急がないと取り返しの付かないことになる。
とにかく頭にはソレしかなくて生まれて初めてじゃないかと思うくらい必死で階段を 駆け上った。
恋をいたしましょう(後)
初めて俺がその人を知ったのは学園生活一年目の夏だった。
学園の噂に疎い俺と話すのに痺れを切らした写真部で情報通の同級生が良いものが 見せてやると引っ張って行ったのは、中庭が覗ける教員用トイレの窓だった。
教師に見つかればタダではすまないし、専門の業者が綺麗に掃除しているとはいえ、 トイレなんて夏に長居したい場所じゃない。
だけど、渋々外を覗いた俺はその全てを忘れてしまった。
白い半袖のワイシャツ姿で中庭の木陰に陣取る小柄な二人組みが少し離れたところに 見える。
無邪気に笑う淡い色の髪と白い肌の美少年と、対照的に憮然とした表情で淡々と喋る 真っ黒な髪の少年は緑と強い日差しが作るコントラストに彩られて・・・なんだか スゴク絵になっていた。
「左がさっき話した学園のアイドル[麗しの天使]だ。他のヤツには絶対内緒だぞ。 ココは天使のランチタイムが覗ける唯一の隠れスポットなんだ。」
どうだ言ったとおり可愛い子だろ? 自慢気に話す友人に頷きながら俺は急に心配になった。
茶髪の子は今まで見たことが無いくらい綺麗な少年で夏服のせいか妙に無防備な 感じがした。
この学校は信じられないことに男に手を出すヤツらが大勢居る。
ワリと長身で可愛くも無い俺ですら声を掛けられたことがあるくらいだ。 華奢で小柄な二人がこんな人気の無いところに居るなんて相当危ないじゃないか。
そう言うと友人は俺にため息を付いた。
「オマエ本当に人の話聞いてないな。いつも天使様の側には恐~いナイトが付いてて 誰も手が出せないの。」 「ナイトって。」
もう一度、覗いても窓の向こうには二人しか居ない。
「右のが伊藤修一ってヤツ。ちびっ子なのにエライ強い上に凶暴で 2年が10人で 襲っても返り討ちにあったって、さっき話したばっかりだろ?」
嘘だろう?俺はもう一度窓を覗いた。
どうみても普通の少年だ。小柄で細くて憮然とした表情にも、どこか可愛い気を 感じるくらいで。
「お前達!何してる。」 「うわっ柴田だ!」 「先生を付けろ。"柴田先生"だろうがバカもんっ!こっち来いっ!」
結局、その日はコッテリ絞られた。おまけにトイレの窓も 固定されて開かなくなったと後日級友は嘆いていた。
当時の俺は俺は話を聞いて残念だと思う反面、他の誰もあの光景を覗けないんだと 知り妙に安心したのを覚えている。
それから時々、廊下や校庭で彼の姿を見かける度になぜが彼を意識して緊張した。
本当は話てみたくて、でもできない。
同じ学年でもクラスも違い接点もない上に彼らは身を守るため孤立していたから、 側に行く切っ掛けすら掴めず、そうこうする内に意識し過ぎて視線を合わすことさえ 難しくなっていた。
ただ、彼の噂話にだけは必死に耳を傾けた。情報通の友人のおかげで彼が度重なる 襲撃を凌いでいるのは知っていたが夏に見た細い腕が忘れられず、毎回ハラハラして いた。
そして、俺が初めて彼の強さを目の当たりにしたのは今年の春。
毎朝の日課である水撒きをした後、用具入れの鍵を宿直室に返しに行く途中、ふと 廊下の窓から外を見るとさっきまで俺が居た花壇のところに彼が立っていた。
しかも、彼は1人ではなく数人の男達に囲まれていた。 男の1人が彼に殴りかかった。彼がかわすと次々男が襲い掛かる。
多勢に無勢のせいか彼は防戦一方で、少しづつ横に逃げようとしていたが、遂に 何発か相手の蹴りやパンチを食らった。
ようやく正気づいた俺が外に飛び出そうとした瞬間、ソレまで貝のように身を 屈めていた彼が攻撃に転じた。
勝負は一瞬だった。
素早く大胆な動き。鮮やかに決まっていく彼の攻撃で不良達はあっという間に倒れ 伏し、そのまま動かなくなった。
倒れた男達が起き上がってこないのを確認すると彼は直ぐ花壇に向かって不良達の 足で荒らされた場所を整えだした。
それで、なぜ彼が初め防戦一方だったのかが分かった。
彼が最初に立っていたのは花壇と花壇の間だった。 あそこで彼が不良たちをのしていたら、下敷きになった花は全て潰れてしまっていた だろう。
