いつもだったらイヤだって拒否するところだ。でも、もう勝手にしろよ。 答える気力も残っていないおれを、あいつの腕が優しく抱き起こした。大好きなあいつの腕の感触。くったりともたれかかると、耳に息を吹きかけるように 「好きだよ」 と言われた。低く響くこの声に、おれは弱い。耳元で囁かれるとそれだけで腰砕けになっちまう。こんな状況で言われたらもう……。意識が遠のきかけたけど 「おい、大丈夫かよ」 というさすがに心配そうなあいつの声で、こっちに引き戻された。 「大丈夫じゃ……ねーよ。てめー好き勝手やって」 「まだ終わりじゃねえけど。これで終わりだったらおれが可哀相だろ? な? 」 後ろから抱え込まれるように抱かれ、膝の上にぽんと置かれた。こんないいように扱われちまうなんて、ほんとにたまに自分の華奢な体格が恨めしくなる。 「足、上げて」 「んー……やだ……」 駄々をこねるように言うと、片足の膝裏を腕にかけられて、高く上げさせられた。後ろがあいつを迎え入れたくて疼いているのが分かる。それが恥ずかしくて、あいつの腕に顔を伏せた。 でも……何度も言うけど、どこで覚えてきたんだよ。事と次第によっては許さねえ……。と怒っている暇はまたもなかった。 「いいか? 」 いいも悪いも、この状態からどうやって逃げられるっていうんだ? 「おミズ? 答えて」 またかよ……。でもおれにもう選択肢なんて残されていない。ぐずぐずに溶かされた躰は、あいつが欲しくてたまらなくなっている。目の前には暖炉の赤々と燃える炎。きっとおれの体も顔も、照らされて赤く見えてるんだろうな。 「……挿れて……」 自分の声かどうかもわからない掠れた声が聞こえてきた。そんなに叫んだんだっけ? 覚えてねーや。 「もう一回言って」 なんだか分からないけれど、胸がいっぱいになって涙がぼろぼろ出てきた。涙声になりながら、顔だけ後ろを振り返り、あいつの顔が近づいてくるのを感じながら言った。 「……早く……挿れて……。ミネの欲しい……。おれを……満たして……」 あいつが息を呑む気配がし、乱暴に噛み付くようなキスをされた。体が持ち上げられて、落とされるのと同時に欲しかったものが一気におれの中に入って来た。息が止まるかと思われるほどの圧迫感のあと、すぐに躰が覚えているあの感覚が襲ってきた。 「あ……あああ……ん……。ふあ……あん、ミネぇ……」 「気持ちいいか? 」 だから、耳元で言うなっつうの。耳から腰にかけてゾクッと快感が走り、それが腰骨あたりにぶつかって跳ね返されて口からため息になってこぼれた。だから、つまりこれはおれの声じゃない。 「あ……は……ぁん……」 「エロイ声」 涙をぺろっと舐め取られて、躰が震えた。 「おまえ、もしかして、後ろからのが、イイんじゃねえの? 」 軽く躰を揺すられてそんな事を言われ、カッと体が熱くなった。 「……言うな、バカ」 「やっぱりそうなんだ? 」 「ちがっ……あう……んん、やだ……ぁぁぁ、動くなぁぁぁ……ん」 「可愛い」 「かわいくねーっ! 」 おれの反抗にあいつはクスッと笑い、 「動くから、落っこちるな」 と言って、片手でおれの腰を抱え込んだ。 「や……やだって言って……あ……ああ……あん……や……だあ……」 あるか無きかの抵抗も空しく、緩やかに躰の中を擦られると、それに押し出されるように喘ぎが洩れていく。 背中にぴったりとあいつの胸が密着している。熱い体温を背中全体で、吐息を首筋で感じていた。ガクガクとまるで人形みたいに突き上げられれば、自分の意志なんてどこかに飛んでいってしまう。