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 (兄弟 年下攻め 中学生/15禁)
一方通行


カキーン――!

金属のぶつかる音がして、白い物体が空を切る。


「百中ーっ!」


 名指しでのご指名に、適当に返事をして、飛んできたボールをギリギリでキャッチする。ミットに収まった白球を、飛んできた方向に投げ返して、百中はため息を吐いた。

「なーにため息なんか吐いてんだよ」
「やぎ・・・」

 馴れ馴れしく百中の薄い肩を叩き、軽口を吐く幼馴染を、百中は恨みのこもった目で見た。スポーツなんかとは、おおよそ無縁であるような百中が、グラウンドで白球を追いかけるハメになったのは、そもそもこの男が原因なのである。
 何か云おうと口を開こうとしたら、今度は「八木橋ーっ!」という声がして、名前を呼ばれた八木橋はボールの方に飛んで行ってしまった。
 そうしてまた、百中はため息を吐く。

「祐くん、ため息ばっかり吐いてると不幸になるよ」

 またもや指摘される。今度は、百中と面差しの似た、しかし女顔の百中と違い、しっかり男っぽい顔のつくりをしている、後輩だった。少なくとも部活上では。

「・・・次はお前じゃねーの」

 暗に、さっさと自分の位置に戻れと云ったのだが、聴く耳もたず。

「百中弟ーっ!」

 という悲しいネーミングで、百中の云った通り、百中の弟こと陽人(はると)の元にボールが飛んできた。が。

「お前、取りに行けよ」
「ヤだよ。あのキャプテンノーコンじゃん」

 そういう陽人は、少年野球時代、チームのエースとして華々しくも活躍していた過去を持っている。つまり彼は、一年でありながら部員の中で誰よりも、ずば抜けて上手く、故に誰も逆らえない存在なのであった。部内で一番えらいはずの主将でさえも、陽人にすれば「ノーコン」で片付けられてしまう。

「だいたいさっきのボール。祐くんに投げたやつ。あれだってめちゃくちゃ違う方向だったじゃん」
「・・・そういう練習なんだろ」
「違うよ。祐くんも、今度あーゆーヘボいボールが来たらシカトしなよ」

 それじゃあ練習にならないだろ、と思うが、百中も決して練習熱心なキャラクターではないので、そのままにしておいた。大体にして、一週間ぶりにグラウンドに立つ百中を、誰もやる気のある人間だとは思わないだろう。
 百中だって、本当は野球部なんかに入りたくなかった。スポーツは嫌いなのである。文化部に入るつもりだった。それが、どういうわけか野球部に入部し、ここまで続いているのは、単なる惰性からとサボリ魔である百中を、誰も文句を云わないからである。
 百中は、実は野球部内で密かに重宝されていた。上手いからではない。一年にして部内一上手いブラコンの弟が、百中が退部することによって後を追って退部してしまうからでもない。
 百中は、野球部のアイドルだった。本人は全く気付いていないが、部員達の中で密かに崇められている存在なのである。
 どちらかというと、汗臭い男の集まる野球部で、色白で目が真っ黒で大きい、女だと云っても10人中9人が首を縦に振るだろう百中は、あきらかに異色な存在だった。あくまで百中は、気付いても気にしてもいないが。
 野球部は、百中兄弟にとって無法地帯と云っても過言ではなかった。

 実は、百中の野球歴は今年で六年目になる。小学校三年の時に、彼の幼馴染である八木橋によって、強引に少年野球に参加させられた。弟の陽人が野球を始めたのも兄を追ってのことで、彼は小学二年生だった。弟はもともと才能があったようで、サボリ魔の兄と一緒に練習にも殆ど参加しなかったのだが、五年後にはエースと呼ばれるまで成長し、もともとやる気のカケラもなく、惰性で続けていた百中は、何事にも適当で適当なまま四年間を費やした。
 もう野球なんか飽きた、やりたくないと思って入学した中学で、彼はまたもやその野球をやるハメになる。八木橋が、百中の知らない間に彼の提出する用紙の、入部先の部活名を書き換えていたのだ。
 もういい加減、こいつとは絶交すると、何事にもオールアバウトな百中も流石に思ったが、やはりアバウトな性格にはそんな決意も続かず、八木橋との付き合いは未だ続いている。
 そんな自分を恨めしく思うが、中学の部活も、少年野球時代となんら変わりがないので、今では本当にどうでもよくなっている。


