「人の子よ。我はこの社の主、蒼雲(そううん)である。」
突然、頭の中に声が響いてきた。しこたま飲んでフラフラになりながら家路につく途中、酔い覚ましに寄った寂れた神社での出来事である。
「あーそうですかい。俺は竹原光太郎(たけはらこうたろう)。どうぞよろひっく~。」
「・・・・・」
「もしもしー、その無言は何かね?自己紹介したのに反応薄くなーい?」
「・・・その語尾を伸ばすのは止めろ。聞いていて不愉快だ。」
「何?っつーかこっちに姿を見せないで、そういう事言うのって、そっちの方が礼儀無いって。」
・・・・酒は偉大だ。暗闇で姿が見えない誰かと言い合いしているオカルトも平気なのだから。今の俺は普段の何千倍も気が大きくなっているのだ。そう、無敵だ。しばらく沈黙が続いたが、再びあの声が響いてきた。
「いつも人の子は、我が姿を見ると驚きのあまり、気を失うか、逃げ出すのが常だが、お主もそうであろう?」
「へえ~気絶するほど変な格好なんだー。」
「否!」
「はあ?『いな』って何さ?」
「違うという意味じゃ!間で察しろ!本当に分からぬのか?それと”な”を上げるのではない!」
「はいはい、変な格好の蒼雲さん。」
「変な格好と決めつけるなー!」
「否定もしてないじゃん。大丈夫。俺って吉○ブサイク芸人殿堂入りを生で見たけど、気絶しなかったから。なかなか出来る子なのよん。」
「吉なんとやらはしらんが、別に不格好であるからではない。むしろ、近寄りがたい程神々しく麗しいと言われたことはあるがな・・・・。」
「あーあ。可哀想に。お世辞を真に受けているナルシストがここにいるよ・・・・。」
「ナルシスト?」
「自己陶酔者。まあ、必要以上に自分を誇大評価している奴の事だな。」
「嘘は言うてはおらん。」
「はいはい。」
「何じゃその疑いの眼は!本当の事じゃぞ!」
「だって、見てないのにーそんな判断、光ちゃんできなーい。」
一瞬その場の空気がしらけたのを感じた。やはり、大の大人でその上男の『必殺さとうたま緒ポーズ』は寒かったようだ。良いんだ。何せ酔っぱらいだから。
「致し方あるまい。人の子よ。そうまで言うなら見せてやろう。我の姿を。」
目が痛くなるような閃光を感じた瞬間、それは俺の目の前に現れた。
「驚きで声も出まい。本来の姿よりやや小さめにして見せてやったのにな。何時の時代も人の子は我の姿に恐れおののく。そもそも・・・・」
もう一度言う。酒は偉大だ。そして酔っぱらった俺は無敵だった。その上、奴にとってはタイミングが悪すぎた。
「おんどれは名古屋に帰って味噌煮込みでも食うとけ!マジックがなんぼ点灯しようとな、タイガースは不滅じゃ!球児にサヨナラしたってなあ、俺らはあきらめんのじゃ!金本の兄貴もおるぞ!赤星もおるぞ!鳥谷もおるぞ!何が”オレ流”野球じゃ!負けへんで~。」
「何を言うておるのだ。我は神である竜ぞ。1000年に一度のこの日、この時に願い石に触れられる者のみにわざわざ降臨しているのだぞ。もっと敬わんか!」
「ケッ・・・なーにが神様じゃ。神様はなあ!代打の神様、八木様ただひとーり!」
「フッ、たかだか人の子が神を名乗るなど片腹痛いっ、ぐはっ・・・」
俺の希望投球速度約100km/hの素敵な球・・・もとい革靴が偉そうにしている『奴』の無駄に長い躯、恐らく脇腹あたりに食い込んでいる。ぐねぐねと悶えているが、同情はない。『奴』の言葉通り、腹を痛くしてやったのだから。
「あ~あ、結構良い靴だったのになあ。あんな奴の腹に刺さってダメになるなんてなあ。」
「なんと!このような暴挙受けたのは生まれてから長らく経つが初めてぞ!・・・しかし、我は竜、人の子の癇癪はよくある事と心得ておる。呪い等賭けぬから、有り難く思うが良い。・・・・おい、聞いておるのか?」
「聞いてませーん。おのれなんぞ、存在自体がなあ、許せんのじゃ!!口聞いてやっただけ有り難いと思え!!」
そう言い捨てて、背を向けた。今は子守歌が六甲おろしだった筋金入りのタイガースファンの竹林光太郎にとってそれがどんなに神々しくても『竜』はNGだった。見るのも腸が煮えくりかえるのだ。
「こらー、何処へ行く!人の子よ。願い事を言っていけ!叶えてやるぞー!待てー!・・・」
後ろで『奴』こと自称『竜』がごちゃごちゃ喚いているが、当然無視する。明日も早い。きっと阪神は勝つ。小さくガッツポーズを決めながら、家路についた。
「まったく、これでは我が領域に帰られぬではないか。致し方あるまい。あの竹林光太郎とやらについててやらねばならんな。」
蒼雲はため息をつき、光太郎を追うべく飛び立った。その瞬間刺さっていた革靴片方が地面に残されたが、誰も行方を気にする者は居なかった。
こうして、熱烈なタイガースファンの竹林光太郎は奇しくも『竜』のストーカー蒼雲につきまとわれる事となるが、それは次のお話。
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