すべてが白く覆われる季節。 街は色とりどりのイルミネーションで飾られて、もうすぐ訪れる聖者の誕生日を待ちわびている。
コンクリートの壁に書かれた『J’s club』という赤い文字を、小さなスポットライトが照らし出していた。 繁華街の中央にある大きな建物には、ひっきりなしに20代ぐらいの客が出入りしている。 『J’s club』は、雑誌にもよく取り上げられることがある、有名なゲイクラブだ。 外観と同じくコンクリートが剥き出しになった内装の店内は、ドリンクカウンターをメインにしたバー、カラオケをセットした小さな個室、そして踊るためのフロアにわけられていた。 とはいっても特に仕切りがあるわけではない。 一度、店に入ってしまえば、好きな場所で好きなように遊べる、そうしたシステムになっていた。 誰もが、思い思いに楽しんでいるその中に、目を引く姿の少年がひとりきりでいた。 誰ともつるまず、誰とも会話せず、それでも何となく、この空間に馴染んでいる。 週に2度か3度の割合で顔を出すが、従業員も常連客も彼の正体を知らない。 けれど整ったルックスは、そこにいるだけで目立つもので、少年の存在は店では有名になっていた。 今日も変わらずひとりで座っている少年の姿を、顔見知りの客と会話しつつ見つめている男がいた。 聖夜という名前の、この店の従業員だ。 まだ21歳と若いが、人の出入りの激しいこうした店では古顔のほうだった。 人当たりのいい、やさしげな雰囲気と、人目を引く華やかなルックスで、年下や同年代はもちろん、年上の男たちにも人気は高い。 彼目当てに来ている客も少なくはなかった。 けれど、そんな常連客たちの気持ちを裏切るように、今の聖夜の心は実はウワサの少年に奪われていた。 少年のことなど、まだ何も知りはしないのに、ひとめ見た時から、自分でも戸惑うほどに本気になってしまっている。 『絶対に口説き落としてみせる』―と、後戻りができないように、仲間に半ば賭けのような宣言をした聖夜は意を決して彼に近づいていった。 「―よく、来てくれるんだな」 カウンターにひじをついた姿勢で、少年の横に立って、聖夜は彼に声をかけた。 手にしていたグラスをおろして、少年が聖夜を見上げる。 茶色がかった瞳、白い肌、きれいに口角の上がった口元、細い首、開いた襟元からのぞいた鎖骨。 いろんなものが、一度に目に飛び込んでくる。 まわりの好奇心いっぱいの視線を浴びながら、聖夜は彼の耳元に口を近づけた。 「……今夜、俺につきあわないか」 「いいよ」 ひと昔前くらいの陳腐な誘い文句に、少年はにこりともせずにうなずいた。
聖夜の背中に腕を回したまま、少年が短い息をついた。 上気した頬、乱れた前髪、目はまだ少しうつろなままだ。 少年は聖夜のキスを受け止めると、さりげなく腕をほどいて身体を離し、ブランケットを引っ張り上げた。 店を出てホテルに入るまで、そしてベッドに入ってからも、聖夜は少年とロクな会話を交わしていなかった。 一方的に聖夜が話をして、少年があいまいな返事をする。それだけだ。 時が過ぎ、肌を重ねたあとでも、聖夜は彼の考えていることが何ひとつわからなかった。 「……どうして、俺についてきたんだ」 「どういう意味?」 思いを言葉に出した聖夜に、少年は軽い笑いをまじえて聞き返した。 「ああ……いや。―それより、まだ名前も聞いてなかったな。俺は聖夜っていうんだ。あの店で働いてる。おまえは?」 「栞」 「シオリ? へえ……本名なのか」 「さあね。どうだっていいだろう、そんなこと。あんただって、聖夜なんて、わざとらしい名前なんだから」 「そりゃあ、まあな。でも、俺は本名だぜ」 「ふうん……」 かすかにムキになった聖夜を見て、栞は口元に笑みを浮かべた。 そうすると、幼さの残る顔立ちに、さらに子供っぽい印象が加わる。 