 そんなふうに、適当に過ごしているうちに季節は変わり、三年も引退して八木橋が新生野球部のキャプテンになった。そしてサボってばかりの百中が、なぜか副部長という席に収まった。腑に落ちないことは多々あるが、何も仕事はないし今まで通りサボってていいから、と云われ、首を傾げつつ百中は引き受けた。

 そんなある日。


「百中、昼休み部室に来れるか?」
「行けますけど・・・」
「じゃあ一時に部室まで来てくれ。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「はあ・・・」

 生返事を返しつつ、心の中で「行きたくないなあ」と呟く。が、かつての先輩を前に、とりあえず頷いておいた。相手が消え去って、

「部室って何かくさいんだもん・・・」

 誰にともなく呟くと、

「何がくさいって?」

 首をかしげた八木橋が、教室から顔をだした。

「さっきの、飯田先輩だよな?」
「違うって。先輩がくさいんじゃないよ」
「なんか用だったの?」

 噛み合わない会話は、いつものことで、

「昼休み、部室に来いって云われた」
「部室?昼休み?」

 単語を繰り返し、八木橋はヘンな顔をする。それから急に、ニヤリと笑って「おもしろそー」と呟いた。

「何?」

 不吉な予感がして、百中は聞き返すが、

「ま、頑張ってちょーだい。タローちゃん」

 と云って、八木橋はどこかに行ってしまった。




 そして昼休み。


「先輩?」

 部室の汚い扉をノックして、声を掛けると、中から「入っていいぞ」という声がして、百中はドアノブを回した。

「先輩、頼みたいことってなんですか?」

 なるべく長居はしたくないなあと、異臭の漂う部屋の空気を少しでも和らげるために、ドアを開けたままにしていたら、近づいてきた飯田が百中を部屋の中に入れ、扉を閉めてしまった。
 思わず、眉を顰める百中である。

「いや、たいしたことじゃないんだけど・・・」

 と云って、飯田は百中を見下ろした。見下ろせる位置に居るのである。百中は。
 ゴクリ、音がしたのは、気のせいだろうか。

「・・・なんですか?」

 なんだかその視線が気持ち悪くて、部屋に充満する臭いに早く外に出たいという気持ちも手伝って、百中は飯田を見上げた。
 途端、動き出した飯田に、気付くと百中は彼の腕の中にいた。
 何なんだ、と思うまもなく、部室の真ん中においてある、長椅子の上に押し倒される。

「・・・頼みって」

 この期に及んで、百中がのんきに云うと、息を荒々しくした飯田が百中の制服を乱しながらにやりと笑った。百中は、飯田と体格的にも差がある上に、押し倒されているのである。飯田は百中が逃げられないと思ったのだろう。そういう笑みだった。

「えっちなことさしてよ、百中」




 予想していなかったと云えば、うそになる。
 もともと練習に参加することも少なく、野球部員との面識が薄い百中だが、この飯田とは特にであった。部活中、別段しゃべることもなく、気付けば引退していたようなものである。呼び出されたときも、部室という単語で野球部員であることはわかったが、実は八木橋が飯田のの名前を口にするまで、誰だか全くわかっていなかった。
 そんな相手に、いきなり呼び出されたのである。頼みごとをされるような間柄でもないし、もし副部長としての百中への用事であるならば、八木橋にも話は通っているはずである。
 それに、八木橋の残した「頑張って」という言葉も引っかかった。
 鈍い百中の、今までの経験がそこまでを察知したのである。




 百中は肌を晒していた。
 抵抗は全くしていないので、制服のボタンが千切れたとか頬を殴られた等はないが、少し寒い。それに、相変わらず百中の上に覆いかぶさる飯田の息は荒く、部室の空気は淀んでいて不快だった。
 飯田がなにを望んでいるのかは、わかる。
 それに対して抵抗しないのは、投げやりだからでも面倒だからでも、犯されていいからでもない。百中なりに、一番有力な方法を考えているのだ。一応。
 抵抗したところで、痛い思いをするだけだ。自分に飯田に対抗できるだけの力がないことは、わかっている。
 助けを呼ぼうか? でも呼んだところで気付く人間はいるだろうか。部室は校舎と離れている。第一、叫ぶだけの切迫感は感じられなかった。肌を晒しているというのに、百中はどこか余裕である。
 こういうことは、過去に何度かあった。
 でもそのたびに、このいつもぼんやりしている百中は、奇跡的に無傷で生還している。
 ジッパーが下ろされ、ズボンが抜き去られてしまう。下着は抜きたくないなあと思いながら、百中は部室の汚い天井を見上げていた。
 息を荒くして飯田が云う。

