何でこんな真っ暗中で…という位真っ暗な部屋の中。響いているのはベッドのきしむ音ばかり。ぎしぎしという音だけが先ほどから聞こえてくる。 「…も…やぁ」 「いやならやめとく?」 この部屋の主である男がやや意地悪い感じでもう一人の男に聞く。 「ってゆうかお前が完璧に電気消せってゆうから真っ暗にしたけど結構いいかも♪完全手探り状態っていうのがまたなんとも…」 といいつつ主の方がごそごそと動き出す。その途端もう一人の男のほうがぐっと息を呑んで、次の瞬間嬌声をあげた。 「あんま俺も余裕無いな…そろそろお邪魔しまぁす」 そしてまさにお邪魔するその瞬間、ありえない音が室内に響き渡った。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ………
二人ともぎょっとして思わず行為を止めた。 「「な、なんだ?」」 真っ暗な中で響く何かが回っているような音。 「あ、わりぃ。あれだ。」 そういって主の方がのそりとベッドから起き上がり、ベッドのそばにあるルームライトをかちりと点けた。その途端、ガラガラ言っていた音がぴたりと止まった。 「一体なんなんだよ!」 いらついた様な声がベッドからかけられる。 「ああ、今ちょうど12時か。起きる時間だ。」 そういいながら部屋の隅に腰を下ろして、 「おーい、俺たちの邪魔すんなよ、タカシ」 「俺は邪魔された方だろうが!なに言ってんだよ!」 もう一人の男‐タカシ‐もベッドから起き上がった。 「なにやってんだよ、もう。」 「わりぃ。いつもは向こうに持っていっているんだけど、忘れてた;;」 「は?」 タカシが肩越しに覗き込んで見るとなんとそこには大きなハムスターのケージが置いてあり、そのケージの玄関(?)のところにハムスターがいた。その小さな手でぎゅっとケージの網の部分をつかんでいる。 「トモヒロ・・・お前ハムスターなんて飼ってたんだ?知らなかった・・・。」 「ん、大学入ってすぐにな。ガキの頃からずっと家にいてさ。やっぱ寂しくって。お前来るときはいつも他の部屋においてたんだけど、今日は余裕無くて忘れてた。」 へへへといってこの部屋の主である男‐トモヒロ‐がハムスターを抱き上げた。タカシのほうをむいたトモヒロの手にはゴールデンハムスターが乗っていた。 「け、結構でかくね?こいつ」 「種類によるんじゃん?ジャンガリアンだとまさに手のひらサイズだから。こいつはゴールデンハムスターって言う種類でさ、ちょっとでかいんだ。でもこの持ち重みが俺好きでさ。な?タカシ?」 「何で俺の名前ついてんだよ…」 「んー、こいつがここに来たときにはおまえとこんな風になるとは想像できなかったからさ。せめて近くにいるこいつにお前の名前付けたんだけど?な?タカシ?」 「ううう、なんかやだ。」 人間タカシは何だか複雑そうな顔をしている。そりゃそうだろう、自分の名前が動物の名前になっているのだ。 「でもペットの名前なんて・・・」 ペットという言葉を聴いた途端、トモヒロがくわ!とばかりにタカシをにらみつけた。 「ペットって言うな!こいつは俺の家族なんだからな!ペットじゃなくてコンパニオンアニマルって呼べ!」 「は?」 「タカシ、今夜も兄ちゃんの大事な人が来ているからちょっと向こう行っててな?」 そういってトモヒロはハムスター・タカシにほお擦りしている。しかしハタチにならんとするオトコが全裸で(しかも微妙に半ダチ…)ハムスターに頬をすり寄せる図はなんともシュールである。半分呆れたような目をむけているタカシをよそ目にトモヒロはまだハムスター・タカシにすりすりしている。 「そうだよな、もうお前の時間だもんな。ごめんな、邪魔して。キッチンに行ったら回し車がんがん回っていいから。な?それと今度のバイト代入ったら、音のしない回し車買ってやるからねー」 邪魔という言葉にカチーンと来たのは人間・タカシ。 「じゃぁまぁ?邪魔したのはそのちびじゃんか。何でお前謝ってるんだよ。」 そのときハムスター・タカシがニヤリと笑ったような気がした。少なくともタカシにはそういうように見えた。実はトモヒロの指がハムスター・タカシの口元をムギュウと押し上げただけなのだが・・・。 「このチビ!俺みて笑いやがった!トモヒロ!何とかしろ!俺の視界からこいつを放り出せ!」 「おい、タカシ何言ってんだよ。タカシが笑うわけ無いだろう?」 そういってトモヒロが再びむぎゅっとしたのでますます笑っているように見える。 「俺そいつ嫌いだ!何で俺の名前なんて付けてんだよ!俺の名前は俺のもんだ!俺の許可無くそんなチビにつけんな!」 「タカシにタカシってつけて何が悪い!そもそもこいつはもう一年以上タカシなんだ!」 「俺なんて19年だぞ!」 「うるせーこいつは俺の家族なんだ。俺が名前をつけて何が悪い!」 トモヒロの手の中のハムスター・タカシはいい加減手の中にいるのがいやになったようで、じたばた暴れ始めた。 「ああ、ごめんねぇ、すぐおうちに帰ろうねぇ。はいどうぞ。」 トモヒロがまるで幼稚園児に話すように言いながらハムスター・タカシをケージに入れた。ぱちんと鍵代わりの洗濯バサミを止めてからケージを持ち上げると、そのままキッチンに行ってしまった。もちろんまっぱで。