腰に回された腕に必死にしがみつき、ただ喘ぐことしかできなくなって行った。 頭が真っ白で何も考えられない。あいつが耳元でおれの名前をよんでいるのが、まるで夢の中みたいに思えてきた。 夢?そうか、これは夢なんだ。さっきされた事も、手首に食い込んでる紐も、みんな夢なんだ。だからどんなに声を上げたって、どんなに乱れてしまったって、恥ずかしくなんてないんだ。 だから……。 おれの口から甘えた声が出た。 「ミネぇ……もっと……して……」 「もっと? どうしてほしい? 速くして欲しい? いいトコ突いて欲しい? ぐちゃぐちゃにかき回して欲しい? 」 「あぁ……ん、ん。ぜ……全部して」 「欲張り」 あいつは笑って、おれの躰をぐいと持ち上げ、俯せにさせた。腰だけ掴み上げられて、おれが一番嫌いな体勢になったけどおれはそんなのどうでもよくなっていた。だってこれは夢だから。 頭の中が交互に真っ白になったり真っ赤になったりする。何かがぐるぐる回っているのが見えるけど、何かは判別できない。躰の全部の神経が一点に集中しちまったみたいに、他の感覚がマヒして行く。きっと今心臓を刺されても頭をかち割られても、何も感じないかも知れないとまで思ってしまう。 何度も意識を手放しかけ、そのたびに引き戻されてはまた責められる。何回か繰り返したあと、 「おミズ、ごめん。もう限界かも」 そんな囁き声が聞こえ、あいつの動きが一段と激しさを増した。 「や……ぁぁぁっ……だめ……ぇ。……無理……だっ……て」 「悪ぃ……」 最後に一回、深く抉るようにあいつが入って来た瞬間、完全に頭がブラックアウトした。 気が付いたら、あいつの腕の中だった。ぱちぱちとはぜる暖炉の薪の火の粉をぼんやりと眺めながら、なんだかいつもと違う感じがすることに気がついた。 ……あ、いつもと場所が逆じゃねーか。落ちつかねーと思った。やっぱどう考えてもへんだな。 あいつがしてくれたのか、いろんなもんでぐちゃぐちゃだった体もきれいになってるみたいだし、汚してちょっと気になってたムートンの毛皮も、ちゃんと拭いてあるらしい。もちろん手首の紐も解かれていて、薬らしきものが塗ってある。ホントにこういう所マメだよな。 ま、あれは夢だったんだけどさ。そうだよな。うん。 でも自分の吐いたセリフが、ところどころ勝手に甦ってくる。何が恥ずかしいって、この瞬間ほど人生の中で恥ずかしい事はないと思う。心の底から数時間時間をもどして、無かったことにして欲しいと切望する。 でもいいや、夢なんだから。 自分にそう言いきかせ、あいつだって十分恥ずかしい事言ったりしたりしているから、おれがどうこう悩む必要はないよなと勝手に解釈し、おれはまたぬくぬくと眠りに入っていった。
次の日の朝、目を閉じたまま手を伸ばすと、あいつのぬくもりの残ったムートンの敷物、でもあいつがいない。朝の空気はひんやりと冷たく身震いしながら起き上がったおれの目に入ったのは、消えかかった暖炉の火をおこそうとしているあいつの姿だった。あいつを見たとたん昨夜の記憶が今度は鮮明に甦って来た。あんなことして、あんなことされて……ぎゃあああああっ! 夢……じゃねえよなあ、やっぱ。 めちゃくちゃはずかしいけど、でも……。 「ミネ、おはよ」 毛布をかぶったままあいつの隣に移動して、頬におはようのキスをした。前の夜に何かあった時は、大体朝のキスも濃厚でぎゅっと抱き締めてくれて……あれ? あいつはおれの唇に軽く触れただけで、怪訝そうな顔をしているだけだった。 「なあ……おれ、昨夜、おまえのこと……抱いた? 」 「へっ!? 