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 (怪談 切ない 高校生同士/--)
会いたい・・。


「なぁ・・、本気?」
俺は怖気ずいて、智也の腕を強く握った。
「ばーか、何を怖がってんだよ。
幽霊なんて居るわけない、なんて言ったの、お前だろ?」
智也がそんな風に腕を振り解くから、俺は半泣きで口を尖らせた。
ここは湖の傍に建つ廃墟だ・・・。経営不振で潰れたホテルの残骸が夕日に照らされて、赤く不気味な色合いに染められて、そびえている。
ここには幽霊が出るんだ。
血まみれの首吊った男だとか、子供を抱えた母親だとか、噂では色々と言われているけど、実際はどんなのが出るのか、よく解からなかった・・・。
決まって言われるのは、女を連れていると出ない、って事だ。
女が嫌いなのか、なんなのか・・・。子連れの幽霊説だと、旦那の浮気で無理心中した母親だから、女は嫌なんだとか、もっともらしい理由が付け加えられていたりする。
「なぁ・・・、」
また、俺は腕を引っ張って、智也はまた振り解いた。
「だから、帰るなら一人で帰れって。・・・俺は、どうしても確めたいんだ。」
最初から一人で来るつもりだった智也に、連れて行けとせがんだのは俺の方なんだ。俺は智也と親友のつもりでいるから、隠し事をするな、と怒った。
『隠し事・・ね。』
そんな風に冷めた態度で返された時は、なんだか居心地の悪い気分を味わったけど、本当に、俺は親友になりたいと思っていたから、心霊モノは苦手だけど、こんなトコまで付いて来たんじゃないか。
「なんだよ、その目! どうせ、意気地がないとか思ってんだろ!?」
「違うんだったら、しのごの言わないんじゃないか?」
なんだか智也はすごく虫の居所が悪いみたいで、さっきから不機嫌だ。
意地悪い一言を投げつけるなり、さっさと先に立って進む。
玄関は封鎖されているから、他の出入り口を捜さなければいけない。
大抵は裏のテラスから中庭に廻って、誰かが破ったフロアの展望窓から侵入するらしいとは聞いている。
以前は綺麗に南国風のアレンジをされていただろう中庭のテラス・・・今は見るも無残に荒れ果てて、熱帯植物の枯れ木があちこちに残されるのみだ。
中央の噴水も、今は水のないただの窪地でしかない。
煉瓦の破片が散乱して、空には雲一つない星空。
月明かりと懐中電灯を頼りに、俺は智也の腕を掴まえながら、進んでいる。
庭の一角から広い段差が三段ほど付けられて、一階フロアへ通じている。
大理石の床石はかつての光沢を無くして、埃にまみれていた。
中へ入ると、毛足の長い絨毯がそのままで、色だけが土足に汚されている。
汚れの酷い部分は奥の階段へと続いて、さらに上階へと続いていく。
進みきって辿り付いた場所には・・・金色のレリーフに、ゴシック数字の502と刻みつけられている。
ここに、幽霊が居るんだ。
「着いたぞ。」
俺は無理をして付いてきた事が祟って、促されても動けなかった。

智也は前の学校でも何度もトップの成績を収めてきたくらいに、頭が良かったから、俺は勉強で解からない場所があれば、先生に聞くより智也に真っ先に聞きに行ってた。
智也は高校の二年生から転入してきたヤツで、俺のクラスになったんだ。
なかなかクラスに馴染めないでいるみたいだったから、俺が声を掛けて出来るだけ早く、皆と仲良くなれるように取り計らった。
そりゃ、友達になって勉強教えてもらおうなんて下心があったのは事実だけど、なんとなく運命みたいなのを感じて、俺は積極的に動いたんだ。
智也と友達になりたい、って思った。
智也はクールでカッコイイから女子にだってモテる。頭イイし、面倒見もいいから男子にもけっこう人気があった。
ちょっと、斜に構えて人を見下すようなトコもあって、そういう点は嫌がられていたけど・・誰にだって、欠点はあるんだし。
クラスの連中は、みんな言いたい放題で遠慮なんかしないヤツ等だから、嫌なものは嫌だって、本人にモロで言ってしまうから、智也はよく言い争いをしていた。自覚ないのが致命的なんだ、とよくヘコマされていたっけな。
俺は友達になりたいっていう弱みがあるから、一番、智也の悪癖の被害に遭ってて、他のクラスメートにけしかけられていた。
「おい、いいのかよ? 言われ放題じゃんか!」
「んー、・・けど、ホントの事ばっかだし、反論できねーかも。」
俺が平気でも、周りは違うって事も多い。
あんま気にしてません、って顔でへらへら笑っていたら、周りの連中の方がヒートアップしちゃって、智也を引きずってくるんだ。
智也は迷惑そうな顔で、数人に囲まれても平然としてた。
普通は囲まれたら、そうとう怖いと思うんだけど・・・。
「おい、いくらお前の成績がトップで、こいつの成績が下から数えた方が早いからってなぁ・・!」
「やめてくれ~! お前の言葉の方が突き刺さる~!」
冗談で流して、ウヤムヤにしたけど、智也はそれを覚えていて、帰りにねちねちと厭味を言われたもんだ。
智也にはちょっとサドっ気があるんじゃないかと思う。

