美しい月には刺がある 「図書室で決意のエッチ編!?」
試験一週間前というのは、自然と「部活動停止」なんて、一体、何処の世界の
教師連中が考えたことなのだろう。と、オレは、試験一週間前になるたびに
歯噛みせずにはいられない。
そう、それは自動的に美月に会えないことを意味しているからだ。
正直、オレはこの美月に惚れている。
好きだ、嫌いだ、というレベルはない。
魂までもぎ取られてしまった。というぐらいに「惚れて」いるのだ。
美月という名前を持っているが、美月は、オレと同じ男だ。
名は体を現す。という言葉の通り。美しい容姿をしている。
長く伸ばした髪は、肩まで届き、手入れを行ったことがないという。
飴細工のような甘い瞳、その視線は人を蕩けさせるのに十分な甘露に満ちているし、
それを覆うようなアンバランスなほどに、きりりと整えられた眉。
白皙の肌に色づく、薄い、紅い唇。
もともとバレーボール選手だったとは思えないほど、辞めた今では、完璧なスタイルを保っている。
元々が完璧主義なのが祟ってか、この美月、恐ろしいほどにプライドが高い。
自分に完璧を求める一方で、相手にも当然のごとく、同じレベルを要求する。
要求されないものは、美月の眼中に入らず、そして、その美意識の高さは、生まれ落ちた瞬間に、
エベレストを軽く越してしまっているんじゃなかと思うぐらいに、オレなんかには高みも見えない
ほどに完全な均整を保ち続けているのだ。
もちろん完璧ではない、完全でもない、オレなどに手が届く相手ではなく、しかし惚れてしまった
ものは、引き返すことも出来ず(絶対に出来るか!そんなこと!)
美月に振りまわされる日常も楽しく思えるのだから、まったくオレもいい精神的マゾになった
もんだと、はあ。と大きなため息をきながら嘆いてしまいたくなる。
そう、それもこれも、試験一週間前には部活がなくなるからだ。
オレはバレーボール部の部長で、美月がマネージャー。部活の後だったら、そのまま美月の
マンション、ちなみに1人暮らしだ。そこに押しかけていってもおかしくないし、むしろ、
自然な流れだともいえるだろう。
まあ・・・毎回、強引に押し入っている。というのが本当のところだが、結局のところ、
部屋に入れてくれるのだから嫌がられてはいないのだ。本当にイヤだったら、毛の先ほども
入れてくれないに違いない。美月っていうのは、本当にシビアなヤツなのだ。
身体の関係は、とっくの昔に出来たけれど、今だ、この心の欠片ももらうことが出来ない。
一体、この関係はなんなんだ。と問いたくなってしまうが、問いたら最後、もう二度と美月に
近寄れなくなってしまいそうなぐらいの打撃を与えられそうなので、今のところ一方的に
求愛し続けている。
いつか絶対に美月にオレが好きだ。と自覚させるために。オレがいなくちゃ生きていけない
・ ・・なんてことは言わないか。つまり、そういう意気込みで美月に接しているということだ。
なかなか健気だろう?
