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 (切ない 両視点 両想い/--)
幸福な、おしまい。


【Side A】

1ヶ月で、何ができるか考えてみた。

ノートにメモを取ろうとして、やめた。
字を書くのは面倒だ。
それ以前に、ノートを探すのが面倒くさい。
別に誰かに教えるわけでもないし、考えてみるだけでいい。

あと、1ヶ月。

一体、何をするべきだろう。


【Side B】

橋本司。
こいつは、とんでもないくらい、面倒くさがりな奴だった。
呆れるを通り越して、いっそ心配になるくらいだ。

「司、昨日ちゃんと飯食ったのか?」
「食ってねー」
「なんで」
「・・・作るの面倒くさい」

コンビニに買いに行けよと言えば、それも面倒だと言うんだろう。
そのうち、息をするのも面倒でやめるんじゃないかと、一歩前を歩く背中を見ながら思う。
バイトの帰り。
ロッカーで着替えて休憩をして、鏡を見る機会なんぞ、いくらもあっただろうに、司の後頭部には寝癖がついたままだ。

「何?」
「いいから」

手で髪をわしわし混ぜると、多少はマシになる。
やたら色素の薄い髪だが、さわり心地はいい。
そのまま髪を触っていても、司は何も言わない。
もともと、よく話すタチではなかった。
必要最低限の言葉を発し、あとは黙る。
俺も世の中の基準でいえば、さほど愛想の良い人間でなないが、こいつほどではないと思う。
「今日、行っていいか?」
どことなく、ぼんやりした口調で言ってくる。
それに嘆息して言った。
「いいけど、飯の準備手伝えよ」
「分かった」
「嘘つけ」
横に並ぶと拳1つ分、俺のほうが高かった。
・・・同じだと思ってたんだけどな。
無精に伸ばした前髪で隠れて顔は見えないが、どうやら少し笑ったらしかった。


「嘘だよ」


その日、宣言どおり司は何も手伝わなかった。


【Side A】

よく、あんな風に動いていられると思う。
英一は厨房を歩き回り、今は鍋に冷凍野菜を放り込んでいるところだった。
一瞬、目が合った。
途端に、サボるなと目で言われ、軽く肩をすくめた。

「おまたせしました」
トレーに乗ったパスタを客の前に出す。
水をくれとの要求に、一度ひっこんで、また出てくる。
コップに水を満たしてから、やれやれと溜息をついた。

黒い前掛けをした英一が、他の客の所へ行く。
子羊のなんとかとかいう、ややこしい名前の料理を出していた。

英一は、時々じっとこっちを見ることがあった。
一緒に居るときとか、バイトの帰りとか。

英一の目は優しい。
料理も美味い。
英一目当てでここに来る客が多いことをあいつは知らない。

あと3週間。
何をしよう。


【Side B】

司がバイトを休んだ。
オーナーの話だと、気分が悪くて休むと電話をしてきたらしいから、ほっとした。
電話をかけるのが面倒だと、無断欠勤したのではと思っていたからだ。
それと同時に、怪訝だった。
意外なことに、司は仕事をちゃんとやった。
欠勤するのは初めてだ。
帰りにアパートに寄ろうと決めた。

「司?」
合鍵でドアを開けると、中から返事はなかった。
初めて見たときから、まったく変わらない部屋を見回す。
ベッドと机と椅子。
台所は使った形跡がまったくなく、食器は二つ三つだけ。
冷蔵庫が部屋の隅に置いてあったが、中には冷凍食品くらいしか入っていないのだろう。
テレビや電話の類はない。
眠るための部屋だと、言っていたのを思い出した。

「英一」

ふいに背後から呼びかけられて、不覚にも驚いた。
振り向くと、司がドアの前でこっちを見て立っている。
俺の驚いた顔を見て、忍び笑いを洩らす。

「なんだ、どっか行ってたのか?」
「ちょっとな」
「病院か?」
「なんで」
「気分が悪いから休んだんだろう?」
「嘘、だよ」

くすりと笑って、俺の横を通り過ぎる。
ベッドに腰掛けて、手招きした。
「さぼりか」
「まあな」
強がってるんじゃないかと、前髪をかき上げ晒した額に手を当てた。
「熱なんか、ない」
「みたいだな」
いっそ、冷たいくらいだった。
手の温かみが、司の冷たさに吸い寄せられる。
こっちを楽しそうに見ていた司と目が合った。
・・・なんとなく、色が白くなった気がする。
額に当てた手を捕まれて、引っ張られた。
「っうわ」
バランスを崩して前のめりになった俺の頭を引寄せる。
唇に軽く口付けて、司は目を細めた。
そのまま俺の頭を抱きしめる。
ゆっくりな鼓動を聞きながら、俺も背中に腕を回した。

