女の子とは違う、あの柔らかそうな肌が好き。 いつも前を見据える、あの強い眼が好き。 たまに見せる笑顔が、たまらなく好き。
カッコイイ! カッコイイ! 目の前を通る彼を見ながら心の中で絶叫する。 自然と笑顔になる俺に女の子がキャーキャー言ってるのが聞こえる。 うるさい。 そんな声じゃなく、低くて落ち着いた、彼の声が聴きたいのに。 そう思いながら見つめていると、彼が机から手紙のようなものを取り出すのが見えた。 ラブレター!? ダメだ! 俺のが好きなのに!! そんな俺の思いが通じたとは思えないが、中も見た彼はつまらなそうに溜め息をつき、手紙を鞄にしまう。 どんな内容だったんだろう? 気になってついつい彼を見つめてしまう。 あっ、立った。 どこ行くんだ? 呼び出しだったのか? 気づかれないようにさりげなく席を立ち、俺は彼の後を追う。 「奥田くん」 「何?」 教室の入り口で、違うクラスの女の子に呼び止められた。 急いでるのに!! 「今日ヒマ? もしよかったら、」 うるさい。あー、行っちゃう! 「ごめん。今日は先約アリ」 俺はそう言って女の子を振り切った。 どこ行った? こっち? それともこっち?
「何の用?」
あっ! 校舎裏に立っている彼を見つけ、そっと近づく。 ちらりと見える横顔。 やっぱカッコイイ!! 誰だ!? どんな女だ!? 永田は俺のなのに~!! 「なんだよ、その態度?」 男……? まさか俺と同じ? 「呼び出したのはそっちでしょ? 何の用なわけ?」 ちょっとイライラした感じで永田が相手を睨む。 「その態度は何だっつってんだよ!」 そう言って男がいきなり永田の胸倉を掴んだ。 「調子こいてんじゃねーぞ」 二人の影から別の男が現れる。 もしかして、これは、カツアゲとか、そうゆうの!? これはいかん!! 愛しの永田を助けねば!!
「何やってんだよ!?」
そう言って俺が出て行けば、永田のほかに数人の男。 思ったより人数が多い。 「なんだ、てめぇは?」 そう言って一人の男が俺を睨む。 こうゆうときってなんて言えばいいんだ? 奥田です、とか? でも、なんだっていうのは、誰だってのと違うよな? 俺がそんなことを考えて、返答に困っていると、違う男がソイツに耳打ちした。 「奥田?」 男がそう呟き、小さく舌打ちをする。 「行くぞ」 そう言ってぞろぞろと男たちがどこかへ行く。 一番後ろにいた男が去り際、永田に何か言ったようだった。 「大丈夫?」 俺はそう訊きながら、永田に近づく。 「なんでこんなとこいんの?」 永田は鬱陶しそうに俺を睨み上げる。 「た、たまたま通りかかっただけ。ケンカ、してるみたいだったから……」 そんなに話したことがあるわけでもないのに、まるで嫌われているような態度に傷つく。 もしかして、俺がいつも見てんの、気持ち悪いとか思われてんのかな? 「そう。ケンカじゃないから素通りしてくれてよかったのに」 永田はそう言って視線を逸らした。 「ただのイジメだよ。別に珍しくもなんともないでしょ?」 「イジ、メ……?」 永田が? なんで? カッコイイのに? 強そうなのに? 戸惑ってる俺に気づいたのか、永田が口を開く。 「意外でもないでしょ? 陰気なデブなんて格好の的じゃない?」 陰気? デブ? どこが? いつも静かに勉強したり読書したりが陰気なの? そりゃ標準体重ではないだろうけど、テレビで見る奴らみたいにデブってワケじゃない。 どこがイジメられっこ? だってすごくカッコイイ。 「今日は奥田が来たから、何事もなかったけどね」 さすがにアイツらも、剣道部のエースを相手にする気はなかったみたいだし。 永田が迷惑そうに呟く。 「ごめん……」 なんだかわからないけど、永田を傷つけただろうことだけはわかる。 「なにが?」 隠すことなく溜め息をつき、永田が俺の顔を覗き込む。 「だって……」 イジメだなんて、思わなかった。迷惑がられるなんて。 言葉に詰まってしまった俺に何を思ったのか、永田が溜め息と共に口を開いた。 「しょうがないんじゃない? 人間には優越感が必要でしょ? 自分より下のヤツ苛めたり、助けたり?」 冷たい目で俺を睨みながら永田が言う。 「俺、」 そんなつもりじゃなかったのに。 ただ、永田が困ってるんじゃないかって、助けたいって。 だって好きだもん。 永田が好きなんだもん。 「ごめん」 滲んできた涙を見られないように俯く。 