亮太は時々時々思うのだ。 5歳年上の恋人・拓人の、花のほころぶような笑顔を見るたび。『俺なんかでホントいいのかなー』と。 拓人が、亮太と拓人が勤める居酒屋の店長と、一時は一緒に暮らすほどの仲であったことを知っていれば、なお。思わずにはいられないのだ。『ホントに俺でいいのかなあ』と。 男同士という点はさておき、亮太の目にも、店長・黒川と拓人は似合いのカップルに見えた。30をいくつか超える黒川は、成熟した男の渋さにワイルドなオーラが加わって、ちょっと人目を引くいい男で、拓人は道行く人が思わず振り返るほどの美人だ。黒川に比べたら自分は全然ガキだし、はっきり、負けてるなーと亮太は思う。だから不思議なのだ。なぜ、拓人が自分を選んでくれたのか。 亮太は聞かずにいられない。
「俺なんかの、どこがよかったんすか?」
拓人は笑う。 「んー、おバカなとこかな」って。 ひでーなーと亮太はスネる。拓人はまた笑う。 だから亮太はまた聞かずにいられないのだ。
――ねえ、俺なんかの、どこがよかったんすか……?
* * * * *
店に、一人の男が呑みに来た。
東北の名家の、世間体と外聞ばかりをはばかる窮屈さといびつさが厭で、拓人が家を飛び出し、黒川 道郎に拾われてから一年と半が過ぎていた。黒川が店長となって仕切る居酒屋『漁火』で働きながら、その店の二階で黒川に抱かれて眠るようになってからも、一年とほぼ半分。 自分の将来についても、黒川との関係についても、ただ漠然と、このままの状態が続いていくように拓人が思っていた頃だった。 店に、一人の男が呑みに来た。 黒川の古い友人だと紹介された。 その男、浅井 和彦は黒川とは本当に仲がいいらしく、カウンター席から中の黒川と時折冗談口を交わしながら、くだけた笑みを見せていた。イベント会社を経営しているという浅井は、拓人相手にも、如才ない明るさで気持ちのいい応対をしてくれた。 すらりと長身で。カジュアルな装いながら、上質な布地と丁寧な仕立ての服を身につけていて。ハンサムで。話す内容もおもしろい。 拓人は浅井に好感を持った。だから、 「どうだ、いい男だったろう?」 その夜、いつものように布団の中で抱き寄せられながら黒川に尋ねられて、拓人は素直にうなずいた。 「二枚目な人だね、ずいぶんとモテてそう」 にやりと黒川が笑ったのが、窓からのネオンの光に見てとれる。 「おまえ…ああいうヤツに、抱かれてみてえとか思わねえか?」 拓人は心底、驚いた。浅井に好感を抱いたとは言っても、そこに性的な興味はまったくなかったから。 「思わないよ! そんなこと!」 おもしろがるような黒川の表情に、拓人は顔をそむけた。 「ひどいと思う。……道郎(みちお)が、僕に、そんなこと言うなんて」 「……ひどいか?」 低い笑い声をもらして、黒川はゆっくりと拓人を己の下に組み敷いた。上から見下ろしてくる男の視線を感じながら、拓人は頑固に横を向いたままでいた。 「なあ、」 黒川の指が拓人のあごを捉える。 「おまえ、俺以外の男を知ってるか?」 今度こそはっきりと抗議の意味を込めて、拓人は黒川の指を払いのけた。黒川と知り合ったのは、まだ17だった頃。恋も、セックスも、拓人は黒川が初めての相手だった。それを知っていながら……。 「僕を、疑うの?」 憤りを込めて黒川を見上げれば、黒川は愛おしげに目を細めてくる。 「――綺麗になったよなあ、拓人」 「道郎、話をそらすつもり…」 「そらしてねえよ」 答える男の手が、喉元から胸へと差し入れられる。指先が胸の突起をなぶっていく。 「おまえ、綺麗になった。もとから小綺麗な顔だったがな、色がなかった。