「キスしたいなぁ」 「はぁっ?なんやとぉっ!」 にまっと笑ってぎょっとした顔の藤岡先輩を眺める。 半分ホンキで半分ジョーク。それがちっともわかれへんのが藤岡先輩。全部マジにとってまうから。 まぁ、今のこの場でこのセリフはちっとやばいかも。ぐるんと見渡さんでも、ここはしーんと静まり返った図書館の貸し出しカウンターであって、いちゃつく場所やないし。そこそこ利用者もおったりするから、こんなん聞かれるんイヤやったりするんやろうなぁ。俺ら、別にヒミツの交際してる訳ちゃうねんけど。 「あ~…俺、この返却分棚に直してくるわ~」 とか口実見つけて、そそくさーっと逃げてまう藤岡先輩を、じっくり観察。 指絡めるのが気持ちえぇさらさらつやつやの真っ黒い髪の毛に、噛みつきたくなる白くて折れそうな首筋。うすっぺたい身体に細い腰。本の事を聞かれたら誰にでもにこにこ愛想のえぇ可愛い笑顔。俺よか、ちょっと背ぇ高いのがムカツクとこやけども。 あぁ、また俺以外の人にそんなかわいい顔して。ったく、いらいらさせてくれる。 正直、こんなに誰かに執着するやななんて思えへんかった。昔から、そんなに人付き合いって好きやなかったし。高校入ったからって言うても愛想もある方やないから、クラスでも寮でもそんなに友達も増えたりせんかった。 大体、この図書委員なんてもんも、『はーい!上條譲(かみじょうゆずる)くんがやりたいそーでぇす』とか気がついたら勝手に任命されとったくらい。やる気のカケラもなかったんやけどな。こういう時、ちょっとくらいクラスに友達作っときゃよかったかと思う瞬間やったりして。まぁ、でもそれも厳しいか。俺は数少ない高等部からの外部入学組みやし。 そやけど。 うっかりハマってもた。2年生の同じ図書委員の藤岡隆弘(ふじおかたかひろ)先輩。 クラスメートやら寮の先輩やら、手当たりしだいどうにかして仕入れた藤岡先輩の情報。先輩は無類の本好きで、本に囲まれてるだけで幸せいっぱいな人。中等部から図書委員やってて密かに「図書館の姫」とか言われたりしてる。うちのガッコは姫が多すぎるような気ぃするけどな…。うちのクラスにも姫っつーか、アイドルって言われてるヤツいてるもんなぁ。ま、共学みたいなもんって言うても、うちのガッコは男子部と女子部に分けられてるヘンな学校で男子校みたいなもんやから、自然とちょっと可愛かったり美人やったりしたらアイドル扱いされんのはしゃーないか。潤いは欲しいもんなぁ。 図書館なんてこれっぽっちもお世話になることがない俺が、藤岡先輩が当番じゃなくても図書館に入り浸りとか耳にしたおかげで毎日通ってるなんかありえへん。 いそいそ通い倒して、マジ競争率高かったのを苦労して突破して、やっと手に入れた。 はずやってんけどなぁ。 俺がお子様すぎるんか、藤岡先輩がお子様すぎるんか。すんごい微妙なとこ。 ま、それなりにお付き合いの一通りはこなしてるし、悲観的になることもないか。
図書館閉めた後、自宅通学の先輩をなんとか説得して、夕飯が終わった後に寮に泊まりに来てもらうように約束を取り付けた。寮生以外を部屋に泊めるんは一応禁止やねんけどな。 男子部も女子部も学生の半分以上は寮生活。それもこれも、うちのガッコが中途半端な山の中にあるから。自宅から通学時間が2時間以上かかる生徒は、希望して空きがあれば学校付属の寮に入ることができる。 男子寮と女子寮は隣り合わせにあって、学校はそれぞれ逆方向に歩いて15分くらいんとこにある。普通、学校と寮の位置は逆やと思うんやけど…。学校が隣同士とか、一般的な共学校とかにしたらえぇのにとか思う。 まぁ、とにかく。中等部から寮生活するやつとかいるから、寮はかなりでかい。ちょっとしたワンルームマンションみたいなもんで、食堂と風呂は共同やけどトイレや洗面所なんかはちゃんと各部屋についてる。部屋は二人部屋と三人部屋があって、俺は二人部屋。部屋割りはかなりアバウト。中等部も高等部も入り乱れて、気の合うもん同士で同室になってたり。