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 (甘甘 デート 真実の愛/--)
忘れえぬ一夜


綺麗な飾りつけに心地よい音でBGMが響く中、
渚と衣弦は夜景を目前にワインを口にしていた。
寝る暇もないほど忙しかったこの2ヶ月。

(……長かった…2ヶ月間)

色々なことが重なり、身体が休まらず、ふたりきりの時間など0に等しかった。
辛い過去を思い出したながら渚は今の幸せを胸に響かせる。
やっと仕事が片付いた今日。
早速夕食を一緒に食べようと衣弦を誘い、
部隊の中にレストランがあるにも関わらず、
少し離れたこの高級イタリアレストランへと足を伸ばしたのだ。
「なんでそんな遠くまで行くんだ」という衣弦をなんとか丸め込んだ甲斐もあり、
今は忙しさが嘘だったのではないかと思う程落ち着いたひと時を過ごしている。

手元にはおいしいイタリア料理。
そして、目の前には愛しき我が恋人。

「…何見てんだよ」
「衣弦を見てたんだよ」
「……?」
「久し振りだよな、こんな風に時間とれるの」

さぞ嬉しそうに、渚は笑った。
その無邪気な笑顔に、衣弦の方が照れてしまう。
穏やかでのほほんとしてるのに、やる時はやる。
本当に凄い人とは、その実力を普段は見せないことだろう。

「そうだな、ずっと忙しかったから」

そういって衣弦は目の前のパスタを食べ終え、フォークとスプーンを置いた。
ネオンが輝く夜景は、寂しく華やかに演出している。
色とりどりの光りが小さく…けれども永遠と光っている。

「それにしても、出る前はあんだけ文句たれてた癖に、
 随分、めかしこんだんだな♪お前」
「お前が高級レストランに行くとかいうからだろ」
「だからってそこまでめかし込んでくれるなんて、
 脱がせるのが楽しみだな♪」
「ここは高級レストランなんだ。口を慎め」

いつもの調子で余計な一言を付け足した渚に対し、
衣弦は静かに拳を握って、睨みつけた。
レストランで暴れることなんて出来ない。
殴りたい気持ちを押さえ込み、平常を装う。

「で、これからなんだけどさ…」
「…帰らないのか…?」

渚はそういってジャケットのポケットからチケットを取り出した。
長方形のチケットの外枠はお洒落で、
一朝一夕で手に入るようなものとは思えない。

「……アリジメンタリー・ホテル…?」
「そ、夜景が世界一綺麗だって有名なホテルの宿泊チケット。
 今日明日は休んでいいって言われたし。行こうぜ」

こんな高級ホテルのチケットを目の前に出されてしまえば
断ることなんて出来ない。
断れば渚は素直に引き下がるだろう。
悪口も言わず、後にも引きずらない。
だからこそ、痛い。絶対に断りたくないと衣弦は思う。
ひとりでチケットを捨てる渚の姿を想像しただけで胸が張り裂けそうになる。
そんな事はさせたくない…。

「拒否権はないんだろ?」
「物分りが良くて助かるぜ♪それじゃ、決まりだな」

そういと渚は席を立ち、椅子に掛かっていた黒いジャケットを羽織る。
翻すように着る様は実に絵になっていた。
がっしりとしていて、スマートな理想のスタイル。
背も小さく、筋肉もつきにくい衣弦とは正反対だ。
カウンターへ足を運ぶ渚を目で追いながら、
衣弦もジャケットを羽織り、追いかけた。
上品な茶色のジャケットだった。





「…すごい…」
「お気に召していただけましたか?お姫様」

一面に広がる夜景は、さっきのレストランとは比べ物にならない。
室内は無音で、明かりもベッド脇の小さなランプのみ。
薄暗い部屋と闇に光るネオン…なんともいえない美しさだ。

「……渚、あれは?」
「あぁ、多分ヴィナ・バストゥークっていう客船」
「…でかいな…」
「年に3回、日本とロンフォールを行き来してる豪華客船だったかな。
 一生分の貯金がパーになっちまうくらいのヤツって聞いたぜ」

渚たちが居るのはホテルの最上階…79階だ。
途方も泣く高いところから見下ろすと、光りの粒だらけ。
その光りの中で、更に光っている光りの集合体…それが客船だったのだ。

ホテルの内装も今まで見たことがないほど美しいものだった。
衣弦にとって、ここは、果てしなく遠い世界。
何もかもが初めて見るものばかり。

衣弦の家は銀弦術の家系。
和を重んじる家なので、
こんな近代的な西洋風のホテルには生まれて初めて泊まるのだ。
大きなベッドも、心地よいスプリングも、
鏡も風呂も、テラスも夜景もスタンドも全てが夢のようだ。