「たまには美月と飯でも食いてぇな」
試験まであと4日。つまり部活動停止期間に入って3日。早くもオレの禁断症状が出ていた。
美月の顔が見たい、美月に触れたい、美月に会いたい、という恐ろしく美月で埋まった生活を
している賜物のような禁断症状だ。
オレは薄っぺらいカバンを肩に引っ掛けて、そのまま図書室に向った。
「図書室で勉強なんて、ホント、嫌味なヤツだよなあ。家でやればいいじゃねぇか」
それもオレと。差し向かいで勉強が出来たら、少しはオレの脳みそにも試験範囲が入ると
いうものだ。
「だな。たまには一緒に勉強するのもいいじゃんか」
自分のアイディアににんまりと笑いながら、ガラリと図書室のドアを開けた。美月が
いなかったら自分には学校中の中で1番縁がない場所だ。
勢い良くドアを開けたせいだろうか、中にいる生徒が一瞬、みんな顔を上げた。
「おっ、なんだよ、広海。珍しいなあ。こんなところにいたのかよ」
ドアを入ってすぐに並べられた机に、バレーボール部後輩の広海がいるのを見かけて
オレは背後から声をかけた。
「な、なんスか、部長。え、今日、部活ないですよね?」
「あるわけねぇだろ。試験一週間前だぜ」
「そりゃ知ってますよ。今だって勉強していたんですから」
「オマエが!?」
ガハハと豪快に笑い飛ばしながら、机の上に並べられた教科書を覗き込めば、びっしりと
細かくて丁寧な書き込みがされていた。
「へえ!オマエ、真面目に勉強しているんだな。意外だな。どうしたんだよ」
「失礼だなあ。ま、ホントですけどね。その教科書、陸のですから。オレのじゃないんで。
ついでに、それで教えてもらっているところなんですけど」
エヘヘと照れくさそうに広海が鼻をかいた。陸、というのは広海と付き合っている同級生で
もちろん男だ。陸人の猛烈なアタックに広海がオチたのがつい最近の話。
付き合いはじめの今が1番楽しいのだろう。今年の新入生の中でもピカ1にイケメンだと
噂の後輩は、その甘いマスクをもっと甘くして嬉しそうに笑っている。
「ヤりすぎてバカになるなよ」
「は!?なにを!?」
「見せつけてんじゃねぇぞ。って意味だよ。ったく、なんでこんなに鈍い男がいいのかね、
陸は。で、陸は?」
「美月センパイのところっスよ。あっち。わからないところがあって聞きに行ったんです」
広海が渋々と奥を指差した。
美月がいる場所は、図書室の中でも日差しが最もよく入る場所だった。美月の柔らかな髪が
神々しく陽を反射させている。立ったまま後ろから覗き込んでいる陸人を愛おしそうに!
陸人は美月のお気に入りの一つだからだ。眺めながら、懇切丁寧に教えている姿が、まるで
雑誌の1ページのように光り輝いている。
「はー・・・こうして見ると、あの二人が並ぶと本当に、なんていうか、入り込めない
雰囲気があるな」
「それは同感です。陸が可愛いのは今に始まったことじゃないけど、美月センパイって、
しゃべらなきゃ最高に美人なんですよね。そんな意識したことないけど」
「しなくて結構。オマエみたいなお子様に美月の魅力がわかってたまるか」
「えー・・・と、出来ればわからなくてもいいかも」
「それでよし」
うんうんと、オレは大きく頷いた。美月と陸人の仲睦まじい姿を、こっそり携帯カメラで
収めている不埒者まで出てきているのだから、それがいかに貴重なショットか、それだけで
わかるというものだろう。
美しい月には刺がある。まさに、美月はそういう男だ。見つめているだけだったら、
決して怪我はしない。だが、その刺に刺されてしまったら最後、もう逃れることなどできないのだ。
そうオレのように。
「ところで、部長、なにしに来たんスか。まさか勉強ってことないでしょ?」
「ないな。美月を探しにきたんだ」
「だったら、さっさとどうぞ。早く陸を解放してやってください」
「よし、きた」
オレは鼻歌を歌いながら、美月がいるテーブルに回った。
図書室にはおかしな法則と言うものが存在している。日差しのたっぷりと入る、図書室で
1番いい座席群というのは、基本的に3年生しか利用出来ないことになっている。
