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 (下の Side Off の続き ややハード/18禁)
Switch ~ Side On


 俯せに伏したまま、荒い息を押さえ込もうとしている淳に後ろから腕を回して抱き締めた。手のひらが胸に当たると、ヒクと躰が小さくゆれた。
「へえ。感じるんだオトコでも」
 不感症はどこに蹴散らして来たんだか、スイッチが入ったこいつはメチャクチャ過敏だ。
 だってほら、おれの爪先が足の裏にちょっと触れただけでも躰が反応している。
「っせぇ」
 悔しそうな口調が可愛くてそこを指で摘んで軽く捏ねるようにすると、拒絶の言葉。
「や……だ…………尚。やめ……ろって……」
 でもそれは、おれの耳には言葉通りの拒絶には聞こえない。
 まるで声に誘われるように、堅く尖ったそれに強く爪を立てると唇から漏れた甘い吐息がおれを駆り立てた。
 あいつに慣らされて、可愛がられて、こんなに感じるようにになったって? 怒りがふつふつと湧き上がってくる。二人きりのこの空間に、どうしてあいつの影が拭い去れないのだろう。こいつを今腕に抱いているのは、間違いなくおれなのに

「なんでだよ」
 呟いたおれの言葉を淳が聞き咎めた。
「てっめぇ、好き勝手しといて何が不満なんだよ」
「へえ、すげー余裕だな」
 自分の動揺は隠して、手の動きは休ませず、残りの手で頭を押さえて染まった耳たぶに歯を立てる。
「あ……やだ、それ……」
「耳弱いんだ」
 舌を尖らせて耳の穴の中を弄った。
「……んあ……やだ……ってば。ばかやろ……お」
 必死に堪える背中がじっとりと汗ばみ始めた。

 足りない。こんなんじゃ全然足りない。
 泣き叫べ、声が出なくなるまで。懇願しろ、見栄なんかかなぐり捨てて。
 おれだけを見ろ。おれの事だけ考えろ。おまえをおれで満たしてやる。

 俯せになっていた躰を乱暴に反転させ、胸の突起を舌で転がした。
「も……やだって……それ」
 とぎれとぎれに抗議する淳に、意地悪く聞いてみた。
「じゃどうして欲しい?」
 返事はすぐには返ってこなかったけれど、そっちがその気ならと、さらにしつこくねっとりと攻め続ける。オトコのこんな所を舐めるのがこんなに楽しいなんて、どうかしてると思いながら。まあ、多分こいつ以外の奴のなんて、干しブドウくらいにしか見えねえんだろうけど。
 淳はいつのまにか手の甲を自分の口に押し当てて必死に声を押し殺していた。目は固く閉じ、縛られた両手には布が食い込んで血が滲んでいる。その痛みにすら快感が勝っているんだろうか。
「なぁ、何して欲しい?言えよ」
 そう言いながらもう背中の傷を指で探った。
「……んぁっ……てめー……しつ……こいっつの」
 だってさ、自分じゃわかっちゃいねえだろうけど、すげえ色っぽい顔するんだもんな。見たくもなるって。
「言えって」
 背中の手を下半身に伸ばした。ジーンズの上からそこを強く押さえ込んだ。
「なんだ。ちゃんと勃ってんじゃん」
「ばかやろう! 触れば物理的にそうなるんだよ」
 言い返しはしてきたが、それは語るに落ちたってやつだ。
「おれ、今まで触ってねえし」
「……う゛…………」
「感じてんだろ? な、言えよ」
「言う……か」
「ふ~ん。いいけどさ」
 人差し指でラインをなぞり、明確に変わっている硬さと形に満足した。今度はまるで暴れている野良猫をあやすようにそっと手のひらで撫で擦ると、肩が大きく揺れて、口を押さえる手から力が抜け大きなため息が洩れた。おれが思わずふっと笑みを漏らすと、その気配を感じたのか慌てた風に手に力が込もる。その必死な感じがかえってそそるのは、わかってるんだろうか。
 手を無理矢理剥がしてまた頭の上に押さえ込み、唇に唇を押し付ける。間近で目を覗き込むと、目尻からつっと涙が零れた。それに構わず舌を強引に差し入れ、息を奪った。
 唇を離すと淳の言葉がおれの耳をくすぐるように聞こえてくる。
「しょ……う。苦しい……。脱が……せ……て」
「何を? 」
 自分のどこにこんなサディスティックな部分があったんだろう。
 自分の言葉に半ば酔ったようになりながら、おれは続けた。
「どこが苦しいって? 」
 淳は一瞬目を見開いて、信じられないという表情になった。
 やがてそれは諦めになり口調が懇願の色を帯びた。
「頼むから……」
「わかったよ」
 できるだけ優しく囁いて目尻の涙の跡を舐め消してから、ゆっくりとジーンズの釦を外した。でも、
「灯り消せよ」
 という言葉は敢えて聞こえない振りをした。そのまま一気に片手でジーンズを引き下げ、残りは足でずり下げて、ベッドの下に蹴落とした。 日に当たらない腰の周りの白さが眩しかった。
 灯りを消せって? そんなもったいない事できるかよ。全て目に焼き付けて、大事に胸にしまいこんで、おれの宝物にするんだから。
「おまえさ、下着くらい付けろよ。やらしいの。まあ脱がせ易いけどさ」
 本当は称賛したいのに、口から出たのはそんな言葉。
「それにすっげーエロイ。顔も躰も。こんなにしちまってさ」
 そう言いながら両足の間に身体を少しずつ移動させていった。
「誰がしたんだ……。ぅあっ……やめろ……嫌だ、それ。……尚、やめ……っ。あ……」
「何が?」
 じわじわと滲み出る透明な液体が電燈の光でキラキラ輝き、まるで宝石みたいにおれの目には見えた。それに吸い寄せられるように唇を付けて吸い取ると、躰が大きく跳ねた。
 まだ力が入らない足をばたつかせている淳の両内腿に両手をかけて押し開き、それを口に含んだ。
「やだやだやだぁっ」
 力ない拒絶の言葉は長くは続かなかった。
 本当にそうされるのが嫌いらしく、また顔を覆ってしまう。指の隙間から抑えきれない嗚咽が切れ切れに漏れてくる。
 自分の口元から、ぴちゃぴちゃという音がイヤに大きく部屋に響くのが耳に入って来ても、おれはまだ現実味が持てないでいた。
「なあ、顔見せろよ」
「や……だ……ぁ」
 駄々をこねるように首を左右に振りながら呻くように淳が答えた。
 まるで小さな子供みたいな仕草に胸がズキンと痛んだ。
 もしかして、おれ、すげえ悪い事してるのか?
 いや、おれにはこれが悪いことだって自覚は十分あった。許されるとも思っちゃいなかった。だってそんな事はどうでも良かったから。

