「最低ッ」
女がヒステリックな声をあげながら右手を振りかざした。 が、その手は男の頬に触れる前に男の手によって掴まれた。そつのない男のその行動に細い手首を掴まれた女は一瞬悔しそうに顔を歪めその手を乱暴に振り払った。
「アンタのそーゆーところが嫌なのよ!」
捨て台詞を吐いて、女は走るのにはとても向いているとは思えないピンヒールの靴のまま走り去った。 そんな後ろ姿を目で追いつつ、別に彼女のことは嫌いでもなかったのにな…などと男は考えていた。
ただ、別に特別彼女を愛していたとゆうわけでもなかったけれど…
好きとか嫌いとか言った感情がそもそもわからない。 だから自分から相手を求めたことは一度もない。それでも付き合ってと言われればよっぽど自分の好みから逸れすぎていない限り断ることはまずない。 別れを切り出されるのはいつも向こうから。理由は様々だが大体はもう疲れたなどと言われる。それに対して自分は何も言わない。別れたいのなら勝手にすればいい。 そう言った後の女の行動が最初のアレだ。 何度か同じようなことを経験しているため大体彼女達の行動は予測済みで…叩くことで気が済むのならそれに越したことはないのかもしれないが、やっぱり女の細腕とはいえ平手打ちを食らえばそれなりに痛いし街中では自ずと目立ってしまう。 反射的に止めてしまう自分の手が彼女達の感情を更に逆撫でてしまうこともわかってはいる。それで余計こじれてしまったことも一度や二度ではない。 だから今回はまだマシだったと言える。 それが自分の生き方。きっとこれからも変わらない。 …いや、過去にたった一度だけ少しだけ別れを淋しいと思ったことがあった。
“彼”の名前は何だったろうか…?
「…相変わらずみたいだね、竜。」
あぁ、思い出した。裕人だ。 突然目の前に現れた自分より頭一つ分小さな姿。久しぶりに会ったとゆうのにあまり変わっていない気がする。 裕人は高校の同級生で自分が今まで付き合ってきた中で唯一の同性である。 別に男に興味はなかったが、顔を真っ赤に染めて告白する様には妙に興味を引かれた。だから付き合った。
「…覚えてない?」
自分の思考に耽って何も答えない自分をどう解釈したのか裕人は少し悲しそうに顔を歪めた。
「あぁ、悪いけど誰だっけ?」
そううそぶくと、裕人は今にも泣き出してしまいそうなくらいに顔を歪めた。
「嘘だよ、ヒロ。」
あぁ、そうだ。俺はよくこうやってコイツをからかって遊んでいた。 どちらかといえばコイツとの付き合いは友情の延長線上みたいなものだった。まぁやることはやっていたが。 案の定、裕人は泣き出しそうな顔から一転、むっとして頬を膨らませた。 久しぶりに見ても面白い百面相だ。コイツは本当にくるくると表情が変わる。 くっくっと声を抑え切れず笑っていたら、裕人にギロリと睨まれた、真っ赤な顔に零れ落ちそうなくらいでかい目に涙を溜めてそんなことをしたところでもちろんちっとも怖くなどないが。
「リューヤの馬鹿っ!死ねっ!」
その言葉に更に俺が腹をかかえて爆笑してしまったことはゆうまでもない。
そして、今俺達は適当に入ったファーストフード店のテーブル席に顔を突き合わせて座っている。 このまま別れてしまうのも何となく名残惜しかったので、少し話がしたいと言って俺から裕人を誘った。 裕人は少しだけ躊躇らう仕種を見せたが特に用事もなかったらしくすぐに了承してくれた。少しくらい機嫌が悪くてもすぐに機嫌が直るのも昔と一緒らしい。 そんな裕人はそれでもやはり少し気まずいのか俯いたまま頼んだシェイクをチューチュー啜っていた。
「今、何してんの?」
そんな裕人をちょっとだけ可愛いなぁ…などと思いながら尋ねる。
「…普通のサラリーマン。」
俯いたまま小さく答える。
「ふーん、何処の会社?」
特にそれを気にすることもなく更に質問を重ねると、裕人はある企業の名前を口にする。驚いた、自分でも知ってるくらい有名な会社だ。そういえばコイツって頭よかったっけ?「へーすげーじゃん。」と言えば今度は逆に裕人に同じ質問を返された。
「ん?俺、俺は金持ちババァのヒモ生活。」
またついた嘘を信じたのかどうか裕人は視線をようやく俺に向け明らかに呆れたような顔を見せた。
