「あぅ……っ……」 「もっと、静かにできねえのかよ」 「だって……ショウさん……よすぎるんだもん……あん……いっ……」 「ちっ、黙らねえと、口塞いじまうぞ」 「あぁん……塞いでぇ……」 「そ、そうじゃなくってよぉ……まあ、いいか」
予想しなかった会話が聞こえてきて一瞬とまどう。 しかし、今夜、試してみないことには始まらないのだ。 しかたがない。 草むらで密会しているカップルには悪いが、任務続行だ。
暗視ゴーグルならぬ、暗視コンタクトレンズを装着している目には、暗闇が暗闇ではない。 通信機が装備された暗視ゴーグルが開発されたのは何年前だったろう。 技術の進歩はめざましく、ついには暗視コンタクトレンズにまで通信機の取り付けが可能になった。 とはいえ、これはまだ試作品だ。 実用化するまでにはテストが繰り返されることになる。
「あっ、あっ、あっ……だめぇ……イッちゃう!」 「待てよ、そんなに、あせんなって」 「ねえ……もっと、動いてよぉ」 「動いたら、おまえ、すぐイッちまうだろ」 「イジワルしないでぇ……ショウさんので、イカせて……」 「おまえ、デカイのが好きなんだよな」 「あん……すきっ……」
初秋の河原では、草むらのあちこちで秋の虫がにぎやかに鳴いている。 肉眼では見えないが、水の流れがゆったりと蛇行している場所に俺は立っていた。 暗視コンタクトレンズがすでに実用レベルにまでなっていることは国家機密なのだ。 だからこそ、それをテストする人物は国家の秘密を守れる立場の人間でなければならない。 それで軍人の俺にこの仕事が回ってきたわけだ。 上官の命令で、俺はこのテストを行っている。 けっして覗きなどという下劣な行為を行っているのではない。
「あはん……イクッ……」 「あ! ばかっ、締めんなって、俺までイッちまうだろが」 「だってぇ……も……がまんできないもん」 「もちっと、ケツこっちへ向けろよ」 「いやぁん……ショウさんのイジワルゥ……」
草の葉陰に隠れた秋の虫を視線で捕らえる。 コオロギなのか、スズムシなのか、昆虫に関して無知な俺にはわからない。 昆虫の種類などわからなくてもこの任務に支障はないから気にしない。 俺が見ている景色は、リアルタイムである場所に送られている。 そこで、すべての記録を録っているのだ。
「いいっ……でちゃう……ショウさ……んっ……」 「いいぜ……おまえんなかも、すっげえ、熱くてたまんね」 「なかに……ショウさんの……ちょうだいっ……」 「かわいいぜ……アキ……」 「ああぁん……やっ……」
虫の鳴き声よりも、大きな雑音が入ってしまったことは小さな失敗だ。 失敗は、悔やむよりも、次に生かせばいい。 これは俺が上司に言われた言葉だ。 そのとおりだと思う。 今夜のテストはこのくらいにして引き上げることにしよう。 俺の任務はこれで完了。 あとは宿舎の部屋で眠るだけだ。
『任務完了しました』
豪華な私室のソファにゆったりと腰掛けて、酒の入ったグラスを傾ける軍服姿の男は不機嫌だった。 呼び出した相手は、まだやって来ない。 壁に映し出された映像。 普段はクラシック音楽を聞いているスピーカーから流れてくる音声。 そのどちらにも、イライラさせられる。
『ショウさんので……イカせて……』 『……いいぜ……アキ……』
「クソッ!」 美麗な容姿に似合わない悪態が口をついて出る。 酒は、いくら飲んでも酔えなかった。 強い酒のボトルが一本カラになり、二本目の封を切ったところでドアにノックの音がする。
「入れ!」 「おっと、もう飲んでるのか」 部屋に入ってきた男がソファに近づいたとたんに、軍服の男が拳で殴りかかる。 それを、ひょい、と避けて男が笑う。 「ひとりで飲むなんて、おまえらしくないな。なんかあったのか?」 「それを、見ろ。貴様の愚行だ。鳥海翔平少佐」 壁のスクリーンには、暗視コンタクトレンズが録った恋人たちの秘め事が映し出されている。
