会社から帰ってくると部屋には明かりが点いてなかった。
いつも玄関で迎えてくれるはずの存在もない。
もちろん履き潰されたスニーカーも。
不審に思いながらリビングへ入る俺の目に飛び込んできたのは、ガラステーブル の上に置かれた真っ白な手紙だった。
嫌な予感がして、
もつれるようにテーブルへ駆け寄り、震える手で手紙を開いた。
真っ白な紙に見慣れた黒い文字が並ぶ。
僕は行くよ。
あなたを愛してるから。
あなたの元を離れることが、僕なりの愛の形なんだ。
出来ればあなたを置いて行ってしまうこんな僕のことを忘れて欲しい。
それでも、僕のことを愛し続けていてくれるなら。
僕を探して。
その時は、その時こそは、 僕があなたをさらっていくから。
ずっとあなたを愛しています。
透より
「・・・・・・透っ!」
どうして・・・ 今朝は何事もなく俺を見送ったじゃないか!
「どうしてなんだ・・・透・・・!」
茫然とした状態で何度も字を追ってみても。
透が居なくなったという事実を受け入れられない。
俺の心にぽっかり開いた闇穴を嘲笑う様に、室内灯に照らされた手紙は白く眩し かった。
透・・・・・
「俺も愛してる・・・。」
──────────
俺と透が出会ったのは二年半前だ。
駅から会社まで少しの間歩く。その道なりにある花屋でバイトをしていたのが透 だった。
新卒入社でまだまだ失敗が多かった頃の俺と、高校を出たばかりだった透。
最初は会釈程度の挨拶。
それが何度か続くと、俺が定時で帰れる時にはたまたま透も午後にシフトが入っ ていたりして、「お疲れ様です」から始まり軽く会話をするようになっていった 。
何がきっかけだ、とかは無い。
親しくなっていくうちに俺の心と体全部が、血を吐くほどに透を欲っしてしまっ たのだ。
柄にもなく、これは運命の出会いなのだと信じた。
さらう様に透の手を引いて、甘い香り漂う花へ導かれる蜜蜂の如く、俺は夢中に なった。
始まりは強引だったにせよ、透は俺の気持ちを受け入れてくれたし、もちろんそ れに答えてくれてもいた。
確かに二人の間には
愛があったはずなのに・・・
どうして・・・!
――――――――――
透が突然姿を消してから半年が経った。
ずっと透の消息を探し続けていた俺は、今、ある場所の前に居る。
探偵事務所に依頼して透を探してもらい、やっと居所を突き止めたのだ。 半年もかかったのは透が天涯孤独だったせいだが・・・。
やっと透に会える。
それなのに正面ドアを目の前にして、俺の足はまるで強力磁石で地面に引き付け られている様に動かない。
右手に持っている一週間前に届けられた調査報告書。
その中には、透が失踪する直前数週間の様子と、失踪後の動向などが細かく書か れていた。
まさに今・・・透はどんな様子でいるのだろうか・・・。
この期に及んでそれを目の当たりにする勇気が無い俺を見たら、お前は何と言う ?
凹んだ俺を励ます時の様に、「どんなに逃げ出したい時でも、進まなきゃいけな い時はある。人はその流れに逆らっちゃ駄目なんだよ。」・・・とでも言うのか ?
「透・・・・・。」
半年離れていても、お前の一挙手一投足全てを鮮明に覚えているよ。
「探し出した時には、今度はお前が俺をさらってくれるんだろう?」
ふと見上げると、建物の屋上から白鳩が飛び立つ瞬間だった。
足がフワリと軽くなる。
中に入って、透の部屋を尋ねようとして、逆に尋ね返された。
「もしかして平澤 智治様ですか?」
「・・・そうですが・・・。」
「森下 透様からこちらのお手紙を預かっております。あなたがお見えになった際 にお渡しする様に頼まれていたんです。」
渡されたのは、あの時と同じ、真っ白な手紙。
「有難うございます・・・。」
あなたがこの手紙を読む頃、僕はもうこの世には居ない。
果たしてこの手紙は読まれているのかな。
あなたは僕を見つけられたかな。
もうあなたには、僕が居なくなった理由が分かっているよね。
ここまで僕を探してくれてありがとう。
僕は試したんだ。
あなたの愛を。
僕を見つけてくれるかどうかを。
でもあなたはちゃんと僕を探し出してくれた。
だから今度は、僕があなたをさらっていくよ。
ずっとあなたを愛しています。
透より
報告書を見た時から、どこかで予感はしていた。
飛び立つ白い鳩を見た時。
ナースステーションで手紙を受け取った時。
その度に予感は確信に近付いていた。
「透・・・見つけた。・・・やっとお前を探し出したんだ。・・・・・だから早く・・・早くさらいに来いよ・・ ・!」
「・・・・・智治。」
「・・・透!」
「来たよ、さらいに。」
「おっせーんだよ、馬鹿。」
「ごめんって。これからはずっと一緒なんだからいいじゃない。」
「ったく。・・・半年分、高くつくからな。」
「分かってるって。」
「・・・ほら、行こうぜ。」
「・・・うん。行こうか。」
これからは二人一緒だ。
これが俺達の愛の形なのだから。
「本日、午前10時40分頃、都立敬愛護病院駐車場で男性が倒れているのが発見さ れました。男性は都内に住む26歳の会社員で、屋上から飛び降り自殺をはかった 模様です。」
-終-
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