姉呉羽の企みによって見事学園の生徒会長兼王子様である東条悠基の恋人として認知されてから1週間。健全たる男子高校生である俺、新崎拓真の日常は思っても見ない展開を見せている。
学園祭後の登校日に教室に行くと級友たちが大喝采で俺を迎え、黒板にはデカデカと「おめでとう、王子・王女(相合傘&ハートマーク)ラブラブ・ヒューヒュー」なんて書いてあり、俺の机は今時幼稚園のお遊戯会でも使わないティッシュペーパーで作った薔薇の花で飾られていた。 王子はわかるが王女ってのはなんだ?俺は見ての通りれっきとした男だぞ!
テニス部のダチで級友の松戸がこっそり教えてくれたが、俺の外見(姉に似てわりといけてる)と次々告白してくる女の子を断っているタカビーさで影で王女様と呼ばれていたらしい。 まあ王子様はフェミニストであるわけで、女に冷たいから性格の悪い王女様ってことなんだろうけど、そんなこと俺は知らなかったよ・・・。
昼休みにクラスの口さがない女どもの目を避けて屋上で松戸と弁当を食べていると、えびフライを口に運びながら松戸が平然と言った。 「いやあ、おまえらもカミングアウトするのはいいけどやりすぎなんだよな。俺もさすがにキャンプファイアー前のラブラブシートでべろチューしてるの見たときは引いたよ。」 俺は思わず好物のクリームパンをのどに詰まらせて慌てて牛乳で流し込んだ。
松戸はなおも続ける。少し顔が赤くなっているのはなんでだ? 「でもさあ・・・おまえらくらい見た目がいい奴同士だと・・・こうなんてのかな、ホモでも結構くるんだよな・・・。」 「あ?・・・なにが来るんだ?」少し涙目になった俺が平静を装って聞く。 「うん・・・俺ホモじゃないけどさあ・・・ちょっとそそられちゃった・・・へへ。」松戸が屈託のない顔を赤くして照れ笑いしやがった。
弁当を持ったままの松戸をグーで殴ると俺は奴をそのまま置き去りにして怒りに頭から湯気を出しながら屋上から出た。 あまりの怒りに階段を荒っぽく駆け下りていると・・あらら・・・脚がもつれてあれ・・・俺ってこのままかっこ悪く階段落ち・・・?!!!
と、バランスを崩したところへがしっと誰かが救いの手をさしのべて俺の身体を支えてくれた。 あー・・・助かったよ・・・誰か知らないけどありがとう!このまま階段落ちして怪我でもした日にゃ俺の評判地に落ちるよ・・・。 ・・・てもう体勢も立て直してるのに腕は離れない。 ま・・・まさか・・・。 おずおずとその腕から肩、顔へと見上げると、やはり完璧に整った顔立ちの王子様が少し心配そうに眉を顰めてこちらを見下ろしていた。
「拓真・・・。もっと気をつけなくてはいけないよ。僕が来るのがもう少し遅かったらどうなっていたか・・・。ああ・・・心臓が止まるかと思った。」 そう言って東条は俺をぎゅうっと抱き締めた。 ああ・・・そう・・・王子様はいつでもこうして恋人の危機を救ってくれるんだよな・・・ってなんでいつもこうなんだよ!!おい、放せよ!階段の下で女生徒が見てるじゃないかよ!!
俺を抱き締めたままの東条の背後にものすごく可愛い女生徒がおずおずと立ってこちらに声をかけようかどうしようか迷っているのが見えた。 俺はとんとんと東条の肩を叩いて彼女の存在を教えようとする。「と・・・東条さん・・・あの・・・後ろ・・・。」 「東条さんじゃない。悠基って呼んで欲しいと言っただろう?ほら呼んでごらん。」 女生徒はきゃっと小さく叫んで口を押さえた。彼女の顔が真っ赤になっている。 俺はもう情けないやら恥ずかしいやらで目に涙がたまってきた。・・・でもこの勘違い男は俺が素直に言うことをきくまでこうして恥ずかしい攻撃を加えるのをやめないだろう。 俺は涙を飲んで東条の目を見て言う。「・・・ゆうき・・・。あの・・・後ろに女の子が・・・何か話したいみたいなんだけど・・・。」 東条の瞳が優しく緩んで俺を愛しそうに見る。うわっ・・・こんな顔で見るなよ!し・・・心臓に悪いじゃないか・・・!!