智也と親しくなればなるほど、時々、何を考えているのか解からなくなる。
すごく親切にしてくれて、急接近したみたいに思えた次の日に、平気で冷たくあしらわれたり・・気紛れなのかと思ったけど、そうでもなかったり。
一応、クラスの連中とは仲良くやってるんだけど、それもなんだか表面だけみたいに見えたり・・・。
なんか、近付こうとすればするほど、智也の方が遠ざかってくみたいだ。
前の学校の事とか、あんまり話してくれないし。
俺と友達になるの、嫌なのかな・・・。
本当は、迷惑に思ってんのかな・・・。
俺は話してて楽しいけど、智也は違うのかも知れない、とか思うんだ。
俺は頭悪いから、ちょっと難しい話題されると、もう付いてけないし。
「え? なに、それ?」
って、聞き返して、智也が白けた顔をするんだ、いつも。
そんな日々の中で、幽霊の話が話題に昇ったんだ、クラスのHRの前に。
女子は怖い怖い言いながら、嬉々として食い付いてくるし、男子も喜んで話すし、智也も最初はにやにや笑って輪の中に入っていたのに・・・。
「・・・なあなあ、それじゃあ・・・Sホテルの幽霊の話、知ってる?」
クラスメートの一人が喋り出したその話を聞いてるうちに、ふいと席を立って皆からさりげなく離れてった。
さすがに連チャンだから飽きたのかな、って思ったし、皆もたぶん俺と同じにそう思ったんだろう。
大きく伸びをして、そのまま教室を出てって、けど、授業が始まる前にはちゃんと戻って来たからだ。
智也と友達になりたいって思って、だいぶ経つのに、俺はまだ満足のいくほどには親しくなれてない。
土日の休みとかに、出来るだけツルんで遊びに行くとか、俺なりに努力してるんだけど、やっぱり、智也は距離を置くんだ・・・。
なんか隠してないか、って、俺はいつも聞いていた。
土日の休みは一緒にって思ってるのに、一人で出掛けるから遊べないなんて言われた日・・・その理由が、あの時話題に昇ったSホテルへ出掛けるつもりだからなんて、一言も教えてくれなかった。
俺は朝から待ち伏せて、無理矢理、胆試しに付いて行ったんだ。

廃屋とは言え、まだ営業していた頃の名残があって、余計に生々しい不気味さを醸し出している例のホテル。
そこは、智也が前に住んでいた街のはずれに位置していて、なにか、やっぱり隠し事みたいな空気が読み取れて、苦しかった。
いったい、こんな廃墟のホテルに、どんな想いを残しているっていうんだろう。

部屋の中も、外と同様に薄汚れていた。
智也に引っ張られて、俺はようやく部屋に入って・・・ソイツに会った。
窓辺にぼんやりと白い煙みたいに揺らめいていて、けど、一目で幽霊だと解からせるあやふやな存在感。
透けて見える白い少年・・・たぶん、俺達と同じ歳くらいだ。
想像してたのとはまるで違う・・・すごく、綺麗・・・、
窓辺に立って、月明かりに照らされた室内は薄墨色で、綺麗な水彩画みたいに見えた。彼は俺達の方を向いて・・・瞳は俺達を映してはいなかった。
「ウサ公・・・、やっぱ、まだ居るんだ・・、」
智也が力無く、笑った。

