俺の隣の席は、喜屋武貴文(きゃんたかふみ)と言う、柔道部の主将をしている奴だ。 背が高くて(195cm)、柔道個人で全国3位まで行った、男らしいヤツですよ。 その上、生徒会の副会長してるわ、学校で『兄貴』とか密かに呼ばれて、女子や下級生ならずも慕われたり頼られたりしてるし、水面下でファンクラブはあるわ、隠し撮りはされるわ、『抱かれたい男№1』だとか、まあわかる気もしますが。 高等部になってから、何故か一緒のクラスで、俺の苗字が『葛西』で『か』、喜屋武の『き』、『木下』とか『木村』が入らないんで週番や授業の班分けがほぼ一緒、ついでに俺はバスケ部で198cmあるもんだから、席は必ず一番後ろ、ご近所になる。 そのせいか、俺は皆と比べて、喜屋武とよく喋る(と思う)。 世間話に始まって、成長期の、身長が伸びる時の痛みの事とか(喜屋武は5年で40cm近く伸びたんだから相当だろう)、衣替えのたびに制服が間に合わない事とか。 俺ってば人当たりなのか何なのか、図体の割りに先輩から可愛がられる。故に色々とコネが効いて、あらゆるものがあらゆる先輩から調達出来ちゃうんだな。煌成ってば私立で制服なんかも他と違うから、これで結構、皆から頼りにされてる。席が近い他に、喜屋武と親しくなれたのもこれね。 あと、家族構成が似てる。俺は姉貴と妹に挟まれてるし、喜屋武は姉貴が二人。 「家族に女が多いと、普段男として見てもらえないんだよなー」 「見てもらえないな。口答えも出来ない」 普段はホント、仏頂面で、目つきもちょっとキツイかな。結構カッコイイのに。初対面の人間には一歩退かれそうなのに、笑った時は結構優しい顔で――― その、喜屋武貴文に、何で最近どきどきしちゃうんだか、俺! 相手は俺と同じ『男』だぞ!HR合宿で一緒に風呂も入ったし、体育の着替えだって知ってるし、バスケ部が使ってる体育館と柔道部の道場、近いから、夏場なんか水道んトコで上半身ハダカで水被ってるのとか知ってんだって! 「おにーちゃん、何思い詰めた顔して月9見てんのよー見えないからどいてよー」 「でかいだけで役立たずの邪魔なんだから。どっか行きなさいよねー」 デリカシーの無い女共がいじめる。うう。 喜屋武が歌番とかドラマに出てくるよーなカワイイ女の子で、俺が福山とか妻夫木みたいで、部のエースとかだったら、これはイイかもしんねーよ。 でも現実は喜屋武は男、俺も男。そんでもって俺は十人並み、部では第2チームの補欠くん。あるのは人付き合いのコネくらい 青春は切ないわな。 ま、学校では喜屋武とそれなりに親しく出来るんだし。 青春のハシカよ、ハシカ。進学、就職と人生こなしていく内に、いい思い出になるのよ、きっと。 休み時間に何気無い世間話を喜屋武としていた時だった。 「貴文、世界史の教科書貸してくれ。次の時間、変更になった」 A組の鳥羽がひょっこりやって来た。 鳥羽浩一郎。お顔もお育ちも良くて、学年2位。人望もある生徒会長。『会長になるからには、けじめはつける』と強かったのに柔道部を辞めた、潔いお人ですよ。今までの生徒会長や生徒会が、会長権限振りかざしたり、閉鎖的だったりして、何かと生徒からの不平不満を買い易かったのに対し、鳥羽の率いる生徒会は常にオープンで清らか。何かあればすぐに解決に乗り出すし、改善に向けての改革策もしょっちゅう。『苦労も結構あるけどな』とか喜屋武は言ってたけど、あれだけの行動と引率力はすごいですって。 そんで喜屋武の友達。類友の良い例?この二人が並んでたら、ちょっと近寄りがたいっつーか、寄るなよって感じ。比べられるから。 「A組、現国だろう。どうかしたか」 「芥川、朝っぱらから庭の手入れしてて、脚立から落ちて腰打ったってさ。で、世界史の原が『空いてるから授業する』とか言い出して。散々だ、全く」 「お気の毒だな、浩一郎」 会話は普通だったよ。 