花壇になるべく被害がでないように極力大きな動きをせずに横へ、花壇の無い スペースまで移動した彼。
俺は彼の強さと優しさに衝撃を受けた。去年の夏から燻っていた何かが形になった 気がした。
とは言え、ヘタレといわれる俺が[ホモ嫌い]の彼に直ぐ声を掛けられるわけもなく ・・・結局彼を見つめるだけの生活が始まった。
そして薫君が委員会に行っている間、彼は必ず屋上の定位置で空を見上げているのを 知った俺はそこが見える科学準備室にコッソリ通うようになった。
そうして数ヶ月が過ぎた頃、俺は高校に入る前からの付き合いになる幼馴染の隼人に 相談を受けた。バスケ部のキャプテンで文武両道。
自慢の幼馴染に頼まれた内容に俺は驚いた。
「伊藤修一に告ってくれないか。」
最初は何を言われているのかわからなかった。
「な、何で、し、知って。」
俺の気持バレてたのか!俺、そんなにわかりやすかった?
「嘘でいいんだ。」
どうしよう、どのくらいの人にばれてるんだ・・・って、アレ。
「え?」
・・・俺の気持がばれたワケじゃないのか?
「俺、三国薫が好きなんだ。」 「え?」 「分かってる。俺だって驚いたよ。外では普通に女の子好きだったし、だけど今 三国が好きなのは本当なんだ。」
苦渋に満ちた表情で告白する隼人の真剣な表情に俺は言葉も出なかった。
「入学式の日。俺三国の隣だったんだ。途中で寝ちまった俺を起こしてくれた時の 笑顔が頭を離れないんだ。だけど、あの後の騒ぎで告白どころか話もできなく なっちまって。」
いつもの自信満々からは想像できないほど力なく俯く隼人に同情する以上に俺は 共感していた。 今となっては普通に話しかけることさえできない。
「もう限界なんだ。この学校がどんなとこか知ってるだろ?去年は会長が味方してた みたいだが今年違う。何時までも伊藤一人でなんとかできるはずかない。俺だって 側にいれば守ってやれるのに。」 「そうだよな。」
その気持もわかる。俺だって喧嘩は弱いし隼人みたいに顔が効くわけじゃないけど 何かできるかもしれない。
だけど一番の問題は。
「俺なんかが告白してどうなるんだ?」
ってことなんだけど。
「伊藤はお前に気があるんだと思う。」 「はあ?」 「お前のこと良く見てるんだアイツ。俺も最近気付いたんだけどさ。・・・それに 練習試合やった学校でアイツの地元のヤツが居たんだ。そいつが言うにはアイツ 真性のゲイらしいんだ。」
伊藤君が俺を気にしてる?真性のゲイ?
「うそだろ?」
しかも俺を意識してくれてる?あまりにも都合が良い展開に頭が上手く働かない。
それが本当なら・・・いや、俺の邪な気持に気付いて警戒しているだけかも 知んないし。
「俺、心配なんだ。三国が伊藤に騙されてるんじゃないかって。伊藤は地元では 男関係が派手で素行が悪かったて言うし。」 「伊藤君はそんなヤツじゃ無いっ・・・無いんじゃないかと思う。良く知らないのに 悪く言うなよ。」
俺は咄嗟に叫んでいた。手を土で汚しながら花を心配していた姿が頭に浮かんだ。
「わかってる。あくまで噂だからな。それを確認するためにも協力して欲しいんだ。 頼む!」
俺が思わず頷いたのは親友の頼みを断れなかっただけじゃない。
伊藤君が誤解されてるのが嫌だったし、僅かに灯った希望に縋って諦めていた距離を 縮めたくなったからだ。
そうして俺は決死の告白をして何とか受け入れて貰えた。 奇跡だと思った。
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伊藤君は告白した時、すごく渋ってた感じだったから俺のことが好きでいつも俺の ことを見てたっていうのは間違いだったんだと思う。
結局、今付き合えてるんだから良いんだけどね。
ついでに言うと薫君を利用してるっていうのも隼人の思い過ごしだ。 だって薫君とじゃれてる時はホントに楽しそうにしてるから。
伊藤・・・実はこの前、修一って呼んで良いって言われたんだよね。
修一は離れて見ていた時感じていたとおり、ちっさいけれどカッコ良い。 ふとした表情とか仕草が男前なんだ。
