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 (喪ってはじめて気づく想い 痛い 切ない/18禁)
+ 花 +


妙な、夢を見た。
箱の中に人が横たわっている。
俺はそれを遠いアングルから眺めている。
横たわっているのが誰が、分からない。
ただその箱の中には、燃えるような赤い色に満ちていた。



あの花は。



俺は悟った。



あの箱の中、横たわるのは・・・・・・・・・真澄だ。
そう、悟った途端、俺の夢の中の目線はぐ、とその箱に近づいた。



箱は、棺桶だった。
その中にぎっしりとヒガンバナの花が敷き詰められていて。



中に眠るのは、やはり真澄だった。



真澄が、目を開いた。



うっすらと笑って、言った。



『もう、遅いんだよ、泰仁』



なにが、遅い?



そう問おうとしたら・・・・・・・・・・・・棺桶も、棺桶のなかの真澄も、消えた。霧のように。



網膜に焼きついたのは、ただ悪夢のように禍々しい色をした、ヒガンバナの赤のみだった。



夢は醒めた。



・・・・・・・・・・・枕もとで携帯が鳴っている。



地元の友人野崎からだった。
俺は気だるい気持ちで受信ボタンを押した。
寝巻き代わりに来ていたTシャツの下の肌に汗をかいていた。
気持ちが悪かった。



「はい。おはよ」



答えると、野崎は言った。



『おい、泰仁』



ひそめた、抑制しようもない緊迫が滲む声だった。



『真澄が死んだ』



・・・・・・・・・・・・・・・・受話器越しだというのにその声は耳元に吹き込まれたかのように生々しかった。




悪夢の続きか。
それとも夢が俺に知らせたのか。



あの棺桶に横たわる真澄のビジョン。
禍々しい色をしたヒガンバナの赤。
吐かれた台詞。



『もう、遅いんだよ、泰仁』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真澄が、死んだ。



津波のように覆い被さってくる現実感。



あの真澄は、もういない。



携帯の向こうで野崎が興奮した口調でなにかまくしたてている。
それらの言葉すべては俺の鼓膜を通り過ぎていった。



”踏切で” ”飲酒運転で” ”突っ込んでいって”



そういった単語は聴覚の網にひっかかる。
しかし、俺の聴覚は茫漠としていた。
意識も朧だった。



真澄が死んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・真澄が。



真澄は、もういない。



喪失感とともに、俺に覆い被さってくる激しい罪の意識。



・・・・・・・・・・そして呵責。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真澄は。



もしか、したら。



                             *
F県の電車のダイヤが4時間に一本しかない寒村K村が俺の地元だった。
無人ホームに降り立ち、肩から掛けたバッグを揺すり上げる。
駅前の鄙びた雑貨屋、錆びかけた看板。
自販機が駅の出口脇に置かれていた。



それが認められる唯一の変化だった。



なにも変わっていない。
3年半ぶりの帰省なのに。



帰ることを避けてきた、場所だったのに。



無人改札を出て5分ほどマルボロを吸いながら立って待っていると野崎が軽トラックでやってきた。
おす、と手を上げると野崎はああ、と頷いた。
助手席に乗り込むと車はすぐに発車した。
しばらくはどちらとも無言だった。
俺は車窓を流れてゆく鄙びた田舎の風景を見ていた。
18年育った場所だと言うのに、たった3年半離れていただけで他所の土地のようだった。
3年半のブランクに対する感傷もなにも湧きあがらなかった



しばらくして野崎が口を開いた。



「・・・・・・・・・・・通夜にも葬式にも顔出さなかったくせに。
今更、なんの用なんだよ」



憤りを極力押し殺した声だった。
そして『お前って冷たい奴だったんだな』と言った。
そのとおりだと俺は思った。
『院試の準備が忙しくてね』、と窓外に目をやったまま俺が呟くと野崎は『は』と鼻で笑った。
『お前ら、あんなに仲良かったのに』と、ハンドルを操りながら言った。
『やっぱ東京なんて行くと人変わっちまうもんかね。お勉強のほうが友達の最期を見送ってやるより
大事になっちまうもんかね』と独白のように言った。



東京うんぬんではなく、ただ帰れなかった。
それが理由。
今日だって一大決心をして来たのだ。
決心がついたのは、あの知らせを受けた夏の日から2ヶ月近くなった、10月初旬。