……綺麗になったよ、おまえ」 羽のような軽いタッチに、こらえていたはずの甘い吐息が漏れた。 黒川が含み笑いをもらしたようで、顔がかっと熱くなる。 「恥ずかしがるな……もっともっと、感じてみな」 黒川が挑発的な言葉を口にして、性感をさらに煽ろうとするのはいつものこと。しかし、今夜の口調にはいつもはない何かが潜んでいて。血を集めて硬くなりだした乳首を二本の指につままれてさらに声を上げそうになるのをこらえ、拓人は黒川の瞳を探るように見返した。 「な、に…道郎、なにを……」 なにを言おうとしてるの。黒川の深い瞳は拓人には読みきれない。 「なあ……堕ちるとこまで堕ちてみたくねえか? どんな男だって一発でおまえに狂っちまうぐらい、綺麗になってさ?」 ざわりと肌が粟立った。それが、股間に伸びてきた黒川の手のせいなのか、それとも黒川の言葉に感じた不安のせいなのか、拓人自身にもわからない。 ……いつも、そうだ。 どれほど今日は乱れるまいと思っていても、どれほど最後までしっかりしていようと思っていても。黒川の愛撫と攻めの前に、いつもいつも、心も躯もぐずぐずに蕩かされ、肌を内側から炙る苦しいほどの快感しか、わからなくなってしまう。 「ほら、」 黒川の指に悶え、 「もっといやらしく啼いてみろよ」 黒川の口唇に震え、 「自分から、欲しがってみな」 黒川自身に、のけぞった。 ――道郎、道郎、なにを言っているの? 堕ちるって、どういう意味? 問いかけは自身の喘ぎと乱れていく意識のなかに、飲み込まれてしまった。
それから二週間ほどたった頃だったろうか。 「渓流釣りに行かねえか?」 黒川に誘われた。 見た目の活動的な印象通りにアウトドアを好む黒川は、愛車も四駆の三菱パジェロ。休みを利用して、山に川に出掛けるのはいつものことだったから、拓人はあっさり、 「川釣り? いいね」 と返した。 それが浅井の別荘に一泊する予定のものだと聞かされたのは、出発の前夜だった。 「あれ? 言ってなかったか?」 釣竿の手入れに余念のない黒川の様子には、さして不自然なものもなくて。 「あ、じゃあ、なにか手土産がいるんじゃない? 手ぶらじゃマズイよね」 拓人は話になんの疑問も持たなかった。 「そうだな……ワインでも2、3本、買って行くか。ワインなら少しはおまえも飲めるだろ?」 「……僕、まだ未成年だけど」 「カタイこと言ってると、おもしろい大人になれないぞ」 「なに、おもしろい大人って」 拓人はつい、噴き出した。
浅井の別荘は、裏手を下れば渓流がせせらぎの音も涼やかに走っている、山の中にあった。 木立を透かせば隣の建物が見えたが、一軒一軒が十分な敷地を持った、贅沢な別荘地だった。 「やあ、いらっしゃい」 車から降りた黒川と拓人は、浅井の気さくな笑みに迎えられた。 「お世話になります」 頭を下げた拓人に、浅井は、 「中を案内しよう」 荷物を持って先に立った。 階段を数段上り、中に入る。外装はスイス地方の民家を模して作られた建物の中は、漆喰の白と樫の茶色を組み合わせた素朴な風合いに仕上げられている。置いてある調度もシンプルな木工で統一されていて、山の中の一軒家の風情がよく出ていた。ゆったりした時間を楽しめそうな落ち着いた空間を、拓人は一目で気に入った。 昼は、魚が逃げると怒られながら大きな岩がごろごろしている川ではしゃいだ。 夕は、浅井に教えてもらいながらウッドデッキでバーベキューコンロに火を熾した。 炭でじっくり焼いたスペアリブや丸のままのじゃがいもやとうもろこしはとても美味しくて。