」 「全然覚えてねえけどコノ状況はもしかして」 げしっ! おれはほとんど無意識にあいつを張り倒していた。それも利き腕の左手で。 「いってええ、なんだよっ! 」 自分の声が頭に響いたらしく、頭を抱えた。知るかそんなもん。あんなこととかこんなこととか、散々しておいて、なんだよそれっ! むっかつく! むっかつく! むっかつく! もしかして酔ってたのかよ! 変だとは思ったけどな。二日酔いだあ? 上等じゃねえか! 「なんだよじゃねえっ! 」 「しょうがねえだろ、覚えてねえんだから」 「覚えてないで済む事とと済まねーことがあるっつの! 」 「おまえが言うかなそういう事」 「……う゛……」 それを言われると辛い。面倒な事は『忘れた』で済ましがちだし、そう自分で言っているうちにしょっちゅう本当に忘れるし。 「でも、ミネはそーゆーキャラじゃねーじゃん」 「だから、そのおれが忘れてるから、何があったのかと」 おれは黙って手首を差し出した。あいつに縛られた跡がくっきりと両手首に残っている。 「どうしたっ! これっ!? 」 あいつの驚いた顔からすると本当に覚えていないらしい。 「ミネが縛ったんだよ」 「えっ! うっそっ! 」 だよな。おれだってうそぉとか思ったもんな。 「……ほんとか……? 」 「ホント」 「……悪ぃ。ごめん。痛かった……よな」 「めちゃくちゃ痛かった」 実は治療もしてもらってるし、縛られたダメージはそうでもなかったんだけれど、このくらい言わねーとな。あんな目に遭わされたんだから。 ……あ、落ち込んでる。ちょっとかわいいかもしんない。 恐る恐るあいつが 「……あと……何したんだ? 」 と聞いてきたけど 「教えてやんない」 とおれは舌を出してやった。覚えてなくてざまーみろ。 「……おまえが迫ってきたとこまでは覚えてんだけどな」 なんだよその微妙な覚え方。 「そうか、おまえが迫ってきたから、疲れていたのにおれが力を振り絞って……」 違うわいぼけっ! せっかくかわいいとか思ってやったのに。 思わずおれはもう一発殴りつけてやった。 「なんだよ、乱暴者っ! 」 「乱暴だったのはてめーだっ! 」 「え? おれ? 」 知らん。もう知らんっ! 何があったかなんて絶対教えてやらねえ。……って言うよりも、シラフで口にできるような内容じゃねえけど。
拗ねたおれにあいつは何だとかかんだとか言っていたが、おれはもう返事をしなかった。意地になってその日1日口をきかなかったけど、今度は自分が参ってしまった。我ながら情けねえ。 夜になってあいつの部屋に行って 「許してやる」 と言うと、あいつはおれを抱き締めて 「昨夜の事許せよ。多分おれ酔ってたと思う」 と言った。そりゃそうだろ。その他に何だっていうんだよ。 ……がその後 「何したか、ちゃんと調べておかないとな」 と言いながら軽々抱き上げられて、ベッドの上に運ばれちまった。 「え? うっそ。ちょっと待て、ミネ。おれ昨夜でいっぱいいっぱい。今夜は一回休み。なっ」 「乱暴にしたんだろ? 昨夜。リベンジさせろ」 この卑怯者っ! そんな事を言われたら断れねーだろーが。 バタバタと抵抗しながらも、おれはあいつの腕の中で多分『普通に』抱いてもらえる事に安心していた。 「灯消せよ」 おれの言葉に 「ちゃんと見たいのに」 と一応言ったけど、あいつは灯を消してくれた。 おれはほっと安堵のため息をついた。 「しょうがねーな」 結局さ、おれもあいつには弱いんだよ。 おれはあいつの首に腕を巻きつけて 「いいよ。しょーがねーから付き合ってやる」 と目を閉じた。 