幽霊の名前を、どうして智也が知っているのか・・・聞いてみたいけど、怖かった。決定的な言葉を聞かされそうで、怖い。
なのに、智也は自分で勝手に喋り出すんだ。
「・・・宇佐美って名前で・・・皆にウサギちゃんとか、ウサ公とか呼ばれてたんだ、あいつ。」
俺と智也は幽霊を眺めながら、壁にもたれて座り込んでいる。
幽霊・・宇佐美は相変わらず、何も見てない目でこっちを見ている。
寂しそうで、悲しそうで、じっとその顔を見つめていると、胸が痛んだ。
「・・・けっこう可愛い顔してるだろ? ・・・女みたいにナヨナヨしてるから、自然に、そういう風に見られて・・・オカマだって、決め付けられてたよ。」
なんだろう、まるで懺悔を聞かされてるみたいな感じ・・・。
俺にはあんまり喋り掛けなかったのに・・今まで、俺には関わらないようにしてたんじゃないのかよ?って、聞きたくなる。
どうしてそんなにベラベラと、こいつの事、話すの?
「・・・自殺するなんて思わなかったんだ、そんなに気に病んでたなんて・・。
みんな知ってたし、けど、別になんとも思ってなかったし、そういうシュミのヤツが居たって、関係ないと思って・・・っ、」
智也が、声を詰まらせた。
はっとして智也の方を見たら、その目が潤んでいて、涙が零れていた。
「智也・・、」
「解からないんだ・・・、どうして、死んでしまうほど苦しんでいたのか・・。
好きで付き合ってるんだと思ってたし、・・・助けて、って・・・、なんで、俺?」
解からない、智也の言ってる事、俺にだって解かんないよ、智也。
死んでしまったこいつが、智也とどういう繋がりを持っていたのか知らない。
どうして幽霊になってるのかも・・・。
ただ、智也の知り合いは、ゆらゆら儚い存在に変わっても、悲しい顔をしていて、それはまだ幽霊じゃなかった時から、そうだったって事・・・?
ぼんやりとした顔で、智也は淡々と語り続ける。まるで、このまま連れて行ってくれる事を願っているみたいで・・・俺、思わず智也の手を握り締めた。
「・・・ウサギ狩り、してたんだ・・・ふざけてるんだと思った。
皆で鬼ごっこの延長だろう、くらいで・・・そのまま、俺は帰った。」
ウサギ狩り? なんだか、胸がどす黒いものに侵食される響き・・・。
この、幽霊になっても綺麗な宇佐美を、何人かで追い回して・・? それで?
なんだか怖くなった、想像を振り払って頭を激しく振った。
・・・だって、死ぬほど・・なんて、他に考えられない・・・。
急に、智也は声量を上げて、幽霊に問い掛けた。
「なぁ、ウサ公。・・・お前、誰を待ってるの・・・?
俺が、助けてやらなかったから、だから、死んだの?」
・・・いったい、いつから・・・追われていたの・・・?
宇佐美は変わらず、何も見ていない瞳を俺達に向ける。智也は項垂れた。
立てた膝に顔を埋めて、けど、智也の肩は震えていて、痛々しかった。
智也は加害者じゃないのに・・・、
見てみぬフリをしたわけでも、加担したわけでもないのに・・・。
ほんの少し、知らなすぎただけで・・・。
俺は腹立たしくて、ぎゅっと智也の肩を抱き締めた。

宇佐美の目が、俺達を見てる・・・。
本当には何も映していない瞳が、俺達に向けられて、じっと・・・。
その眼差しを受けていると、心がとても寒くて、哀しみに囚われてしまう。
俺達じゃなくて、宇佐美は扉を見ているんだろうか・・・。
扉の向こうから・・・誰に、来て欲しいと思ってるの・・・?
俺は座り込んでいたカーペットから腰を上げて、宇佐美に近付いた。
きっと、智也はまだ俺に隠している。
色んな・・・、宇佐美との色んなコト。
ゆらゆら、ゆらゆら・・・マボロシみたいに揺れる少年。
頬に触れてみたくなって、俺は指を伸ばした。指先に、なんか、感じた。
あれ? 天井から見下ろしてる俺が居る?
じゃあ、下で智也に向かって歩いてるのは、誰だ?
うずくまって手足を縮めて小さく震えている智也・・・俺が、傍に座った。
「智也・・・、」
顔を上げさせる。
しっかりと抱き締めて、笑った。
「・・・好き、だったよ、智也。」
そして、俺じゃないそいつは、天井を見た。
天井に昇ってる俺に、笑いかけた。
・・・智也をよろしく、って。
なに、それ?
気が付いたら、智也の肩を抱いているのは、俺だった。
目を上げた先には・・・もう、宇佐美は居なかった。
ワケが解からない・・・。
智也は相変わらず、俺の肩に隠れて泣いている。
Tシャツの肩が、涙でぐしょぐしょになった・・・。

会いたくて・・・。
どうしても会って、謝りたくて、けど、何を詫びればいいのかも解からなくて。
怖くなって、逃げてた・・・。
「アイツの気持ちが解かった時にさ・・・、なんか、すごく申し訳なくて・・・。
このままじゃ、進んで行けないって思って・・・、ここへ来れば、なんらかの決着は着くんじゃないかって思ったんだ。」
結局、何も変えられなかったんだけど、と、智也は苦く笑う。
消えてしまった宇佐美に名残惜しい想いを残して、俺達はこの部屋を去る。
智也は気付いていたのかな・・・一瞬だけ、俺と宇佐美が入れ替わった事。
それとも、なにも気付かなかった?
二人の間に、なにがあって、なにが終わったのか・・・俺には解からない。
宇佐美は最後に微笑んでくれたけど、あれって、なに?
ちゃんと天に昇れたのかな?
もう、未練はなくなった?
・・・宇佐美がこの世に残した未練って、なに?
解からない事だらけで、けどなんとなく、これで良かったんだと思う。
最後に笑ってくれたから、きっと。

おわり
「またまた深読み作品に挑戦してみました。前の怪談はもひとつなんでリベンジ。短編って難しい(笑)。」
...2005/5/25(水) [No.203]
藤原 綾人
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