ま、二人部屋を一人で使ってるヤツもいてるけど。俺みたいに自宅通学者の恋人連れこむ時には同室のヤツを追い出すか、その一人で二人部屋使ってるヤツに拝み倒して部屋貸してもらうかのどっちか。 今回は後者を取って、まさにお願い中やったりして。 「三枝っ!頼むから今夜は部屋変わって?」 「別にかまへんけど~。タダでは無理やで?」 同じクラスで校内一可愛いと評判の三枝哉惟(さえぐさかない)は、にーっこりと可愛い笑顔(でも絶対藤岡先輩のが俺には可愛い)で、そんな意地悪なことを言う。そらまぁ、違反の片棒担がせるんやからしゃーないわな。 「明日の昼飯奢るとかはアカン?」 「ん~…それと次の数学で俺あたるから、やっといてくれる?」 う…。俺も数学苦手やけど、そんくらいでえぇんやったら…。でも、三枝って中等部の頃から学年で10位以内キープしてるくらい頭えぇんとちゃうんかい。 「わかった…ほしたら、明日の昼飯と数学の問題な」 藤岡先輩といちゃつくためやし。 「おし。商談成立」 「さんきゅー」 にっこり笑って握手なんかしたりして。あぁ、よかった。そろそろ先輩が来る時間やし。断られたら、同室のヤツ叩き出さんなアカンとこやった。 「あ、上條。図書館の姫連れ込むんやろ?俺のベッド使うのはかめへんけど、汚さんといてな?」 「…あはははは…」 俺が藤岡先輩と付き合ってることをばっちり知ってる三枝は、極上スマイルで恐ろしいことを言ってくれた…。
ってな訳で、無事に先輩の連れ込み成功。そんでもって、せまってるとこなんやけどもー。 「アカン。そーゆーつもりで来たんちゃうから」 っちゅーて、キスもさしてくれへん。じゃー、一体なんで来てくれたんやろ? さっさと持参したパジャマに着替えて三枝のベッドに潜りこんで背中向けてるもんやから、顔も見えへんし。 やっぱし、図書館での事怒ってんのかなぁ。 「なんでー?えぇやないっすか。ほしたら、おやすみのちゅーくらいさしてくださいよ~」 ゆさゆさと布団に潜ってる身体を揺さぶる。 「イヤや。やって、いつもそんな事言うて、それだけで終わったタメシないもん」 ますます蓑虫状態になって俺から逃げようとする。そこまでされて俺が引き下がるかってゆーたら、当然そんなんあるわけなくって。 「そら、キスしてる時の藤岡先輩がめさめさ色っぽくてガマンできんようになってまうからですって」 わざとゆっくりと布団の上から撫でて、そんな風に言うたったら絶対に起きあがってくるって確信してる俺って、ホンマに根性悪いと思う。 「アホかっ!そんなん言うなやっ!」 思ったとおり、首まで真っ赤にしてがばぁっと起きあがってきた。ホンマ、なんでこんなに思うとおりに動いてくれんのやろ。も、たまらんくらい可愛すぎです先輩。 「やっと顔見せてくれた」 にっこり笑ってベッドに腰掛ける。 途端に藤岡先輩はしまった!って顔して、ちょっとだけ身体を引く。 「あっこであんなんもう言うたりしませんから、機嫌直して?それとも、もう俺とキスすんのイヤですか?」 わざとらしく上目遣いで甘えたように。これで、きっちり藤岡先輩は騙されてくれるはず。 「…そんなことないけど…」 俯いて、布団の端を弄ぶ。あと、もーちょっとかな? 「キスさしてくれへんのですか?」 ちょっと傷ついたような顔をしてやる。 そしたら、慌ててぶんぶん首振って否定してくれる。 「ホンマにもう、あんなとこで言うたりせーへん?二人でおる時だけにしてくれる?」 「うん。もう言いません。そやけど、いつでも藤岡先輩にキスしたいんはホンマやから」 そぉっと手ぇ握って、顔を覗きこむ。 「…上條のアホ」 「アホって言わんといてくださいよぉ。藤岡先輩のこと好きやねんもん。しゃーないやないっすか」 「キスだけやからな?それ以上したら怒るからなっ」 怒ったような困ったような赤い顔して俺のこと睨む。 「それはちょっと保証できへんけど」 「…っ」 藤岡先輩が文句を言う前に、さっと唇を塞ぐ。