多分初めて出会った時から、彼に心を奪われていた。 凛々しい眉に、高く形のいい鼻梁。一重で切れ長の双眸は、これまで彼の内心を露にしたことはないけれど。 「緑弥(ろくや)が欲しい。嫌がっても、泣かせても、最後まで奪い取る」 炎のような眼差しがまっすぐに向けられる。 背骨がきしむ勢いで、きつく激しく抱き締められた。
つねに寡黙で、物静かな男のどこにこんなにも激しいものが隠されていたのだろう。 蕩けるような熱い口づけを受けながら、かすかに残った理性の力でそう思う。 でもそれもわずかの間。 男の指が浴衣の前をくつろげさせて、胸をまさぐり、乳首の先を摘み上げると、いともたやすく消えてしまった。
「あ……っ」 声を上げ、身を捩じらせても許されることはない。 指と舌での執拗な愛撫を受けて、やがて緑弥の胸の飾りが茱萸(ぐみ)の色に染め変えられる。 「あ……ふうっ……あ……あん……っ」 男の胸で喘ぐばかりの細い身体を柔らかな光が照らす。 白粉を落としてしまうと、幼くさえ見える顔。 割れしのぶの結い髪は、今は解かれ洗われて、背中に流れ落ちている。 月の光が射し込む和室。そこには白い綸子(りんず)の夜具が一組敷き展べられていた。 男の強い手が、緑弥をその上に横たわらせる。
(なぜ……こんなことを許してる……っ?) 男の手が浴衣の前合わせから忍び込む。熱い手のひらが自分の腿を撫で上げる。 それなのに、男を拒む声が出せない。
まるで攫われるようにして、この山荘に連れて来られて。 彼の言うままに湯浴(ゆあ)みさせられ、浴衣に着替えさせられて、そうして自分の身体さえ思うようにされているのに……。
舞妓になるため仕込をしていた緑弥の前に、彼は着付師として現われた。 性別は巧みに隠していたものの、着替えのときはそうもいかずに、屋形のおかあさんが緑弥だけの着付師として頼んでいたのが彼だったのだ。
出会いのときから驕慢な態度で臨んだ。 一目見たときから気に食わなかった。 他の男衆(おとこしゅ)とはくらべものにならないらい見下げた態度で彼に応じた。
時に誘惑し、撥ねつけてやったあと、高慢な言葉を投げてほんの少しだけ身体を触らせてやりもした。 いつでも緑弥は気まぐれに彼を傷つけ翻弄してきた。 「は……うんっ……も、駄目えっ……」 けれども今、二人の立場は逆転していた。 男の手の中でそれは熱く起ち上がり、先端からは蜜をあふれさせている。 なのに最後の瞬間を決して迎えさせてはくれない。 焦らしに焦らされ、ついに緑弥は矜持を投げ捨て、男にすがり訴えた。
「お願いっ……もう……達かせて……っ」 彼は端整なその顔にふっと笑みを浮かべると、緑弥の両腿を容赦なく割り開いた。 「……ひっ」 濡れた先端を男の口に含まれる。 一瞬の強張りは、しかしその場所を隠微な音を立てながら啜られたとたんに溶けてしまった。
「はっ……も……達くうっ……」 我慢など最早できない。 背を反らし、全身を震わせながら彼の口に放ってしまう。 鋭い快感につらぬかれ――でも、これで全てが終わったと緑弥は思った。 けれど――。
「な……っ!?」 彼は緑弥が放ったものをためらいなく飲む込むと、さらにその奥へ舌を這わせてきたのだった。 着衣を乱し、あられもなく両腿を開いた姿でその場所を男の舌に舐められる。 それは痴態としか呼びようのないものだ。 思わせぶりに彼を誘惑してきた緑弥は、その実男性経験は皆無だった。後見の旦那はいたが、彼は贔屓の舞妓との関係を求めなかった。 だから緑弥は自分の姿が信じられないほど恥ずかしく浅ましく思えてならない。
「いやあ……っ……あ、あ……っ」 それなのにどうしようもなく感じてしまう。 男の舌に舐め溶かされて、肉襞を掻き分けて入り込んだ男の指に腰を撥ね上げ、艶かしい悲鳴を上げて。 「ほ、欲しい……っ……もっと……」 何を望むのかもわからないまま、緑弥は自分を苛んでいる男に向かって訴えた。
「緑弥……」 そのあと彼は一体何を言ったのか。 それを聞き取る前に、滾り立つ男のものが圧倒的な量感で緑弥の中心を刺しつらぬいた。
「――――……!!」 悲鳴すら上げられず、緑弥の意識が一瞬飛んだ。 いつまでも放心していたかったのに、男が動くと痛みのあまり目が覚める。
「愛してる。気が狂うほど――俺の緑弥――」 その言葉を聞いた瞬間、緑弥の中で何かが芽生えた。 ゆっくりと、だが確実に、それは緑弥の内部から深い愉悦を目覚めさせる。
この山荘周りの紅葉と同様の色彩が緑弥の視界に広がっている。 男の熱が緑弥の中から無限に快楽を引き出している。 このまま炎に焼く尽くされて、死んでもいいと本気で思う。 旦那のいる身で許されないことなのに。 でもきっと最初から――。
「ずっと……好きだった……隆興(たかおき)……大好きっ」 あふれる快感に目をくらませて、緑弥のそれが弾けた瞬間、灼熱の奔流が注ぎ込まれた。
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