*Agitato
- アジタート:激情的に -
激情的に、俺は君を求める。激情的に、君は俺を求める。
愛玩動物というものを、買ってみた。一人暮らしというのはまた随分と寂しいもので、十数年前に離婚した妻の仁実が未だに思い出されるというのだから、最近年を取ったのかもしれぬと思いつつ、炬燵の電源を入れると、じわっと広がった熱に躯が反応。スイッチをオフにすると、先刻買ってきた猫がきょとんと首を傾げていた。横の髪だけが長く、色素の薄いそれの下からは耳が覗いており、通り雨に出会った午後六時、今までとは一味違うであろう生活に、少なからず心が躍る。
ペットブームとかいうものが一時期あったようだが、今再びそれは発しているのだそうだ。最近は何十人に一人が愛玩動物を飼っている、とか、そんな話題は朝飯の漬け物と共に喉に流し込んでいたわけだが、自分もその仲間に入るのかと思うと、一種不思議な気分で、蚊帳の外から急に内部に引っ張り込まれたような心境だ。
ところで、買ってきた愛玩動物とやらは、捨てられて何処ぞやの施設に送り込まれるはずのものであった。知り合いは愛玩動物の“マニア”であり、保護団体にも参加しているらしく、其奴が可愛い子が居るから、良ければ受け取ってくれいや是非受け取ってくれ、と熱心に言うものだから、渋々というわけではないが、選り好み出来なかった悔しさを眉間に見せて買い取った。 それは多分、正解だったのだと思うが。 ただ此処最近、荷物の上げ下げが辛くなってきているのである。四十はとっくの昔に迎えたわけだが、これでもスポーツジムには通っているから、体力には自信有り。運送業者に勤務しているから、その辺りの心配はないわけで。しかし、買い取った猫が性交用のそれだったことは計算外で、また正直まだ人肌を捨てたくないという考えも相俟って、相手を求めるのを止められぬわけだ。
ナツメは大人しい猫だった。黒猫である。耳は真っ黒、瞳も真っ黒。黒曜石のように綺羅綺羅とした眼は常に潤んでいるように見えて、それをじっと覗き込むたび性欲がぐわと此方の心臓を鷲掴みにするわけで。唇を重ねたが最後、後は冷水で精液に濡れた内股を洗うまで抑制が効かぬことが多い。時々やってくる発情期には、半ば期待も込めて待っているわけだが、薄いアパートの壁にはいささか不安を覚えるわけで、最近は締め切ってクーラーをがんがんにつけるわけであるから、電気代が少々痛いことになっていた。
「東条さん」 国民の休日と連なった三連休、その間の日。嗚呼酔ってきたと、そんなことを思いつつ深夜の番組を楽しむ。てろんと此方がかいている胡座の上に寝転んできたナツメは、現在発情期真っ只中である。まったりとした口調で此方の名前を呼ぶと、ナツメがちょいちょいとその手を伸ばして酒を取ろうとする。 「まだ十五なんだろう。飲むな」 上からそう言って諭すも、ナツメは諦めることなく此方の腕を掴む。ひんやりとした手、長い指が、日々の労働で汚れている腕に絡み付く。本物の猫が鳴くように「にゃあ」と冗談で呟くと、ナツメはごろんとまた横になった。寝室の床にはピーナッツやビールの空き缶が転がっている。ベッドを背もたれにすると、薄暗い部屋の中でテレビのチャンネルを変える。ニュースは、夕方からずっと見ているから好い加減飽きが来ている。しがないピン芸人が出ている番組にすると、ナツメが耐えきれなくなったのか此方のTシャツの中にするりと指を滑り込ましてきた。 「くすぐったいぞ」 ぽんぽんと頭を撫でて遣るも、ナツメは聞く素振りも見せないのであって。益々奥の方にまで入ってくる指は妖艶さを伴い、やがて筋肉の割れ目を辿っていく。となると我慢も限界になるわけであり、小さい顔を右手で掴むと、腰を引き上げて口を塞いだ。駄々をこねる子供のようにしていたナツメも、舌を入れてやると大人しくなった。代わりにスイッチが切り替わったかのように行動を俊敏にすると、此方がベッドで後頭部を打つのもお構いなしにもたれかかってきた。 「あ―――っ・・・、ぁ・・・」 履いているズボンを一気に下ろし、Yシャツのボタンを外すと溜まらなくなったのかナツメが喘ぐ。発情期が訪れた時の気分というのを訊いたことが有るが、それは「夏の暑い日に、パフェの中でチョコレートと一緒にどろどろ溶けてく感じ」なのだそうだ。ちょっとどころではなく理解し難い内容に、首を傾げるのをやめられぬわけだが、要は“たまらなくなる”ということで。 