けど、俺の肩くらいまでしかない身長で固めでサラサラの黒髪から上目使いで、 見上げてくる時とかはギュッとしたくなるくらい可愛い。
お昼一緒に食べてても薫君の方が良く話しかけてくるくらいで素っ気無いけど話は 一生懸命聞いてくれるし、ちょっとした時に俺のこと気遣ってくれる。
やっぱり好きだなあって思う。
暫くして最初の約束どおり隼人を紹介した。 最初は硬くなってたけど、だんだん薫君も慣れてきたみたいで、修一も安心して 薫君を隼人に預けるようになった。
隼人の下心は知ってるから、ちょっと気が咎めるけど絶対無体なことはしない ヤツだから安心もしてる。
勝手だけど、俺は修一と二人だけの時間が持てるのが嬉しいかった。 それに修一も一人で気を張らなくて良くなったせいか以前より表情が柔らかくなった 気がする。
だから、これで良かったんだと思う。思うんだけど、どっかで割り切れない罪悪感 みたいなのを持ってた。俺は小心者だから。
それが、あんな事態を招くことになるなんて当時の浮かれきったバカな俺は想像も しなかったんだ。
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修一に体育倉庫に呼び出されて、いきなり殴られた。 隼人の思いがばれたと知って俺はパニックになった。
修一が怒ってる。どうしよう。どうしたら良い?どうしたら・・・。 二人を喧嘩させたくは無かった。薫君のためにも俺自身のためにも。
「イイ訳もできませんてか?この俺をコケにして侘びの一つも入れられねぇって?」 「す、すまない。だけど、隼人は良いヤツでっ、しっ真剣に薫のことっ」
ゴフッ痛みで頭が真っ白になる。 痛い。痛い。恐い。初めて自分に向けられる修一の怒気に体が竦む。
修一が何かを言っているようだけど痛みと息苦しさでに意識がいって聞こえない。
すこし呼吸だ整い力が抜けた時、何かで手足が拘束された。
「な、何を?」
それから後の事はよくわからない。 知らない感覚が体を支配してワケが分からなくなるのが恐くて仕方がなかった。
言葉で指で散々嬲られた。悲しかった修一に酷く扱われて、すっかり嫌われて しまったんだと思うと胸が苦しくてしかたがなかった。
カラダと心がバラバラになりそうな時間が、強烈な刺激で突然ふっとんだ。 何もかもが消え去って俺は空っぽになってしまったみたいだった。
どのくらいの時間が経ったのだろう。 一瞬視界がクリアになって修一の顔が見えた気がした。
修一?なんでそんな表情してんの?
「そこで何をやってるんだ!」
俺の意識はそこで途切れた。
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目が覚めるとそこは俺の部屋だった。隼人と薫君が運んでくれたらしい。 俺は殴られたショックで3日間熱を出して寝込んでいたらしい。
つくづく自分が情けなくなって俺はため息を付いた。
さらに情けないことに病み上がりを理由にさらに2日休んで俺は土日を迎えた。 修一に嫌われたことを思うと外に出る気がしなかった。
不思議と俺の我侭に同室のヤツや寮長は何も言わずに許してくれたし、教師の方も 丁寧なプリントを出してくれて容認してくれた。
隼人や薫君に至っては部屋まで食事を運んでくれる程、俺を気遣ってくれた。
あ、騙してたのがバレても薫君と一緒に居るって事は二人は上手くいったのかな? ・・・そう思うと俺はまた凹んだ。修一は俺のことは許してくれなかったんだ。 一回もお見舞いに来てくれなかった。
すっかり呆れられたに違いない。
「お~生きてっか?」
俺が修一を知る切っ掛けになった情報通、速見が見舞いに来た。 あの木漏れ日の中に居た今より幼い感じの修一の面影が頭を過ぎった。
途端に物思いにふけってしまった俺に速水が突っ込みを入れる。
「大変だったのはわかるけど男がいつまでもグチグチすんな。元気出せよ。」
速水の気持は嬉しいけど男だって失恋はツライよ。
「男だってツライもんはツライさ。」 「まあ、そうだけろうどさ。犬に噛まれたと思って忘れちまえよ。」
慰めてくれる気持は嬉しいけど、そんな風に言うなよ。
「そう簡単に忘れることなんてできないよ。」 「それでも、忘れないと前に進めないだろ?」