俺をまだ抱いたまま東条は彼女を振り返った。 爽やかな王子様スマイルを浮かべて明るく聞く。「清水君・・・。どうしたの?」 清水と呼ばれた彼女はますます真っ赤になってそっと書類を差し出した。 「あの・・・東条会長。さきほど新崎さんを助けに階段を駆け上ったとき落とされた書類です。」 東条は誰をも魅了する綺麗な顔で微笑んだ。 「ありがとう。・・・つい夢中で書類のことなど忘れていたよ。」 清水は可愛い瞳を潤ませてうっとりと言った。「・・・素敵でしたわ。愛する人の危機を救うため全てを投げ捨てて走り出した会長・・・。本当に新崎さんを愛していらっしゃるのですね。」 東条は照れたように少し頬を赤らめて頷くと俺を抱き寄せた。 「当然のことだよ。愛する者を守るのが僕の喜びだから・・。」
きゃああっと階段下にいたギャラリーが沸く。ほとんど女生徒たちだが、男たちもなぜか顔を赤らめてこちらを見ている。 散れ、散れ!てめえらぶっ殺すぞ!! あ・・あれ・・・突然ふわっと身体が宙に浮いた。 げっ!・・・東条の奴衆目の中俺を姫抱きしやがった! 「や・・・ちょっと・・・あの東条・・・じゃない悠基・・・頼むから下ろして!」俺はまた金魚よろしく口をぱくぱくするばかりで上手く言葉にならない。 「足をくじいているかもしれないから保健室に行って診てもらおう。」東条はさらっと言う。 「い・・いや・・・なんともないよ。俺自分で歩けるから・・・!!」 東条はにっこり笑うと俺の耳元で囁く。 「いいから僕にまかせて。大人しくしないとこのおしゃべりな唇を塞いでしまうけど?」 俺は即効貝のように口を閉じた。 こ・・・こいつはもうどこか異次元に行っている。何を言っても常識が通用しない・・・。
海を切り開くモーゼよろしく俺を抱いた東条が進んでいく道を学生たちが脇にのいてさっと前を開けた。ため息やら感嘆の声やらを上げる学生たちの前を王子様に抱かれて進む俺はこのまま消えてなくなってしまいたい気分だった。 羞恥のあまり顔を上げられなくて東条の胸に顔を押し付けてしまう。 東条は嬉しそうに俺を抱える腕にぐっと力をこめてお・・・俺の髪に軽くキスなどしやがった!! ひ~助けてくれ~!!!!