そしてその手前が2年。日は当たらなく、ドアと、貸し出しよう図書に1番近い場所が
一年生の利用可能な区域だった。実際、広海と陸人は並んで1番手前に席を取っていたし、
美月は日差しの入る3年生区域の中でも1番いい座席を確保していた。
美月の周囲には、学年でも秀才と名高い連中が占拠している。もっとも、美月もその中の
1人に違いないのだが。なんせ、オレと同じ量だけ部活をやっていて、放課後は二人で
過ごす時間・・・一方的だが。それが圧倒的に多いのに、美月は成績で10番を下回った
ことが一度もないのだ。成績順に分かれるクラスの中で、もちろんビリッケツのオレとは
全く成績だけでいえば雲泥の差だった。
「桜井。うるさい」
「え?」
美月の背後から肩に触れようとした瞬間に、そう冷たく言葉を返されて、オレは
思わず出していた手を引っ込めてしまった。
「ここを何処だと思ってるんだ。図書室だぞ。しかも試験前の。それでなくとも
図書室で唄を唄うなんて信じられないね」
顔も上げずにきっぱりと言いきる。オレは一度出した手を、ぽん、と美月の肩に
乗せて、美月の形のいい耳に顔を近づけた。
「なんだよ、声だけでオレってわかってくれたわけ?」
もちろんこれは美月の周囲で虎視眈々とハンターみたいな目つきをしている優等生諸君
への牽制だ。
「まあ、間違っていないけどな。声でわかったという点に関してだけど」
「だろ。愛だよな、それってさ」
「愛じゃない。僕はオマエみたいな音痴を他に知らないだけだ。常識外れの上に公害
だよ。まったく・・・そんなことにも気がつかなかったというんじゃないだろうね」
「そうかあ?」
わからないフリをして、美月の肩に両手を置く。3日ぶりの美月の感触に、早くも
手が汗ばむぐらい喜んでいるのが感じられた。
よく例えとして男を野獣、つまり獣などと言うことがあるけれど、あれはつまり
節操がない・・。まあ、オレみたいなことを言うのだろうけど。美月はそうではない。
しなやかな獣ならではの美しさをその肉体に秘めているのだ。決して華奢ではないが、
無駄のない筋肉のつき方は、触れているものを確実に虜にする滑らかさに満ちている。
そして、今のところ(多分)、この感動を味わえるのはオレだけなんだ。という絶対に誰にも
負けないだけの自信があった。
「桜井・・・オマエ」
「なあ、美月。その、話があるんだけどさ。ぶ、部活のことで。部長とマネージャーでしか
話せないそういう話がしたいんだ」
話しがあるのか、したいのか、言っていることが支離滅裂になっているのが自分でもわかる。
ついでに、わざとらしい棒読みだってことも。
あまりのオレの大声に、周囲の優等生が呆れたように見つめている。美月は瞬間、眉間に
青痣を立てた。それから、
「・・・わかったから、その暑苦しい手を離せ」
と、冷たく言い放って立ちあがった。
オレは図書室中の好機の視線を一身に浴びながら、鼻高々に美月の後ろを歩いていった。
そうだ。美月を独り占め出来るのはオレだけなんだ。という目一杯の主張を、背中にぴんと
伸ばして。
「で、なんの用だい」
日の差さない埃臭い書庫の中で、美月は三段しかない踏み台に腰をかけて長い足を組んだ。
「在原くん、すぐに戻るんだろう?」という秀才どもの声を、美月は軽く肩を竦めることで返して、
そのまま司書の先生に声をかけたのだ。
「先生、すいません。インターハイの打ち合わせを彼がしたいというものですから。書庫を
少しの時間、拝借してもよろしいでしょうか」
「まあ、密談なのね。作戦かなにか?今年のバレー部は強いのかしら」
「もちろんです。今年もインターハイ間違いなしですよ」
「試験前だから、ほどほどにね」
「ええ、ありがとうございます」
美月は優等生ぶりをいかんなく発揮して、司書の先生から鍵を受け取ると、そのまま先生の背後にある
書庫の鍵を開けた。顎だけをしゃくってオレを招き入れる。
その第一声が「なんの用?」ときたもんだ。
「オレの用事なんて決まっているだろうが。美月に会いたかったんだよ」