「ごめん……」 それ以上何も言えず、俺は小さく呟いて永田に背を向けた。 立ち止まったら涙が止まらなくなりそうで、俺は教室に帰るのを諦め、目に留まった教職員用トイレに駆け込んだ。 個室に入り、カギを閉め、ただ声を殺して泣く。 好きなのに。ただ好きなだけなのに。 傷つけたいワケじゃない。笑ってて欲しい。 出来れば俺のそばに来て欲しい。俺を見て欲しい。 こんな気持ちに気づいて、永田は迷惑に思った? 男だから? 俺があと20cmは小さくて、胸もある柔らかい躰だったらよかったの? 泣いても泣いても涙は止まらなくて、男のクセに、って思った。 男のクセに女々しく泣いて。男のクセに永田が好きで。
やっと止まった涙にほっと息を吐き、個室のカギを開ける。 もうとっくに授業は始まってしまっていて、見咎められることはないだろう。 鏡の前に立ち、情けなくなりながら冷たい水で顔を洗った。 すでに涙でビタビタのシャツの袖で顔を拭い、俺は保健室へと向かう。 さすがにこの顔で教室に戻る勇気はない。 「あら、奥田くん。……具合が悪いなら寝てなさい」 保険医の先生がそう言ってベッドのカーテンを開けてくれた。 「一応、熱だけ測ってね」 出された体温計を脇に挟み、ベッドに腰掛ける。 ピピッと小さな音がしたそれを彼女に渡し、すぐにベッドに横になった。 泣きすぎたせいで頭が痛い。 「温くなったら言って」 そう言って先生が冷たいタオルを額に乗せてくれる。 俺はそれを目元まで引っ張り、眠ることに決めた。
冷たいタオルの感触に目を覚ます。 眠っている間も先生が換えてくれたらしく、思ったよりも瞼がすっきりしている。 そっとカーテンを開け、先生以外誰もいないのを確認してから外へ出た。 「先生、ありがと」 そう言ってタオルを返す。 「どういたしまして」 その言葉を背中に聞きながら、入り口の脇にある鏡を覗き込んだ。 泣いたのがバレバレの酷い顔。 先生がタオルを用意してくれなかったら、もっと酷いことになってたかも。 「授業に戻れる? 早退してもいいのよ?」 時計を見ると、もう5分ほどで4時間目が終わる。 寝過ぎだろ。 とても悩んで泣けてきた人間の睡眠時間とは思えない。 「どーしよっかなぁ……」 早退したいのは山々だけど、弁当が気になる。 他の中身はともかく、放置していって、明日あの弁当がどうなっているか考えるだけでも恐ろしい。 そしたらどのみち教室戻らなきゃいけないし……。 「教室戻りたくない……」 「じゃあ、早退?」 「だって弁当だもん、俺」 ちょうどチャイムが鳴った。 先生も昼だろうし、誰か生徒も来るかもしれない。 弁当諦めて帰ろっかなぁ。 腐臭が漂ってたら、ゴメン! 「先生、俺、帰る」 「わかった。担任の先生には言っておくから」 「お願いしますー」 ここから昇降口まで、途中売店がある。 昼休みの校内をこの顔を見られないようにどの道から行こうかと考えていると、先生が口を開いた。 「そういえば、2時間目の終わりに―――」 ガラッ 「あら、永田くん」 出て行こうと思っていたのとは違う入り口から永田が入ってきた。 俺は思わず目を背け、急いで扉に手を掛ける。 「また来てくれたのね~。もう大丈夫みたいよ。早退するって」 「そうですか」 そう言いながら永田が近づいてくる。 「ちょうどよかったな。昼だから、さ」 永田が鞄を差し出した。 これで弁当の心配はなくなった。 けれどももっと恐ろしい状況だ。 イチバン会いたくなかった人が目の前にいるなんて。 「ありがとう」 俺は俯きながら呟いてそれを受け取ろうと手を伸ばす。 「送っていくよ」 永田は俺の鞄を持ったまま、渡そうとはしてくれない。 「いいよ。女の子でもないし」 自分の出した言葉に予想以上に傷つき、涙が出そうになった。 あんなに泣いて、どこに水分が残っているというんだろう。 「先生。俺も早退します」 「はいはい。気をつけて帰るのよ」 「いいよ……!」 先生と永田の間で成り立っているらしい話に割り込み、鞄を受け取ろうと手を伸ばす。 「いいから。帰るぞ」 しかし俺の言葉など聞く気がないらしく、永田が俺の手を掴み、扉を開いた。 もちろん抵抗したが、好きな人に触られてるってことに予想以上に動揺してて、大した抵抗にはならなかった。 どんどん進む永田に何と言って断ればいいのかわからず、ただ口を閉ざし、手を引かれるままに歩いていく。 昇降口では手を離してくれたけど、靴に履き替えるとまた無言で掴まれた。 