「どーかしたのか?」
「別に」

髪に鼻を埋めているらしい司は、そのまま眠ってしまった。


【Side A】

今から迎えに行くと、英一から携帯に電話があった。
電話を切って、そのまま寝ていたらしい。
肩を揺さぶられて、目が覚めた。
「おい、何時だと思ってる?」
「・・・2時」
「昼の、な。ほら、行くぞ」
英一はクローゼットから服を適当に持ってくると、俺の頭からTシャツを被せ、ジーンズを履かせて立ち上がらせた。
アパートの前に横付けされていた車に乗って、欠伸をすると、英一が少し驚いたような顔をした。
「珍しいな」
「何が」
「お前が助手席に座るの」
英一は、妙に感動したような声で言ってキイをひねった。
「いつもは、ゆっくり寝たいとかほざいて、後ろの席で寝てるくせに」
「今日は前の席で寝る。」

咎めるような声が聞こえたが、すぐにまどろみに引き込まれた。

***

波の音と、ガラスを叩く音が聞こえた。
「英一?」
「着いたぞ。でも、雨だ」
シートを起こすと、目の前には雨粒が水面に波紋を作り、それを波が飲み込む海が広がっていた。
フロントガラスにも、雨が叩きつけられる。

「おい、司」
「海に来たんだろ?」
怪訝な顔に言ってみせ、ドアを開けた。

濡れた砂浜に、靴はすぐに意味がなくなった。
脱ぎ捨てて、裸足になる。
足元のヒトデを拾って、海に投げた。

「タオル、持ってないんだぞ」
「へー」
「へーってお前」

追いついてきた英一は、水滴を垂らす前髪を横に払った。
呆れたような顔をして、それから笑った。
肘で腹を小突かれる。

「乾くまで、ここにいるか」

晴れ空が覗いたのは、夕方で。
結局、アパートに帰ったのは夜中だった。

あと2週間。
何をしよう。


【Side B】

好きだとか、愛してるとか。
司は俺に言ったことがない。
言えと要求するような事ではないから、仕方がないが。
きっと、面倒なんだろう。

「おい、起きろ」
こいつは、本当によく寝る。
窓際の日向の空間で、わずかに背を丸めて眠っている。
かすかに寝息を立てて、ちょっとやそっとじゃ起きないのはいつものことだった。
・・・最近、ほとんど寝てばかりいる気がする。
昨日のバイトの帰り、このまま帰してもろくな飯を食わないのはわかっていたから、誘った。
夕食は冷蔵庫の余っていた野菜を炒めたおかずに、味噌汁とご飯だけだったが、司は黙々と全部を平らげた。
珍しいことに、その後呟いた。

「ごちそうさま」

いつもは無言で食べ、何も言わない。
その後、微妙に照れているらしい顔が妙に可愛く見えた。

いつもは、可愛いというより、こいつは綺麗な顔だ。
始終眠っているせいで、ぼうっとした表情に隠れて、めったにそれに気づける人間はいない。
でも、眠っている顔は無心で、綺麗だ。
意外に長い睫が震え、瞼がゆっくり開いて、こっちを見た。
「何時?」
「5時」
バイトは7時からだと口の中でぼそぼそ言い、また目を閉じてしまう。
「おい、司」
「・・・ん」
司は俺の腕を掴んで、引っ張った。
寝ろ、ということらしい。
それに嘆息して、横に並んで寝っころがった。
フローリングの堅い床で、よく眠れると思っていたが、こうしてみると意外にも温まった床が気持ちいい。
司は俺の腕に頭を乗せ、穏やかに胸を上下させる。

「愛してるよ」

司の答えは、スースーという寝息だった。


【Side A】


流し台で、昔の写真を燃やした。
捨てに行くのが面倒だったし、ゴミの日は昨日だった。
灰を水で流しながら、欠伸をかみ殺した。

そろそろ7時だ。
今日はバイトもないし、英一が来るはずだ。
昨日冷蔵庫を開けて、何にも入ってねーなと言っていた。
多分、夕食の材料を持ってくるだろう。

「邪魔するぞ。って、なんか焦げ臭いな」
英一は鼻を慣すと、首を傾げる。
予想通り、手には葱の飛び出たスーパーの袋を提げていた。
写真の燃えカスを見つけて、さりげなく拾ってゴミ箱へ捨てた。

「料理したからな」
「はぁ?」

思い切り怪訝な顔をして、次の瞬間目を見開いた。
その顔が、面白くて笑った。

「英一、すげー顔」
「・・・お前がやったのか?」

まさかなとこっちを向いたのに、手を見せた。
包丁で切った指。
それを見て、英一が破顔した。
「今、感動した」
「座れば」
英一は頷いて、テーブルの前に座った。

「なんか、いいことあったのか?」
「なんで」
「お前が料理するなんて、よほどだぞ」
「さあ」

言って、英一の前にフォークとスプーンを置く。
英一は、噛み締めるように料理を食べた。
ローストビーフとか、クリームを添えたパスタとか。
指を切る元凶になったセロリのサラダが、気に入ったと言ったのは少し複雑だった。