沈黙という糾弾が満ちる軽トラック内の窓から俺は依然外を見続けた。



ふと視界の隅に赤い残影がよぎった。
首をひねって後方を振り返ると、田圃の畦道にヒガンバナが群生して咲いていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・狂ったように咲いていた。



真澄の家で焼香をした。
遺影は真新しく、その中で真澄は笑っていた。
萩の花と胡麻煎餅がその前に据えてあった。



焼香を済ませると真澄の母親が茶と饅頭を盆に載せて運んできた。
『遠路はるばる』と真澄の母親は言った。
その声は2ヶ月遅れの遅すぎる弔問を詰っているようにも聞こえた。
俺は聞き流し、涼しい顔で『本当は、すぐにでも来たかったのですが』ととってつけたような返事をして
出された茶を遠慮なくすすった。
玉露だろう。
ずいぶん渋い味がしたのは気のせいだろうか。
野崎が黙ったまま饅頭の包みを空け、2口で食べた。



真澄の家を出て野崎と別れた。
話すことも特になかった。
野崎は俺に憤っている。
野崎と別れたあと、俺は真澄が飲酒運転のまま突っ込んでいったという踏み切りに向かった。
遮断機の脇に”南無阿弥陀仏”と書かれた木切れと空き缶に生けられて間もないと思われる菊の花
があった。



カンカンカン・・・・・・・・・・と鐘が鳴り、遮断機が下りた。
ゴォ・・・・・・っと電車が通り過ぎる。
轟音と突風を巻き起こし電車は視界から遠くなった。
遮断機がそろそろと遠慮がちに上がった。



あの知らせを受けた8月19日の深夜、谷口真澄は回送電車に突っ込んだ。
その一時間ほど前まで居酒屋で野崎をはじめとする高校時代の陸上部仲間と飲んでいたという。
飲酒運転に対する罰則が厳しくなった今、引き止める友人を振り切ってたいした距離ではないと車に乗った。
そして事故に遭った。
自業自得と言えば自業自得だった。