精一杯スネた声を出して、美月に抱きつこうとして両手を広げたところで、それはあっさりと
差しとめられてしまった。
美月の長い足が伸ばされたからだ。仕方なくオレは、その足を捧げ持つようにして支えた。
「試験4日前だって知ってた?」
「そりゃ・・・まあ」
「桜井、きみ、勉強しなくていいの?」
「いや、するけど。するけどさー、美月の顔を1日一遍でも見ないと、なんて言うか息が
詰まって仕方ないんだよな」
支え持った足に頬ずりしたくて堪らない衝動を押さえながら、オレは正直に告白した。
顔が見たいというのも間違いない事実だが、二人で会ってしまえば無条件に欲情して
しまうのも悲しいかなオレの事実でもあるのだ。
「僕はケジメがないのは嫌いなんだよね」
「それはよく・・・」
知っているから我慢しているんじゃないか。と、オレは言いたいのをぐっと音を立てて
飲み込んだ。そんなこと美月がわからないはずがない。むしろわかっていて、わざと
言っているのだ。
「勉強するからさ、美月、なあ、教えてくれよ。美月が教えてくれるのだったら、絶対に
間違いなく、馬車馬みたいに勉強するぜ、オレは」
「馬車馬みたいに欲情するのがオチだろうが。きみが僕と一緒にいて欲情しないわけが
ないだろう。わかってて言っているのか、本当に。もしや自覚がないんじゃないだろうね」
「あるよっ、それはあるに決まっているだろ。だけど我慢できねぇんだよ。美月がいるだけで
ほら、これ、見ろよ」
オレは美月の上履きを脱がせてから、真っ白い靴下を自分の長けた股間に押し当てた。
「うっ・・・」
「自分でやっておいて、自分で感じてちゃ、世話がないねえ、桜井は」
「バッか、やろ、美月の足じゃなきゃ感じねぇよ」
「その答えは花丸だね」
美月は顔色一つ変えずに言うと、わざと、足に力を込めた。足の指に強弱をつけて、わざと
ゆっくりと撫でまわしていく。
「広海はね、来年、陸と同じクラスになるらしいよ」
「な、ん、だよっ・・・それ」
「陸がお願いしたんだってさ。しかも誕生日プレゼントにだよ。広海に「欲しいものは?」って
聞かれて「同じクラスになりたい」って言ったんだってさ。それを叶えるために二人で
猛勉強中ってわけ。可愛いだろ」
「ま、な・・・」
学年で1番成績のいいA組にいる陸人に追いつくには並大抵ではないだろう。単純計算を
しても、広海はあと半年で100番以上は成績を上げなければいけないことになる。果たして、
そんなことが実現可能なのか、オレにはさっぱりわからなかった。
「きみは、僕のことが好きだ好きだと言っているくせに、そういう努力は、この3年で
一度もしなかったよね」
「はあ?オレには無理だろ。どう考えたって。ってか、美月が頭良すぎるんだって。う、あっ」
美月の足の指が5本まとめて、オレのモノを掴み取るかのように、ぎゅっと丸められた。
オレは思わず声を上げた。強烈な快感が背筋を高速で走りぬける。
「み、美月、感じるって」
「感じるようにしてやっているんだ」
「生殺しになっちまうって」
はっ、はっ、と、断続的に荒い息が零れ出てくる。このままじゃ、決して収まりがつかなくなって
しまうことは確実なぐらいに、力強く、早く、限界はやってくる。
「な、なあ、美月くれよ。美月をくれよっ」
オレはガクッと音を立てて跪き、伸ばされたままの美月の足を自分の肩にかけた。そして這う
ようにして、じりじりと美月に近づき、広がった足の付け根に頬を寄せた。
「桜井、きみは、僕とバレーボール以外に本気になれないのかい?」
頬を擦りつけるオレの両頬を捉えて美月が言った。オレを覗き込んでくる目は真剣そのものだ。
オレは、ぐっと息を押さえ伸びあがった。掠め取るように美月の丹花を奪い、同時にベルトに
手をかけた。
「そんなわけないだろ」
「僕は欲張りなんだ。知ってるだろ。完璧が好きなんだよ、桜井」
「知ってる。オレが完璧じゃないこともな。だけどオレの場合は永久不滅に発展途上だから
美月に飽きられる心配がない」
「おやおや、自信家だね」
美月は鼻先でオレの丹花をさぐり、くすぐり、そして甘噛みさせた。長い睫がオレの鼻梁を