「…眠れないかも」
「ん?」
「こんなトコ初めてで…緊張して眠れなさそう」

そういて夜景を見下ろすべく、硝子におでこをつける衣弦。
滅多に笑ったりしない衣弦の顔が少し揺るんでいた。
口の端が少しだけ上へ伸び、
はやる気持ちを押さえ込んでいる様がなんとも愛らしい。

「ははは、心配すんな♪」
「?」

笑って衣弦を見つめる渚。
何を言わんとしているのか、見当もつかない衣弦はただ首を傾げた。

「寝かさねぇよ」
「…!バカ、お前…こんなトコで何考えて…」

衣弦が言い切るより早く、渚は顎を掴んだ。
少しだけ上を向かせて視線を合わせる。
かち合う瞳同士が接近して、距離を縮めていく。

「自分じゃわかんねぇんだろうけど…今のお前、最高に可愛いんだぜ?」
「……可愛くなんかない」
「こういうトコに来れて、嬉しくてしょうがないくせに♪」
「…悪いかよ」

その言葉を聞いた渚はにっこり笑って、衣弦を解放した。
手を離して、軽く頬へ口付ける。

「冗談だよ、冗談。
 こーんな嬉しそうな顔してるお前の邪魔はしたくないからな」

久し振りに二人きりで会えた渚と衣弦。
性欲煩悩満々の渚からすれば今すぐにでも押し倒してめちゃくちゃにしてやりたい。
けれど…
今は乱れた衣弦の顔よりも無邪気に見せるその笑顔を見たいのだ。
滅多にみせない貴重な表情だ。
この目にしっかりと焼き付けておくべきだ。

それに、衣弦も自分との行為は求めていない。
もともと自分から求めはしないが、求められれば気持ち揺らぐ。
そのまま快感に流されて、渚に身を任せようと心を解放する。
無理矢理だといいながらも、衣弦もどこか期待していれば、
それは必然的に、衣弦の瞳に表れる。
そして、その瞳を見て渚は衣弦を抱くのだ。

しかし、今の衣弦は求めてくるような甘い瞳でなかった…。
何故無理矢理その方向へ持っていく必要があるというのだろう。
こんなに無邪気で、まるで何もしらない子供のような笑顔。
その笑顔は、全く行為を求めていない。

「…ここ、出ても平気か?」

少し小声で衣弦は尋ねた。
それは大きなガラス窓の向こう…テラスだ。
広いテラスは椅子がふたつに白いテーブル。
少し離れたところにいくつかの観葉植物が並べられている。

「あぁ、落ちるなよ」
「落ちねェよ」

衣弦は渚に背中を向けたまま窓を開けた。
少し寒い風が吹き付け、衣弦の髪を悪戯に揺らしている。

(すごい…)

なんど言っても足りないほどだった。
新鮮すぎるその景色、衣弦はただ息を呑むだけだ。
人工的な美しさというのだろうか…。
作り出された光は何千にものぼり、大きな観覧車は常に運動している。
高級感溢れるこのホテル。
ふと後を振り返ると、優雅にワインを汲む渚の姿。

(…黙ってりゃいいヤツなのにな)

口に出して言ったらどうなるかわからない。
心の中でぽそっと呟き、また視線を外へ戻す。
夜風は冷えていて、少し身体が震えてしまうくらいにまでなっていた。
海から流れ込む風を身体に受ける。

「飲むか?ワイン」
「あぁ」

部屋から渚の声が聞こえ、衣弦は軽く答えた。

「入ってこいよ、風邪ひくぞ」

すぐ間もなく部屋へ呼ぶ声に振り返り、
最後に一目…と夜景を見つめ、そのまま部屋へ足を進める。
大きで豪華なテーブルに汲まれたふたつのグラス。
そのグラスにも小さく、細かく柄が掘り込まれている。
綺麗な深紫の色が部屋の薄暗い明かりと綺麗に同調している。

「やっぱ、綺麗だ」
「?」
「綺麗なヤツには綺麗な場所が似合うな」
「それはこっちの台詞だ」

衣弦からの意外な一言に、渚の動きが止まる。
グラスを持ったまま、口に含む寸前で。

「似合うのはお前だろ」
「……は?」
「何回言わせんだよ、お前の方が似合うって言ってんだ」

何度言われても上手く理解できない。
いや、勿論そのものの意味は分かっている。
だが…分からない。

ただ褒められたという変な恥ずかしさと興奮が
一気に押し上げてきていることだけはしっかり理解できた。
人を褒めるなんて億にひとつの可能性でもない衣弦。
そんな人にさらっと恥ずかしいことを言われてしまう。
照れるというか、恐縮というか…何だかよくわからない気持ちで一杯だ。