「なーんだ、これ見て怒ってんのか?」 「怒って悪いか!」 「ヤキモチなんて、かわいいことしてくれちゃって」 「違う!」 「違わないだろ? 俺にこういうことしてもらいたいんだろ?」 臆面もなく壁を指さして男が笑う。 「違う、してもらいたくなんか……」
軍服を脱がされると、ストイックなまでに鍛え上げられて贅肉のない上半身が現われる。 自分よりも上の階級の軍服を床にほうりだして鳥海少佐が笑う。 「これから、また、河原まで行ってもいいけど? 基地の司令官が外でこんなことされてるのを知られたらまずいだろうな?」 「よせ!」 「いいさ、俺は、この部屋のほうがいいんだ。河原にはまだ蚊がいるからな」 「放せ!」 「乗馬ズボンに編み上げブーツか。脱がせるのがやっかいだな。このままするか」 「あっ!」 壁に身体を押しつけられ、男に背後を取られる。 利き手を背中にねじり上げられて、ズボンのベルトを外されている姿はたしかに人に見せられるものではない。 剥き出しにされた尻を無造作に掴まれる。 強引に割って入った足で、両足のあいだを開かされる。 開放された利き手が痺れて、身体の脇にだらりと下がった。
「うむ、足元のズボンがジャマだな。それ以上、足、開かないのか?」 「き、貴様が……」 「なんだよ? あ、そうか。俺が靴を脱がせてやらなかったせいで、そんなみっともない格好してるんだったよなあ」 「ふざけるな!」 「ふっ……あんたも、俺に口を塞いでもらいたわけ?」 「だ、黙れ……」 「そんじゃ、ご期待に応えて」 首を捻じ曲げられて、無理矢理くちづけされる。 荒々しい舌の動きに翻弄され、むさぼられ、煽られる。
「……うっ!」 「あいかわらず、感度がいいなぁ」 弱みを握られ、くずれそうになる膝を、背後の男が身体で支えてくれる。 いっそう強く押しつけられた壁の冷たさも、もう感じなかった。 「ヤれよ」 「はあ? なんだって?」 「頼む……」 「よく、聞こえねえ」 「頼むから、後ろ……ヤッてくれ」 「頼むから?」 笑いながら繰り返す男の吐く息が耳の後ろにかかる。 もちろん、わざとだ。 グリッと尻に押しつけられた男の股間が、硬く熱く、たまらない。 「鳥海少佐! さっさとヤりたまえ! これは命令だ!」
壁に映し出された映像は、奇妙に歪んでいた。 『あぅ……っ……ショウさんっ……いいっ……』 『ここか?』 『あぁん……そこっ……もっとぉ……』 「ここだろ? あんたの好きなとこだ」 「う……っ……」 「遠慮しないで、もっと声だせよ。あんたの声、俺は好きだぜぇ」 背後の男が動くたびに、濡れた音が室内に響く。 「はぁ……はぁ……はぁ……っ……」 壁に押しつけられた股間のものが痛みを訴えてくる。 無意識に身じろぎしたのを見逃さず、男がそれを掴んだ。
「こっちも、かわいがってやるから、イケよ」 「う……く……っ……」 「ほら、早く出しちまえよぉ」 「あぁ……あ……っ……」 「いつもみたいに、壁を汚してみせろよ」 「ああぁ……くっ……」
『ショウさんっ! もっ……イッちゃう……』 『イッていいぞ』 『だめぇ……っ……でちゃう……』 『……アキ、かわいいぜ』 『あっ……ショウさんっ!』
「あぁ……翔平っ……!」 「おっと、まだ、立ってろ」 崩れ落ちそうになる身体を壁に押しつけてなんとか留まっている。 萎えたものが濡れた壁にくっついて気持ちが悪い。 背後の男が数度、内部を突き上げる。 熱く迸るものを奥深くに受けながら、重なり合った身体が床に崩れ落ちた。
歪んでいた映像が、再びはっきりと壁に映し出される。 『もっと、静かにできねえのかよ』 『だって……ショウさん……よすぎるんだもん……あん……いっ……』 『ちっ、黙らねえと、口塞いじまうぞ』 『あぁん……塞いでぇ……』
振り向くと、男に口を塞がれた。 強引で執拗なキスが、延々と続く。 床に横たわった身体に、男が馬乗りになってくる。 「任務は、まだ、完了してねえぜ」
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