行儀悪く、ウッドデッキから足をぶらぶら突き出して座り、拓人は焼き立ての肉や野菜にかぶりついた。 最初は床に座り込んで手づかみで食べるのに戸惑った拓人だったが、浅井の勧めで行儀悪さに挑戦してみれば、炭火で焼いたもののおいしさがいっそう際立つように感じられた。 「彼、行儀いいんだね」 トングで器用に肉を引っくり返しながら、浅井が黒川に話しかける。 「ああ。こいつ、いいとこのおぼっちゃんだから」 事実そうにちがいないのだが、拓人はムッと来た。そこへ、 「じゃあ、こんなところへ連れて来ちゃあいけないだろう」 浅井が言うのも、なんだか大事に保護されなければならない子ども扱いされたようで面白くない。 だから、 「どうする、未成年。匂いだけ嗅いどくか」 からかうように笑いながら、黒川が傍らに置いたワインのグラスに、拓人はすぐに手を出した。 一気に……とは行かなかったが、ごくごくと半分ぐらいまで喉の奥に流し込んだ。かあっと胸からおなかまで熱くなる。 「おいおい、ビールじゃねんだから」 「急いで飲むと酔いがまわるよ」 グラスを手にした黒川と、トング片手にグラスを口に運ぶ浅井。笑う彼らの顔は、やっぱり「大人の余裕」に見えて。 拓人は反抗的に残りも一気に飲み干した。
昼の川遊びで疲れていたところに、ワインの一気飲みがきいたのだろうか。 意識を、ふわふわと気持ちのよい浮揚感が覆う。そこに、夜の闇が濃くなるにつれ、一度ずつこちらに向けられる浅井の視線が妙な熱さをはらんできているようで、落ち着かないざわめきが重なる。 ――気のせい、のような気もするんだけど……。 浅井の視線がなんだか妙に優しげに、でも、執拗ななにかをはらんで自分に向けられているようで……。拓人はもぞりと腰を動かした。勝手に顔が熱くなる。慌てて、視線を暗くなった木立に向けた。 ふ。 浅井が笑ったような気配と、黒川になにやら耳打ちしているような気配が、背後に感じられる。 ますます躯がこわばる思いの拓人の元に、黒川が歩み寄ってきた。 軽く肩を引かれる。 拓人は黒川を見上げた。 え、と思う間だった。 傍らに膝をついた黒川に肩を抱かれ、拓人は口付けられていた。 よく馴染んだ黒川の唇に唇を吸われ、これも気持ちよさに馴染んだ黒川の舌を口中に差し込まれ……。 『ダメだよっ! 浅井さんが見てるっ…!』 黒川の躯を押しやろうと、拓人は黒川の胸に腕を突っ張った。だが、硬くて大きな躯はびくともしない。 「ん~っ! ん、う…っ!」 それでも懸命に、濃厚な口付けを続けようとする唇から逃げようと、拓人はあがいた。 「…や、道郎、やめ……」 口から外れても、黒川の唇は執拗に、頬へ、耳朶へ、さらに首筋へと滑って行く。 「道郎っ! や、やめてって…!」 身をよじったところに、カリッ、小さく、耳に歯を立てられて思わず、 「…ア…」 声がもれた。慌てて口を手で押さえれば、 「へえ」 思わぬ間近から声がする。 真上から浅井が見下ろしていた。 「初々しいねえ、こんなに色っぽい顔をするくせに」 「だろう?」 黒川が平然と話を受ける。 「根がマジメなんだよ、こいつは」 「そこがたまらないんだがな」 浅井もまた、拓人の傍らに膝をついた。 近々と瞳をのぞきこまれて、トクン、不自然に心臓がひとつ跳ねた。 「ねえ、拓人君。わたしにも君を可愛がらせてくれないかな」 浅井がなにを言っているのか、拓人にはわからなかった。 わたしにも? 君を? 可愛がらせて…? 戸惑って浅井を見上げていたら、強い力で腕を引かれた。なかば立ち上がりかけたところで、黒川のたくましい腕に脇と膝の裏側をすくわれた。 