最初は軽く触れるだけのキス。ふっくらした唇が気持ちえぇ。 「もっとキスしてもえぇ?」 ぎゅっと手ぇ握って、おでこくっつけて目の中を覗く。 「…アカンってゆーてもするくせに…」 ちょっとだけ拗ねたようにほっぺた膨らますけど、これはいつものOKの合図。ホンキでイヤがってるんやなくて、恥ずかしがってるだけ。さすがにホンキでイヤがられたら諦めるし落ちこむけど、藤岡先輩はいつでも俺のわがままきいてくれる。 「そやけど、ホンマに藤岡先輩がイヤやってゆーんやったらしませんよ?」 「…」 「ホンキで好きやねんもん。嫌われるようなことしたないし」 これはマジ。いつもいつもわがままきいてもらってるけど、ホンキでイヤがってる時はちゃんと引き下がる。好きやねんもん。なくしたくないねんもん。 ちゃんとお互いに好きやって思えるうちは、ずっと一緒にいたい。これが恋なんか、ただの独占欲なんか、そんなんはどうでもえぇ。 好きやから抱きしめたい。キスしたい。一つになりたい。ただそれだけ。 「イヤ…ちゃう」 「うん?」 ちっちゃくて聞き取りにくい声。 「上條のこと好きやし…キスすんのもキライやない」 「ホンマに?」 目ぇ伏せたまま、こくんと頷く。 嬉しくて思わずぎゅーって抱きしめた。 「めっちゃ好きです。藤岡先輩やからキスしたい。藤岡先輩やから、ぎゅーって抱きしめたいしえっちもしたい」 「やからそんな恥ずかしいこと言うなやっ」 じたばた暴れる身体を押さえこむ。んもー、なんで暴れるかなぁ。 「恥ずかしいことちゃいますって」 「オマエはそーでも、俺は恥ずかしいんやってば!」 「なんでそんなに恥ずかしいんすか?俺のこと好きなんでしょ?キスすんのもイヤちゃうんでしょ?ほしたら、なにがそんなに恥ずかしいんですか?」 逃げられへんようにしっかり抱きしめて、なだめるように背中を撫でる。 「う…」 顔真っ赤にしたまま言葉に詰まる。 ホンマはわかってんねん。なんで恥ずかしいとかって。 藤岡先輩は俺と違って自分がどうしたいとかってあんまり表に出せへん。こういった性的な欲求を表に出すんはアカンことやって思ってる。自分から欲しがることはアカンことやって思ってる。せやから恥ずかしいって言葉で押さえこもうとしてるねん。 いつでも誘うのは俺の役目。最初に抱きしめるのもキスを仕掛けるのも俺が先。藤岡先輩はそれに応えてくれるだけ。俺に流されてるとこもあるんやろうけどなぁ。 めさめさ真面目な人やから。しゃーない。 「ウソやって…。ちゃんとわかってます。すんません、いけずして」 抱きしめた身体をちょっとだけ離して、こめかみんとこにちゅ。 「…ううん。上條は悪くないって」 顔伏せたまんま、ちっさく顔を横に振る。さらさらした髪が揺れて、俺の鼻先をくすぐってちょっとこちょばい。 「抱きしめられんのも…その…えっちすんのも・・イヤやないんやけどー…言葉にするんが恥ずかしいってゆーか…」 「藤岡先輩…」 「…ごめん」 ことんと俺の肩におでこを乗せる。 多分これが藤岡先輩の精一杯なんやろうなぁ。別に謝ることでもないと思うんやけど。俺は藤岡先輩のそーゆーとこが気に入ってて、かわいいと思ってる。 「気にせんとってください。俺がいけずしすぎただけなんやから。藤岡先輩はいつまでもそんままでおってくださいね」 にこって笑って安心させたげる。 「…うん」 どことなくぎこちない笑顔に苦笑するしかない。 ま、今日はいけずしすぎたし、キスだけにしとこうかなぁ。 「えーと、ほしたら寝る前にもっかいキスしてもいいっすか?」 「うん…」 一瞬だけ目ぇあわせて、ほんのり目許赤くして目を伏せる。 そっとほっぺたに手ぇ添えて軽いキス。何度もついばむように唇の感触を楽しむ。やらかくてふにふにしてて、キスの感触ってオトコもオンナもそんなに大差ない。 薄っすら目ぇ開けて、キスの合間に藤岡先輩の表情を盗み見る。伏せてる睫毛が微かに震えてる。 