しかし、俺はそれは、自殺ではなかったかと思ったのだ。



俺たちは付き合っていた。
高校2年の初夏から、真澄が死ぬ一週間前まで。



『別れよう』と、俺は真澄に言った。



真澄は電話越し、泣きながら言った。



・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、死んでやる、と。



その電話をした一週間後だ。



真澄が、死んだのは。



真澄は、遂行したのだろうか、言葉どおりに。



しかし。



俺が知る”谷口真澄”という人間は色恋ゆえに自分の命を絶つような人間ではなかったはずだ。



俺は遮断機脇の、白い菊の花を見た。



・・・・・・・・・・・・・・・・違う。



本来備えられるべき花は、その花じゃ、ない。



もっと赤い、禍々しい色をした・・・・・・・・そう、血のような色をしたあの花だ。



ヒガンバナ。



                                *
小さな町だ。
真澄とは小・中・高と共にした。
と、いっても真澄は小学3年生ころ金沢の小学校から転校してきた。
真っ黒い髪と、大きな目と、白い肌が作り物めいて見える少年で、大人しく無口だった。
転校してきた夏休みの自由研究が何故か『ヒガンバナについて』だった。
子供心にも抹香臭い花だった。
”幽霊花”といったような異名もとる、不気味な花だった。
年寄りには”ヒガンバナを家に持ってくると火事になる”と忌み嫌う者もいる。
それになによりも・・・・・・・・・あの禍々しい赤を好む子供はいなかった。
真澄はヒガンバナの俗信とその生薬としての薬効を調べてきた。
よくできた内容だったが、気味が悪かった。
俗信にはこんなものがあった。
”人の魂を吸う” ”仏様の花だからとってはいけない” ”死んだ人の家への道しるべ” ”死んだ人の血を吸って
赤くなる”・・・・・・・・・・・・無意識的に嫌悪する理由を裏づけするような俗信だった。
他方薬効としては湿布あ解毒・解熱作用、そして太平洋戦争中にはそのデンプン接着剤やウイスキーの原料に
したとなかなか興味深いものがあった。
しかしこの発表をしてから真澄は浮いていたのにますます浮いた。
クラス委員だった俺を呼びつけて担任だった神崎先生は『谷口くんをクラスに馴染ませてあげるように』とミッション
を与えた。
優等生の自負があり、この役職に矜持を感じていた俺はミッションどおりにさりげなく動き、成功した。
真澄はクラスに馴染み、普通に皆に溶け込んでいった。よく笑うようになった。
真澄は自分に親愛の情を示した。
俺も真澄に親近感を覚えていった。
家も近所だった。
自然、仲良くなった。
中学はふたりとも陸上部に入った。
クラスも部活も一緒、家も近所だった。
勉強もいっしょにしたが、俺はトップで真澄は尻から数えたほうが早かった。
一度馴染んでみれば、真澄はあっけらとした明るい普通の少年だった。
ただその臘たけた容姿だけは、この小さな村で目立った。
学年で一番もてた。
高校も同じだった。
学力レベルがざっくばらんにもかかわらず、このあたりの子供はすべてそこの高校に進学した。
毎年定員割れするような入試だった。
成績上層部は東大・京大・早慶といった高偏差値大学進学を狙い、下層部は高校をでたらほとんどが就職した。
多種多様な人物が集まった分、バラェティに富んで面白かった。
俺と真澄は中学と同じ陸上部に入った。
俺は短距離、真澄はハードルだったが高1の秋アキレス腱を故障して部員ではなくマネージャーという形で部に残った。
選手として走れなくなっても真澄はあっけらとしていた。
アキレス腱を故障してから俺は真澄と2ケツで登校するようになった。
自転車の後ろに乗り、俺の背中に頬をよせ、腹に華奢な腕を回してくる真澄が気になりだしたのは、この頃だった。
押し当てられる頬はあくまでも柔らかく、寄り添う体温は温かかった。
骨は細く、抱きしめればきっと砕けてしまうだろうと言うほど華奢だった。
顔は白く艶やかで、髭あともニキビもない。
唇は薄桃色で、笑うと真珠のような歯が覗いた。
まわりにいる垢抜けない田舎の女子高生よりよっぽど真澄はうつくしかった。
しかしそれらを目にするたびに落ち着かなくなり、一時は真澄を避けた。
だが真澄はそんなことおかまいなしに飄々として寄ってきた。
2ケツ通学も慣例になっていた。
関係は正常に戻ったが、俺は真澄でヌくようになった。
逆説的に言えば真澄でヌくことにより、関係を正常に保てたのだ。
他の男には反応しなかったから、俺はゲイではないことは自分でも分かっていた。
・・・・・・・・・・しかし、ある日真澄が言ったのだ。
2ケツで乗った自転車、半袖から覗く細い白い腕を腹に巻きつけて、背中に頬を寄せて、囁くように。



・・・・・・・・・・泰仁、好き。



なんの予兆もない言葉だった。
そして躊躇いも何も感じさせない態度だった。
からかっているのか、と自転車を止めて真澄の顔を見ると微笑んではいたが、真剣な表情で『すき』と繰り返した。
その黒い、残照を映した目の色に吸い込まれるように俺は真澄にキスした。
真澄はそれに応えた。



その、夏の日から自分たちはつきあいだした。
こっそりとだ。
小さな村だ。
同性愛など排斥されるに決まっていた。
隠れてキスをしたり、セックスをしたりすることはとてもスリリングだった。
そこが俺たちの恋に拍車をかけた。
部活の帰り、帰り道のK川沿いの土手を下った櫟の木が生い茂る落ち葉の堆積した黒土の上が自分たちの主な情事の
場所になった。
部活の帰り、毎日のようにセックスした。
能登半島の温泉街に2人で旅行したことだってある。
俺たちの”関係”を察していたであろうと思われる人間は野崎ひとりだった。
夏が過ぎ、秋になった。
情事の舞台の櫟の林の一角にヒガンバナが咲いた。
真澄とまぐわいながら、それを視界の隅に認めた自分はそれの赤がひどく淫靡な色に見えた。
脳裏にその色は鮮烈に焼きついた。
そして、その色に憑かれ煽られるようにして真澄を突き上げた。
真澄は全身でよがって、貫かれて悦んだ。
真澄は同性愛者だった。
淫らな声を上げても人通りのない櫟の林だった。
そこは存分に楽しめる、文字通り情事の温床だった。
3年になって、受験生になっても相変わらず毎日会っていた。
器用だった俺は真澄との逢引を続けながらも慶応の法学部を第一志望に定めながら、全国模試では常にAランクをキープした。
そして受験に受かってひとり、東京に出た。
家業の農家を手伝うことになっていた真澄は地元に残った。
手紙や電話やメールは毎日のように取り交わした。
そして長い休みになると真澄が東京に来た。
離れて、ひさびさに会い、真澄の笑顔を間近に見ると、俺は真澄をいとおしいと思った。
もちろん浮気はしていた。
女の子とだ。
しかし心は真澄にあった。
真澄はあっけらとしていて、純で、清浄かつ淫靡だった。
セックスはよく、冷たそうな印象の白い肌は行為が進行するごとに熱を帯び、そしてその内部は蕩けそうに熱かった。
会うたびに、自分は真澄に溺れた。
東京だ。
ゲイはべつにあの故郷の村ほどに奇異の目で見られることはなかった。
俺たちは手を繋いで堂々と、代官山や表参道をデートした。
真澄が帰る日ののセックスは一段と激しく狂おしいものになった。
真澄を愛している、と思った。
しかし、だ。
東大の院に進むことに決め、学者の道を志すことにした自分にとってこのまま同性愛者の道を貫く自信がなくなった。
世間の目がようやく怖くなったのだ。
それに男同士の関係が不毛だと思うようになってしまった。
俺はアウトサイダーなのだとも思った。
そして別れを切り出した。
今思えば、自分の弱さだった。
保身ゆえの、弱さだった。
そして真澄は言ったのだ。
じゃあ、死んでやる、と。
・・・・・・・・・・・そして、死んだ。
俺への、最悪の形のあてつけだった。