「ぃ・・・ッ・・・―――う・・・、あ・・・ぁあ・・・っ・・・」 熱い内部は、何時も此方の指を奥の方まで呑み込み、頬張ろうとする。その柔らかい感触に股間が反応し、互いに乱れた息をかけあうと、大きな黒い瞳が涙で濡れる。鎖骨を舐められると此方も我慢ならず、テレビの電源も点けたまま、本格的に情交に入る。 「昨日より、柔らかいな」 「ゃ・・・―――あぁ・・・ァ・・・ん・・・っ・・・、ん・・・―――」 黒い耳を尖った舌で舐めてやると、敏感に反応した感覚器はビクリと震えた。その様子に興趣を覚えるのも束の間、空いている右手で揉んでいた性器が反応する。熱い蜜を流す原因は、細い躯に走ったのであろう、軽いエクスタシー。淫靡な動きで揺らめく腰を見ている内、酒と共に誘発された性欲が脳細胞を犯していく。 「は―――・・・ッ・・・ぅ・・・、や・・・っ・・・あぁ・・・東条さん・・・」 息も絶え絶えに呟くと、震える手でナツメが此方のジーパンのジッパーを下げる。指を抜く際、ビクビクッと痙攣した内股は、今や精液にまみれており。しとどに濡れた性器を揉んでやると、溜まらないのか切なそうに眉をひそめる。そんな表情をされると、益々自制は効かぬわけで。驟雨が窓に打ち付ける午前一時、ナツメの細い腰を掴むと、屹立した牡を中へとめり込ませていく。 「んっ・・・あ・・・ッ・・・、ァ・・・・・・あ・・・・・・!」 ナツメは挿入の際の感覚が、溜まらないのだそうだ。説明してくれと言ったら、また意味不明な暗喩が返ってきそうな気がしたので、言わぬよう口を塞いだが。満たされる感覚、そして内部が犯されていく感覚に、全身が粟立つのだと、手を離した時ぽつりと言われた。 一方、最も敏感な器官を生暖かい皮膜に包まれ、締め付けられている此方も、随分と相手の躯にのめり込んでいたりする。ナツメは時々、ちょっと嫌がる素振りを見せるわけだが、それがまた嗜虐心を煽るのだ。口端から涎を垂らして悦がるナツメの腰を掴むと、一気に深い部分まで挿入を果たす。快楽に瞑られた瞳と、気持ちよさそうにぽわっと開けられた口が、何より自分の躯を欲しているように思える。 「・・・あ―――・・・・・・っ、ぃ・・・ぅ・・・・・・ッ・・・そこ、だめ」 俯き呟かれる言葉に、気分を良くするなという方が、或る意味酷な科白であろう。快いという場所を硬くなった亀頭でごりごりと擦ってやると、耐えられぬ快感にナツメが甘い声を絶え間なく、惜しみなく発する。 「ぁ・ん・・・っ・・・や、・・・だめ・・・ッ・・・や・・・ぁ・・・・・・快ぃ・・・―――ッ・・・」 揉むようにして此方の牡を頬張る内部に、そろそろ限界も近くなってくる。頬を伝う汗が顎にまで届き、相手の頬をべろりと舐めると、中がきゅっと萎縮した。血を搾り取られるような感覚に、今日は此方が先だったようだ。 「ひ・・・っ・・・く・・・、・・・ぅ―――・・・ッ」 直腸近くで弾けた熱に、ナツメが此方の腕へと爪を立てる。精を注ぎ込まれる、その感覚にすら感じてしまうらしく、性器を少し揉んでやっただけで、ナツメは吐精した。 「あ・・・ぁ―――・・・ッ・・・ァ・・・・・・」 ぐちゅぐちゅとわざと音を立てて扱くと、萎えたにもかかわらずそれは反応を返し。眦に浮かぶ涙を舌で救うと、再び性欲が煽られたらしいナツメが首に腕を回してくる。
そういえば、今日は衛星放送でシアトルの試合がダイジェストされるのであった。十二時半からだから、もう始まってしまっている。嗚呼やってしまったと呟くが、チャンネルを変える余裕は残念ながら無く、腰を振って乱れるナツメに気を取られつつ、ビデオの予約をし忘れたことに舌打ちなんぞしてみた。最近のイチローは、打った日より打たぬ日の方がよく話題にされている。今日は打つのか。ファインプレーは? 某映画の主人公のようにフェンスをよじ登った姿は、いやしかしナツメの淫乱な肢体には劣る。当然、自分の中でだが。
そういうわけで、雨叩き付ける午前一時、熱せられた導線の如く溶けきった神経は、延々腰を動かすことを強要し、本能が暴れる相手の躯も淫らに揺れ続け、互いに激情的に求め合う内、得も言われぬ幸福を味わうのであった。
了.
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