「なんだよ、何で俺が悪いみたいな言い方されなきゃなんねーんだ!」 残されたタカシは何だかいたたまれない。よもやハムスターに嫉妬する日が来るとは思わなかった。いくらあのチビすけが一年以上タカシと呼ばれていようとも、自分以外があの声でタカシと呼ばれるのはなんとも我慢ならん。本音を言ってしまうとそういうことなのだ。ただタカシの性格からそんな可愛いことを面と向かってはいえない。 「あのチビは家族で、俺は単なる他人ってわけかよ…」 そこもかなり引っかかるところだ。そもそもタカシにコナをかけてきたのはトモヒロのほうであって、万が一こんな関係になっていなかったら、タカシはきっと高校時代に夢見ていたように女の子と楽しい楽しい大学生活を送っていたはずなのである…多分。いくら男子高卒で免疫が多少あったからとはいえ、野郎とこんなふうに寝るなんて自分でも驚いているくらいなのだ。トモヒロ限定というヤツである。なのになのに!人の恋愛街道に脇道を作って、しまいにゃそっちを本線にしてしまったトモヒロから「やっぱり家族の方が大切なんだよね♪(ハムスターだけど)」などといわれてしまったら-実際にはトモヒロはそんなこと言っていないのだが-何だか自分がバカみたいに思えてくるのであった。
悶々としているとスキップでもしそうな勢いでトモヒロが戻ってきた。 「さぁ!タカシ!続きだ続き!ってゆうか始めッから仕切り直しだ!」 なんてデリカシーの無いやつだ…とタカシは思ったが、そんなのはもう分かりきったことなので敢えて口には出さない。とはいえすでにタカシはそんな気分になれないところまで落っこちていた。 「俺帰る」 「なんで?なんで?なに怒ってんだよ?ちょっと邪魔されちゃっただけじゃん。俺こんなん(↓)じゃ眠れないよぉ~」 「ってかもうそんな気分になれないし!お前あのチビのタカシのほうがいいんだろ?」 「は?」 「俺は!帰るって!言ってんの!」 がばっと起きだして脱ぎ散らした自分の服を身につけ始める。そんなタカシを見ながらトモヒロはなるほどと思った。にやっとしながら、 「あのさ…」 「んだよ?」 「ハムスターにやきもち妬いちゃった?」 そういいながらトモヒロはタカシを後ろから抱きしめる。途端に真っ赤になるタカシがまた可愛いではないか! 「うっせえなぁ、離せって!」 「なぁどうなんだよ?おれがタカシにタカシって名前付けちゃったから怒ってんだろ?」 「離せっ!パンツはけねーだろ!」 「言うまではかせないってゆうか帰さないし♪」 何だか笑いを含んだようなトモヒロの声がさらにタカシの気分を逆なでする。 「おーまーえーなー!」 「とうとうタカシにやきもち妬いてもらっちゃった!」 嬉しそうに言ったあとタカシの首筋をぺろっと舐め上げる。先ほど途中で放り出されたのはタカシも同じで、つまりそんなことされればやっぱりびくっとなるわけで。 「なぁなぁ、このまま帰ったってタカシも困るだろ?ほらほら意地張ってないで…」 さわさわとタカシの体の上でトモヒロの手が動き出す。本来ならこのまんまタカシを改めていただいてしまいたいのだが。さすがにトモヒロもちゃんと言わなきゃいけないことがあることは分かっているのだ。一旦手を止めてぎゅっとタカシを抱きしめる。 「あのさ、タカシ?」 「…ん、だよ!」 「好きって言うのにはさ、種類があるんじゃないかって俺は思うわけ。俺はハムスターのタカシもここにいるタカシも好きだけど、ぜんぜん違う次元の好きなんだけどわかってる?」 「…何が言いたいんだよ」 言ってくれなきゃ安心出来ないんだぁ、などと声に出して言おうものならぶっ飛ばされるのがオチなので、心の中でだけ大喜びしたトモヒロ。こういうときこそ慎重に言葉を選ぶべきなのに、トモヒロの口から飛び出してきた言葉は 「タカシは俺にとって太陽とか空気みたいなもんなんだけど?」 というもので、タカシの心の逆鱗に触れてしまった。 「俺はイキモノ以下か!」 よりによって無機物のようだといわれてしまいこの怒りをどうしてくれようか!とばかりにタカシの額にぴくぴくと青筋が立った。 「放せ!俺は帰る!」 「オイオイオイオイ、落着けって、おい!暴れるなって。……この!」 トモヒロはそれこそ先ほどのハムスター・タカシのようにじたばたしている人間・タカシを両手両足で抱え込む。 「空気無きゃ5分だって生きてらんないじゃん。そういうことなんだけど?