「いやらしいんだよ、お前。一年の最初の頃以来、部室で着替えないだろう? 俺は覚えてるんだ、お前が着替えるときに見せた裸。初めて見たときの。スッげー白くて、スベスベしてそーで・・」

 云いながら、百中の裸の胸を撫で回す。
 その感触と、飯田の顔が気持ち悪くて、百中は身をよじった。

「なあ、なんで部室で着替えねーの? こうやって襲われるから? だよなあ。お前いやらしいもんなあ」

 勝手に話を作って進める。
 別に、百中が部室で着替えないのは、部屋がくさいからだ。芳香剤を使えとは云わないが、もう少しどうにかなってくれればと思う。
 それに、部室は恐ろしく狭い。汗臭い男が密集した中でいそいそと着替えるのもどうかと思った。
 以来、百中は、練習に出るときは教室で着替えている。意外に潔癖な百中であった。

 いい加減、部屋の臭いと圧し掛かる飯田の重みに無抵抗でいるのも終わりにしようかと思ったところ、ガンっという大きな音がして、部室のボロボロのドアがガタガタと音を立てた。

「祐くん!」

 おそらく鍵が掛かっていたのだろう、ドアを蹴破って、陽人が物凄い形相で入ってくる。

「テメー!!」

 百中に圧し掛かっていた飯田を締め上げ、ロッカーに身体を打ちつけた。
 うわ、痛そーっと思い、百中は身体を起こして、とりあえず抜き去られたズボンに足を通す。

「陽ちゃん、殴るなよ」

 コトが大きくなっては面倒なので、一応釘をさす。
 「わかってる」と短く陽人は答え、

「俺の祐くんを襲った罪は重いよ」

 低い声で云ってから、陽人は飯田の昂った股間を思い切り蹴り上げた。声もなく飯田が崩れ落ちる。

「殴ってはいないよ」

 冷ややかな目で見下ろし、そう云い捨てて、陽人は百中の腕を取って部室を後にした。




「えげつないことするなあ。使いモンにならなくなったらどうすんだよ」
「祐くんを襲うような使い道しかないんだったら必要ないよ」

 百中の肌蹴た制服を整えながら、無表情に云う。
 ぼんやりしている百中が、毎度奇跡的に無傷で貞操の危機から生還できたのは、襲われるたびに、弟の陽人が必ず助けに来たからであった。
 そして今回も。
 今にして思うが、飯田に呼び出された後、八木橋が向かった先は、きっと陽人の元だったのだろう。逆に考えれば、もし八木橋があのとき教室にいなかったら、飯田に気付かなければ、陽人は来なかったのかもしれない。
 かもしれない、と云うのは、あくまで推測だ。なんとなく、陽人なら八木橋に云われるまでもなく、百中を探しに来るような気がした。
 弟に助けられるなんて、情けない。という認識は、とうの昔に捨て去った。それ以前に、男に襲われるという時点で、百中は既に男としての面目を失っている。この上弟に助けられたからと云って、卑屈になる必要もなかった。このへん、アバウトで投げ遣りな百中だからこそ、許容できる事実である。

「・・・俺の祐くんって」
「だってそうでしょ?」

 そうでしょう、と云われてうんと頷く兄がどこにいる。
 かと云って、全く違うとも百中は云い切れなかった。

「それともなに。祐くんは好きでもないのにエッチできんの?」
「エッチって・・・」

 してないだろ、とも云い切れないのが悲しいような。
 何も云い返すことができず、百中は俯いた。そんな百中に、「まったく・・・」と呟いて陽人は彼を木陰に連れ込んだ。

「祐くん、ちゅーしよ」

 云うが早いか、陽人は百中の唇に自分のモノを重ねた。深く、交差する。互いの唾液を交換し合い、舌を甘く吸われて、百中は甘い息を洩らした。

「ん・・・ぅ・・・・・・」

 普段、つまらなそうな顔ばかりしている百中とは思えぬ、甘く蕩けた表情をして、彼は弟のされるがままになっている。
 そんな百中同様、先ほどまで冷たい顔をして平気で他人のモノを蹴り上げた人物とは思えぬ甘く幸せそうな顔をした陽人の、百中の頭部を支え、髪を優しく撫でていた手と反対の手が、百中の身体の線を辿り、さっき整えたばかりの百中のシャツの裾を乱し、素肌を優しく撫で回す。
 まるで、さっき飯田にされた形跡を拭い去るかのように。