英一は優しい。

スーパーの袋の中で、ボックスアイスが溶けているのを見つけて、二人で笑った。

「司」
英一が、アイスでべたべたする手で頬を撫でる。
急に強く抱きしめられて、抱きしめ返した。
広い背中をぽんぽんと叩く。

寝る前、横にもぐりこんだ英一が、バニラくさいと呟いた。

英一は、優しい。


あと、1週間。



【Side B】

「司、ただいま」

返事は、いつもどおりなかった。
昨日いきなり夜中に来ると、泊めろと半分眠った声でインターフォンに言ってきた。
最近買ったばかりのベージュ色のソファに、司のさらさらした頭がはみ出しているのが見える。
まだ寝ているらしい。

俺が出かけるとき、覗き込むと一度目を開け、こっちを見た。
ぼそぼそと、いってらっしゃいと呟くのに、笑って額に口付けると司はなんだか幸せそうに笑っていた。

「司」

ソファの手すりに頭を預け、目を閉じている。
頬に触れてみた。
そんなことで、司が起きないのは知っていた。
初めて会ったときも、こいつは寝てた。
思い出して、苦笑した。

始発の駅から終点の駅まで、司は1日中電車に乗っていた。
降りるのが面倒くさいと、何往復も電車が動く間、眠っていたらしい。
眠りこけている乗客に、終電を知らせた駅員が困り果てているのを見かねて、まだ眠っている司を家まで引きずるように運んでいった。
面識はまったくなかったが、ようやく起きた司に話を聞くと、どうやら同じところでバイトをしているらしい。
それが始まりだった。

俺が好きだと言っても、こいつの態度は変わらない。
でも、最近一緒にいる時間が多くなった。

薄い茶色の髪が、額に被っている。
襟から覗く首筋が、なぜだか白く見えた。

「司」

綺麗な鼻筋が少しだけ前髪から覗いて見える。
白い腕が、ソファの背に投げ出されていた。


「司」


さわり心地のいい、前髪をかき上げる。
司は、淡雪のような微笑を口元に浮かべていた。


「・・・司?」


もう一度触れた頬は、ひどく冷たかった。




【Side B+】

私物の少ない司のロッカーで見つけた領収書を頼りに、病院へ行った。
医師は温和な中年のおっさんで、俺の来訪に快く応じ、色々話してくれた。

帰宅して、床に座り込んだ。
ベージュ色のソファ。
キャンバス地のカバーは、面倒だと渋る司を無理矢理引っ張って買いに行ったものだ。
手を伸ばして、撫でてみる。
まだ、温かみが残っている気がした。

突然響いたインターフォンに、肩が跳ねた。
そんな自分に苦笑しながら、ドアを開ける。

「そちらの郵便物が、うちの郵便受けに入っててね」
はいこれ、と渡された封筒に目を落とす。
そっけない茶封筒だった。

「わざわざ、ありがとうございました」
「いやいや」

ドアが閉まって、封筒を裏返して目を見開いた。

橋本 司

封筒を開きながら、頭の中で医者の言葉がよみがえる。

『診察したときには手遅れでした』

消印は、昨日。

『薬での延命も可能だったんですが、入院するのを拒否しまして』

料理を作るなんて、初めて見た。

『かなりきつかったでしょうね。モルヒネの処置と睡眠薬で、なんとか痛みを堪えてきたんでしょう』

ごちそうさまなんて、言ったことなかったのに。

『残り1ヶ月、一緒に居たい人がいると、彼は笑っていましたよ』

一緒にいる時間が増えたと思っていた。
歩くのさえ面倒だと言っていたのに、マンションまで来たり、助手席に座ったり。

誕生日、何か欲しいものあるか?

司の問いに、俺はなんと答えたんだろう。
たしか、いらないと言ったんだった。
誕生日は、昨日だ。
消印と同じ。

「っ・・・」

歩くのも、食べるのも面倒くさがった司が、手紙を書き、切手を貼り、ポストに封筒を入れた。
―・・・料理は、プレゼントのつもりだった?

「・・・なんで」
なんで今頃。

たった1つだけ、言って欲しい言葉があった。

たった1つだけ。

一行、真ん中にぽつんと書かれた文章が、滲んで見えなくなる。
雫が白い便箋の上に落ちた。


「・・・口で言え、馬鹿野郎が」


嗚咽がこみ上げる。
堰を切ったように、泣けた。
置いて行かれたなんて、馬鹿みたいに強がって。

お前の居ない世界で、今、俺はたった一人だ。


司。



「俺もだよ」



『愛してる』



一瞬、ソファに茶色の頭が見えた気がして、また泣けた。




 END
「サイトにオマケの文があります。手紙ネタに弱い・・・」
...2003/2/7(金) [No.32]
マチ屋祥吉
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