「俺の方が似合う?
 それは皮肉でしょうかねー、オヒメサマ?」
「そのヒメってのやめろ」
「ヒメはヒメじゃん。ヒメは高貴だから丁寧に扱わなくちゃ」

さっきの褒め言葉にどう反応していいかわからず、
渚は慌てて話題を変えようとする。
このまま持っていければ、さっきの話題には触れなくてすむ。
自分が焦ってるところなど見せれば、たちまち衣弦に見下ろされる。

なんだかんだで、下ばっかりは嫌だと思っている衣弦のことだ。
隙あらば押し倒そうとし、倒されたってなかなか諦めない。
弱いところを見られてしまったらそれをいいことに押されかねないのだ。

「ほら、こいよ」

渚はそう言って自分の膝を叩いた。
膝の上に乗れ…そういいたいことは言わなくても分かる。
考えるより先に悟れる。

「行かない」
「なんでだよ」

(……行ったら絶対にヤられるから)
内心そう思いながらも口には出来ないので、そのまま黙ってワインを口にする。
ブドウの香りが鼻を支配し、さっぱりとした液体が喉を潤す。

「…だってお前、ヤりてぇって顔に書いてあるし」
「今日はヤんねぇって言っただろ?」
「そんなん信じられるかよ、この性欲魔人が」

ワインを飲み干した渚は薄く笑って衣弦の背後へまわる。
背中に悪寒を感じながらも衣弦は落ち着いて渚を振り返った。
(……笑顔が違う…)
いつもの性欲に満ちた笑顔とは違う笑顔がそこにあった。
飢えたけだものの目はすぐに分かる。
相手を落としいれようと考えている欲の目は怪しく闇に支配されているものだ。

「お前がしたくないのに、する訳ないだろ」

軽い調子だった渚の声が落ち着いたものに変わった。
綺麗に透き通るその声。

「なら、いつも強姦まがいのことしてんのはドコのドイツだよ」
「それは、お前が本気で嫌がってないから」
「なんでわかんだよ、そんな事」

その台詞を聞いて、渚は後から衣弦を抱きしめる。
ワインを持っている衣弦は零さないように…とワインを置く。
抱きしめる腕には、いつも以上の力が篭っていた。

「…お前のことだから」
「…………俺のことなんて、玩具程度にしか思ってないくせに…」
「素直じゃないな、お前。こーゆー時くらい素直になっていいんだぜ?」
「!余計なお世話だ」

悪態を付き返すだけの自分に嫌気がさす。
渚がここまで優しくしてくれているのに、素直になれない。

大好きなのに、あっちいけといってしまう自分。
いくら考えても答えが出てこない。
直したいのどうやればいいのかわからない。
反省しても反省しても、次の時にはまた偽ってしまう。

「俺は、いつだってお前としたい」
「……」
「でも、いつだって我慢できる」
「………」
「お前が本当に嫌なら、絶対にしない」

素直になれるだろうか。
もっと自分に向き合って、照れくさくても、恥ずかしくても。
たった一度でもいい。
この瞬間だけ、意地っ張りな自分を捨てて。
本当の北野衣弦として、渚と向かい合いたい。

衣弦は拳をきゅっと握り、また解いた。
汗を握ってしまっている拳を開き、一呼吸。
直ぐ傍にある渚の顔…頬へ手を伸ばす。
すぐに届くと思っていたの頬は意外にも距離があり、
またもう一度勇気を振り絞る。

「…衣弦の手、冷たいな」
「……渚」
「こんな寒いときにテラスなんかに出るからだ」

衣弦の手に自分の手を重ねる渚。
温かい手が冷たい手を包み、
大きな心が、小さな壁を打ち壊す。

「……俺は、玩具じゃないって思っていいか」
「当然」
「…使い捨てはもう嫌だ。玩具もうんざりだ…」
「使い捨てのはずないだろ。お前が使い捨てならとっくに捨ててるさ」

溢れてくる涙を必死に抑えて、衣弦は渚へしがみつく。
振り返り、渚の逞しい胸に顔を埋める。
渚の匂いが心を落ち着かせて、そのまま眠ってしまいたくなる。

「お前が好きだ」

素直になって

「…一緒にいたい」

恥ずかしくても あと一歩 踏み出す勇気

「ずっと一緒だ。誰にも邪魔させない」
「……っ…」

衣弦は渚のYシャツを握り締める。
そして、その手は段々緩くなる。
気が付けば衣弦はひとりですっかり夢の中だ。

綺麗な寝顔に興奮して、色っぽい寝返りに拳を握る。
自分の名を呟く寝言に誘われて、寝ぼけた相手に惑わされ続けた。


(今のお前は抱きしめて欲しいんだよな)


渚は心でそう呟くと、寝ぼけて渚の胸を嘗める衣弦を抱きしめた。
そうしてまた、ヒメは眠り姫へと姿を変える。
「好きだから我慢できないのか 好きだから我慢もできるのか… 自分に問いかけながら書きました」
...2005/12/6(火) [No.254]
静馬
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