それに満足して今度は舌先で軽く唇を突つく。そしたら薄く唇開いてくれるから、そこに舌を差し入れる。最初の頃はなかなか慣れてくれへんで逃げるばっかりやった藤岡先輩の舌も、積極的にとまでいけへんまでもちゃんと迎え入れてくれる。 軽いキスも好きやけど、こんなディープキスも好き。キスしてるだけやけど、セックスしてる気分になる。舌絡めて一つになってるってカンジするから。何度も角度変えて、けっこーやらしい湿った音がリアルに聞こえて頭がくらくらする。息苦しくなっても離れたくなくってぎゅーぎゅー身体押し付けて。 「…んっ・・ふ…」 頭の芯が痺れるくらいになってくると、苦しくてしょーがない藤岡先輩は俺のシャツをぎゅって握って離せへん。そろそろ限界かなぁ?これ以上やってると、キスだけでガマンしようと思っても、身体のほうが納得してくれへんやろし。 名残惜しげに離したあと、唾液で濡れて光ってる唇の端をぺろっと舐めてあげる。 「はぁ…」 あれだけのキスでぼぉっとなって、目ぇ潤ませて俺のこと見てる藤岡先輩はキョーアクにかわいくってどうしようかと思う。頼むから、そんな理性が吹っ飛びそうになる顔せんといて。今日はこれだけで寝ようって思ってんのやから。 「か、みじょぉ…」 くにゃんと身体の力抜いて俺に凭れかかってくる。いや、マジでやばいから勘弁して。 「先輩?すんません、苦しかったです?」 つとめて冷静に。押し倒したくなるんをガマンして。 「…」 身体押し付けたまんまでちっさく首を振る。 「ほな、どーかしました?ってゆーか、もう寝ましょ?」 そう言うて、引き剥がそうと思って背中を軽く叩く。 「…」 「せ~んぱ~い…」 離れてくれるどころか、ますます身体押し付けてくる。参ったなぁ。あんまりこういうパターンはないから、俺のほうも戸惑う。 あんまり考えられへんのやけども、さっきのキスでその気になったんかなぁ?それやったら、かなりちょろすぎんのやけど。 いつもやったら、調子乗ってキスしすぎた俺がその気になって押し倒すってパターンなんやけどな。 「えーと…藤岡先輩?」 「…」 黙ったまんま、しがみついて離れてくれへん。 「あのー…離れてくれへんと、俺も藤岡先輩も寝れへんのやけど…ぐぇ」 アカン。さらにぎゅーってしがみついてくる。 とりあえず、離れることは諦めて好きにさしとこかな。こんなに藤岡先輩の方から抱き着いてきてくれるってこと滅多に無いし。そのうち、こんまま寝てまうかもしれんし。 そう思いなおして、ゆったり背中を撫で始める。薄っぺらくて暖かい身体。制服着ててもすんごく細く見えるこの人の身体は紙で出来てんちゃうかってくらいに細い。片時も本を離さなくって、ページをめくる指先がものすごくキレイやったりとか。絵本から哲学書まで、なんでも好きで、大好きな本の話をする時のきらきらした瞳とか最高に可愛い。 「藤岡先輩、大好き」 今までに何回も言うてる言葉を言うて、ぎゅって抱きしめる。 「…上條のアホ…」 消えそうなくらいのちっさい声。なんで、このタイミングでアホって言われなあきませんの。ちゃんと約束した通りにキス以上のことしてへんのにー。 「…なんで今日は…いつもやったら・・するのに…」 「え?…それってー…」 うっそーん。マジで藤岡先輩がその気になってんの?手ぇ出したら怒る、出せへんでも怒るって、それってどうよ。なけなしの理性はたいてガマンしてんのにーっ。 「やって…約束したやないですか。今日はキスしかせーへんって」 「そぉやけど…」 …ぐらっとくる。そのうるうるした目で俺のこと見るんやめてーっ。決心が鈍るからっ。 もう、泣きたいのは俺のほうやって…。 「藤岡先輩がイヤがることして嫌われるんイヤやもん。ちゃんと約束は守る」 「…」 多分。これって、藤岡先輩の精一杯の表現なんやろうなぁ。さらっとその気になったからしたいって言えへん藤岡先輩の。 それに乗ってえぇもんかどうか悩む。 うだうだしてる間に、結構遅い時間になってしもたし。