無断転載禁止 / reproduction prohibited.
 (リーマン コメディ? 味の攻防/--)
玉子焼き


 玉子焼き。弁当のお供、永遠に廃れることはないだろうと思われる弁当のおかずの一つである。
さて読者諸姉はどちらの玉子焼きがお好き?甘いのと塩味と…。どっちでも言いし、時と場合によるという人もいればどっちかでないとおかしい!という人もいるだろう。ここにもそういうこだわりのある人たちがいた。不幸なことに好みが違うらしい…ま、よくあることだけどね。

「む、今日も甘い」
青梅はそういって弁当箱の中の玉子焼きを睨みつけた。楽しい楽しいお弁当のひと時…といってもここは遠足できた城山公園でも江ノ島でも吉見百穴でもない。あっちこっちで電話が鳴り響き、プリンターからひっきりなしに書類が吐き出されてくる忙しいオフィスである。本当ならのんびり近くにある公園にでも行ってのんびり恋人の作ってくれた弁当をつつきたいのだが、そんなことをしていると自分の左の方でものすごい勢いでキーボードをたたいている課長さんにハリセンめいどばい前課長さんでどつかれるので、仕方なく小汚い自分のデスクで食べているのだった。

 10年前におかかのお結びで何故か一等賞を取ってしまった青梅和成君と一橋光次郎君が、お付き合いを始めて既に12年がたつ。大学に進学してからは一緒に暮らしていて、同棲生活も既に10年。ものすごーーーーーく息の長いお付き合いだ。もちろんその間に殴り合いのケンカもしたし、一つ屋根の下に暮らしながら口もきかないほどのケンカもした。が、何でか知らないがここまできてしまった。…2人とも結局相手のことが好きで好きで好きで×1000しかたないということもあるが、双方の両親が異様にご理解があった…というかユルユルなほどに息子達の自由を認めてしまっているというのもあった。いい加減に嫁さんをもらいなさい、といわれる年齢になっているにも関わらず見合いの話を持ってくるわけでもない。もしかして既に心の中で見限られているのかも?と思うこともあるのだが、時折かかってくる電話やなんだかんだと送られてくる荷物を見ていると別にそういうわけでもないらしい。

そもそも。
 自分達の関係を若さと勢いに任せて双方の両親をある中華料理屋に呼びつけて打ち明けたことがあったのだが…。どちらの両親も何を今更…といわんばかりの顔で
「そんなのなんとなぁく分かってたわよ、だってあんた達のベッドの下いっくら探ってもえろ本が出てこないんだもの」
「女の子から電話がかかってくるでもなし、休みの日には2人で出かけるしね」
「上のお兄ちゃん達とどうも様子が違うなぁって思っていたのよね…青梅さん、このエビチリほんと、おいしいわぁ」
「あらほんと?……でね、和仁(青梅君のお兄さん)のベッドの下ったら、もう『えろ本見本市!』みたいだったのよ?…こっちの炒め物もおいしいですよ?」
「恭一郎(一橋君のお兄さん)はベッドの下じゃなくってクローゼットの中だったんだけど…やっぱり中華料理はこういうとこの方がおいしいわねぇ」
と双方の母親はエビチリだの鶏とカシューナッツの炒め物なんかをつつきながら言った。父親の方はどうやら複雑な心境らしくどちらも口を閉ざしていた。が、一言ポツリと
「性病だけは気をつけろ」
としみじみといった。……どちらの父親もどうやらたたけばほこりがもわもわと出てくる過去を持っているらしく、母親同士がはあ…とため息をついていた。
 あとから考えてみればえらく思い切ったことをしてしまったのだと2人して冷や汗をかいたものだった。本来ならばよそのご家族を巻き込んでどろどろの大騒動になってもおかしくなかったのだ。当時はそこまでの考えを持っていなかった二人も、大学に進学していろいろ世の中のことを見て、就職して更に世の中の冷たさを知ってから、自分達の浅はかさと無謀さに気がついたのだ。しかし本当に本当に幸いなことに両親はあんた達の人生だからと特に何も言わずにいてくれた。だからこそ、2人は一生懸命に仕事をして幸せに暮らしていこうと考えていたのだ。たとえ今後辛いことにぶちあたってもお互いに支えあって、一緒に成長していこうと……。しかしいくら大好きな人であってもこれだけは譲れないという一線があるのは人間仕方ないことだ。

「これだけは俺、許せねーんだよな…」
青梅はそういって玉子焼きだけが残った弁当のふたを閉めた。譲れない一線、結構ちんけなことなのだが甘い玉子焼きは青梅にとって許せないものだったのだ。小さい頃から食べてきたものの味は一朝一夕には変えることはできない。それがたとえ愛する人の作ったものであっても、だ。玉子焼きの味くらいで何をケツの穴の小さいことを言ってやがる、と自分の左に座っている課長さんは言うかもしれない。けれどもほぼ毎日のこととなるとやっぱり我慢できないのだ。