思うに……あいつは覚えていないみたいだけど、あんな事をしたがったって事は……やっぱり基本的にやりたいんだろうな、あんな事も。あーあ。おれ、あれこれ、嫌だ嫌だ言い過ぎなんだろうか? わがままなのかなあ。たまにはあいつのいう事きいた方がいいのかな。シラフで強引にあんなことを迫られたら……おれはどうするだろう。 きっと拒めない。で、それがわかってるから、あいつも言わない。たまにおれはあいつの優しさを負担に感じる事がある。それこそ贅沢でわがままなのは分かってるけど、本当はおれの事なんて欲しくなくって、おれに合わせて抱いてくれるだけなんじゃねーかなんて、性もない事も考える。不安になる。 でも、分かった。 多分あいつは、自分を押さえつけてまでおれの事をいつも一番に考えてくれているんだ。だから、たまに意地悪になるけれど、それくらい許してやらねーとな。それに、少しはおれにもわがまま言ってくれると嬉しいけどな。少しだけだぞ、ホントに少しだけ。昨晩みたいなのはもう勘弁して欲しい。 ……そりゃ……気持ち……良……かったけどさ……。 それにしても、あいつ全然覚えていないほど酔ってたにもかかわらず、意識がなくなったおれの体を拭いて、ムートンもキレイにしてから寝たのかよ。律儀にも程があるな。 「なあ、ミネ」 いつもの腕枕。髪を撫でるあいつの手。あいつの胸に額をすりつけ、おれは言った。 「おれさ、おまえの事すっげー好き」 「なんだよ、今更」 おれの髪に顔を埋めてあいつが笑った。 「ミネは? ミネは? 」 「ガキみたいだな」 「どーせコドモだよ。なー、ミネは? 」 「あのさ、好きでもねえのに男にこんな事できるわけないって何度も言ったよな」 「じゃ女にならできんの? わあやっぱし鬼畜、峰岡くんたら」 「ばか。おまえじゃあるまいし」 うわ、ひっでえ言われよう。 「好きに決まってんだろ」 耳元で言われると、あああ、また響くって声。やべぇ、きくんじゃなかった。でも、ヤバイほど嬉しい。 子供と言われても仕方ねえな。なんだかヘラヘラ笑っちまった。 「何笑ってんだよ。ったく、可愛いやつ」 「るっせーな。カワイイとか言うなよ」 「可愛い可愛い可愛い。食っちゃいてえ」 「バカ」 まったくもう、どうしようもねーな。 でも、おれの口からも期せずしてどうしようもない言葉が出ちまった。だってさ、おれだって不安なんだよ。そうは見えねーだろうけど。 「なあ……ずっと……違う……、今だけでいいから、この瞬間世界で一番好きだって言ってよ」 「今だけでいいのか? 」 「ん。だってもし、ずっととか言ってもらって、この先おまえが別の誰か好きになったら、絶対そいつを恨んじまう。そんなおれはヤだ。大ッ嫌いだ。だから『今』だけでいい」 そう言ったのに。 「ずっとずっと世界で一番好きだよ」 あいつはちょっと笑って、そう言いながらおれの髪にキスを落とした。 「ばかっ違うってば」 「そんなの関係ない。おれはおまえのことずっと大好きだよ。おれだってこの先誰か別のヤツを好きになる自分なんて許せない。だから、言わせろ」 呆れたな、全く。 「ばっかじゃね? 」 「ばかでもいいよ。今この瞬間もこれから先もずっと一番大事だよ。愛してるよ」 「ばかだ、マジで」 ホントにもう。まあ、こんなにバカだから、おれの事なんて好きになったんだろうけど。 「あんまり救い様のないばかだから、おれもずっと好きでいてやるよ。有り難く思えよな。」 そう言って唇に1つキスをし、おれはゆっくりと目を閉じて夢の中に沈んでいった。
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