千歳は近眼で眼鏡をかけていて、歯並びが悪い。歯が生え変わる頃に無理やり引っこ抜いたらしいのだから恐れ入る。目が悪いのは 小学4年生からで、眼球を覆う程度のノンフレイムのタイプだから、あまり目立たない。 僕は千歳が眼鏡をかけた頃から知っているから、コンタクトにすれば、何度か勧めたことがあったけど、もともと人の言う事を聞き入れる ような性格ではないので、千歳は親に言われても矯正すらしていない。 「だってコンタクトなんてうざいじゃん。お姉ちゃんが一度目の裏に行かせたんだけど、そん時あんまり痛いから救急車呼んでたよ」 千歳はそう言ったものである。 また目が悪くなった、と言うので僕はやや呆れて、ゲームのやりすぎだよ、と戒めた。学校にろくに行かないで部屋に引きこもっている のだから、こうなるのだ。そう言ってやると、千歳は僕が読んでいた論文を取り上げて、その隙間からどんぐり眼を険しくさせた。 「あのね、僕は先生みたいな自閉症じゃないんだからね。学校はつまんないから行かないだけなの。僕の勝手でしょ」 「義務教育くらいは行っといた方がいいよ」 「先生みたいなこと言わないでよ。教師失格」 自分より一回りは年下のクソガキに言われても、僕は反論する気が起こらなかった。千歳の言うことは大体当たっている。千歳は以前の僕の教え子で、僕が受け持った最初で最後の生徒である。クラスのあまりの荒廃ぶりに、僕は案外簡単に屈服した。胃からも血は出るのだな、とその時初めて知った。そんなわけで、僕は当時以上に酒や煙草や眠剤や精神安定剤の量が増える前に、辞めたのだった。 僕が何も言い返さないので、千歳は、かっこわるい、と唸って僕から取り上げた論文を投げ捨てた。そんな風に僕のことを滅茶苦茶に言う割に、彼が僕にまとわり付き始めて5年は経つ。 千歳を見ていると、昔飼っていた猫を思い出した。そいつは僕に決して懐かず引っ掻くばかりだったのに、まるで僕を挑発するように後からいつも付いて歩くのだ。気紛れで我儘で、自分を中心に世界が回っていると疑わないような。
千歳は愉しそうに笑いながら、僕の上に乗っかってくる。身体が小さいから、僕の上に座っているような姿勢だ。千歳は薄いさくら色のくちびるの端をにいっと広げるようにして笑い、舌の先で僕のくちびるを舐める。年甲斐も無くどきどきしてしまうのだなぁ、と思った。 千歳の口の中は熱くて、ふんわりしているのにねっとりとした、矛盾した場所だった。歯列を舌先でなぞっていくと、下の歯だけがたがた としていて面白い。指を伸ばすと、柔らかい髪が触れる。少し荒れたような毛先なのは、この前僕の家の風呂場で床中をべたべたにしながらブリーチをかけていたからだろう。黒い方が好きだったのに、言うと、突然泣き出したから焦ったものだ。 かちゃかちゃ、と千歳の指が僕のズボンのファスナーの辺りをいじっている。千歳はこうしている時、僕が以前授業で言っていたことを思い出す、と言うのだが、僕は思い出せなかった。 「―せんせ、いい?」 ―僕は何を教えたんだっけ? 千歳は全然学校に来なかった筈なのに。 千歳は小さな口をぱくりと開いた。その隙間から真っ赤な舌の先が見える。短く切り揃えた爪の、細い指が僕のペニスを引き摺り出して、 握り締める。舌先が触れて、その次に前歯が引っ掛かって、僕を飲み込もうとする。 舐め回すように動く舌がぴちゃぴちゃと音を立てていく。ざらついた舌の感覚は、小さな羽虫が背筋を這い登ってくるようで、気持ちがい いのか、おぞましいのか良くわからない。千歳は鼻にかかったような息を継いで、僕のそれを丁寧にしゃぶる。 「・・・ぅ、―ん・・・」 僕はうめいて身体を僅かに丸めた。僕の股間に頭を埋める千歳は急に勃ち上がりはじめたそれのサイズに追い付かなかったのか、けほ、と小さくむせた。 「・・・ち、とせ、苦しかったら、いいよ」 「―や。サイゴまで、するの」 千歳は潤んだ目を伏せて、もう一度口を開いた。だらしない水音を立ててしゃぶりながら、千歳の指が勃起したペニスの根元を扱く。 小さなぽてっとした舌が、筋を丹念になぞる。柔らかく動くくちびるは、きつく締め付けるアヌスの感覚と違って、僕をぼんやりとさせる。 「せっ・・・、んせ・・・」 「・・・ん・・・いい、よ、・・・ぁあ、」 薄いワイシャツ一枚の千歳の身体が紅潮して弾んでいる。大腿の隙間から覗く千歳自身もじゅくじゅくと湿って、先がシーツに触れると千歳は、うっ、と眉を寄せる。 「・・・あ、千歳、―っ・・・」 尿意に似た痺れが走って、僕は反射的に千歳の髪を掴んで、喉仏を鳴らした。 