「こんなこと、いろんなヤツにされてんだろ。へーきじゃねえの? 」
 おれの言葉に淳は一瞬だけこっちを睨みつけてきた。その挑むような視線に、背筋にゾクリと走ったのは間違いなく快感だったと思う。
「……おまえ……サイテー……」
 そんな強がりの言葉も、おれの耳には心地良かった。
 おれの行為で淳が反応している事だけが嬉しかった。
 言葉とは裏腹に段々と質量を増していくそれに、夢中になって舌を絡ませ、溢れ出てくる体液を吸い取って行った。
「……あ……、やめ……、ちょ……っと、マジで、ヤバイ……って。しょ……うってば。やだって……やだ」
「うっそつけ。こんな気持ち良さそうにピクつかせてさ。今やめていいのかよ」
「あ……ばか……そのまま喋んじゃねえ」
「なあ、もっと可愛い事言えねえの? やだ以外言えよ。『あーん、いいっ』とか『あ、そこ、もっと』とかさ」
「あ……あほかっ、てめーは……あ…………ン……ん、ん、……や……っ……あ」
「ま、可愛いけどなそれも」
 まあ、もともとそんな言葉は期待しちゃあいねえけど。
あんまり素直すぎる淳っていうのも気持ちが悪い。躰はちゃんと素直に反応してくれてるし、よしとしよう。
 その素直な躰は限界に近づいていた。
『もうちょっとだよな』
 ラストスパートをかけようとした時、ふとおれの頭をまた意地悪な考えが過ぎった。
「なあ、淳」
 それを含んでいた口を離し、淳の方を見上げる。
「へ?」
 うっすらと目を開けた淳から力の抜けた返事が返ってきた。
「やめて欲しいって言ったたよな」
「……え? え? 」
 期待通りの戸惑った声が聞こえた。おれは心の中で、やった、とほくそ笑んだ。
「やめてやろうか? 」
 ちゅっと音を立ててそこにキスをしてから軽く手をそえたまま、おれは身体をずらした。 
 耳元で
「どうする? 」
 と囁くと、淳はぴくりと躰を震わせた。
「こ……の……鬼畜野郎……」
「何言ってんだよ。選ばせてやろうつってんだぜ。親切じゃん」
「……う……。」
 さっき一筋涙が零れた目が大きく開き、今度はぼろぼろと大粒の涙が零れた。
 あ、泣かせちまった。
 こんな風に泣かせるつもりじゃなかったのにさ。さすがに罪の意識が少しだけ湧き上がってくる。 だっていつだよ、前にこいつが泣いたのを見たのは。小学生? 幼稚園? 
 いやそれよりずっと前のような気がする。いつもいっしょに泣き出して、母親の手を焼かせていたという赤ん坊の頃か?
「おまえが悪いんだろ、はっきりしねえから」
 そう言って指で涙を拭ってやった。
 