「あのさー何度言えばわかんだよ…俺はたまごの甘いの嫌いだっていってんじゃん」
「うるせーなーいちいちいちいち…なに嫌みにたまごだけ残してんだよ…世の中にはこのっくらいの卵も食べられない人間だっていんのによ!」
いかにも怒ってます!というようにガチャガチャと音を立てて一橋が皿を洗っている。…ケンカしながらも一橋の洗った皿を青梅が受け取り拭いていく。
「ガマンなんねぇもんは仕方ないだろ!」
それに対して一橋は何も答えず、ひたすら皿を洗いそして…
「毎日毎日たまごたまごたまご!おめーがそんなに言うならな!二度と卵を食えなくしてやる!」
「意味わかんねぇよ!」
「二度と!弁当はつくらねぇ!そういうことだ!明日から何でも適当に食いやがれ!」
一橋はそう怒鳴りつけるとぷいっと風呂場に行ってしまった。青梅も青梅で売られたケンカ(?)は買う方なので
「そりゃあせいせいする!」
と怒鳴り返したのだった。

2週間後。
 青梅君の左にいる課長さんが不思議そうに言った。
「お前、彼女と別れたのか?」
「は?」
「いやだってさ…弁当持ってきてないだろ?ここんとこ?」
「…いや、そのちょっと…ケンカを…別れたって訳じゃあないんで…」
「そうか……早く機嫌直してもらえよ?毎日あんなにうまそうな弁当作ってもらえるなんてなあ、お前ってやつは…果報者だぞ?」
そこで青梅はふと思いついて聞いてみた。
「課長は玉子焼き、甘いのと塩味、どっち派ですか?」
「はぁ?玉子焼き?………甘いほう?かな?でも今は違うなぁ」
「……」
「小さい頃はな?運動会とかそういうときには特別甘い玉子焼きが食べられたんだ。何か嬉しかったなぁ…ところが結婚してな。女房のやつがどうも醤油で玉子焼きの味付けするんだよ。それで文句言ったことあるんだけど…そのうちに甘じょっぱい玉子焼きを作るようになってな?それがまた美味いんだよ、ダシが効いてて…今じゃあその玉子焼きが一番だな」
そういって課長さんは嬉しそうなでれでれとした顔になった。そこで青梅ははっと気がついた。一橋が毎日作ってくれていた玉子焼きは一橋にとって一番おいしい味で、でも青梅は自分の中の常識になっていた塩味の玉子焼きを押し付けようとしていた。
「ま、なにが原因かはよくわからんが早く仲直りしろよ?」
そういって課長さんは仕事に戻った。
 青梅はぼそぼそと買ってきた弁当を食べながら考えた。違う環境で育ってきたもの同士が一緒に暮らすのだから、ある程度の妥協をするのが当然だろう。いや、多分課長が言ったように自分達だけの『味』を見つけていくのが本当なんじゃないか?何もあんなふうに我を張って自分の『味』を押し付けるのはちょっと自分勝手だったかもしれない。自分にぴったりのものなんてこの世にはないって思っていたら一橋に出会い、まさに心身共にぴったりとお互いがはまった。でもやっぱり違う人間だから違う部分を持っていて、たまにそれで衝突して…。でもお互いに近づきあって、お互いがお互いに相手に譲歩しながら10年も一緒に暮らしてきて今更なに言ってるんだかと青梅は自嘲気味に思いながら味気ない弁当を食べていた。

一方一橋君はというと。
「あらぁ光次郎君久しぶり!元気?」
「ハイ、ご無沙汰しております。あ、先日はいろいろ有難うございました」
と青梅家に電話をしていた。
「いいのよぉ!あんなの…だって光次郎君、干し柿好きなんでしょ?……で、どうしたの?急に…和成がなんか馬鹿なことした?」
「いや、その…急で申し訳ないんですけど…玉子焼きの作り方を…お伺いしたいんですけど…」
「え?玉子焼き?」
「あの、都合の良いときで構わないので教えていただきたいんですけど…」
へどもどしながら一橋は頼んだ。
「そんなのいつでも構わないわよぉ!急ぐんだったら今日でもいいわよ?」
「ほんとですか?じゃあ今日仕事が終わったら伺わせていただきます」
「…でもなんで玉子焼きなの?他にも特製肉じゃがコロッケとかあるわよ?」
「いや、それは次回ということで…」
と言うようにこちらも一応歩み寄りの態勢をとっていたところなのだ。
というのも、一橋もやっぱり寂しく思っていたのだ。なんだかんだいって毎朝2人分の弁当を作るのは楽しかったし、何より青梅が
「あれは美味かった」
といってくれるのがうれしかった。玉子焼きの味一つでギクシャクした関係を続けていくのは馬鹿らしいし、だいたいおかげさまでここんところ2週間もご無沙汰なのだ。………ま、言ってみれば一番の理由はそれかもしれない。理由はどうあれ(?)一橋の方も早いところこのたまごやき騒動にけりをつけたかったのだ。