しかし言葉どおりだ行為を遂行したとしたら・・・・・・・・・真澄は勇気ある者であり、真に俺を愛していてくれたことになる。



真偽は今となっては知れない。



畦道をフラフラ歩いてK川沿いの土手に来た。
川沿いを歩く。
よく、自転車で、2ケツで通った道だった。
真澄の笑い声、笑い顔が蘇る。
胸に刺すような痛みを感じた。
土手沿いを歩いて、あの黒土の櫟の林に降りる。



真澄の魂がいるとしたら、ここしかないと思った。



土手をくだり、櫟の林に降りる。
枯葉の堆積した黒土はやわらかくスニーカー履きの足を受け止めた。
すでにあたりは薄闇に包まれていた。
空気が澄んでいた。
目を転じるとヒガンバナの咲く一群があった。
やはり、狂うように咲いていた。
その姿は淫靡で、喪われた真澄の淫らな肢体を連想させた。



・・・・・・・・・・・・・いるのか、と問うと、いるよ、と声が返った。



振り返ってみると真澄が立っていた。



そして微笑んでいた。
しかし理性の遠いところでは納得していた。
ここは真澄が執着した場所。
俺たちの愛恋の場所。



そしてヒガンバナの咲き狂う場所。



『どうして』と問うと真澄は『分かってるくせに』と、微笑んだ。



そして『会いに来てくれて嬉しい』と微笑んだ。



ふわら、とまぼろしの細い腕が首に絡んだ。



ぞっとした。
冷たかった。



『ヒガンバナはね、昔教えたろ。
”死人の魂を呼ぶ”って』



間近で囁く顔は、青白い燐光をまとって美しい。



・・・・・・・・・・・美しすぎる。



当たり前だ。
真澄は、もうこの世のものではない。



黄昏時と、ヒガンバナの”作用”が重なった、奇跡の逢瀬。



『・・・・・・・・・・・・・・・会いたかった』



首に細い両腕を巻きつけたままうたうように真澄は言った。



『ヒガンバナはね、こうとも呼ばれる。曼珠沙華 ・・・・・・・・サンスクリット語で”天の赤い花”の意味、それから・・・・・・・・”死人花”』
「し・・・びとばな」
『そう。つまり、俺の花・・・・・・・・・・』



そう言いながら真澄は俺に口付けた。
質感のある、しかし氷よりつめたい・・・・・・・・・・・口付け。
冷たい口付けは、しかし体内の炎を不思議と煽った。



『ねぇ、泰仁』



真澄は言う、淫靡な声で。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抱いてよ。



あの、部活の帰りの夕方みたいに。
俺が、生きてたときみたいに。



俺を、あいしてよ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前は、死んでるのに。



出来るのか?と聞くと、『できる』と微笑う。
そして口付けた。
つめたく、熱い口付け。
俺は口の中に侵入してくる真澄の舌を吸った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうして、喪われたお前を、抱けるのかな?