だけどさ。 喜屋武の表情が違うんだよ。 いつもの仏頂面じゃなくて。他が雑草だったら、鳥羽は温室の一番高価い花つーか。煌成で鳥羽だけが女の子、みたいな。 あ。 目が違うんだ。今、鳥羽しか視界に入ってない、多分。 「サンキュ、借りてく」 出て行く後姿とか、何気に追ってる。 …そーか。そうだよな。 喜屋武みたいな奴には、鳥羽みたいのでないと釣り合わないよな。 男同士なんだけど。別に告白っても無いんだけど。 俺と話してるときだけ、あの優しそうな顔見せてくれるのかなとか思い込んで、バカじゃねえの。 鳥羽なんか、レベル親友なんだぞ?お互い名前で呼び合ってるし、しょっちゅうウチのクラス来て話してんじゃん。昼とか生徒会とか、(辞めたけど)部も、帰りも一緒でさ。喜屋武、きっと、もっと優しい顔すんだよ。 大バカ、俺ってば。一人で舞い上がって。 喜屋武と鳥羽が仲良くなったのには、喜屋武が転校生だったせいもある。 中等部1年の2学期に転校してきた喜屋武は、現在の面影欠片も無いちびっ子で、いるかいないかわからないくらい大人しかった。当然いじめにあって、それを止めさせたのが鳥羽。柔道部に引き入れたのも鳥羽だ。 鳥羽は喜屋武の事、どう思ってるんだろ。 親友かな。 やっぱ学年2位の頭脳と聡明さで、喜屋武の気持ち、受け止めてんのかな。 受け止めてる、となると………うわー!うわー!うわ!何考えてんだ俺! 「何ドタバタしてんの!図体でかいんだから、家壊れるでしょ!」 姉貴…俺は今、思春期の真っ只中、うら若き青少年の悩みの真っ最中なのに。そんな時に人を怪獣みたく…泣くぜ、俺。 「何よ。あんた最近おかしいよ?若菜も言ってたけど、落ち込んでたり、ジタバタしたり、何かあったの?」 返答出来ませんがな、お姉さま。 この胸の内をお聞きになったら、愚弟を家から追ん出しますよ、あなた。 「…もしかして好きな子?」 うを。痛い所を、姉貴。図星さされた俺をニンマリ見下ろした。 「そうよねぇ~一応煌成で高身長だもん、少しはモテてくんなくちゃ。で?どんな感じのコなの?あんた、おっとりした感じのコが好きなのよねー」 ここで『隣の席の男の子で、俺と3cmしか身長違いません』なんつったら、確実に蹴り喰らわぁな。 「その……好きな奴が、いるっぽくて…」 昔から姉貴には隠し事が出来ない。明朗快活を女にした、が当てはまる姉貴は一瞬置いて、豪快に笑った。 「バカねぇー!そんなの、そのコに聞いてみなきゃわかんないじゃない。あんた、オトコでしょ?玉砕覚悟でいって来なさいよ。案外、いい方向に行くかもしんないじゃない。フラレたらフラレたで、お姉さまが今度の給料日にヤケ食いに連れてってあげるわよ」 ………そうだよな。聞いてみなきゃ、わかんない事もあるよな。勉強だってしなきゃわかんない。思ってる事も、言わなきゃ伝わらない。 姉貴、マリア様に見えるぜ。 ―――そう感謝したのは5分くらいで、妹と二人して俺の事をチェリーボーイ扱いしてくれた時は、本気で家に火ぃ点けたろか!と思ったさ… 「あー…葛西と喜屋武、お前ら週番だよな?5時間目の授業の資料、頼むわ。3番の地図とプリントな」 うちの担任・多田っちはノリはいいが、人使いが荒くていけない。 地理で使うデカイ地図、俺等みたくガタイのいいのが運ぶならいいけど、女の子なんか運べないぞ、絶対。 「第2資料室か~あそこ出るんだぜ。バレー部の先輩が言ってた」 「ゴキブリか」 「喜屋武…出るったら普通コレよ?進学苦にした奴だってよ~」 いつも通り、ふつーにしてるつもりだけど、内心つーか、心臓ばくばくいってた。 第2資料室なんて、昼休みでも人気の無いトコ、チャンスというかラッキーというか神様ありがとう!というか。 ちょっとでも喜屋武と二人きり空間、は今の俺には重要よ。 