俺を元気付けようとして言ってくれてるのはわかるんだけど。軽い感じの物言いに つい声を荒げてしまった。
「簡単に言うなよっ!どれだけ長い間、俺がっ。」
覗き見した日から、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡って俺は声を詰まらせた。 「っ!そんな前からやったんか。気付かなかった。ゴメンナ。」
速水は何故か凄くショックを受けたみたいに頭を下げてきた。いつもより神妙な態度に違和感を覚えつつ俺は話を続けた。
「謝るなよ。俺が隠してたんだし。」 「そうか。」
速水が目頭を押さえるようにして出て行ってから、すぐ薫君が食事を持って入って きた。 もしかしたら今の会話を聞かれたかもしれない。
気まずくて目を逸らす俺に薫君が優しい声を掛けてくる。
「ごめんね。僕何も気付かなくて。・・・これからは力になるから。」
ちょっと涙ぐんで笑いかけてくる薫君の気持に感動しながら、俺は笑顔の向こうに 修一が見えた気がして泣いてしまった。
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あれから一週間が経った。 冷たい目で見られるのが恐くて修一のことを避けている俺はホントにヘタレだ。
食堂では最近見慣れた光景。目の前に薫君が座り、その隣で隼人が食事をしている。
気持が少し落ち着いてきたら急に気になったんだけど隼人と付き合ってるせいか 薫君は毎日俺と一緒にお昼を食べてる。
修一はどうしてるんだろう?
俺の顔見たくなくて一人で食べてるのかな。そうだったら申し訳ない。
だって修一は何時もテレて渋々ってフリをしてたけど薫君を大事にしてるの傍で 見てわかってたし。 クラスの連中も隼人も妙に優しい。俺もいい加減に浮上しないと。
「薫君。あのさ、もう俺大丈夫だし気遣わなくて良いよ。」 「いきなり何言ってるの?」
薫君がうどんを啜りながら困惑した表情を向けてくる。
「いや、だからさ。あの、俺と一緒にお昼食べてるから修一はどうしてるかなって。」「修一のことは言わないで!」 「忍、お前お人よしにも程があるぞ!」
俺のセリフに二人は突然大きな声を上げた。
「知らないよ。あんなヤツ。」
薫君は顔を真っ赤にして席を立って食堂を出て行こうとする。 慌てて隼人も席を立つ。
「オマエな。最初にヘンなこと頼んだ俺が悪かった。けど・・・もう忘れろよ。 お前はただの被害者なんだから。」
二人が去った後、俺は呆然としてしまった。”被害者”ってなに? その時、突然肩を叩かれた。速水だ。
「見世物になりたくなかったら場所変えた方が良いぞ。ただでさえ噂凄いことに なってんだから。」
凄いこと?ますます俺はワケがわからなくなった。
俺は速水に促されて新聞部の部室へ足を運んだ。
「速水!噂って何?」
窓が無いため昼間でも薄暗い新聞部の部室に着くなり俺は速水に食って掛かった。 嫌な予感がしたから。
「心配すんなよ。ヘンなこと言い出すヤツが居ないように緘口令がしかれてるし、 皆お前の味方だから。」
確かに見っとも無い話だけど、なんか大げさじゃないか?
「そりゃあ俺だって恥ずかしいとは思うけど。」 「とにかく隼人達が言うように気にすんな!ても急には難しいだろうけどな。」
速水の言葉がしみじみ身に染みた。
「ああ、いい加減、失恋から立ち直らないと。」
ため息と共に吐き出した俺の言葉に速水は頷きかけてから固まった。
「・・・今、何て言った?」 「ええ?だからフラれたくらいで何時までも落ち込んでちゃ皆に悪いと思って。」
速水は一端、俺の顔をマジマジと見た。
「それ、マジで言ってんの?ていうかオマエ伊藤修一のこと好きなのか?」 「当たり前だろう!ずっと好きだったんだから。って、どうしたんだ?」
速水は一瞬呆けた後、思案顔になってブツブツ言い始めた。
「やっぱりカメラマンとしての俺の目は正しかったんじゃないか。」
とか言ってるけど何言ってんだ。
「何だよ?」
急に真面目な顔をして速水は俺の目の前まで顔を寄せてきた。
「気弱な忍君はホモで鬼畜の伊藤修一に強姦されて、ソレをネタに脅されて体の 関係を強要されていた。」
強姦?脅迫?