「ぁ・・・」

 胸の突起を軽く弄られ、百中の口から思わず顔が赤くなるような声が洩れた。

 (俺、こんなトコでなにやってんだ・・・)

 思って、やめさせようとするが、軽く身体を押さえつけられていて大した抵抗もできない。唇は相変わらず陽人のそれで覆われているので、声も出なかった。
 抵抗する術を持たない百中は、どんどんエスカレートする陽人の手のひらに、肌をビクビク震わせている。

「ん・・ぁ・・・・・・ちょっ・・と、ヤバ」
「祐くん・・かわい・・・・・」

 ようやく唇が離れて、声が出せたのもつかの間。
 百中の昂ぶりに気付いた陽人が、自分のソレを押し付けてくる。

「お・・前っ!んなトコでなにしよーとしてんだよ」
「ナニ」

 なんでもないことのように云って、陽人は百中のベルトをカチャカチャ音を立てて外してしまう。ジッパーを下ろされ、百中のズボンがずり落ちそうになる。

「あ、やだぁ!」
「声はあんま出さない方がいいよ、祐くん」

 涼しい顔で、だが嬉しそうに陽人は云って手を動かす。直にモノを触られて、百中は息を呑んだ。手は、休むことなく動き続け、百中を翻弄する。

「ちょっ・・と、まじでやだって!」
「なに? もうイキそう? 祐くん」

 震える百中の耳元に、まだ中学一年のくせにやけにセクシーな声で陽人が囁き、百中を追い詰める。

「あ・・・ヤバいって、ヤバ・・・」
「・・・出る?」

 囁かれて、百中は首を振る。もう我慢できなかった。

「ぅ・・あっ・・・・んんっ!」

 一際高い声で喘ぎ、百中は陽人に少し弄られただけでイってしまった。

 こうやって、弟の手に零してしまうのは、初めてではない。初めてではないが、かと云って威張って云える事実でもない。むしろ余計に始末が悪かった。
 そんな百中の、今のところの唯一の救いは、まだ本格的なセックス・・つまり、挿入されていないということくらいであった。一般的男性事情からして、そんなのは当然のことであるが、百中にとっては何より誇れる事実である。・・・誰にも誇って云える事実ではないが。
 だがそれも、いつまで誇れるだろうと、最近では思うようになった。悩みなんてなさそうな百中の、唯一の悩みがこの弟である。
 小さい頃から異常なまでに百中に執着していた弟は、百中が中学に進学してから、その執着振りがエスカレートしていった。

( それとも、兄弟でこすりっこなんて、当たり前なのか?)

 一時は、そんなばかなことも考えたが、同じ男兄弟をもつ八木橋を見て、どうもそういうわけではないと思った。
 一般には、普通じゃない関係なのかもしれない。兄弟で、本格的にではないが、そういう行為をするのは。
 だが、陽人はもちろん、百中も、「普通」という意識は持ち合わせておらず、百中はただ漠然と、やめた方がいいかなあと思いつつ、その解決策が見つからないでいる。
 野球と同様、惰性のまま流されていくのだろうか。
 先の見えない未来に、不安がないわけではないが、結局のところアバウトな百中は、そういういざこざも「まあいいや」で片付けてしまうのである。

 まあいいや。まあいいや。
 地球は、明日も変わらずまわり続けているのである。
 そうしている限り、明日はきっと来るし、見えてくるのだ。
 未来なんて、誰もわからないし、自分の手で作るものである。他人には作れない。
 わからないものを怯えるよりも、百中は今をちゃんと生き抜いていることがとても大事だと思う。たとえ惰性人生だろうと、生きている、それだけで充分価値があるのだ。
 一般論なんて関係ない。陽人が自分に執着しようと、それが間違ったことだろうと、たとえそれに流されようと、自分は自分であることに変わりはない。
 何も考えないでいるような百中の、信念めいた思いだった。単に自分の生き方を正当化しているだけかもしれないが。

 陽人は、ぐったりしている百中の衣服を整え、大切そうに抱きしめて囁いた。


「祐くん、大好き・・・」






「高校生になった祐人の話をサイトの連載日記にてのんびり進行してます。」
...2002/10/26(土) [No.23]
鮎川那岐
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