「プリントはこれか…あと3番の地図だよな?」 「うん………あの、喜屋武」 「ん?」 煌成の『兄貴』を、『抱かれたい男№1』を、肩掴んで、壁に押し付けちゃったよ、俺。 喜屋武、いつもの顔のままなんだけど、きょとんとしてる。 そらそーだろうなあ。男に押さえ付けられてんだもん。 「その、喜屋武の気持ちとか、迷惑だって事は百も承知なんだけど、俺、最近、喜屋武の事、気になって、こういうのはハシカみたいなものかもしれないけど、言わないと何だかダメな気がして、俺、俺―――」 ああ、何言ってんだよ、俺。支離滅裂。小学校から出直してぇー。 ええい、ここまで来たら言っちまえ。 「好き、なんだ…喜屋武」 ここまで来たら何でもアリ、抱きしめたい! と、思った俺の身体がフワッと浮いた。 え?え?えええ? 喜屋武が俺の両腕を支えて、体勢を崩した俺を見下ろしてる。 あ。 …足払われたんだ。柔道個人全国3位。忘れてました。 「済まない、葛西。葛西の気持ちは受け入れられない。―――昼休み、終わるぞ。プリント頼む」 姉貴。 ヤケ食い、いいトコ連れてってくれよな… 数日後。 水飲み場で顔を洗っていた俺に、近付いてくる奴がいた。 誰かな、と顔を上げれば。 柔道着姿で、タオルを引っ掛けた喜屋武だよ。 第2資料室での玉砕以来、恥ずかしくて気不味くて、話もしてない。 「サボリか、葛西」 「いや…あんまボケッとしてっから、監督に『顔でも洗って来い』って。ついでに息抜きしちゃおっかなー、とか」 結局サボリだよ、そりゃ。 ふーん、と相槌打って、喜屋武は顔と手を洗って、俺に向き直った。 「葛西。この間は突然で、俺も驚いた。改めて言うと、今、俺は好きな人がいて、その人以外は考えられない。だから葛西の事は受け入れられない。申し訳ない」 「そっか。……答えたくないなら答えなくてもいいし、答えた所で俺、言いふらしたりとか、絶対しない。―――喜屋武の好きな人って、鳥羽?」 参ったな。そう言って、すごく優しい顔をする。 そっか。鳥羽の事、好きなんだ。 俺じゃ、喜屋武の視界にただ一人とか、そんな表情させられそうにねーし。 「ごめんな。男に告白られて、気持ち悪かったろ」 「いや、こんな事はしょっちゅうだ。呼び出されたり、物を押し付けられたり、泣き出されたり。一緒に死んでくれ、と刃物を持ち出した奴もいた」 それは大変だわ…『抱かれたい男』も楽じゃーない。 「葛西とは友達になりたいと思ってるんだが、ダメか。葛西がいないと制服の調達が難しくなるし、姉さん達の事で面白いくらい同意してくれる奴もいなくなる。それに日頃から葛西の事は見習いたいと思ってた。周囲に自然に溶け込んで、人当たりもいい。部の上下関係の調整役を上手くこなして、大所帯のバスケ部のムードメーカーになってる。羨ましいと思ってた。うちは小規模だが、そういう事は副部長の西荻に任せっきりにしてる。俺に少しでも葛西みたいな所があれば、と思ったか知れない」 喜屋武が俺を羨ましい、ですか? だって、スポーツは楽しくやりたい、ってのが俺の持論だから。ギスギスした部なんかイヤだろ。だからさ、先輩後輩間のパイプ役くらいになれれば、とか…よそのクラブなのに、そんなトコまで見てんだ、喜屋武。 「喜屋武。来週、予定空いてるか?ウチの姉貴、給料入るから食事連れてってくれるんだ。一緒に行こ。タカろーぜ」 「いいのか?」 「いいのいいの、姉貴が言い出したんだし、喜屋武が来れば文句言わないって。食いに行きたい所あったらピックアップしとけよ。この際だから高価いトコ行こ!」 嬉しいじゃない、友達になりたいなんてさ。 楽しみじゃない、一緒に食事行けるなんて。 へへっ、今日の3Pシュートはバンバン決まりそうだぜ。
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