「16、7っていうところか」 枕に顔をうずめてしまっている栞の横顔に目を落として、聖夜は聞いた。 栞が閉じかけた目を開ける。 「いろいろ聞きたがるんだな。17だよ、もうすぐ……」 他にも何か言いかけて、しかし語尾は寝息に変わっていた。 無防備な、あどけない寝顔。 聖夜は、つけていたスタンドの灯りを落とすと、ベッドに体を戻して栞を抱き寄せた。 まだ始まったばかりなのだ。 栞の中身を知ることは、これからでも遅くはない。 肌に感じる栞の体温に幸せをかみしめながら、聖夜は夢にまで見た夜を終えようとしていた。
「このままサヨナラっていうのも素っ気ないから、ちょっと一緒に外に出ないか」 眠りから覚めた栞に、聖夜が言った。 時計は朝の9時を回っている。 まだ、うつろな目をしている栞とは正反対に、聖夜はすでに身支度を終えていた。 「腹へってるだろう。何か食いにつれていってやるよ」 聖夜はそう言うと、栞の手を引いてベッドからおろし、シャワーを浴びてくるように急かした。
外には雪が降り出していた。 栞は膝上ぐらいの丈の真っ赤なPコートに身を包んでいる。 少しくすんだような赤は、栞の白い肌によく映えていた。 「似合うな、それ」 栞をじっと見つめて嬉しそうに言う聖夜に、栞はつられたように少し笑うと、ショウウィンドウに目を向けた。 ずらりと並ぶ様々な店は、まだ開店したばかりの独特な朝の雰囲気を漂わせている。 クリスマスが近いせいか、どの店も競うように華やかな飾りつけをほどこしていた。 「クリスマス一色だな」 赤と緑と金を基調としたディスプレイのウィンドウを見ながら、聖夜が言った。 「なんか、いいよな、クリスマスって。あったかい感じがするだろう」 「……俺は、クリスマスなんて嫌いだよ」 「どうして」 「だって、急にカップルが増えて、街中、飾りたてて……うっとおしいよ」 「俺は好きだな。―俺の親って海外生活が長くて、クリスマスなんていったら、もう大騒ぎでさ。12月になると、必ず俺と妹にツリーの飾りつけをさせるんだ。父親がプレゼントを買ってきて、それを決まって自分の部屋の戸棚の中に隠す。俺たちはそれを全部わかってて、でも知らないフリして。で、クリスマスの朝に目を覚ますと枕もとにプレゼントが置いてあるんだよ。毎年、そんな感じだった」 聖夜は何か懐かしいものを見るような表情で、けれどひどく嬉しそうな口調で言った。 「クリスマスは、いい思い出ばっかりだな」 「……そんなの、映画かドラマの中の話だろう。本当にそんなことがあるなんて信じられない」 栞が嘲るような声を出す。表情は硬いままだった。 「俺にはツリーの飾りつけをしたことも、プレゼントをもらった思い出もないよ」 栞の声がかすかに震えたような気がして、聖夜は彼が泣き出すのではないかと思った。 しかし、栞の横顔は人形のように色を失ったまま、何を思っているのかもわからない。 それきり、ふたりが別れるまで、聖夜も栞も二度とクリスマスの話題には触れなかった。
「―ああ、来てくれたのか」 『J’s club』に現れた栞を見て、聖夜が表情を崩した。 いつも座っているカウンターのほうへ行こうとした栞を引き止めて、聖夜はガラス戸で仕切られている個室へと彼を誘った。 ドアを閉めたとたん、店いっぱいにあふれていた音楽が聞こえなくなる。 栞を座らせて、いったん出ていった聖夜は、すぐに戻ってくると、彼の前に足の長いカクテルグラスをおいた。 グラスの中身は、ロゼ・ダイキリという栞の気に入りのカクテルだ。 ベースのラムをロゼワインに変えたダイキリの変形で、淡いピンク色の口当たりのいいドリンクだった。 「いつも、飲んでるだろう、それ」 グラスに口をつけた栞を見ながら、聖夜はそう言った。 くわえた煙草から、ゆっくりと白い煙が立ちのぼっていく。 「よく、知ってるね」 軽く笑って、栞は聖夜を見た。 