聞くと、真澄は、ふ、と微笑んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・ままよ。



俺は真澄の現実感のない肩を黒土の上に堆積した櫟の葉の上に敷き倒した。



ヒガンバナの、奇跡。



真澄の内部へと侵入してゆく。
ああ、と真澄は喘いだ。
その身体は冷たいが、内部は熱かった。
もう、分からない。
生きているのか、死んでいるのか。
境目は、ない。
ヒガンバナが、視界の隅で狂い咲く。
その前で繰り広げる、自分たちの痴態。
真澄の中に入ってゆくたび、意識が遠くなりかけた。
この世のものならぬ、快楽だった。
あぁ、と真澄が半眼を開けて自分を見る。
黒い睫毛にけぶった、黒水晶のような瞳。
やはり、真澄は、この世のものではない。
しかし俺は腰を進めた。
あ、ああ、と真澄が仰け反った。
すべてのビジョンは、あの高校2年の秋の光景と重なる。
これはほんとうに、幽体とのまぐわいか。
それとも過去の逆流か。
分からない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、分からない。
しかしいいのだ。
俺は幸福だ。
俺はやっぱり、真澄を愛してたんだ。
手を離すんじゃ、なかったよ。
お前が俺をどこかに連れてゆこうというなら
俺は、喜んで一緒にそこにいこう・・・・・・・・・・・・・。



真澄・・・・・・・・・・・・・・・。



行為は、極まった。



真澄の冷たい腕が、背中に回って、そしてやさしく撫ぜ上げた。
ゾ・・・・・・・・・と快楽が走る。



俺さ、自殺じゃないよ。



自分にしがみつきながら真澄は笑った。



でも、死にたいくらい、哀しかったかな。
泰仁、俺のこと、捨てるんだもん。



でも、もう、いいから。



来てくれたし。
俺、ヤケになって飲んでね
んで、電車に突っ込んじまった。
バッカみてぇ・・・・・・・・・・・・・・・・。
自業自得ってヤツ。



俺はその声を聞きながら、その実体のない細い身体を掻き抱いた。



俺は言った。



俺さ、なんにも怖いものはなくなったよ。
俺も、お前のこと、愛してたよ。
俺がバカだったよ。



・・・・・・・・だから一緒に行こう。



そう言うと、真澄は首を振った。



連れてっちゃおうと、思ったけどね



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、やっぱり、できないよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



できたなら。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できたなら、ずっと一緒にいたかったけどね。



俺がこんなんに、なっちゃったもんね、と真澄は笑う。



いいよ。



お前を、俺はゆるすよ。



泰仁。



あいしてた。



そう言うと、真澄は消えた。



伸ばした手の向こうに、ヒガンバナが狂い咲いている。



その色は、まるで



燃えるようで・・・・・・・・・・・・・・・・・・



そこまで思ったとき、俺は意識を失った。



                                       *
俺が意識を取り戻したのは、真澄の遺影に焼香した3日後・・・・・・・つまり真澄とのあの現実と夢との境界線のような情交から3日経過
した後だったという。
俺が深夜になっても帰宅しないので不審に思った家族が青年団に頼んで俺を探してもらったと言う。



俺は、あの櫟の林の中の、ヒガンバナの群生している一角の上、花に覆い被さるようにして意識を失っていたと言うことだ。



病院の白い天井が目に入ったとき、俺は真澄が俺を何故連れて行ってくれなかったのだろうと思った。



俺は、行ってもいいと思ったのに。



愛してた、と真澄は言った。
あの夢想とも現実ともつかない世界で。



俺も、愛してた。



・・・・・・・・・・・・・愛してた。



喪ってはじめてわかる、その対象の価値、その重さ。



俺は天井をで見上げながら、見開いた目で泣いた。



喪ったものはもう戻らず。



そして気持ちに気づいたときには、もうすべては遅すぎて。



病院の四角い窓から、ヒガンバナの燃えるような赤が垣間見える。



・・・・・・・・・・・・・ますみ・・・・・・・・・・・・。



俺も、愛してた。



悔恨に腸に鉛を抱く。



閉じた目に、ヒガンバナの赤の残照。



そして真澄の仄白い笑みが、交錯した。



喪われたものは



・・・・・・・・・もう、戻らない。








                                       終






「ダークですv」
...2002/10/20(日) [No.22]
室崎夏椰音
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