俺が通っている高校(男子校)は、1、2年生の交流を深める名目で毎年5月に合同の旅行が行われる。果たしてこの旅行でどれだけの交流が深まるのかは至って謎だけど、愛が沢山生まれている事には違いなかった。
「湊先輩~!今日から3日間よろしくお願いします!」
「お前お願いって、毎日会ってるだろう?それに俺は委員長だから忙しいんだ!」
「そんな事言うなんて冷たいっすよ・・・。な~んてそんな所がカッコイイんすけどね。じゃ、俺クラスの所に戻ります。」
そう言って軽く一礼して小走りに自分のクラスへと戻って行った。奴の名は一つ年下の右田櫂。櫂とは中学から部活が一緒で、尚且つ友達の弟という事でなんだかんだでほぼ毎日顔を合わせていた。だから何であんなに喜んでいるのか俺にはよく分からない。女の子が居るなら話は別だけど。まぁ、つまらないよりは楽しい方がいいからな。
夜は、恒例の肝試し大会が待ち受けていた。だけど、俺はこれが大嫌いだった。それは明らかにペアになった奴とくっつけようとする意図が見え見えだからだ。ゴールまでの間に3ヶ所のポイントがあり、そこには紙に書かれたお題が何枚か用意され、その中から1枚引いて二人でそれをこなすというものである。内容は、「彼女が出来た時の為に抱き締める練習をする。」とか「好きな人が出来た時の為に告白の練習をする。」とか肝試しの意味が全くもって無視されている。もちろん誰かが確認しているわけでもないから何もしないでゴールしてもバレる事はない。だが、夜の雰囲気と罪悪感でヤバイと分かっていてもきちんと終えてゴールしてしまう。正しく夜の魔法・・・。そのせいで去年の俺は危うく恋に落ちそうになりかけ、1週間本気で悩んだ。今思えば高校に入って最初の試練だったと思う。そして今年更なる試練が俺を待っていた。
「さて、ペアも決まったので最初の人たちは準備して下さい。」
実行委員の声が響く中、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。それは相手が櫂だったから。全く知らない人なら適当にあしらう事も出来るが、妙に親しい奴と組むと夜の魔法に完璧に飲まれそうで怖い。しかも櫂は俺の事を気に入っているし、何よりも3つのお題が何なのかそこが一番の問題だった。
「湊先輩。今、めっちゃ緊張してるっすけど、先輩は大丈夫ですか?」
「俺は至って冷静。相手がお前だし、緊張する要素が全くないしな。てか、何でそんなに緊張しているんだ?」
「そんなの先輩と2人きりになれるからに決まってるじゃないっすか!恥ずかしい事言わせないで下さいよ・・・」
「・・・・・・・」
俺は返す言葉も無く、話を逸らそうと星がキレイだな。なんて柄にも無いことを言ってその場を凌いだ。櫂はどう思ったのか分からないが、そうっすね~。と笑顔で返してくれたので、その言葉を素直に受け取り、残された待ち時間を過した。
「では、6番のペアの人スタートして下さい。」
広い空き地に声が響き、隣で櫂が番号を確認する。
「・・・先輩俺たちっすよ!早く行きましょう!」
「お、おう。」
いよいよ、肝試しと言う名のデートが幕を開けた。最初のお題がある場所は山道の途中にある、お地蔵さんの前。そこには直径10cm程度の小さい箱が用意されておりその中には数十枚の紙が入っている。
「先輩引きますか?」
スタート時に手渡された提灯を手に櫂が聞いて来た。俺は自分で引いて墓穴を掘りたくなかった為に、お前が引いていいぞ。と先輩口調で促した。
「・・・・じゃあ、これにします。何かドキドキっすね!」
そう言って櫂は勿体ぶりながら、ゆっくりと二つ折りになっている紙を開く。あまりの真剣な姿に俺まで妙にドキドキしてしまう。
「では、発表しますね!・・・好きな人を確実に堕とせるように口説く練習をして下さい。だそうです。」
「・・・・・・。」
はぁ。やっぱり今年もこんな内容なんだな~。少しは改善されているかと期待した俺がバカだった。でも、ここは櫂の手前きちんとこなさないといけないよな。あぁ、先輩って面倒臭い。
「櫂、お前どっちやりたい?口説きたいか?口説かれたいか?」
「えっ!お、俺っすか!?あっ・・・その・・・口説きたいです。」
異常とも思える櫂の動揺っぷりは傍から見ていても声を上げて笑えるほどだった。昼間だったら顔を真っ赤に染めた姿も拝めたのかもな~と一人で納得してしまう。
「よし!じゃあ思う存分、俺を口説いて下さいませ。ただし、あくまで練習だからな!」
俺の言葉にゆっくりと首を縦に振り、口を開く。
「湊先輩。俺は毎日先輩の事考えてます。俺は先輩に出会ってから、色んな事に感謝出来るようになりました。同じ学校に入れた事、先輩が兄貴の友達だった事、先輩の顔を見れる事、先輩の声を聞ける事、先輩と話せる事、他にもいっぱいあります。だから、俺と付き合って下さい。」
「・・・・あっ・・・・・。」
バサッ
櫂の手に預けられていた提灯が気付くと足元を照らし、櫂の腕は俺の体をやんわりと包み込んでいた。
「・・・お願いです。少しだけでいいんでこのままでいさせて下さい・・・。」
俺は、明らかにいつもと違う櫂の声に体の神経が麻痺し、跳ね除ける力など到底残っていなかった。
「このまま聞いて下さい。先輩は勘が良いから気付いていたかもしれませんが、ずっと大好きでした。だから今日は絶好のチャンスだったんです。返事はいつでもいいっすから。俺ずっと待ってますから。」
そう言い終えるとゆっくりと解放され始める。言いたい事は沢山あるはずなのに全く出て来ず、ひたすら櫂を見つめていた。どうやら俺は最大級の夜の魔法にかかってしまったらしい。さっきまでは唯の後輩だったのに、今は一人の男の人として見える。収まる気配の無い動悸を必死で隠すよう提灯を拾った。
それからゴールまでどうやって辿りついたのかはっきりとは覚えていない。ただ俺はこの魔法に一生かかり続けようと思い始めていたのだった。
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