別に逃げたりしないのに。 「ウチ、どっち?」 校門まで来たときに永田がやっと口を開いた。 どうして嫌ってる相手をわざわざ送っていこうなんて思うんだろう。 そう考えて、また涙が零れそうになった。 馬鹿みたい。 返事のない俺を訝しみ、永田が振り向く気配がする。 俺は慌てて俯き、涙を見られないようにした。 「ごめん」 そう言って永田が手を離す。 離れていく、はじめて触った永田の柔らかい手を名残惜しく見つめ、何を謝っているのだろうと首を傾げた。 「俺のせいだろ?」 俯いたままだが、俺は慌てて首を振った。 永田に言われたことが原因じゃない。 永田に嫌な思いをさせた自分が嫌だし、これからもさせるだろう自分が情けない。 男のクセに永田が好きで。 でも諦めることなんて出来なくて。 「悪かったよ。あんな言い方して。奥田は俺のこと助けてくれたのに」 首を振り続ける。 違う。俺が永田を傷つけた。 いじめっ子以上に俺が。 再び溢れ出した涙は止まる気配もなく。 「ごめん……」 しゃくりあげながら呟いた。 気づかなくてごめん。傷つけてごめん。 好きになって、ごめん。 「何が?」 「ごめん」 「俺だろ? 謝るの」 涙が零れ落ち、泣いてることがバレバレでも、俺は首を振り続けた。 「とりあえず、帰ろうぜ」 永田が俺の腕を引っ張る。 「どっち?」 「好きなんだ」 「は?」 唇から溢れ出た抑え切れない思いに永田が素っ頓狂な声を出す。 「俺、永田が、好きなんだ……だから、ごめん」 「いや、別に謝られることじゃねーけど」 顔を上げることは出来なかった。 それでも永田が困ったような表情をしていることだけはわかる。 「ごめん……」 謝罪は言葉にならず、ただ嗚咽を抑えようとした呻きが洩れただけだった。 必死に唇を噛み、声を抑える。 それでも涙が止まることはなかった。 「泣くなよー」 オロオロと永田が手を彷徨わせる。 俺は必死に呼吸を落ち着けようと深く息を吸い込んだ。 汚い顔をおざなりに袖で拭い、顔を上げ、何度も深呼吸する。 「俺にどうしてほしいんだ?」 どうしてほしい? そばにいてほしい。 ずっとずっと俺のそばにいてほしい。 「好きになって……」 思わず出た言葉に、永田が困った顔をする。 そんなの出来るわけないのに。 「ごめん」 困らせたかったわけじゃない。 ホントは好きになってほしいけど。 女の子を好きにならないでほしいけど。 他の誰も好きにならないでほしいけど。 でも永田には笑っててほしいから。 「忘れて。これからもクラスメイトのままでいて」 涙でぐちゃぐちゃなまま無理矢理笑顔を作った。 「ありがとう。ここでいいから。また明日」 そんなことを言いながら早足に永田から逃げ出そうと背を向ける。 「待って」 せっかくの決意を永田が挫こうとする。 逆らうことなんて出来ず、一応は足を止めてみるものの、恐ろしくて振り向くなんて出来ない。 「俺、おまえを好きになれるかどうかわからない」 そんなこと言われなくたってわかってる。 止めを刺すようなことしないで。 真面目な永田が好きだけど。 こんなときまで律儀に返事しないで。 まるで抉り出されているのではと疑うほどの痛みに胸元をぎゅっと掴む。 「だけど。努力してみるよ」 「?」 何を言われているのかわからなくて、背を向けたまま首を傾げた。 「奥田に好きだって言われて、男なのに気持ち悪いとか思わなかった。……だから。それまで待っててくれない?」 もしかして、もしかして。 すごく都合のいい解釈なのかもしれない。 そう思いながらも振り返り、永田の表情を伺う。 「勝手なこと言ってるって自分でも思うし、奥田が他の誰かのものになってもしょうがないと思う。だけど―――」 「好きになってくれるの?」 震える声に、永田は小さく頷いた。 また勝手に瞳から涙が零れる。 だってどうせ諦められない。 女々しくずっと永田を好きでいるから。 だから。 ちょっとでもいい。 永田が俺のこと考えてくれる。 他の誰も見ないでくれる。 「待つよ」 待つっておかしいかも。だって俺が勝手に永田を好きでいるんだから。 それでも。それでも、いつか。 「いつか永田が俺のこと好きになってくれると嬉しい」 「頑張るよ」 そんなことを言って永田が照れたように微笑った。
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