明日も普通に授業あるし。うっかりここで押し倒してしもたら、俺も先輩も授業はおやすみタイムになってまうかも。や、先輩は真面目な優等生やから眠くてもちゃんと授業は受けるか。 あぁ、でもこんなチャンスは二度とないかもしれんしーっ。 「…ごめんな。わがまま言うて」 「え??あれ??」 俺がぐるぐる悩んでる間に、身体離してふわっと笑う。妙にすっきりした顔して。 「明日も早いし、寝よっか。他の寮生に見つかる前にここ出やんとアカンし」 がっくり。せっかくその気になってくれとったのになぁ。 「そぉすね…寝よっか」 目に見えてがっくり肩を落とす俺。 「うん。…あ。そや」 「なに?」 みすみすチャンスを逃して落ちこみムードのまんま、空いてるベッドに自分の部屋から持ち込んだ布団に包まろうと思った俺の背中に藤岡先輩の声が飛んでくる。 「狭いけど、一緒に寝よ?」 「…え?」 「やからー、一緒に寝ぇへん?」 降り返ってみたら、狭い狭いシングルベッドの端っこに寄って、微妙なスペースを空けて手招きしてる。 「いいんすか?」 「寝るだけやで?」 「うん。そやけど、いつもそんなん言うたことないから」 「たまにはえぇやん。さっき…悪いことしたなーって思ったからやぁ」 「じゃー…一緒に寝る」 枕抱えていそいそ藤岡先輩のいるベッドに潜りこむ。 ホンマに今日は調子狂う。 ベッドに入ったら猫みたいに擦り寄ってきた。 「俺なぁ…上條とキスすんのも、えっちすんのもホンマはイヤちゃうねん」 「はい?」 寝やすいようにごろごろ体勢を変えてる時に、ぽつんと藤岡先輩が言う。 「言葉とか態度に出すんが苦手ってゆーか…」 「ん。わかってます」 「…ごめんな」 「いいですって。これからは、ちゃんと俺が先に行動にでますから」 「…う」 にぃって笑って、ちゅ。 やっぱり失敗したかも…って、藤岡先輩が呟くけど、聞こえへんフリする。 「なぁ…」 「なに?寝るんちゃいますの?」 「や…寝るけど。上條ってはじめてキスした時のこと覚えてる?」 「いきなりなんなんですか…」 やっと落ち着く体勢になって、寝ようかなーって思ったら、いきなりのよくわからん質問。 「やから、初めて俺とキスした時のこと覚えてんかなーって」 「覚えてますよ。すんごいどきどきしたもん」 「俺もすっごいどきどきした。時々夢に見るん」 「へぇ、そなんですか」 「うん。でも、今でも上條とキスする時はどきどきする」 「今でも?」 「そー。今でもどきどきする。上條とキスしてるんやって思ったら、すっごいどきどきすんねん」 照れたように笑う。 「そんだけっ。おやすみっ」 さっと、俺のほっぺたにキスして目ぇ閉じる。うひゃぁ、ほっぺたやけど藤岡先輩からしてくれたんって初めてや。 眠気も吹っ飛ぶ勢いやで…。 どきどきしてる間に、藤岡先輩は気持ちよく寝入ってしもたみたいで規則正しい寝息が聞こえる。 これもある意味拷問に近いかも…。 ま、えぇか。それなりに楽しいこといっぱいわかったし。 「おやすみ、藤岡先輩」 寝顔にそっとキスをして目を閉じた。
なんとか告白して付き合うようになった頃。 放課後の夕日でオレンジ色に染まった閉館直後の図書館の中で、埃なんかがキラキラ光ってて、そこで真剣な顔して…幸せそうに並んでる本を一冊一冊先輩が眺めてた。 本じゃなくって、俺のほうを見てほしくって。 先輩が持ってた本を取り上げると、びっくりした顔して何回もぱちぱちと瞬きをしてた。 ゆっくり顔を近づけたら、藤岡先輩は目を閉じて。 ほんのり染まった目許とか、かすかに震える睫毛とか、緊張して堅く引き結ばれた唇やとか。 その全部がたまらなく愛しくて。 そぉっと触れた唇は、とても柔らかくて優しい温かさやった。 忘れようと思っても忘れられない、あの唇の温もり。 きっといつまでも忘れない。 俺も。藤岡先輩も。
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