「えっ」 驚いて声を上げた時には、拓人はいわゆるお姫様だっこの形で黒川に抱き上げられていた。 「な、なに、道郎っ、お、おろして…!」 抗議をあっさり無視して、もう成人近い男子を抱えたまま、黒川は揺るぎない足取りでデッキを横切る。 「道郎っ!」 黒川の足は、先ほどまで拓人たちが出入りしていたリビングではなく、デッキに面した別の窓へと向かって行く。 先に回りこんだ浅井が、さっと窓を開く。揺らいだカーテンの向こうに、きちんとベッドメイクされたベッドを見つけた刹那、ざっと全身の血が引いた。 「み、道郎っ! いやだ、こんなの……っ!」 足を跳ね上げ逃げようとしたが、一瞬、遅かった。ベッドの上に投げ出され、起き上がる間もなく、拓人は黒川の体の下に組み敷かれていた。 「なにが、いやだ?」 おおいかぶさってくる黒川の、熱くて固い躯。頭を固定されて、肉厚な唇に唇をおおわれた。 口腔を舐めしゃぶってくる舌は……いつもと同じ、かすかに苦いタバコの味。 「怖がんなよ」 濃厚で、いやらしいキス。唇を触れ合わせたままの至近距離で黒川がささやいた。 「気持ちよくしてやりてえだけなんだ。思いっ切り、乱れてみたくねえか? とことん、可愛がってやる。……俺たち、二人でな」
こんな状況で、感じたくなんか、なかった。 だけど。 アルコールの回った躯は最初から火照っていたし。拓人の躯を知り尽くした黒川の愛撫は淫らに的確だったし。ベッドサイドの明かりの元で、浅井に見られているのは……身をよじりたくなるほど恥ずかしくて……官能的だった。 「い、やだ…やだぁ…!」 頭を右に左にと振ったが、シャツをまくりあげられ、胸の先端をべろりと舐められた時にはびくりと震えてしまった。 「たまらないねえ……」 枕元に座った浅井がかがみこんでくる。 「わたしにも、おすそ分けをもらえるかな、拓人君?」 顔が近づいてきて、口付けられた。たっぷりと舌を吸われ、唾液をすすられた。 噛んじゃえ、噛んじゃえ……そう思うのに、黒川とはちがう感触の唇と舌に激しくむさぼられて、舌が勝手に踊って浅井のそれに絡んでいた。 ご褒美のように、浅井の指が髪を柔らかくまさぐっていく。 いやなのに。たまらなく、いやなのに。 黒川に胸を舐められ、浅井に口付けられ……誰の手だろう? ジーンズの前を開いた手が、下着の中から拓人のそれを引っ張り出して優しく扱き出していて……。 「は、あ……ア、ン…っ」 気がつけば拓人は浅井の口の中に、喘ぎと乱れた吐息を吐き出していた。 「ふうん」 唇を離した浅井が、情欲に濡れた瞳で見つめてくる。 「これは、なかなか……。実にそそる顔だ。どこまでも可愛がって、どこまでもイジメて……ドロドロにしてやりたくなる」 「やだ…ねえ、浅井さん、こんなの、僕、イヤです……」 小刻みに小さく首を横に振って、拓人は訴えた。 「もう、やめて…くださ……!」 声を飲んだのは。勃ち上がりかけたそこを、すっぽりと、ぬたりと柔らかい口腔に含まれたせいだった。 「ア、ア、アァ…あ…や、やめてよ、道郎っ! もうっ…!」 「やめないよ」 応えたのは浅井のほうだった。笑みを浮かべた優しい表情で、浅井は拓人にささやきかける。その手でさわさわと、もう血を集めて張っている拓人の胸の突起を撫でさすりながら。 「やめない。君が、やめないで、もっとってちゃんと言えるまでね」 「い、いやだ……ッ! ハ、あぁんっ!」 イヤなのに。 黒川に股間のものをしゃぶられて。浅井に乳首を突つかれて。 たまらなく、感じた。いつもとは比べ物にならないほど、熱く激しく燃え上がりそうな快感が、すでにその兆しを見せて、身内を炙り、肌を震わせ出していた。 道郎に抱かれているいつもの夜が、平板で単純だったものに思えるほどに。 二人の男に交互に同時に愛撫を受けて、その羞恥と背徳感が、感覚を常にないほど複雑に、そして、色鮮やかなものに変えていた。 「い、や、だ……ぁ」 のけぞって拓人は叫ぼうとした。 声は喘ぎになって空に散る。 自分を飲み込む深淵が、その時、はっきり見えた。どこまでも暗く濃いその深淵は、たまらない蠱惑に満ちて拓人を誘っていた。