 その時だった。
 目をまたゆっくりと閉じてほっと小さくため息を漏らすと、淳はおれが思ってもみなかった行動に出た。  
 手首を縛り上げられたまま、頭の上に上げさせた両腕。それを下ろして、おれの首に絡ませてきた。言葉の代わりに。ぎゅっと抱きしめられた瞬間、何が起きたのか分からなかった。こんなやり方卑怯じゃねえ?
 こいつ、おれを拒否してたんじゃねえのかよ。
 混乱しながらこれまでの自分の気持ちを振り返ってみる。
 時々見せる、兄貴っぽい物分りの良さ。それはおれにはかえって邪魔だった。そんな愛は欲しくなかった。いつでもおれはおまえと同等になりたかった。同等に立って、おれを認めてもらいたかった。
 淳は多分言うだろう。そんなの分かってるって。同等に決まっているって。そうやっていつもおまえは笑う。全てわかっているというように。
 
 中途半端に容認されるなら、嫌われた方がマシだと思う。嫌われるのはイヤだと思う。
 わからない。おれは何を求めているんだ。
 
 何も言えなくなったおれの耳に、淳の声が聞こえてきた。
「いいよ……どっちでも。好きにしろよ」
 投げやりな言い方にムッとした。
 添えていただけの手に力を込めて、乱暴にそれを扱いた。
 気持ちよくしてやりたいのか、それとも単に痛めつけたいだけなのか自分でも分からない。目の前にあるこの綺麗な顔を快楽に歪ませることが出来ればもうそれで満足できる。そう自分で言い聞かせ、その行為に浸った。
 だんだん速くなって行く呼吸にリズムを合わせるように手を動かすと、まるで身体が一つに融け合っていくような錯覚に囚われる。唇から洩れる喘ぎも、自分のものか、淳のものか区別がつかなくなって行った。
 ギリギリまで追い詰められていた淳はあっけなく上りつめた。小さな悲鳴にも似た音が喉から搾り出されるのと共に、おれの首にかじりついていた腕に力が入ったかと思うと、全身からぐんにゃりと力が抜けた。
 その腕をすっぽりと抜け出し、力が抜けているのを好い事にまた躰を俯せにした。
「……な……に……?」
「これで終わりとか思わねえよな」
「…………やっぱ……挿れんの…………?」
 まだ弾む息を抑えきれず、枕を両手で握り締め、半分振り向きながら聞いてきた。
 そんな可愛い顔すんじゃねえよ。思わず情にほだされそうになる心をぐっと押さえ込む。
「このままじゃ、おまえだけ気持ち好くなってんじゃん。おれはどうするんだよ」
 そう言うと、淳は唇を噛んだ。
「……そ……だよ……な」
 馬鹿。そんな素直に認めるなよ。
 でも、もう止まらねえ。体の中心にドロドロと燃え滾っていろこの熱を放出する方法が見付からない。 
 腰を掴み上げて、後腔に自分自身を押し付けると、淳は慌てたような声を上げた。
「……ちょ……ちょっと待てよ。おまえ、そのまま挿れる気? 」
「何が? 」
 おれだって知ってるよ、このままじゃヤバイってことくらい。このまま挿れたら、おまえを傷つけるよな、多分。こんな所にこんなもんがすんなり入るようには、オトコの体は出来てねえ。
「じゃ、教えろよ。どうしたらいい? 」
 おれの言った言葉に淳が息を呑む気配がした。
 その体勢のまましばらく言葉を捜し、あきらめたように呟いた。
「いいや……。そういうの初めてじゃねえし」
 そうだよな、こいつはもっと酷い目に遭っている。このくらい数日経てば忘れちまうのかもしれない。たとえ相手がおれでも。

 だけど腹が立つ。どうして欲しいと説明するより、どうして自分の躰を傷つけるのを選ぶんだろう? おまえはおまえを愛する機会すらくれようとしない。
 優しくさせろよ。
 本当は……
 おれだって…… 