「…冗談でしょ?ありえそうで嫌なんですけど。」
「傷つくねぇ…」
本当にちょっと傷ついた風な顔を見せれば裕人ははっとしてすぐに謝ってくる。本当単純、自分でゆうのも何だが俺が傷つくタマかよ。
「ま、嘘だけどな。俺はね、フリーター。」
「えっでもリューヤってK大じゃ…?」
「あれ?知ってたんだ?」
本当に驚いた。普通別れた奴の進路なんて知らねーって。現に俺はコイツが何処の大学に進んだかなんて知らないし。
「ま、一応卒業はしたけどな。でも就職難であっさり。」
実は自慢じゃないが高校時代俺はコイツより頭はよかった。でも頭の良さだけで就職決まるワケでもないし。 ま、俺みたいな奴が一つの会社に縛られるのって性に合わないし。育ててくれた親には悪いが俺には今の生活がぴったりだ。
「そう…」
それきり何となく沈黙が流れた。その沈黙に俺まで気まずさを覚えてしまってそれをごまかすように煙草を取り出し火をつけた。
「煙草…吸うんだね。」
「あ、嫌いか?」
「うぅん…平気。」
また沈黙。正直まじ気まずいかも。
「…あのね。」
「ん?」
「あの時、本当嬉しかったんだ俺。」
昔は僕っつってたのに。変わってないつもりでもやっぱ変わってるのか。…ま、当たり前か。
「あん時?」
「リューヤに告った時。まさか付き合ってもらえるなんて思ってなかったから…」
何?いきなり昔話?
「リューヤは本当かっこいくって。周りの女子とかいっぱい憧れてたし。俺みたいな目立たない奴、しかも男なんかが告白しても気味悪がられるだけだと思ってた。」
休日のファーストフードは混雑していてしかも皆自分達の会話にだけ夢中だから誰も俺達の会話なんか気にしないだろうけれど、一応公共の場所でそんなきわどい話をするのはどうなんだろうか? まぁ、俺に倫理とかそーゆーもんを説くっつーのも豚に真珠、要は無駄なワケだから別にいいけど。大体こーゆー人間でもなきゃ興味だけで男と付き合おうなんて思わない。
「だから嬉しかったんだ。」
裕人は俺の目を正面から真っ直ぐに見て来た。でもすぐにその目は逸らされた。
「でもね…いざ付き合い出したら不安ばっかですごく辛かった。」
…だろーな。俺と付き合ってた奴の気持ちなんて初めて聞いたが、多分皆そんな感じだと思っていた。わかっていても俺にはどうしようもなかったが。
「何かいっつも俺遊ばれてたし…嫉妬ばっかするし…好きなんて一回も聞いたことなかったし。自惚れてたつもりないのにそんなこと思って…リューヤが俺なんか好きで付き合ってるわけないのに…単に毛色が違うのが来たから遊んでくれてるとかその程度なのに…」
ふーん、そこまでわかってたわけね。
「だから別れてってゆって…あっさりそうってゆわれて…でも残るのは後悔ばっかで…久しぶりに会って変わってないなーって思ったのにでもなんか妙にそれが嬉しくって…って変だよね、俺。」
「………」
「今でもすごい好きなんだ…ちっとも忘れられなくって…このままじゃ俺前に進めない…だからちゃんと振って俺のこと。お願い。」
ついに裕人は泣き出してしまった。さすがにそれではこの場で悪めだちしてしまう。
「…場所変えるか。」
有無を言わさず裕人の手を引っ張り店の外へ連れ出した。 何故か無性に腹がたっていた。
着いたのは俺が住んでるアパート。 ここでなら人目を気にすることなく話が出来るが、裕人は二人きりになるのが嫌なのかなかなか中に入りたがらなかったが嫌ならだっこして入れるぞと言ったところ素直に従った。
「…で、ヒロは今も俺が好きなワケ?」
裕人は今更になって自分が言ったことの大胆さに気付いたのか俺の言葉に顔を真っ赤に染めた。
「大好きなんだろ?言ってみろよ?」
揶揄られていると気付いたのか裕人は眦をあげてそっぽを向いた。
「キライ!」
全く可愛いげのないところまで可愛いと思うあたり俺もきっと重症だ。
「へぇ~」
ニヤニヤ笑いながら壁の方を向いていた裕人の顔を無理矢理こちらに向けさせその唇に軽く口付けた。 裕人はそんな俺の行動に本気でびっくりしたみたいな顔を見せてでも次の瞬間にはまた泣きだしてしまった。コイツの泣き顔ってかなりそそるよな。
「リューヤのそんな所がキライ…これ以上期待させないでよ…ちゃんと振ってよ…」
