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 (同級生/初恋/弱気受け/ほのぼの/--)
夏の香りと君の声







今この時、この瞬間、君が隣にいてくれていたなら・・・












 五月、夏の始まりの季節は、とてもおだやかに過ぎていく。

葦原(あしわら)優希は、頬杖をついてボーっと窓の外の景色を眺めてい

た。校内に植えられた名前もわからない木と、校舎を超えた外の住宅街

を何を思うこともなくただ眺める。退屈な英語の授業のときにやること

といったらそんなことしか無かった。優希の席は窓側の一番後ろのだ。

カーテンのひかれていない窓から入ってくる日差しの暖かさがやけに眠

気を誘う。いつの間にかウトウトと寝てしまっていて、先生の声にハッ

として目を覚ます。この英語の時間のなかで幾度それを繰り返したかわ

からない。








 5月といえば、段々と学校にも慣れ始め、新しい友達などもできてい

る、本当ならそんな時期のはずなのに、優希にはまだ友達と呼べる人が

居なかった。特に暗い性格、というわけではないが、幼い頃から直らな

い極度の人見知りが影響して、話しかけることも、話しかけられること

も無いままズルズルと5月まできてしまったのである。







 優希は、そんな情けない自分が嫌いだった。



 「・・・・わら・・・」



藁?稲刈りでもやるのかな?



 「・・・しわら・・・」



しわら?ナニそれ・・・



 「葦原!!!!」

 「――――――――――はいいいいいっ!!!!」



やっと自分の名前を呼ばれていることに気がついた優希は、素っ頓狂な

声を上げてガタガタっと盛大な音をたてて立ち上がった。


(ひょっとして、僕授業中に居眠りしてた?!)


一瞬のうちに眠気も覚めてしまった。驚きで大きく見開かれた優希の目

には、鬼のような形相の教師がいる。

はずだったのだが、優希の目には何も書かれていない綺麗な深緑色の黒

板しか映っていなかった。



 「・・・あ・・・れ・・?先生は?」



呆然として呟かれた言葉は、誰も居ない静まり返った教室に虚しく吸い

込まれていった。

優希の席は一番後ろなので、教室全体が見渡せるようになっている。

しかし、想像していた先生はいなく、いや、先生どころではない、普段

うるさい教室には、生徒も誰もいないのだ。



 「・・・え?・・じゃあ・・僕のこと呼んだのって・・・?」

 「俺なんだけど」



苛苛とした不機嫌な声が聞こえ、優希はビクッっと体を震わせて声のし

た方、後ろを振り返った。



 「あ・・・・委員長・・・」



おもわずといった感じで呟いた言葉には、確実に怯えの色が含まれてい

た。

どうやら優希を起こしたのは、同じクラスの委員長、南波(なんば)仁司

(ひとし)だった。ただでさえ容姿の整っている南波に睨まれ、という

か、不機嫌な顔をされ、人見知りで小心者の優希は頬を引きつらせた。

南波は野球部で、短い黒髪は、正に爽やか少年という言葉がピッタリの

典型的な好青年で、クラスの人気者だ。そう、優希とは全く正反対の人

間。勿論、そんな相手と言葉を交わしたことも無かった。



 「・・・葦原、起きたなら行くぞ?」



右手の親指で扉を指差しながら南波は言った。


(行くってどこへ?)


南波の言葉のわけが分らない優希は当惑した表情で南波を見つめた。す

ると、南波は優希の表情で何かを悟ったのだろう。深いため息を吐く

と、おもむろに口を開いた。



 「次、物理の授業、物理室に移動」

 「・・・・・あ・・・だから皆いないんだ・・・」



納得したように優希が呟くと、南波はまた溜息を吐いた。

その溜息を聞いて、優希はビクッと身震いした。


(―――――どうしよう、怒らせちゃったかな・・・?)


 怯えたように潤んだ瞳で、南波を見上げると、南波はうっと息を詰ま

らせた。



 「そ、そんな目で俺を見んなよ・・・俺がイジメてるみたいじゃんか・・・・!」

 「・・・え?怒ってるんじゃないの・・・?」



恐る恐るそう口に出すと、南波は目を眇めて優希を見下ろす。



 「・・・俺が、怒ってるように見えんのかよ?」

 「うん、すっごく」



優希が怯えながら即答すると、南波はがくっと肩を落とした。



 「・・・・・怒ってねえし・・・」



力なく呟く南波の姿を、優希はしばらく意外そうに見ていたが、しばら

くすると、何故か笑いがこみ上げてきた。

だって、いつも明るくて、しっかりしている委員長の狼狽した姿を見れ

ば、優希じゃなくとも笑いたくなるだろう。

なんとかこらえようと頑張ってみたが、結局笑いが漏れてしまった。

クスクスと笑い出した優希に気がついて、南波は文句のひとつでも言っ

てやろうかと優希を見た。



 「おい葦――――――・・・」



何笑ってんだよ、と続くはずの言葉は、途中で途切れてしまった。

切れ長の目には、いつも無表情で、笑ったところを見たことが無い少年

の、笑顔が映っている。

その笑顔があんまり綺麗で、南波は思わず見惚れてしまった。

そんな南波の様子に気づいた優希は、にっこりと微笑んだまま上目遣

いで南波を見上げてきた。



 「どうしたの?委員長?」

 「え!あ、いや・・・」



まさか男である葦原の笑顔に見惚れた・・・など言えるはずもなく、南

波は言葉を濁した。

焦って時計に目をやると、4時間目が始まってからもう15分も経ってい

た。



 「ああ・・・・完璧遅刻だわ・・・」



南波の言葉に、優希は肩をビクッと震わせた。

先ほどの笑顔がみるみるうちに曇っていく。



 「ご・・・ごめんなさいっ・・・僕の所為でっ、委員長に迷惑かけて・・・」



優希は俯くと、途切れ途切れに南波に謝った。

声が上手くだせなくて、擦れてしまう。

自分の所為で人に迷惑をかけるのは嫌だ。

人に嫌われるのが怖い。

そんな思いがいつも頭をよぎって、優希はいつも条件反射のように謝っ

てしまうのだ。たとえそれがどんなにちっぽけなことでも。



「え?!いや、俺別にそんな責めてるつもりじゃないんだけど、迷惑でもねーし・・・」




何も言うことが無く、思わず言葉に、悲壮感たっぷりに深刻そうに謝ら

れ、南波は困ったような笑みを浮かべた。



 「だからそんな気にすんなって」



言葉につまった南波は明るくそう言うと、無意識に優希の頭に手を伸ば

して、その柔らかい髪を撫でた。

 自分の頭を触られた感触に驚いて、優希は反射的に顔をあげた。南波

の少し日に焼けた肌と、整った顔が目の前にあって赤面しそうになっ

た。頭を撫でられて訳がわからないのと同時に、何故だか少し安心して

南波をみれば、目が合って、男同士なのになんだか照れくさくなって二

人で笑った。







高校に入学して、初めて出来た友達、それが、南波だった。

そして、初恋の相手も、南波仁司その人だった。


「まだ恋を自覚する前の二人の話です。」
...2006/6/4(日) [No.304]
レン
No. Pass
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