そうすると、素っ気ない雰囲気が少しやわらいだ感じになる。 その笑みに誘われるように、聖夜は自然に言葉をつなげた。 「いつも見てたからな。こんなこと言うと嘘っぽく聞こえるかもしれないけど、ヒトメボレだったんだ、おまえに」 聖夜の言葉に、栞の表情が一瞬、凍りついた。 テーブルにグラスを戻す指先が、かすかに震える。 「だから、一昨日の夜、おまえを誘ったんだ。遊びなんかじゃなかった。まさか、本当にOKしてくれるとは思ってなかったんだけど……俺とちゃんと、つきあって―」 「……俺」 聖夜をさえぎって、栞は不意に大きめの声を出した。 ついさっき見せた柔らかな笑みは、どこかに消え去っている。 「俺、いつも、ここに来るの遅いだろう。それ、どうしてだと思う?」 聖夜が、さあ、と軽く首をかしげた。 「いつも、それまで男とベッドの中にいるんだ。それで稼いだ金で遊びに来る。……どういう意味か、わかるだろう」 煙草の灰が長くなって落ちるのにも気づかずに、聖夜は栞を見つめていた。 自分のことを嘲るように言う栞は、とても傷ついているように見える。 そのことが、栞が商売をしていたという事実よりも、ずっと聖夜を悲しくさせた。 「栞……」 「俺のこと何にも知らないくせに、簡単に好きだなんて言わないほうがいいよ」 まるで非難するように冷ややかな、けれど悲しげな色を浮かべた視線を聖夜に向けた。 言いかけたところをさえぎられて、聖夜が言葉を失う。 その一瞬の沈黙に、栞を席を立つと、聖夜の止める声にも振り向かないまま部屋を出ていってしまった。 ドアの隙間からもれてきた音楽が、またすぐに途切れる。 栞が残していったカクテルを飲みほし、口に広がるその甘さに、聖夜は眉をしかめた。
ふと向けた視線の先に栞の姿を見つけて、聖夜は駆け寄ろうとし、だが、すぐに足を止めた。 所在なげに立ち尽くしている栞は、ショウウィンドウに飾られたクリスマスツリーを一心に見つめている。 その様子はひどく孤独で淋しげで、今にも泣き出しそうに見えた。 思い切り抱きしめてやりたくなって、聖夜は足早に近づくと、細い肩に手をおいた。 瞬間、ビクンと身体を緊張させて栞は振り向き、その顔に複雑な表情を浮かべた。 「最近、来ないんだな」 聖夜の口から出た言葉に、その表情は更に戸惑ったような感じになる。 聖夜の口調も態度も、この前の夜までも何ひとつ変わりがないのだ。 自分が商売をしていて、聖夜が思っていたような人間ではないことをとっくにわかっているはずなのに。 「こんなところで、何してるんだ」 やさしげな笑顔さえ浮かべて、聖夜は身をかがめるようにして栞の顔をのぞきこんだ。 その視線を避けるように、栞はうつむくと、 「……どうして、俺にかまうの」 小さな声で、つぶやくように言った。 「言っただろう、おまえが好きだからだよ」 簡単なことでも言いたげに、聖夜は屈託のない調子で笑いさえつけてこたえた。 「俺と、恋愛でもしてみるか」 「男どうしで、何が恋愛だよ。どうせ俺をいいように扱いたいだけだろう。俺をつかまえておけば、いつでもヤれるもんな」 「そんなふうに言うな」 「だって、そうだろう。男どうしでSEX以外に何することがあるっていうんだよ」 吐き捨てるような栞のせりふに、聖夜は穏やかに微笑むと、傷ついた子供を慰めるような、ひどく優しい声を出した。 「男とか女じゃないだろう。恋愛っていうのは、相手が自分よりも大切になって、いつでも一緒にいたくて、ずっと見ていたいーそう思った時にはじまるんだ。人を好きになるっていうのは、そういうことだよ」 「……俺のこと、なんにも知らないくせに」 「そうだな。だったら、俺の知らないおまえのことをおしえてくれよ。そうしたら、きっと、もっと、おまえを好きになる」 聖夜の口調は決して感情的にならない。 