「いいよ、付き合っても。丁度さっきフリーなったばっかだし。」
「………は?」
「お前さーどーせ俺が振ったところで諦められんの?」
「竜…人の話聞いてた?」
「いーから答えろよ。」
「………じゃ…い」
「聞こえない。」
「諦められるわけないじゃんってゆってんの!」
う…わ、鼓膜破けるかと思った。ってかちゃんとでけー声出せるんじゃん。 ここのアパートが昼はあんまり人いないとこでよかった…そうじゃなきゃ今頃苦情の嵐だよ、こんな薄い壁のぼろアパート。
「だったらさ諦めるなんて出来もしない無駄な努力するくらいなら俺を振り向かせる努力でもしたら?」
裕人は本気でぽかんとした顔をしている。
「いーの…?」
「何が?」
「竜のそばにいても…」
「ま、暇潰しにくらいはなりそうだし。」
「…馬鹿。」
そう言って裕人は自分から抱き着いてきた。すっぽり俺の身体に収まったそれに俺はまた悪態をついた。もうこれは俺の癖みたいなもんだからやめろったってきっと無理だ。
「ぷっ…ブサイクな顔。」
泣いて腫れてしまった瞼にチュッと口付けてやるとむっとしたような裕人の顔が見えた。
「しよっか?」
「?」
「セックス。」
わざと直接的な表現でゆったら予想通り裕人の顔は途端に青冷め俺の腕から逃げ出そうとした。が、そんな抵抗を俺が許すはずもなく逆に裕人の服を素早く取り払った。
「…やっ」
「ってゆーわりにはヒロのここ半ダチなんですけど?」
くすくす笑いながらそこにちょんと触れると先端から雫が我慢しきれずにこぼれ落ちた。
「この…いじわるっ!」
「知ってるだろ?」
面白くなってそこに更に手を伸ばして軽く扱いてやる。
「う…あっ………ん…ぅぅ…っ」
「ほら勃ってきた。感じてるんならちゃんと声出せよ。隣も上も人いないから気にすんな。」
「や…むり…っ」
「ま、いーけど。我慢も出来なくなったらいつでもどうぞ。」
そうゆって更に扱く手を早めてやると、裕人の声も比例して大きくなった。その反応に気をよくして胸の飾りの方に舌を伸ばす。久しぶりの行為に思ったより余裕がないのかもしれない。くそ、カッコ悪ぃ。
「や、舐めないで…あ…っイっちゃう…」
その言葉に扱く手を止める。 それに驚いて裕人の視線が俺に向けられる。目はとろんとして頬は桜色。そんな顔が俺の下半身を直撃した。
「あのさ。」
でもそんな様子をおくびにも見せることなくニッコリと笑う。
「な…に?」
「俺と別れた後誰かとした?」
何をかは言わずもがな。
「そ…んなこと…っ!」
「ちゃんと答えてくれたらイカせてやるよ。でも言わなかったらずっとこのままだよ。」
俺の目を見て本気だと感じ取ったらしい裕人だったが恥ずかしいのか何も言わない。 見れば限界なのは間違いないとゆうのに。
「なぁ、ゆえよ。」
イケないように根元を抑えながらもう一度乳首に舌を伸ばす。確かコイツはここが弱かったはずだ。案の定裕人は濡れた感触に身をよじらせた。
「あ…ゆうから………や…あ…っ」
「じゃ、ゆえよ。」
「…諦めようとしてしようとしたよ…でも無理だった…」
「オトコ?オンナ?」
「…………男」
「ふーん、よく逃げれたね。」
「アソコ蹴り上げた。」
裕人にしてはなかなか乱暴なその行為に俺は少し驚いた。
「…俺のはしないでくれよ。」
そう言いながら裕人に待ち侘びた愛撫を与えてやった。
***
久しぶりのセックスに盛り上がってしまったのは俺だけではなかったらしく、途中から完全に理性を飛ばしてしまった裕人は自分から求めてきて柄にもなく俺達は夢中になって抱き合った。 最後裕人が完全に意識を飛ばしてしまう程に。
「…サル以下だな。」
火がとうに消えてしまった煙草をくわえながら気絶した裕人を見つめた。
俺はこんな奴だからきっとこれからもコイツを泣かせるだろう。 きっと俺はこれからも変わらずに愛とも恋とも縁のない生活を送るだろう。 それでも傍にいてくれるのはきっと俺の自惚れでなければコイツだけ。 それはそれでなかなか悪いもんじゃないと思いつつ裕人の横に並んで俺も眠りに就いた。
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