いくつもいくつもキスをされた。 すぐに拓人にはどちらがどんな動きをしているのか、わからなくなった。 「……きついね、指一本でこんなに締め付けてくる…」 浅井がそんなふうに言った時には、もう、彼らの指と唇で、拓人は一度目の精を搾り出された後で。 達した後の、肌がびくびくと震えるほどに過敏になった状態で、ソコを弄られた。 「吸い付く……。二本目は……? ああ、自分から呑んでくれるんだ」 独り言のように浅井は言い、 「どう? もっとほぐしたほうがいいのかな?」 料理を楽しんでもいるかのように、黒川に尋ねた。 「い、やだっ! やだあっ!」 ぐりぐりと肉の隘路を指二本で犯されているソコを、浅井と黒川がのぞきこむ。 暴れようにも、二本の足はがっしりと彼らの腕で捕らえられたまま。 「ああ、これなら……どうする? いくか?」 「んー」 浅井の瞳が苦笑気味に、それでも懸命に身をよじる拓人に向けられた。 「もう少し、おとなしくさせられる? 気を抜くと蹴られそうだ」 じゃあ、と浅井と黒川が身を入れ替える。 その、ずるりと指を引き抜く動きにさえ、背中が反った。 黒川の両腕に膝を裏から抱えられた。 「やだ……やだってば、道郎、道郎!!」 「はん。こんだけヒクつかせといてヤダはねえだろう」 抗議の声は笑い飛ばされた。 黒川の怒張が、十分な圧迫感と重量感を持って、熱を持ったソコに押付けられる。 「やめてよっ!……あッ! んんう……ぅ」 じわじわと押し込められる熱い肉の棒。 感じたくないのに。 「はああ…あん、あ、ん…!」 隘路を押し広げられて、頭の中が白く焼けた。 喘ぎが立て続けに上がってしまう。 ぐっと黒川が身を乗り出してきた。ぐにゅ……角度のちがうところを抉られて、 「ひっ!」 電気が走った。一度達したはずのソコが、じわっと熱をはらみだす。 「拓人、拓人……いい子だ」 かがんだ黒川がささやく。 「いい子だ……」 「ああああ……ッ……」 腰がうねった。黒川のモノを深く深く飲み込んで。腰が、うねりだした。 「…ようし…いい子だ…」 黒川のささやきが耳朶をくすぐる。全身が蕩けるかと思うほどに熱くなった。もうなにもわからない。 打ち付けられる動きに合わせて腰が跳ねる。 手が、再び勃ち上がりだしたものに勝手に伸びる。黒川の責めのリズムに合わせて手が動く。 もっと、もっと…。脚が黒川の腰に巻きついた。
なにをしているのか、自分がどんな痴態をさらしているのか、拓人にはもうわからなかったが。 「いいよ、これはわたしの仕事だ」 別の、やはり限りなく優しい声があまく耳元でささやいた。 自分のものを握っていた手を、その声の主がゆっくりと外す。 かわりに自分のものではない手が、くるん、先端の丸みを撫でて包んでくれた。 「はう、ん、ん、ん、あ、ん、あ、あ、あ……!」 もう、なにもわからなかった。 ただ、肉棒で穿たれているそこも、唇と指であやされているそこも、爛れるほどに熱くて。狂おしいほどの快が身内にあふれて、拓人は泣いた。
何度達したのか、何度、彼らの精を受けたのか。
