ヴィ~ンとくぐもった機械音。 広い寝室で、ベッドの上ではなくフローリングの上で膝をつき、バイブを動かしているのは、智也自身だ。 チューブ1本分を注入しているアヌスは、やすやすとMサイズのバイブを飲み込み、智也がゆるゆると出し入れするたびに、拡がっているアナルの内壁が見えたり隠れたりしながらジェルを体内から排出してしまう。 智也の意思とは関係なく、まるでお漏らしをしているかのように溢れ零れたジェルは睾丸の方まで濡らし、白い内股を伝い落ちていた。 「いつまで美味そうにしゃぶってる気なのかな? 智也」 決して自分からは腰を動すことはしない高見沢の、この時ばかりは焦れが滲む声音に伏せていた眸を智也があける。 10年前、連日連夜、昼夜問わずの消費者金融の取立てにボロボロになっていた智也の家に、1000万のお金のようにポンッと目の前に出したのが、高見沢義徳、---旧財閥の流れを汲む高見沢グループの御曹司、大学で知り合った友人だった。 金で買えないものはないなんて、所詮は夢物語だ。 ヤクザか高見沢かの違いだけで、智也が囲い者だという結論は変わらない。 ただ父親だけは大きく違った。 智也のお手当てだと称して、高見沢はろくでなしの父親に毎月纏まった小遣いを渡している。 いや、正しくは渡していた。 1ヵ月半前、酒酔い運転のダンプカーに跳ねられ、あっけなくろくでなしは即死。 涙は出なかった。 殺してやりたいと思っていた時もあったし、元凶のくせにと恨んでいた時期もある父親の、火葬を済ませ収まった壷を見た時、智也に込み上げてきたのは、涙ではなく笑いだった。 どうせ死ぬなら10年前に死んでくれれば良かったものの・・・。 現実逃避をし、高見沢のことなど忘れていた智也は口の中いっぱいに高見沢を頬張ったまま舌を動かすでもなかった口淫を始める。 頬を窄めながら上下に唇を動かし、喉の粘膜で刺激を与える。 上も下も塞がれて苦しげに顔を歪める智也を見るのが、高見沢は好きだった。 「はちきれんばかりに大きくさせるなんて、智也は淫乱だね。フェラチオが好きで好きでたまらないって顔だ」 ---噛みきってやろうか。 実際、囲われた当初、一度だけ歯を立てたことがある。 この時ばかりは男の力で平手打ちを右頬にくらい、その場で歯科医を呼ばれて麻酔を打たずにペンチで親知らずを抜かれた。 あの時、刃向かう牙を抜かれたのだ。 以来、どんなことをされても、何を言われても智也の心は閉ざされたままだ。 冷えた心で、未だに飽きず自分を囲う高見沢を舌と指を使い追い上げる。 鈴口に舌先を差込み、射精を促せば堪えきれなくなった高見沢がやっと口内からいなくなり、飛沫を鼻や頬、唇などの顔全体に感じる。 汚れきっている自覚はあっても好きになれない行為だ。 それを知っているからこそ、飲ませるよりも顔にかけるのが好きなのだろう。 嫌悪感で一杯になっているところを逆なでするように、殊更ゆっくりと高見沢が深々と埋まったバイブを抜き、嫌がる智也の唇に舐めるようにと持っていく。 自分の中に入っていたものを綺麗に舐めさせられることにもすっかり慣れてしまった。 チロリと舌先を覗かせると、無言でバイブに舌を這わす。 「日高、お前もそう思わないか?」 射精したばかりで呼吸の整わない高見沢の台詞を、右から左に聞き流す。 高見沢の数ある悪趣味の1つに、秘書や取引相手に智也を見せ、時には気まぐれに抱かせることもあったからだ。 今夜も誰かを部屋に呼んでいたのかという認識は、日高と名を呼ばれた男の低い声で一変した。 幽霊をそこに見たかのような面持ちで顔を上げた智也は、自分が知っている頃より更にいい男に成長した日高を見て言葉を失う。 日高雄介。高校の時からずっと、今も忘れることの出来ない男が、そこにいた。
