコ悪いなおれ」 「ううん、かっきーって」 おれはぶんぶん首を横に振った。 「すっげー嬉しい。嬉しくて気絶しそう。あ、でもやべー、おれ、なんも用意してねーや」 「ちゃんとあるだろ? 」 それって…もしかして…ベタな展開っすか? 言われると恥ずかしいから、言われるより前に言っちまおうっと。 「おれで…いい? リボン、巻く? 」 膝の上に軽々と抱き上げられて、落ちていたリボンが首にかけられ、ぎゅっと抱き締められる。簡単に抱き上げられるのはちょっと情けねーけど、いいやこの際。 耳の後ろに唇を押し付けられて、そのまま 「今、貰っていい? 」 と聞かれた。話す言葉が震動になって耳の骨から直接体に響き、腰あたりまで伝わってきた。そのまま体が崩れ落ちてしまいそうになるのを、必死の思いでこらえる。このまま貰われてしまうのも悔しいから 「風呂入ってから」 とか答えても 「あとで一緒に入ろう」 なんて答が返って来る。そりゃそっちはいーだろーよ。やたらと舐められたりキスされたりするのは、圧倒的にこっちなんだから。くっそー、今度押さえつけて体中キスしまくってやる……ごめん、想像力がキャパ超えた。 「それとも、待たなきゃだめ? 」 耳元で言うんじゃねえっての! 絶対知ってるだろ、おれがこの声に弱いの。思わず愚痴の一つも言いたくなる。 「おれの事置いて行っちまったくせに」 「出かける振りして騙したのは誰だ? ……もっとちゃんと甘えろよ。して欲しいこととか、して欲しくない事とか、言ってくれねえとわかんねえ。おれ……それほど器用じゃねえし、誰かと付き合うの初めてだしさ」 おまけにおれみたいに手間のかかるヤツで、でもって男でさ。あいつは更に言葉を続ける。 「でもって多分最後だしな。もう、おまえだけでいいよ、おれ。おまえ以外誰か好きになるなんて考えられない」 「17で一生決めていいのかよ」 「また、そういうこと言う。おまえ夢なさ過ぎ」 だっておれは夢を見るには、色んな事を見て来過ぎちまった。でも、いいのかな夢を見て。ミネといっしょだったら。 「じゃ、せめて、今夜くらい信じよう。おまえはおれの大切な恋人で、世界にはおれ達だけしかいないくらい、めちゃくちゃ愛し合ってるって」 う……うっわあ、どうしたらそんな恥ずかしい事言えるんだよ、ほとんどシラフで、そんなマジな顔して。 「だから、もう待てない。今、いいよな」 念を押すように言われたら、……もう、おれの抵抗はここまでが限界だった。 おれが返事をしなかったのをあいつは肯定の印と取ったらしく上機嫌で聞いてきた。 「ここでいい? ベッド行きたい? おれは今すぐここで欲しいけど?」 ここではイヤだと首を振ると、あいつは黙っておれを抱き上げ寝室に向かった。 ベッドに仰向けに下ろされて、顔中にキスの雨を降らされたあと、真上から顔をしばらくの間じっと見つめられた。急に真剣になったあいつに思わずどぎまぎしてしまい、視線をおもわず外した。 「すごく心配した。おれはもう一人になりたくない」 額にかかった前髪を撫で上げられて、目元に優しくキスされた。 「おまえを見つけたとき、もう他に何もいらないって思った」 「ばっかじゃねーの」 真剣だった顔が、ふっと緩んでいつもこういう時におれを見る、柔らかい表情になった。 「一緒にばかになるのもいいだろ。な? 」 そうかも知れない。今はとにかく2人きりでここにいて、あいつの腕と指と唇がとっても心地よくて、温かくて安心できる。今夜は言われる通り、『めちゃくちゃ愛し合ってる』って事にしておこう。 だってクリスマスイヴなんだし。 思えば最初に聞いた時からサンタクロースには不信感を持った。クリスマスの意味を知ってから、それはますますつのった。 だって誰かの誕生日の前日だからって、そいつの事を信じてもいないおれ達が、なんでプレゼントをもらえる?世の中はそんなにこどもに都合よくできてはいない。クリスマスだからって奇跡なんて起こるはずはない。 でも気がついた。クリスマスの奇跡は起きるものじゃなくて自分で起こすもの。誰かのために幸せな気持ちを分け合って、お互いの信頼を確認しあう機会なんだって。 こども達は、親が『サンタさんが来るよ』という言葉を信じてプレゼントを待つ。 親は、こども達が喜んでくれる事を信じてプレゼントをそっと枕元に置く。 恋人同士は……知らねー、そんなの。知っててたまるか。 でも……多分、今夜のうちにちょっとは分かるのかな。
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