達した後の余韻。昂ぶっていく時の興奮。押し寄せる波、引く波。 ひとつの波が引ききる前に、次の波が来る。余韻なのか、昂ぶりなのか、わからぬままに肌は震える。 何度も堕ちて、何度も引き戻されて。 いつからか、声も出なくなった。 頭の中は真っ白に焼き尽くされて、なにもない。 ただ、快感だけがあった。 昇る快、引く快。 よがって、悶えて、ヨすぎて、泣いた。 もうひくひくと痙攣するしかないところを、また、優しく残酷に責められて。 崩れた。
後ろから抱き込まれていた。 つながったままだった。 前から口付けられた。 いたわるように髪を撫でられて、胸元に頭を摺り寄せた。 ゆっくりと抜き差しされて、乱れた吐息を漏らして耐えた。 あごをすくわれた。 黒川と目が合った。 綺麗だと、言われた。 なぜだか、涙がこぼれた。
……………
チッと舌打ちが聞こえた。 「いつまでスネてるつもりだ」 黒川の声に十分な苛立ちを聞き取りながら、拓人は車外に視線を投げて、やはり一言も口をきかなかった。 パジェロを駆りながら、黒川がとんとん、ハンドルを指で叩く。 「朝飯も昼飯も夕飯も食わずはおまえの勝手だが、倒れても俺は知らんぞ」 拓人はやはり答えなかった。 チッと、また黒川が舌打ちする。 「あれぐらいで傷ついたとかぬかす気か? 俺なんかとはもう付き合えねえか? 別れるか」 さすがに拓人は運転席の黒川を振り返った。 黒川はタバコの吸い口を噛み締め、ちらりとこちらを見た。 「……俺ぁ、おまえが可愛いがな、拓人、セックスなんざ遊びのひとつとしか思ってねえ」 知っていた、と拓人は思う。うつむいた。黒川が時折、自分以外の誰かを抱いているのも、それでも、『惚れてる』と言ってくれるのは自分だけなのだろうということも。知っていた。 「一人の相手に縛られなきゃならねえ必要がどこにある。結婚だの、責任だの、うるせえことがついて回る男と女じゃねえ。男同士だろ、好きは好き、セックスはセックス、割り切って楽しめばいいだろうが」 拓人は唇を噛み締める。 割り切って楽しむ……。 「……道郎は……」 ベッドで最後に高い声を放って以来、ほぼ半日ぶりに拓人は口を開いた。 「僕が、誰に抱かれても……平気なんだ?」 あんなふうに、友人と二人で分け合うことまで? 黒川が目を細めた。 「……平気っつーのとも、少しちがうがな」 呟きはほとんど車のエンジン音に消されそうだった。 「ガキじゃねえんだよ、たった一人の相手に、好きだの、好きでいてくれだの、俺はもう言えねえし、言いたくもねえんだ。そういうことだ」 ふうっと黒川が吐き出した紫煙が車内に満ちる。黒川が少しだけ、窓を開けた。 流れていく煙の渦を目で追いながら、視界がぼやけてきた。 たった一人の好きな相手に、好きでいてくれと言われることはないのだと。そう思うと、涙が勝手に溢れてきた。 「……まあ、そう悲観するな」 ややあって、ポンと頭に手を置かれた。 「世の中には、好きだ好きだ言うしか能のねえ、バカなガキもいるからな。おまえもいつか、そういうバカなガキに会えるかもしれねえ」 それまではよ、黒川の声が続いた。 「こんな男だが、俺と付き合っとけ。そん時が来たら、俺はちゃんとおまえの手を離してやるから」 勝手なことを言ってる。そう思ったが、声が出なかった。 今なにか言えば、泣き声にしかなりそうになかった。
* * * * *
拓人さんみたいな美人がなんで俺なんかと。亮太は思わずにはいられない。 嬉しくて、だから不安で。 亮太はつい、繰り返す。 「俺、拓人さんが好きです。拓人さんだけ、好きです。だから拓人さんも、俺だけ見て? お願いです、拓人さん」
――ねえ、俺なんかの、どこがよかったんすか……?
|