それだけに、かえって真剣な思いが伝わってくる。 まっすぐに見つめられて、栞は困ったように目を伏せた。 「どうすれば信じてもらえるんだ。俺の、この気持ちを」 栞は、どうしたって首を縦には振らない。 振り出してきた雪に、吐く息を白くさせながら聖夜は続けた。 栞は雪に映えるイルミネーションに目を向けていたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「……俺のためだけに何かをしてほしい。もし、本当に自分より俺が大切だっていうんなら」 わがままにも聞こえる、子供っぽい感情を含んだ言葉を栞は口にした。 「どんなことが、いいんだ」 「そうだな……たとえば『J’s club』を俺ひとりの貸切にしてくれるとか」 「いいよ」 間髪入れずにこたえた聖夜に、栞は驚いて目を見張った。 無理を承知で言ったことだったのだ。 馬鹿なことをと怒ってくれれば、それでもよかった。 しかし聖夜はかえって嬉しそうに笑うと、手を伸ばして栞の前髪をなでるようにかき上げた。 「クリスマスの夜に貸切にする。8時に店に来いよ」 「そんなこと、できるわけないだろう」 「できるよ、おまえの頼みだからな」 どこから来るものなのか、聖夜はひどく自信があるように見える。 困惑する栞をよそに、聖夜は約束だぞ、と彼の頬にすばやくキスをした。 「―じゃあ、クリスマスに会おうぜ」 聖夜はそう言うと、軽く手を上げてみせて、あっさりと背を向けてしまった。 取り残されて栞は何事か口の中でつぶやくと、自分も聖夜とは逆の方向へ歩き出した。 それから、何となく気になって振り向き、栞は思わず息をのんだ。 行ってしまったはずの聖夜が、自分のほうを見て嬉しそうに笑っている。 してやったりといった風な、表情だ。 栞はバツの悪さを隠すために、わざと、ふくれたような顔をすると、すぐに背を向け足早に歩きはじめた。 「愛してるよ、栞」 街頭放送から流れ出た音楽に合わせて、聖夜は栞の背中に歌うような調子で言った。
聖者の誕生日がやってきた。 前日のイブに輪をかけたように華やかな街の中を、栞はゆっくりとした足取りで『J’s club』に向かっていた。 その様子は、かすかにためらっているようにも見える。 ためらいの原因は、もちろん聖夜だ。 愛している、と言われたことなら、今までにだって何度かある。 みんな、一度か二度だけ肌をあわせたことのある男たちだ。 けれど、そうした男たちの目的は栞のルックスや身体だけで、心まで欲しがることは決してない。 聖夜がどこまで本気なのかはわからないが、彼だけは他の男と何か違う感じがし、栞は信じてみる気になっていた。
一見、無機質にさえ見える今風な建物も、今夜ばかりはライトアップされ、街を彩るイルミネーションに負けないくらいの輝きをはなっていた。 店の前には思い思いの衣装に身を包んだ若者たちが、大勢集まっている。 しかし、入り口に立った従業員に入店を拒否されて、彼らの間からは文句ばかりがもれていた。 その光景を見て、まさか本当に貸切にしたのかと思った時、従業員のひとりに腕を引かれて、栞ははっと振り返った。 裏へ回るように合図をされて、素直についていく。 小さな扉から中へ案内された栞は、一歩、足を踏み入れて思いがけない暗さに一瞬、立ち止まった。 足元を照らすスポットライトの他は、満足な灯りもなく、フロアへ続く細い道はやけに静かだ。 いぶかしげに思いつつ、フロアにおりた瞬間、店中の照明がつき、高らかに音楽が流れ出した。 ナンバーは、アレンジを加えたクリスマスソングだ。 フロアの中央に大きなツリー、その横にこの上なく嬉しそうな表情の聖夜が立っていた。 「Merry Christmas 栞」 鳴り響く音楽に負けないほどの大きな声で、聖夜は言った。 それから、おいで、と栞に向かって両手を広げる。 