「耐え切れなくなって断ったところ殴る蹴るの暴行を受け、更に性的暴行を 加えられてるところで教師と隼人達に保護された。」
保護って何?
「これが今、一番有力って言われてる噂だぞ。」
誰がそんな根も葉もないことを・・・。呆然とする俺に更に速水が追い討ちを 掛けてきた。
「お前が1週間以上休んで、5日間伊藤修一が謹慎処分を受けた。薫姫が隼人の部屋で 寝泊りして学校でも伊藤修一とは目も合わせない。これだけ証拠があったら 仕方ないでしょ?」
そんな・・・。
ショックが大き過ぎて言葉にならない。修一が謹慎処分、薫君と絶縁状態。しかも 全部俺のせい?
「修一を騙したのは俺なのに・・・被害者は伊藤君なのに俺どうしよう。なんて 言って謝ればいいんだ。」
なんで、そんなことになってるんだ?
「落ち着け。何より伊藤修一が弁明しないのが噂の浸透に拍車を掛けてるんだ。 本当に被害者ならなんで黙ってるんだ?取り合えず最初から話を聞かせろ。」
俺は話した。
隼人が薫君を好きだということ。 修一が地元で男漁りをしてたという噂。 頼まれて修一に告白したこと。 修一の恋人になって隼人と薫君を引き合わせたこと。 全部バレテ修一が怒って暴挙に出たこと。
・・・実は昔から俺が修一を好きだったこと。
「俺、修一に謝らなきゃ。」
ポツリを言った俺に思わぬ言葉が返ってきた。
「お前が言わなきゃいけないことはそれじゃないだろ?」 「え?」
速水が冷たく俺を見据える。こんな風にコイツが怒ったところを見るのは初めてだ。
「なんで伊藤修一がお前を襲うほど怒ったのか、いや、傷ついたのかオマエわかって ないんじゃないのか?」
速水の真剣さに押されつつ俺は動きの悪い頭を捻る。わかりきってるじゃないか そんなこと。
「俺が嘘を吐いたから。」 「その嘘ってなんだ?」
全部がと言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。俺が吐いた嘘。謝らないといけない嘘。
そして、嘘じゃないところ。
何かが分かりかけた時、新聞部の一年が部室に飛び込んできた。
「速報です!玄人好みの斉藤高次が遂に動きました。伊藤修一に接触中です。」
伊藤修一の名に俺はとっさに立ち上がった。
「伊藤は何処に居る?」 「東棟の屋上です。」
良くやったと言うように後輩の頭を撫でてから速水は俺を振り返った。
「あいつはアプローチ=セックスだからな。良いのか忍。独り孤立した伊藤修一は やけになってあいつの毒牙に・・・」
そんなの
「良い訳あるか!」
俺は全力で走った。 今居るのは西棟。間に合わないかもしれないけど俺には伝えないといけない言葉が あるんだ。
息は完全に上がって、頭がクラクラするけど足を止めたくない。
東棟の3階まで辿りついた時にはふらふらで、前から来た誰かにぶつかった。
「忍君どうしたの?」
薫君だ。今は時間が惜しいけど脇腹を抑えながら歩くことしかできない。
「修一は、はあ。悪く、ないん、だ。はあ、おれが、はやとが、わるくて。しゅう、 い、ちが、はあ、襲わ、れる。はあ、屋上に」
よたよた前に進みながら声を絞り出す。霞む視界の端で薫君が難しい顔をしてのが わかった。
構わず進もうとする俺の耳に薫君の声が聞こえた。
「後で説明してもらうからっ!」
既に限界で歩くのがやっとだった俺は、あっという間に姿が消えた薫君の背中を 見送った。
そうして、何とかたどり着いた俺が目にしたのは、そのままの勢いで先輩を 突き飛ばし仁王立ちになった薫君と呆然とソレを見ている修一だった。
******************
先輩は拍子抜けしたみたいに意外にあっさり引き下がった。
去り際に「今後はホントにHしようぜ。」なんて言葉を残して薫君を激怒させて たけど。
ゴクッと自分の喉が鳴る音がした。もう間違えるワケにはいかない。 目の前の・・・大切な人をこれ以上傷付けないようにするために。
何か言いたそうな薫君を無視して俺は修一の前に立った。