 んでもって理解の良すぎる青梅和成君のお母さんはすっかり仲よくなってしまった魂の妹・一橋光次郎君のお母さんに電話した。というのもどう考えてもいきなりの「玉子焼きの作り方、教えてくださーい」はおかしいと思ったからだ。そしたら案の定、
「え?うち?甘いわよぉうちのは!みりんと砂糖だけじゃなくてはちみつも入るから!」
と一橋のお母さんは言った。青梅君のお母さんはなるほど…と得心がいった。
「実はね、光次郎君がかくかくしかじかで…」
「あらぁそれは…ご迷惑お掛けしてすみません」
「それ構わないんだけどね?そんなことであの子達ケンカしちゃったのかしらーって思って」
「ケンカ?そうだったの?」
「いやはっきり聞いたわけじゃないんだけどね?」
お母さん達はすっかり息子達の話で盛り上がってしまった。気がつけば2時間半経過。
「ごめんなさいすっかり話し込んじゃって…」
「今度あそこのランチ、行かない?」
などと言いながら電話を切ったときには3時間が過ぎていたのだった…仲よすぎ。

その夜。
 青梅はやきもきしながら一橋の帰りを待った。潔くごめんなさいと謝ろうと思ったからだ。それなのに一橋は夜9時を過ぎても帰ってこない。
「なんだよ…どこほっつきあるってんだよあいつ…」
などとぶつぶつ言いながら、ぼーっとテレビを見ていた。缶ビールは既に3缶目だ。ちくしょー明日の晩に延期だ!と思ったときに玄関でガチャガチャ音がした。
「ただいまー」
と言いながら一橋がリビングに入ってきた。そして
「これ土産」
といってタッパーを差し出した。が、青梅は受け取らなかった。さっきまであんなに謝ろうと思っていたのに、あまりにも普通な一橋の態度にちょっとむっとしてしまったのだ。しかし一橋は気にすることなく青梅の目の前にタッパーを置いてさっさと着替えに行ってしまった。
 一橋の姿が見えなくなってから青梅はタッパーのふたを開けた。そこにはこれでもかというほどに玉子焼きが詰まっていた。そして気がついた。これは自分の母親が作っていた玉子焼きのにおいだと…。たまらず一つほじくりだして口に入れると子供の頃から食べていた味がした。お醤油とお酒を入れるのよ、といつか母親が言っていた。もぐもぐ口を動かしていると、いつの間にか一橋がリビングにいた。
「…それ俺が作った…」
「え?」
「今まで…そういう味は食ったことなかったから…」
そう言いながら一橋も向かい側に座り、一つ、たまごを口にほおりこんだ。
「これがおまえんちの味だったんだな…全然知らなかった…」

「ごめん!」
青梅はたまらず言った。
「俺さ、おまえんちの玉子焼きみたいなの、やっぱり馴染みが無くってさ…でも別に…俺に…あわせる必要も義務もないし…あ、ちょこっとは塩っ気を入れては欲しいんだけど…いや、このことだけじゃなくてな?何か…こう、俺達だけの味って言うかものって言うか…生活?が欲しいんだけど……うまくいえねーけど…やっぱり俺、光の作った弁当好きだし…光のこと好きだし…」
酔っ払った頭でしどろもどろに青梅が謝ると、一橋はすっと立ち上がり青梅の横に座り…
「俺もごめん……」
といって青梅君に抱きついたりしたもんだから、すっかりその気になってしまった青梅君は一橋君と一緒にご無沙汰歴に2週間と1日で終止符を打ったのだった。

「お!ようやく仲直りしたのか!」
課長さんが目ざとく青梅の弁当を覗き込んで言った。
「…とりあえず……実は課長のおかげです」
「おれ?何か言ったっけ?」
「玉子焼きの話です」
「あああれなー」
と言いながら何故か嬉しそうにしている。そんな課長さんを横目にぱくりと玉子焼きを食べると…
「光の奴め…」
外側はしょっぱくて中側はちょっと甘い、一橋という人間そのままみたいな、そんな玉子焼きだった。
作者のホームページへ「タイトルどおり色気も何もあったもんではないのですが…お楽しみいただけたら嬉しいです。」
...2005/12/16(金) [No.258]
まい
No. Pass
>>back

無断転載禁止 / Korea
The ban on unapproved reproduction.
著作権はそれぞれの作者に帰属します

* Rainbow's xxx v1.1201 *