「響っ! 起きろー! ヒビキ――っ」
俺は朝っぱらから思いっきり大きな声で同じ名前を何度も叫んでいた。
だいたい何で俺が早く起きて毎朝毎朝弟のために弁当を作らなきゃいけないんだ。 旅行に出掛けた両親から留守を任されているとはいえ、弁当くらい自分で作るか購買やコンビニで買えばいいだろう!?
「朝からうっせーな、兄貴」
ムカムカしながらおかずを弁当箱に詰めていると、ようやく弟の響が起き出してきた。 ブレザーをだらしなく着崩して、ところどころ跳ねた髪をそのままに、さらには欠伸までしながらそんなことを言ってのける。
「お前がとっとと起きないからだろっ!」 「兄貴がちゅーでもして『響、おはようv』って起こしてくれるなら一発なんだけど」 「あっそ。とにかくさっさとこれ食べて学校に行け! 朝部に遅れるぞ」 「あっそって何だよー。ほんとのことだぜ?」
響の台詞はいつものことなので受け流すに限る。兄である俺に対してそんなことを言っても何も出ないっていうのに、よくもまぁ毎日飽きもせず言ってくるもんだ。
「それよりさ、今日部活休みなんだけど」 「……。は!?」
なんですと?
「休み? 休むんじゃなくて、本当の休みか?」 「うん」 「何で昨日のうちに言わねーんだよ! わざわざ早く起きて弁当作ってやった意味が……!」 「忘れてた」
……! ……!! 悪びれる様子もなくしれっと答えるこいつをどうしてやろうかっ。
「そんなに怒んなって。一日24時間の中で少しでも多く俺の顔が見れて兄貴だって嬉しいだろ?」
ニヤリと笑う響。 嬉しいわけあるか!
「もう怒った。明日からお前の弁当なんか作ってやんねーからな」 「えー。俺兄貴の作った愛妻弁当がないと午後の授業もたねえよ」 「何が愛妻弁当だっ」
だめだ、疲れる。 響との会話はほんっとーに疲れる。 いちいちツッコミを入れている自分にも腹が立ってきた。
「………」
黙り込むと、俺が本気いることを察したのか響が苦笑して近づいてきた。
「ごめんな? 穣(みのる)」
俺の身体をふわりと抱きしめて、こんなときにだけ優しい声で名前で呼ぶ。
「でも、本当に少しでも多く穣の顔を見ながら一緒にいたいんだよ」 「……だったらなんで俺が呼んでもすぐに起きてこないんだ」 「それは――」
抱きしめる腕を緩めて響が顔を近づけてくる。 俺の方が年上なのに、身長は頭一つ分響の方が高い。
「この口で、俺の名前を連呼されるのが嬉しいから」
そう言って、響はゆっくりと唇を重ねてきた。 触れ合う温かさが心地よくて、浸るように目を閉じる。 舌を差し出すように促されて素直に従うと、すぐに響の舌に絡めとられた。
「んっ……」
息苦しさを感じる頃になってようやく長いキスから解放される。 響の瞳が甘く笑んで俺を見つめ、
「機嫌、直った?」
両頬を手のひらで包み込んでそう確認してきた。 ……不機嫌にさせたのはどこの誰なんだっつーの。
「明日からも弁当作ってくれるよな? 俺のためにv」 「………」 「てか、お袋たちが帰ってきてからも兄貴に作ってほしいんだけど」 「それは嫌」 「なら、あと数日くらい兄貴の愛情たーっぷりの弁当に浸らせてよ」
こいつの口のうまさは天下一品だ。
「……次から部活が休みのときはちゃんと言うか?」 「もちろん」
はぁ…とため息をつくと、まだ作るとは一言も言ってないのに「さんきゅー兄貴っ」と抱きすくめてきた。まったく、俺も甘い。
「そういえば兄貴さー、俺の弁当作るんなら自分のも用意すればいいのに、なんていつも購買なわけ? 二人分でもたいして変わらないだろ?」 「俺は購買の焼きそばパンが食いたくて学校行ってるようなもんだから――って自分で話題振っておきながらお前はどこを触ってんだ!」 「どこって、兄貴のコカ――」 「わぁっ、口に出すなーっ」
響の手を払いのけて急いでその場から離れる。
「なんでお前はいっつも俺に手を出そうとするんだよ! 兄弟だぞっ」 「そんな細かいこと気にすんなって。もう散々ヤりまくってんじゃねーか」 「だから言うなってばっ!」
だんだん泣きたくなってくる。 なんでこんなやつが俺の弟なんだ。小 さい頃はお兄ちゃん子であんなに可愛かったのに……。 今は態度はデカイわ背もデカイわであの頃の面影すらない。
「ほら、逃げんなよ兄貴。気持ち良くしてやるから」 「やだ! だいたい、兄弟同士でこんなことするなんておかしいだろっ!?」 「おかしくないって。たまにはいるよ」 「いねぇよ!」
必死で逃げる俺をあっさり壁際に追いつめて、このクソ生意気な弟は満足そうにっこりと笑い、
「ここにいるじゃん」
とほざきやがった。 こいつ…っ!
「おとなしくしないと、痛くするよ?」 「…っ……」
脅し文句を耳元で甘く響かせて、そのまま首筋に顔を埋めた響が肌をきつく吸い上げる。 ピリッと小さな痛みが走り、その衝撃で下肢が微かに疼く。 その僅かな変化に気付いたのか、響が膝の間に脚を割り込ませてきた。
「あっ……」
衣服越しに強く擦り上げられ、思わず喘ぎめいた声を洩らしてしまう。
「穣だって、結構その気?」
そんな俺の様子に、響は愉しそうに目を細めた。 悔しいが、身体が反応してしまっている以上、反論はできない。
「もし立てなくなっちゃったら、おんぶして学校に連れていってあげるからな~♪」
上機嫌に笑う響を見て、明日は絶対日の丸弁当にしてやると決め込んだ。 用意してもらえるだけありがたいと思え。
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