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「日高、君がそんな怖い顔でいるから、智也のココがすっかり小さくなってしまったじゃないか」 きつく射精出来ないよう戒めていたペニスリングが緩くなったことを高見沢が外しながら揶揄する。 日高だけには見られたくなかった。 智也が日高を今も好きなのは、聡い高見沢だ。口に出しはしなくても知らないはずがない。 「恥じらいがあるってことだろ」 相変わらずのぶっきらぼうな言い方。 それが泣きたくなるくらい懐かしくても、もうあの頃には戻れないことは智也自身が一番知っている。 「恥じらい、ね。私がすっかり抱き汚した後でも構わないんだろう? ここに来たってことは」 「----高見沢・・?」 「ああ。お前の気が変わらないうちに連れて帰る」 「日高!?」 連れて帰るという意味が理解出来ず、二人の名を呼び交互に眺めることしか出来ない。 10年前のあの日、1000万という金で買われた智也を、日高がここから連れ出してくれる・・・? ただ興味をなくす日をじっと待っていたが、不要になった智也を下げ渡すとは高見沢の性格から考えたことはなかった。 しかも相手は日高だという。 タオルケットで無造作に顔を拭かれ、高見沢の白濁を顔で受け止めていたことを思い出し、今さらながらに羞恥心が芽生える。 久しぶりに頬を染める智也の変化を、高見沢がどんな思いで見ていたのか最後まで気づかないまま身支度を整えてもらい、わけもわからず10年間過ごしたマンションの一室から日高に連れ出された。 掴んだ右手首をもう二度と離さないというように強く握る日高の手が、これが現実なのだと教えてくれる。 何度も見た背中が再び今、目の前にあることが信じられなくて、けれども10年前よりも遠い背中だ。 金で体を好きにさせてきた自分には、その背に腕を回すことが叶わない、広い男の背中だった。
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10年だ。 あれから10年、時が経っているはずなのに、大学時代と変わらないスタイル、容貌の里谷を目の前にして、どれだけ高見沢が大事にしてきたのか分かる。 中学から一緒の高見沢とは、性格も育ってきた環境も違ったのになぜかウマが合い、気がつけば一緒にいるようになった。 まさか同じ相手を好きになるとは、---正直そうなってみるまでは思いもしなかったし、里谷に出会うまで自分達が付き合ってきた相手は見事な対極だったことは確かだ。 何事にもそつなく、どこか冷めている高見沢が異常なまでの執着心で里谷を手に入れるまで、里谷が選ぶのは自分の方だと馬鹿みたいに過信していたのだ。 高見沢のマンションから自分のマンションまで一言も言葉を発しなかった里谷の青白い美貌からは、先ほどまでの痴態など微塵も感じさせない。 着せられている服は、高見沢の趣味なのだろうが、センスの良さが伺えるコーディネートだ。 「里谷、―――戻るか?」 高見沢のところに。 地下駐車場に車を止め、最上階へとエレベーターで上がってきたが、玄関の鍵を開けて振り返ったところで微動だにしない里谷を見たくないと視線を外す。 ここで頷けば、やっと手に入れた里谷を高見沢の元へ帰さなくてはならなくなる。 それが分かっていて聞いてしまったのは、里谷の気持ちが自分にはないように見えて仕方ないからだ。 「・・・・・。ゴメン・・・。迷惑、だよな? 男妾の俺なんて、気持ち悪いだろ・・?」 「いつ俺がそんなことを言った!---悪い」 疚しさを隠すように言葉が荒くなった自覚がある。 1000万という金を、異母弟に家業をつかせることで父親に用意させた高見沢。 それを知った時、日高は里谷を諦めた。 「・・・・・・・日高・・・、----」 何を言えばいいのか。それは里谷も同じらしく、名前を言いかけたものの続く言葉が見つからないらしい。 唇を舐め、噛む仕草を懐かしく思いながら見下ろす。 シナリオのない現実は、言葉一つ声にすることに躊躇い、臆病になる。 愛してると言うことは簡単だが、結局は高見沢と同じように見ているんじゃないかと詰られるかと思えば本心を伝えることも出来なかった。 自分から足を踏み入れた里谷に、天井を仰ぎ見て、普段は全く信じていない神に今だけは感謝する。 傍にいられるだけで幸せだと満足出来るのは、僅かな期間しかないだろう。 それでも願わくば、これから先の里谷を独占出来るのは自分であればいいと思う。 一人相撲でもいい。里谷の父親が亡くなるまで、手放せなかった高見沢の心情が痛いほど分かる日高だった。
END
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