西日が差し込む教室で俺と由尭(ゆたか)は空気に負けないくらいごく自然な口づけを求めるがまま繰り返していた。勿論いつ誰かが教室のドアを開けるか分からない。けど気にする余裕なんて俺たちには必要ない。由尭が存在し求め合う行為だけで充分に成り立っているから。
「暢(とおる)、足りない…。」
西日を全身に受け、ブレザーの裾を引っ張りながら甘ったるい声で訴えてくる。由尭の容姿ははっきりとした黒目とすぅっと通った鼻筋、そして何度となく無性に欲情させる真っ赤な唇。それに加え耳たぶまで捕らえているイタズラかかった茶色の髪の毛が由尭と共に甘い香りを漂わせ虜にする。
「足りない?なら、お前からしろよ。」
「えっ・・・。無理だよ。」
「自分から出来ないのに足りないとか言うのか?」
「だって・・・。」
由尭は膨れっ面を全面に押し出し、してくれなきゃヤダ。と云わんばかりに強い意志をぶつけてくる。いつもならここで俺も折れるのだが、我儘な癖がついてしまっている由尭には少しお灸が必要なのだ。
「ダメだ。由尭からするまで俺はしない。分かったか?」
「嫌い。暢なんて嫌いだもん!」
「何ですぐ嫌いって言うんだよ・・・。嘘でも嫌いって言葉は心臓に悪いんだぞ?」
「知らない。全部暢がいけないんだもん。」
17歳にもなって我儘という行為しか覚えていない由尭には本当に世話が焼ける。勿論そんな状況にしてしまったのは半分・・・イヤ、8割方俺にあるのだが、実はそこが一番愛おしく感じている所だったりして俺も大概ただの恋人バカである。
「じゃあ、もう1回だけ俺からキスするからそしたら由尭からしてくれるか?」
「う~ん・・・。それでいいよ。仕方ないな。」
憎まれ口を叩きながらも、嬉しくて仕方ないのか口元が緩んでいる。全く、汚れを知らない17歳には翻弄されっぱなしだ。俺の初めては由尭ではないけれど、由尭の初めてはずっと俺でいたい。実はそれが一番の我儘だと気付いたのはつい最近。大人気ないと思いつつ、由尭の頬を両手で確かめるように包み込む。由尭は総てを捧げるように俺の顔を一通り見渡すと返事の代わりに目を閉じる。
「・・・ん・・。好き・・・。暢。」
「俺もだ・・・。」
甘い吐息を零しながらも唇は離そうとしない。それ以上に離れられない。一度快感を味わってしまったら忘れる事など出来ず、求める度に相手を自分の中に引き寄せて同じ甘さを与えたくなる。足りないのは俺も同じだ。
「う・・・ん・・。暢??」
「よし、今度は由尭からだぞ。」
「やっぱりしなきゃダメ・・・?」
「可愛い顔してもダメだ!約束だろ?破ったら嫌いになるぞ。」
「それはヤダ!!絶対ヤダ!」
「なら出来るだろ?」
頷く姿を見られたくないのかこっちを見るなとばかりに威圧してくる。強がっているのは充分に伝わって来るのだが、本人は全く気付かれていないと思っているらしく、早く目を閉じて。と急かして来る。そんな由尭の茶色の髪の毛が西日のせいで金色に輝いている。俺はゆっくりとその髪を梳く。さらりと通り抜ける感覚が由尭を抱きしめているかのような錯覚を生み出す。あと何回キスをすれば俺たちは繋がれるんだろうか・・・ 言われるがまま目を閉じると、由尭の体温が俺だけの為に上昇する。それに伴って呼吸の速度が増す。神聖な儀式は目の前だ。
「絶対目を開けちゃダメだよ?」
か細い声で了解を得ようとする由尭に、勢い良く頷きその時を待つ。
「せーの!・・・うわっ!?」
「ゴメン!やっぱりお前からキスは貰えないわ。」
「何でだよ~!俺がどれだけ恥ずかしかったか分かるか!」
「分かるから言ってんだよ。キスするくらいで恥ずかしがってるお子様にはこの特権を渡すわけにはいきません。」
それからの由尭は教室を駆け回り、俺から必死に逃げようと頑張っていたが、力尽きたのかはたまた俺が恋しくなったのか1分ももたずに俺の腕の中にすっかり埋もれていた。本当は前から自分からキスしようと思ってたんだよ?とぼそっと由尭は言葉を落としたけれど、俺は聞こえない振りをして思い切りキツク抱きしめた。自ら進んでする事に悪い事はないけれど、愛おしい相手にはして欲しくない事もあるわけで。キスを待っている顔ほど甘美な物はないと少なくとも今は思える。
「よし、じゃあ帰るか!」
「えっ・・・キスは・・・?さっき出来なかったよ?」
「明日の朝まで我慢しろ。家帰っても一緒なんだから。」
「でも・・・お母さんに見つかるかも・・・。」
「外ですれば大丈夫だろ?明日は快晴だって言ってたし。」
「うん!頑張る。」
外へ出るとすっかり夜の空が顔を出し、足元を月明かりが照らしていた。手を繋ぐと言うよりかしがみ付いている由尭はいつになく穏やかな表情を浮かべてしきりに俺の顔を覗き込む。俺も負けじと見つめ返すと頬にキスをされた。さすがの俺も驚いて、唖然としてしまう。
「アハハ~、さっきの仕返しだもん!」
「おいっ、バカ!お前可愛すぎだぞ。」
叫んだ声は低い空に響き、俺は必死で由尭を追いかけた。
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