 探り当てる様に、少しずつ体を埋めて行った。最初こそ抗うようにおれを押し出そうとした淳の躰は、やがて諦めるように力を抜いた。でも、こんなしんどいのかよ。気持ちがいいとか、興奮するとかよりも、その圧迫感に眩暈がする。
 少しでもお互い楽になろうと、淳の躰を後ろからぎゅっと抱きしめて、あちこちを思う限り優しく愛撫してみた。
「……や……だってば……。……やだ…………ぁ…………ばか、あほ」
 それには気丈に反抗しながらも、それなりに反応するものの、肝心の部分は解れない。
「おまえ、そんなに嫌か」
 おれの言葉に返って来たのは言葉ではなく、再度押し返されるような感触。
 やっぱ……嫌かよ。そうだよな。思わずおれの口から嘆きが洩れた。
「そんなに、違うか? あいつと」
 そのとたん、躰が顕著に反応した。
 それまでただ締め付けるようにしか感じられなかった躰の内部が、一瞬で熱くなりその熱に融かされたかのように柔らかくなった。おれを包み込み、まとわり付くように絡んでくる。おれは陶然として呟いた。
「……う……そ……だろ」
「なにが? 」
 淳自身はまるで気が付いていないみたいだが、振り向いておれの顔を見た表情が明らかに変わっている。
 涙でぐしゃぐしゃになった目元は潤んでうっすら色づいている。拒否の言葉しか吐かない憎たらしい唇は薄く開いて誘っている。
 いつも、そんな顔で見ているのか? そんな風に受け入れているのか?
 あいつの事を。

 頭にカッと血が上った。
 ここに入り込んで来るあいつに腹が立つ。即座に反応する淳に腹が立つ。それより何よりあいつの事を口にした自分に腹が立つ。
 自分の怒りを全て注ぎ込むように自分を突き立てた。
 息を呑んで痛みをこらえる淳の背中が大きく反り返るのを見て、背中の傷に歯を当てた。痛いならせめて痛いと言って欲しかった。我慢されるのは嫌だった。
 
 あいつがお前に快感を与えるのなら、おれは痛みを与えてやる。それでおれを忘れないように。嫌な記憶としてでもお前の中に留まるように。 
 おれは、間違っているだろうか。間違っているとしたら、どこで間違ってしまったのだろうか。
 
 やがて苦痛とも快感ともつかない声を抑えきれなくなり、絶え間なしに喘ぎを漏らす淳の躰を責め立てながら、おれは考えていた。本当にこれが自分のしたかった事なのか?この熱い躰と一つになれれば満足できると思っていた。一度だけでもこの時を過ごせれば、一生それで生きていけると思っていた。
 本当にいいのか?これで良かったのか?
 自問自答を繰り返しながら、何度も押し寄せてくる波に身を任せ、おれはいつの間にか泣いていた。

「淳……なあ……おれ、本当におまえの事好きなんだよ」
 何度目かの波が去った後、ぐったりしている淳の両手の拘束を解き、汗だか何だかでぐちゃぐちゃになった躰を抱きしめた。
 掠れた声が返って来た。
「……う……ん……知ってる」
「嘘吐け」
 また口先ばっかりと思ったが、淳の次の言葉に仰天した。
「ほんとだって。おれも……好きだよ」
「ば……ばっかか、おまえは。」
「好きだよ。……大事な……おれの弟じゃん」
 そう言うと淳は目を閉じた。唖然としているおれのすぐ目の前で、すーすーと安らかな寝息を立て始めた。
 ここで寝るかよ、こいつは。今までさんざんメチャクチャされてきたのに、その相手の腕の中で眠っちまうのか?
 ……負けた、と思った。こいつには敵わない。
 穏やかな顔で眠る淳に毛布をかけ、髪にキスを一つ落としておれは部屋を出た。
 部屋の外に出てから、今度は笑いが込み上げてきた。おれは一体何をしたんだろう。
 でも、忘れない。淳の表情と声、躰の熱さ。いいよ、しばらくはこれで許しておいてやろう。もし、あいつと何かあったら、その時は今日の事を思い出してくれればいい。いつでも慰めてやるから……こんどは優しく。 
 
 最後の仕上げをするために、おれはあいつの部屋をノックした。
 淳の『用事』がすんで、声がかかるのを待っているはずだ。
 顔を出したあいつに言ってやろう。 
「おまえの大事なもん、ちょっと借りた。様子見たほうがいいんじゃねえの? 」

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...2006/11/14(火) [No.341]
葵 兎巳
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