5時間目の授業は体育だったので俺は無理矢理東条に保健室で休むことを強要された。 本当は足など挫いていなかったのだが、大人しくしていないと何をされるかわからない恐怖からじっとしていないわけにはいかなかった。 養護教諭は40がらみの中年の女性でいい年して東条にぼうっとなっていたようで奴の言う事を素直に受け入れて俺にしばらく保健室で休んでいるよう言い渡した。 さすがに東条は授業を受けに戻ったが、俺は日ごろの気苦労もあったので保健室のベッドでのんびり眠りに落ちた。
何だか人の話し声が聞こえて目が覚めた。 低い声だが争っているようにも聞こえる。そのうちのひとつは今では聞きなれた深い耳触りのいい声・・・。凛としていて・・それでいてとても優しい・・・。 「・・・ですよね・・・。」 もうひとつは少しおどおどしたような・・・それでいて聞き覚えのある・・・。ん・・・ああ・・・そうか。松戸か・・・。もうひとつ声が重なる・・・それは・・・え・・・と・・・・。 「新崎はテニス部のエースなんだ。部活には出てもらう。」 あ・・・そうか・・・。テニス部の部長の淀橋さんだ・・・。 「今日は何がなんでも休ませる。拓真に何かあったら僕が許さない。」 少し強い口調で東条が言い切る。 と、同時にふわりとしなやかな指が俺の頬に触れた。 声が近くで聞こえ、優しく囁く声と息が耳元をくすぐる。「・・・拓真・・。起きて。」 顔が思わず赤くなる。目をそっと開けると東条の綺麗な顔が微笑んで見下ろしていた。 背中を抱き上げるようにして上体を起こしてもらうと、ベッドの先に淀橋部長と松戸が立っているのが見えた。
「おお、新崎、目が覚めたか。」 「おまえ5時間目からずっと寝てたな。もう放課後だぜ。」 部長も松戸もすでにジャージに着替えている。・・・ということは俺ほんとに2時間以上も熟睡してたってことか。
俺はあくびをひとつして体を伸ばそうと腕を上げると・・・!!そのまま東条に抱き締められてしまった。 「うわ・・・ちょ・・・ちょっと!!」あせって東条の胸を押すが、鍛えられた奴の身体はびくともしない。 東条は何かを確認するかのように俺の身体を撫で回している。 や・・・やめてくれ・・・。お・・・おい・・・って・・・! 手が下半身に伸びたとき俺はさすがに抵抗した。や・・・やめろ!おい!! 「あつっ・・・!」 東条の手が右の足首を捻ったとき痛みを感じて俺は声をあげた。 部長と松戸もはっとしてこちらを見ている。 「・・・やはり少しねじってしまっていたようだね。部活はしばらく休むといい。家まで僕が送るよ。」 東条の言葉に俺は言葉もなく頷くしかなかった。 あのときはあせっていたのと恥ずかしかったのとで気づかなかったが、やっぱり俺少し足をくじいていたんだな・・・。
淀橋部長が首を振って苦笑した。 「・・・ったく、恋人の過保護かと思ったら、やっぱり東条、おまえはただものじゃないな。 新崎、おまえしばらく部活を休んで早く足を治せよ。」と言って保健室を後にする。 松戸はしばらくぼうっとしていたが、はっと我に帰ると顔を赤くした。 「あ・・あの・・新崎。おまえの鞄こっちに持ってきてるから。・・・後は東条先輩、よろしくお願いします。」そう言って赤い顔のまま走って保健室を出て部長の後を追う。
その日の帰り、俺は東条が借りてくれた自転車の荷台にまたがり、彼に家まで送ってもらった。 少しくじいただけの右足をいかにも大事そうにさすってキスでもせんばかりだったのでそれは頑なに拒否してとりあえず送ってもらうことだけは同意した。 見るからに王子様な東条の様子に俺の母親はすっかり舞い上がり無理矢理奴を家に上げて普段なら出さないようなケーキと紅茶まで振舞った。 考えてみれば東条はかつて一度だけうちに来たことがある。それは呉羽と付き合いだした頃で、そのとき母さんは外出していたんだっけな。 呉羽が自慢するように美形の彼氏を俺に見せつけたのを思い出した。 まさかあのとき俺に一目ぼれしたなんて・・・そんなことわかるはずないだろう・・・。
うるさい母親にうんざりして俺は東条の腕を引いた。「もう母さんは邪魔しないでくれよ。 東条さん、俺の部屋に行こう。」 東条ははっと一瞬驚いたような顔をして、その後少し頬を赤らめて微笑んだ。 「うん・・・わかったよ。ではお母さん、お茶とお菓子をごちそうさまでした。」そう言って東条は王子様スマイルでお袋を悶絶させた。