ぱたぱたと叩いていくのに頬が痙攣するぐらいに快感が増していく。
ベルトを外し、下着の中に手を突っ込んだときになって、初めて美月の睫が上下に烈しく
震えた。
「悪いが、オレにA組に来い、なんて無茶言うなよ」
「A組に入りたいのだったら勉強しないことだね。無事に留年できるよ。僕は卒業
させてもらうけどね」
「なら、どういう意味だよ。なあ、美月」
美月の熱い息が首筋にかけられる。同時に、オレも美月の首筋に顔を埋め、吐息で熱せられた
舌をぐるりと這いまわしていく。
「僕に不自由はさせるな。ということだよ。決まっているだろ」
「不自由って・・・そんなのさせた覚えなんかねぇぞ」
乱れたシャツの裾から手を差し入れ、尖った乳首を弄りまわすと、美月の鼻から、あえぎ声
と同じぐらい色っぽい息が漏れてきた。
「わからなければいいけどね」
「よくないだろ、なんだよ、それ」
しなやかな胸板から確実に熱が上がってきている。その熱はすぐさまオレに伝染し、
頭を痺れさせていく。オレは美月の肩口に軽く歯をたて、意識を飛ばさないように、必死に
なって頭を回転させた。
「あっ・・・そういうこと?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、オレは美月の顔をまじまじと覗き込んだ。
「もしかして、それって、オレに同じ大学に来いって言ってくれてんのか?ずっとオレと
一緒にいたい。ってそういうことか?」
キスの雨を降らせたい衝動にかられながら、オレは美月に尋ねた。美月は、しばしその大きな
目でオレを見つめた後に、ふっ、と笑っていった。
「そんなこと言った覚えはないね。僕はただ、使えない男は嫌いだってそう言った
だけだけどね」
「使えない男かそうじゃないか、これからを見ていてくれよ」
「期待してる、とでも言えばいいのかな、僕は」
くすくすと美月は笑い声を殺して、オレの肩口に顔を埋めた。背中がおかしさで震えている。
また乗せられてしまったような気がしないでもない。これでオレは自分で自分の首を今以上に
締めてしまったことになるのだ。
「好きだ、美月。オマエと離れることなんて考えられないぐらいに好きだ」
だけどそれはちっとも不愉快ではない。むしろ、美月に間接的、とても遠まわしだが、そして
ちょっと嫌味も入っているが、欲しいと言わせたのだ。オレをこれ以上に酔わせ、乗せられる
極上の言葉は他にないだろう。オレは感動に打ち震え、そのまま美月を強く抱きしめた。
「なら、さっそく、その本気とやらを見せてもらおうじゃないか」
「え、は!?」
「こんなところで僕をその気にさせた罪は重たいよ」
美月の丹花の両方がニヤリと釣りあがっていく。一瞬、怯んでしまったオレの胸をトン・・
と指一本で押し、美月はオレを床に押し倒した。
「桜井。声を出すなよ」
「お、おう」
オレの上に馬乗りになった美月は、制服のジャケットを脱ぎ、オレに見せびらかすように
シャツのボタンを外し、ためらうことなくTシャツを脱ぎ捨てた。
「み、つきっ!」
ただの飾りのようにささやかなのに、その存在感は身体中の何処よりも色濃くオレを引きつけて
やまない、先ほどの軽い愛撫で尖った乳首が目の前に現れたところで、オレは思わず叫んで
しまった。
「しっ。声が大きい」
「あ・・・すまない。なら、これ、くれよ。しゃぶっていれば声が殺せる」
オレは美月の胸の突起を指差した。
「子供じゃあるまいし」
「子供だろうが、大人だろうが、誰にもこの美味さを味わせて溜まるもんか」
「んっ・・・」
美月が鼻を鳴らし、オレの髪の中に丹花を埋めた。転がしがいのある乳首は、口に
含めば美味に変わり、離すことの出来ない感触に変わる。
「ここはね、内側から鍵がかけられないんだよ。さあ、どうする?」
濡れた内股を、オレの猛ったものに、ゆるゆると擦りつけながら美月が言った。上気した頬が
バラ色に染まり、美しさは壮絶というレベルにまで達しているのに、その口から飛び出す
言葉はオレを試すものばかりだ。