緊張していたけど、走りながら見つけた答えは自然と言葉になった。
「1年生の夏、俺は中庭で昼ごはん食べてたある人に一目惚れした。でも告白勇気が 無くて、ずっと見てるだけだった。」
一言一言、言葉を区切りながら話した。結果はどうあれ俺の長い間暖めていた思いを キチンと伝えておきたかったから。
「その人は小柄で細くて可愛くて・・・でも凄く強くて優しい人で。花壇の花を 守るために自分が代わりに殴られるような人だった。」
それまで、下を向いて何処か疲れたような皮肉な笑みを浮かべていた修一が驚いた ように顔を上げた。
俺はしっかりと見開かれた瞳を覗き込みながら言葉を発した。
「俺、里山忍は伊藤修一にずっと片思いしてました。」
修一の目の中には俺が写っている。それが嬉しくて自然と笑えた。
「身勝手なのはわかってるけど、改めて俺と付き合ってください。」
修一は何かを言おうとして口を閉ざしてを繰り返した。
笑おうとして失敗して泣きそうにもなって、そんな姿に俺は自分がどれだけ彼を 傷つけたのかが分かって切なくなった。
守りたかった。弱い俺にできる範囲でも、なのに逆に傷つけた。 俺は咄嗟に抱きしめていた。
修一は想像していた以上に小さくて俺の腕の中にすっぽり収まった。 それが、余計に切なくて俺は一言「ごめん。」といった。
それ以上、何か言うと俺の方が泣きそうだった。
自分の不甲斐無さに泣きそうになって抱きしめる腕に力を入れた俺は気付けば 心情的には腕の中の体温に縋るような形になっていた。
と、全く動かなかった修一が宥めるように俺の背中に手を廻してきた。
咄嗟に離れそうになった俺を力で押しとどめて一言「バカなやつ」と言った。
「おせぇんだよ。やっぱり忍には俺が居てやらなくちゃ駄目だな。」
それは涙声だったけど、確かに俺の知ってる強い修一で。 俺は流れ出した涙で声が出せず。何度も首を立てに振って応えた。
修一は少し赤い目で苦笑しながら。「しょうがねぇな。」といって本格的に俺を なだめるように背中や頭を擦ってくれた。
幸せで、すごく遠回りしてしまったけど、それがどうでも良いと思えた。
が
「いいかげんに説明して!」
遠回りしてしまった以上、必要なこともあるわけで。
この後、全ての話を聞いて薫君は勿論、大激怒した。俺や隼人は元より 弁明しなかった修一もその対象だった。
もともと薫君は噂なんて信じてなくて単に何も弁明しない修一に怒っていたからだ。
だけど、それは修一への友情の裏返しで、最近は修一を守るべく俺との間に入ったり 斉藤先輩と口論したりもしている。
隼人は未だに口を聞いてもらえないようだが一緒に行動するのは許されているので、 何かの機会に好転することもあるのかもしれない。
噂の方は新聞部の「号外」に俺と修一の単なる痴話喧嘩だったという「真相」を 俺達のインタビュー付きで掲載したことで消すことができた。
一波乱あって、取り戻しつつある修一との日常には以前と一つ変わったことがある。
一日に一回、修一に俺からキスをすること。 それは、もう一度付き合う条件として修一が出してきた「お願い」で。
目下の悩みは未だにフレンチキスしかできなくて呆れられてないかなということ なんだけど。
「忍。何ボーとしてんだ?」 「あっごめん。」
いつもは邪魔するように俺たちの間に入ってくる薫君が居ない貴重な二人っきりの 時間に意識飛ばすなんて大失態だ。
「全く、もっとしっかりしろよ。あっそうだ!俺さ、ホントは抱くより抱かれる方が 好きなんだ。」
だから、がんばってくれよ。
恋はジェットコースのようと言ったのは誰だったけ。 俺は茹蛸になってその場で卒倒してしまった。
悩みは尽きないけど澄み渡った青空は綺麗で。
俺はもう絶対に逃げることだけはしないと誓うから。 この可愛い人を守らせてくださいと天に向かってお願いをした。
END
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