わずかなためらいを見せた後、聖夜に近づいていった栞に、彼はその手を開かせると金色の星を乗せた。 不思議そうに、栞が聖夜を見上げる。 「ツリーのてっぺんにつけるんだ。飾りつけの仕上げだからな」 クリスマスの思い出なんかない、と言った栞の言葉を覚えていたのだろうか。 聖夜の穏やかな笑顔を見ながら、栞はのどの奥が熱くなるのを感じた。 それを、かすかな笑みでごまかして、栞は聖夜に促されるままに、少し背伸びをして星をつけた。 天井で回るミラーボールに反射して、金色の星が光る。 流れていた音楽が不意に途切れ、一瞬あと、スローなナンバーが聞こえてきた。 聖夜はツリーを見上げていた栞の手を取ると、その身体をそっと抱き寄せた。 「チークタイムだ」 栞の耳元に、静かにささやく。 照明が落ち、やわらかな薄明りだけがふたりの姿をとらえた。 「約束どおりだろう?」 ゆるやかなメロディーに体をのせながら、聖夜は得意げに言った。 暖かな聖夜の腕に包まれて、栞が彼の肩先に顔をうずめる。 「……栞?」 「俺、服を着たまま抱きしめられるなんて、はじめてだ」 かすかに震える、声。 その言葉の意味が痛いほどにわかって、聖夜の心を鋭く突き刺す。 聖夜は栞の白い頬を包み込み上を向かせると、ゆっくりと唇を重ねた。 まわりの視線も気にせずに、聖夜の腕に抱かれたまま、栞は素直にそのキスを受けている。 「もう、クリスマスは嫌いじゃないだろう」 栞を包む腕を少しゆるめて言った聖夜の言葉に、栞ははにかんだような笑顔を見せた。 今までとは違う、こだわりのない穏やかな笑顔。 その栞に聖夜は、 「俺ほどクリスマスにふさわしい男はいないぜ」 なんたって聖夜だからな、と続けて軽くウインクをした。 「貸切なんて、どうやったの」 「オーナーに頼み込んで、3ヶ月タダ働きでOKしてもらったんだ」 聖夜がそう言ったとたん、栞はふっと表情を曇らせた。 それから、小さな声でゴメンとつぶやく。 「あやまるなよ。約束したのは、俺なんだから」 「でも、店の前にたくさん人がいたよ。あの人たち、入れたほうがいいんじゃないかな」 「いいのか?」 栞がうなずくのを見て、聖夜は助かったと言って笑った。 すぐに、他の従業員に耳打ちをする。 「3ヶ月の約束が、1ヶ月ぐらいで済むかもな」 そう言いながら聖夜は、栞を促してガラス戸の向こうの個室へ栞を誘い入れた。 いったん、部屋を出て戻ってきた聖夜の手には、ロゼダイキリのグラスがふたつある。 「乾杯しようぜ」 栞にグラスをひとつ渡して、目の高さに持ち上げる。 栞はやわらかく微笑むと、聖夜とグラスを合わせた。高い音が響く。 聖夜はグラスを置くと、栞の目の前に、30センチくらいの小さなツリーを差し出した。 赤いリンゴと赤いリボンの飾りが、緑によく映えている。 「あれはでかくて持っていけないから、これが俺からのプレゼントだ」 「……かわいいね」 ツリーをじっと見つめて、栞は口元に笑みを浮かべた。 そう言う栞のほうが可愛いなどど思いながら、しかし聖夜は口には出さずに、不意に栞の顔をのぞきこんだ。 「俺には、何もくれないのか」 ふざけたような聖夜の言葉に、栞はしばらく彼の顔を見つめ、また小さく笑った。 「……明日の朝、あげるよ」 「―楽しみだな」 朝まで一緒にいる、というニュアンスを漂わせた栞に、聖夜はそれを読み取って、嬉しそうな表情を浮かべた。 店の中は、待たされていた客が入ってきて、今夜にふさわしいざわめきで溢れはじめた。 音楽とアルコール、大きなツリーと暖かな聖夜の瞳。 カクテルグラスにライトが反射して、きらきらと光る。 世界でいちばん幸せな時間、クリスマスの夜は、いっそう華やかさを増しはじめていた―。
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