男子校だからなのか、この類の話を聞いたことがない訳ではなかった。 実際に友人の中には同性愛者もいるし、それはそれで別に構わなかった。
・・・自分に関係無ければ。 (嗚呼、嫌な汗かいてきた)
現在俺の前に居るコイツは、あろうことか俺に「愛の告白」とやらをしている真っ最中らしい。 一目惚れだとか何だとか抜かしていやがったが、よく聞いていない。 なんせ俺の頭の中はどうやって逃げ出すかでいっぱいだからだ。
チラリと見上げるとクソ真面目そうな意志の強い瞳と目があった。 (・・・にしても背でかいなコイツ)
「あの・・・俺、そんな見つめられると照れます。」 「(睨んでるんだけど)で、アンタ誰?」 「(自己紹介したのに!?)ハイ!1の5の葉月勇也(はづきゆうや)っス!」 「・・・一年?」
(おいおいマジかよ・・・) てっきり先輩だと思ってた。 やっかいなのはおそろしく体格が良いこと。 ただのデブなら走れば追いかけてこれなかっただろうがコイツは走って逃げたら凄いスピードで追っかけてきそうだ。(犬っぽいし)
「なぁ、葉月?」 「ぇ、あ、え・・・ぅわ、はい!(名前呼ばれた!)」 「今日は何の日だ?」 「えぇと、入学式ですね。」 「だよな。じゃぁ、お前俺のこと何にも知らないだろ?悪ぃけど、俺一目惚れとか信じねぇんだわ。」
そう、今日は入学式。 コイツは何を間違ったのか俺を好きだとか言ってたが、それは、このうららかな陽気と期待あふれる高揚感のせいだろう。 (ま、所詮気の迷いってやつだろ)
そして俺は「じゃっ!」と片手をあげその場を後にした。
(後にしようとしたんだけど) がっちりと腕を捕まれた。
「何だよ、まだ何かあんの?」 「スンマセン。でも俺が一目惚れしたのは今日じゃなくて3年前ですから!」 「何それ・・・もしや中学一緒?」 「ハイ。部活も一緒でしたよ。」 「(全然覚えてねぇ)・・・へぇ~。」 「それで、俺、先輩のこと少しなら知ってるんですよ!」 「はぁ・・・。」
(ぶっちゃけどうでも良い) 俺は早く腕を放して欲しかった。
「2の3の徳永英利(とくながひでとし)先輩、部活は中学、高校共にテニス部、好きな科目は数学と日本史、嫌いな科目は英語、身長は今年で165.2cm、体重は51kg」 「は・・・、ちょ、何で・・・」 「まだ有りますよ。例えば女顔を気にして甘い物嫌いなふりしてますけど本当は大好きでいつも昼休みに屋上で一人でイチゴミルクと菓子パン食べてたり、初恋は幼稚園の先生だった由美子先生(しかも人妻)ですよね、もぅ、俺ってば妬いちゃいますよ!」
「『妬いちゃいますよ!』じゃねぇよ!今すぐこの手を離せ!今、すぐに!」
「そんな慌てないで下さいよ。まだこんなの序の口なんですから。あ、そうそうこないだ徳永先輩を空き教室に連れ込んだ3年のゲス野郎は俺がちゃーんと処理しときましたから。」 「あぁ、そういやあれから見てねぇな・・・・て、おい!」
(本物だ・・・!) 危ない、本能がそう告げてる。 必死に腕を引き抜こうとする俺を嘲笑うかのように葉月は俺を抱き寄せた。
「ああ、感激です・・・!憧れの徳永先輩がこの腕の中に・・・!」 「わ、悪いんだけど、俺ノーマルだから!女の子が好きだから!」 「やだなぁ、そんなこと知ってますよ。」
ジタバタと暴れる俺を軽く押さえ込んだまま葉月はクスクス笑った。
「笑ってんじゃねぇ!放せよ!マジで怒るぞ!!」 「・・・っ先輩、可愛い!」
どうやらヒートアップしたコイツに日本語は通じないらしい。 全力で押し返してもビクともしない。 ヤバイ、本気で貞操の危機とかいうやつかもしれない。 (桜散る中で、俺も散るのか・・・とか考えてる場合じゃない)
「っ・・・ぅ・・・。」 「・・・先輩?」 「放せってば・・・嫌だ・・・。」
きっと今俺はこれ以上ないくらい情けない顔をしている。 腕力で敵わないことがこんなにも悔しいと思わなかった。 今までの奴は、俺が見た目より冷めてることを知るとすぐに落胆して去っていった。 (それなにコイツは・・・)
「あの、徳永先輩・・・。」 「っ何だよ!!(逆?切れ)」 「すいません!俺、なんかトリップしてたっていうか・・・その、」 「・・・・・・つぅか、いいかげん解放してくれ。」 「(もったいない)ハイ・・・。」
さっきまで恐ろしいと感じていたコイツは今は叱られた大型犬のようにしょんぼりしている。 思ったほど悪い奴ではないかも・・・と思い始めた俺はすでにこの大型犬に情を寄せていた。
「・・・友達、ま、先輩と後輩っていうか・・・。」 「え?何がですか?」 「だから、俺とお前。」 「・・・えぇと、『お友達から始めましょう。』ですか?」 「まぁな。でも『お友達』の次はないからな!」 「っ!先輩!俺いつか恋人同士になれるように頑張ります!!」 「抱きつくな!そして人の話を聞け!」
そして、俺がこのとんでもない奴を側に置くのを許してしまうのはそう遠くない未来だった。
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