「知るか。オレは美月さえいてくれれば、地獄だって天国に変えられる自信があるんだ。
そんなことぐらいでビビっていられるか!」
「いい答えだ。なら・・・来いよ」
グイッと押し入り、思わず声が出そうになるのを美月の舌が甘く吸い取ってくれる。
濡れた音が1度、2度、と、重なるたびに、口付けは熱く溶け、唾液を滴らせ、1滴の吐息も
声も外に漏らさぬように、押しつけあった丹花がどんどん快感を産んでは、呑み、呑み込まれて
いく。ぐちゃぐちゃに濡れ零れた下半身を辿り寄せるように腰に回した手に交互に力を入れて
いく。隙なく絡みついてくる美月の中をどこまでも探索しようと、腰を奥へ奥へと進ませ、導かれた
内部の貪欲ないやらしさに眩暈にも似た恍惚を覚え、オレは寄せては返していく。
「もっ・・・ダメだ、美月」
「んっ・・・僕もっ」
差し入れられた美月の舌を喉の奥まで誘い込み、吸い込み、撫でまわして、オレは美月の1番
深いところがオレは果てた。同時に美月の飛沫がオレの胸を強かに濡らした。
もうどちらのかもわからない同じ温度で保たれた吐息が交差していく。
「あっ・・・美月。なあ、抜く前にキス、しようぜ」
「なに甘えてるんだか」
美月の柔らかな髪が頬にかかる。オレはだらしなく仰向けになったまま、気だるい手を伸ばして、
美月の後頭部に回して引き寄せた。触れ合わせるだけの軽い口付けが、オレに満足という充足感を
これ以上ないぐらいに与えてくれる。
オレはこういう何よりも甘い時間も大切にしたいのだが、厳しい想い人は、てきぱきと事務的に
処理を済ませ、何事もなかったかのように制服を着てしまう。
「なあ、美月、今夜、マンションに行ってもいいだろ。久しぶりに一緒に飯でもさ」
オレは調子よく言いかけた口を閉じた。いや、開いたと言ってもいい。身支度を整えて、
振りかえった美月のあまりの美しさに見惚れてしまったのだ。
「浪人したら浮気するからね」
「・・・は?」
「僕は待たないよ、言っておくけど。当たり前だろ?」
「いっ・・・!?」
ネクタイの結び目に一部の乱れもない。たった今まで、オレのを中に入れて身悶えて、可愛く
よがっていた欠片もない。むしろ、血も涙もない、そんな冷徹な声で美月は冷ややかに言い放った。
「じゃあ、僕は勉強するから」
「お、おい、待てって・・・美月ぃっ!」
ひらりと手を、たった一度だけ振って、美月は、書庫を出ていってしまった。ドアを開けた
瞬間だけ、静かなざわめきが閉じられた書庫の中にも届いた。
「えっ・・・ちょっと待てよ。アイツ「浮気」って言ったよな?浮気ってことは、オレとの
ことは本気ってことだよな!?そうなんだよな!?」
たったの一度も「好き」という言葉ももらったことがない。付き合っているのか、いないのか、
甘い言葉も時間もない。ただ一方的な片思いだと思っていたけれど、違うのか?
美月はどんな気持ちで、どんな意味を込めて「浮気」という言葉を使ったのか、今すぐに
問いたださないと。
オレは、慌てて立ちあがろうとして、腰を浮かし、そして落ちた。
「なんだよ~。気持ち良すぎて立ちあがれねぇよ」
全身の骨が抜かれてしまったかのように、オレはぐったりと書庫の床に再度、転がった。
「ちくしょう。同じだけ気持ちいいはずなんだけどな」
まだまだオレの方が圧倒的に美月に惚れているという証だ。オレは、そこまで自分で
考えて笑ってしまった。生易しくない、手ごわいから、追いかけたいのだ。美月を手に
入れるためだったら、どんなことでも厭わないのだ。
「浮気なんかさせるもんか。オレ以外のヤツになんか抱かせるもんか」
右手を高々と突き上げて、大きな声でオレは宣言した。もちろん独りきり、自分に
言い聞かせただけだ。
それでも、その言葉が、また一歩、美月に近づけたようでオレは自分が誇らしくなった。
とりあえず死ぬ気で勉強だな。
と、1番大事なことも忘れずに。まだほんの少しだけこの余韻に浸っていようと、にやりと
独りで笑ってしまった。
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