俺の世界はタカシ中心に回ってるっていってんのに、まだ分かんない?」 そこまで言われてしまうとさすがに暴れていたタカシもおとなしくなる。この状況下でなければ大笑いしてしまうセリフだろうが、さすがに今回ばかりはすこんとタカシの中に飛び込んだ。世界の中心だなんてちょっと嬉しいじゃないか!夢見る夢子ちゃんだったら喜びそーな決まり文句のひとつなんだろう、とか思いながらホンの少し顔が緩んでしまう。だがしかし。それとハムスターの問題はタカシの中ではまったく別のお話であったので、あえて意地悪く聞いてみた。 「もし俺があのハムスター、実家に預かってもらえって言ったらそうしてくれんの?」 「うっ」 「俺がこうやって来てるんだから、あのチビのこと俺の名前で呼ぶ必要なんてねーじゃん」 「ううっ」 「俺ってなんなわけ?」 「え?なんなわけって、タカシはタカシだろう?世の中に何人タカシ君がいるか俺は知らねーけど、俺がタカシって呼んでんのはお前とあいつだけだけど…。むー、やっぱりいやだよな…。でもな、タカシは俺じゃなきゃ世話できないし、っつーか他のやつに世話させたくねーんだよな…。でもな…」 堂々巡りをしながら申し訳なさそうにタカシの髪を撫で付ける。タカシだって血も涙も無い鬼ではない。昔近所の家に飼われていた犬が天寿を全うしたとはいえ居なくなってしまった時、タカシも悲しかったし、何よりその家の家族全員がしばらくの間、魂が抜けてしまったようになったのを覚えている。さっきトモヒロが言ったまったく別の「好き」っていうのはこの辺のことを言うのだろう。対人間でない愛情って言うのを知るのもいいかもしれない。確かにトモヒロに言われたことはかなりショックだったけれど、その後の告白(まさに告白である)、しかもタカシだから他の人間に渡したくないとも取れるたった今のセリフにまあいいかなんてほだされてしまった。我ながら甘いなぁとか思いつつも、先ほど見たハムスターを思い出す。 「あいつ毛並み綺麗だったな」 「そりゃそうだよ!確かにハムスター歴10年を超える経験もものを言うんだろうけど、タカシだって思ったらなんでもやってやりたくなるじゃん?それに…」 突然くっくっと笑いだしたタカシにトモヒロは言葉を切る。 「俺なんか変なこと言った?」 「いや?もういい」 タカシはくるっと向きを変えて自分から抱きついた。突然機嫌を直した「大事な人」にトモヒロはちょっと戸惑い気味。 「なぁなぁ、仕切り直しすんじゃねーの?」 自分から帰るとか言っておいて、しかも大暴れしておいてその舌の根も乾かないうちにこの変わり身。なんちゅーわがままなヤツだとトモヒロもちょこっと思ってみたものの、そこはもうココロの底から惚れてしまっているためそんな風に言われてしまっては爽やかにお受けするしかない。 「納得した?」 「…ん、まぁな」 ついばむようなキスを繰り返しながら、二人ともどさっとベッドに倒れこむ。キッチンでがんがん回し車を回しているハムスター(たまに頑張りすぎて車からおっこっちゃったりする)のように「仲良く」「愛を確かめ合った」のである。
そんなことがあってからしばらくたったトモヒロ宅。もちろんそこには家主のトモヒロはもちろん、人間&ハムスター・タカシの姿がある。前と違うのは異様に仲良くなってしまったタカシたち。 「ほーらタカシ、今回はヨーグルト味のお菓子だぞー。おなかの調子よくなるぞー」 タカシの手から白い小さな丸いお菓子をもらってご満悦のハムスター・タカシ。本来の飼い主であるトモヒロの入り込む隙間が全くなくなってしまった。 「うまいだろー。…ってかおまえ、もう頬袋に入れちゃっただろ?もっと欲しい?仕方ねーなぁ。今日だけだぞ」 もっと欲しい?今日だけだぞ、なんてうらやましい!などと不埒な方向に考えているトモヒロをよそに、タカシたちは楽しそうである。 「慣れると、カワイーのな、こいつ」 とか言いながらハムスターを抱き上げて自分のひざの上に乗せたときは、トモヒロは心底ハムスター・タカシになりたいと思った。ひざ枕なんて俺だってしたこと無いのに!!きぃーーーっ!とかなり穏やかでない。しかしそんなトモヒロの心境なんてタカシはお見通しなのである。ハムスターを抱き上げ、鼻を擦り付けて(ゴールデンハムスターはなぜか芳ばしいにおいがするのだ)、ニヤニヤしながらトモヒロに 「ハムスターにやきもち妬いちゃった?」 嫉妬大爆発のトモヒロにハムスター・タカシはおうちに強制送還、人間の方はもちろん寝室に放り込まれ、あれやこれやいたされてしまったのは、まぁ当然のお話。そんな二人を見送りながらハムスター・タカシが「お幸せに♪」とつぶやいたのは、まぁ別のお話。
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