右足をかばうように階段を上る俺を心配して東条は俺の後にぴたりとついてきた。 部屋のドアを開けたとき、突然呉羽が隣の部屋から出てきた。 げ・・・帰ってるとは思わなかった。これって修羅場・・・?? 呉羽はにっこり笑うと普通の男なら骨抜きになるような艶やかな視線を東条に送る。 「悠基・・・。ますますハンサムになったわね。・・それにとっても満ち足りて幸せそう。」 東条は頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。 「やあ・・・呉羽。君のおかげで僕はとても幸せだ。本当になんとお礼を言っていいか・・・。」 呉羽はちらりと俺を見た。まさか俺が東条とそのまま付き合うとは思わなかったのだろう。 微かに驚いたような色がその瞳ににじんでいる。 「拓真も幸せ?」 俺は冷や汗をかいて姉貴を見る。・・・なんて答えたらいいんだ。まさか姉貴を振った男とこうしてホモのカップルになるなんて・・・。ああ人生ってなんて意地悪・・・。 そのときすっと東条の手が俺の髪を梳いてそのまま頬を撫でた。 「僕の全てをかけて拓真を幸せにするつもりだよ。」 わああああ・・・何言ってるんだよ!そんな歯が浮く台詞をこの姉の前で・・・!! 呉羽の美しい眉がぴくりと上がった。 「まあ・・・悠基ったら。なんだか妬けるわ。私にはそんな優しい言葉かけてくれなかったのにね。」 東条ははっとして恐縮したように目を伏せた。 「・・・すまない、呉羽。・・・君の気持ちも考えずに浮付いたことを言ってしまった。」 ほんの一瞬東条が目を伏せている間姉貴の顔がくしゃっと悲しみに歪んだ。 が、すぐにいつもの勝気で高慢ともいえる美貌を取り戻し、艶やかに微笑んだ。 「いやね、もう過ぎたことじゃないの。拓真を大切にしてやってちょうだい。私もあなたたちが幸せだと嬉しいわ。さ、もう邪魔しないから二人きりの時間を愉しむといいわ。」 「呉羽・・・。」東条はほっとしたように微笑む。 俺は呉羽のあの顔を見てしまったので複雑な顔つきで立っていた。・・・姉貴はまだ東条のことが好きなのか・・・? 俺の視線に気づいた呉羽は眉を上げると「ちょっと拓真、あんた何突っ立ってるの?ほらさっさと悠基を部屋に案内してあげなさいな。」と言って俺たちを追い立てた。 そして俺の首根っこをつかんで引き寄せると悪魔の囁きを浴びせる。 「・・・あんまり激しくして声なんか出すんじゃないわよ。」 「な・・・・!!!」俺は目を白黒させて口をぱくぱくさせる。何を言ってるのだこのくそ姉は・・・!! そのまま呉羽はふふっと笑うと階下に降りていった。
ふと振り返ると東条が耳まで真っ赤にしてそこに立っていた。 ま・・・まさか今の聞こえた・・・? 二人でぎくしゃくとしたまま俺の部屋に入ると俺はどこに座っていいかわからなくてとりあえず東条にベッドに座るようすすめた。 東条も意識しているのか真っ赤になったままロボットのようにぎこちなくベッドの端に腰をおろす。 俺はどうしていいかわからなくて勉強机の前の椅子に座るとラジオをつけた。 FMではなんだかものすごくいいムードの甘ったるいラブ・ソングがかかっている。 俺は慌ててチューナーをいじって局を変えようとしたが、東条がいつしか脇に立っていて俺の手を止めた。 「・・・そのままでいいよ。僕はこの曲が好きなんだ・・・。」 俺はなんだか胸がどきどきしている。・・・東条がすぐそばに立っているだけでどうしてこんなに意識してしまうんだ。お・・・俺はホモじゃない・・・よ・・・な?
東条は俺の前にひざまずくと俺の後頭部に手をあてて引き寄せて唇を重ねた。 俺はそのまま東条に流されてしまう。・・・ホモじゃないんだけど・・・だって東条のキスはとっても気持ちがいいんだ・・・。 このまま流されて行けるところまで行っちゃおうかな・・・。東条とだったらそれもいいような気がしてしまう。だって・・・彼は王子様だから・・・。そうだろう?
(終わり)
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