粘つく精液が口の中に弾けるようにして吐き出され、その瞬間千歳は激しく咳き込んで顔を背けた。溢れた液体は千歳の紅く上気した頬を濡らして、乾燥した前髪にべたりとこびり付いた。 「千歳・・・」 千歳は肩を大きく上下させながら、僕のペニスに残る精液を舐め取っていく。まだ麻痺したような頭の片隅で、その行為がどこか必死に見えた。 「・・・千歳、無理しなくって、」 僕が千歳の身体を抱き上げて言うと、千歳は濡れたくちびるを拭いながら頭を振る。 「いい、の・・・先生の、僕、好きなんだもん・・・」 僕は曖昧に頷きながら、僕と千歳の身体の間に手を差し込んだ。指の先に熱い濡れたものが触ると、千歳はひくっと喉を鳴らした。 「・・・は、ぁ・・・」 力を込めずに覆うと、千歳は顔をしかめる。細く整えた眉が切ないようによじれる。 僕は千歳の身体を押し倒すように横たえ、口を開いた。千歳のまだ未発達なペニスはそれでも紅く膿んでいるようで、可哀相なほど張り詰めている。 「―ぁっ、ふ・・・」 口許にまだ、白い物をこびり付かせたまま千歳は息を吐く。そろっと舌を当てただけで千歳の身体は弾んで、息を潜めるような声が洩れる。 「まだ、・・・だめだからね」 「・・・んっ・・・そん、な、ぁ・・・」 千歳の悲鳴を無視して、僕はどくんどくんと暴れるペニスに舌を巻き付かせて這わせる。すっぽりと包んで、軽く歯を立てながら嬲っていった。 簡単に達ってしまわないように根元を強く押さえ、乱暴なほどに舌を動かしていく。閉じかける太股を手で押さえ、肩に乗せて拡げる。 「―やぁっ・・・そんなに、つよ・・・だめぇ・・・」 シーツに顔を押し付けているのか千歳の悲鳴は切れ切れでこもっている。乱れた吐息と一緒にひくつくアヌスに指を滑り込ませると、千歳の声は一層甲高くなった。僕の肩に乗せられた片方の足が僕の背を蹴る。 「・・・あっ、ぅ・・・いい・・・いっ、ぁ・・・っ」 ぎゅっと僕の指が差し込まれたままの部分が締め付けるように収縮する。 「―あぁっ、・・・ァアアッ・・・!」 千歳がびくんと身体を痙攣させたのと同時に僕の口の中はねっとりとした精液で埋められる。独特な匂いと味がまとわりつくように舌に残る。それを飲み込みながら、僕は上を見た。千歳はいつものように腕で顔を覆うようにして、はぁはぁと荒い呼吸を繋いでいる。 僕がその腕を解くと、千歳はそのまま僕の首に腕をからめ、ぶつかるようにしがみついてくる。 「せんせい―せんせい・・・」 その折れそうな柳腰を抱き上げ、僕は自分のものを、じくじくと熱を持った千歳の中心にあてがう。自分の出したものと、千歳の奥から溢れ出る熱とで驚くほど潤った千歳の中に、僕は簡単に潜り込むことができた。 千歳が僕の耳元で何か声を張り上げたようだったが、僕にはもう聞こえない。 僕は僕のありったけの力で、自分と千歳を繋ぎ続けた。僕にできることといったら、これくらいだったから。
前・教えてくれたでしょ、と千歳はもう一度繰り返した。5年も前の、50分間の極僅かな一言を僕が覚えているわけがない。 「理科の授業で。口から入ったものは身体のすみずみに行き渡って血や肉になるんだって」 「へぇ・・・そんなこと言ったっけ」 「言ったの」 いつもの傲岸不遜な調子に戻った千歳は、何故かにっこりと笑った。 「先生の出したのが、僕の身体に行き渡るの。なんだかすごいでしょ、すごくすごく深いとこでつながってるかんじがするでしょ」 不意に、一番最初に、千歳がはじめて僕の精液を飲んだ時のことを思い出した。千歳は泣きながら、それでも全部飲み下していた。 まだ、千歳自身がそんなものを出すようになる前のことで。
・・・へぇ、自分はそんなことを言っていたのか。何気なく手を伸ばすと、その先で千歳がしっかりと指を絡ませてくる。 そうしていると無性に安堵して、僕は眼を閉じた。千歳が側にいる時は、僕は薬にも、酒にも頼る気がおこらなかった。
その時確かに僕は、こう思った、急な睡魔に引き摺り込まれながら。
いつか、いつの日か、千歳は僕を食べきってすべて栄養にしてしまうのではないかと。 そうするために、千歳は僕にからみついて離れないんじゃないかって。 蟷螂の雌が、生き残るために雄を咀嚼するように。
僕はそれでもかまわない、と思った。僕の全部が千歳の物になるのなら、僕のぜんぶを血や肉に変えてしまえばいい、と。
僕はそれでもかまわないよ。 千歳が望むなら。千歳がそうしたいなら。
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