「なんだよ、お前。まーた、そんなん見てるのかよ?」 銀縁眼鏡の端をくい、と指先で上げて貴文はバカにした口調で言う。 「うっせぇ、横から覗くなよ・・、」 隼人は黒っぽい画面を慌てて隠した。 いかにも的なアングラーっぽい壁紙で、白い文字が並んだWebページ。 両手で抱えるように、隼人の身体が液晶に覆い被さった。 「ははーん? さては、お前、マゾなんだな? でなきゃ、そんなアブナイネタばっかり読み漁ってないよなー?」 うっ、やっぱり中身も読まれてたか! びくり、と震えた隼人の背中がそう言っている。 正直者なルームメイトの背中に、貴文は意地悪そうに目を細めて、舐めるような視線を向けた。そうして、いたぶるように言葉を紡ぐ。 「この前、読んでたのは『近親相姦』だろ? しかも、3P。無理矢理。 絶対、お前、好きで読んでんだって。認めろ。」 「ち、違う! たまたま、雰囲気がカッコイイかな~と思って開いてみたら、そんなんだっただけだって!」 慌てて隼人は否定をするが、むろん、嘘だ。 思い付いた嘘を、もっともらしく解説までしてくれる。 「てか・・ホラ? やっぱ、こんなん書いてるのって、そーゆーコトされてーとか思ってる女なのかなー、とか? 2組のヤツとか言ってたし!」 「ちゃんと注意書き読め、妄想と現実の区別のつく方のみ、入室くださいって書いてあるだろ、だいたい。」 呆れたように眉を上げる貴文は、そんな風に崩してみても気にならないほどに顔が整っていた。 男前で頭も良くてスポーツも器用にこなす男だったから、なんとなく隼人はイニシャチシブを奪われてしまい、現在ではすっかり彼のオモチャだ。 願望・・とまでは行かないが、なんとなく今の状況を肯定してくれる材料が欲しくて、Webを泳ぎ渡っている。 意地悪はされるけれど・・基本的に、貴文は好きだ。 隼人は、貴文よりは低い背中を震わせ、顔を真っ赤にして俯いている。 ヤンチャ坊主に見えるようにと、ツンツンのヘアーにして、茶色に染めているけれど、あまり不良っぽくは見えない。 童顔のせいで、ほど良いくらいだった。 必死に画面を隠しているのに、後ろから抱きすくめられ、引っぺがされた。 「ほぉ~ら。・・・なになに? 『・・・凌辱されるままに、耐え続けてきた身体に、太い楔が打ち込まれた。「・・・・!」声にならない悲鳴を迸らせる喉に、別の男が唇を這わせ、さらに前からも太い男のモノを捻じ込もうとする。』だって! うはー・・・、すごいの読んでんだー? 前後、二本刺しですかー? やっぱ、こんなコトされたくて読んでんの?」 「そ、そんなワケあるかよっ!?」 真っ赤になって否定する隼人を、後ろから抱き締めたまま、貴文はくすくすと笑った。可ぁ愛いぃ~、と、幸せ一杯に。 「・・・いいって、判ってるよ。隼人のは単に言葉責めが好きなだけだもんな。」 そうきっぱりと言われても、なおさら顔が火を吹く、と、隼人は反論しようとした。口だけがパクパクと開閉する。 昨夜言わされたあんな台詞やこんな台詞が思い出されて、黙ってしまった。 「こーゆー作品、好きってのは虐めてほしいのかなー?とかも思うけどね。 まぁ、百歩譲って強姦掛けられたい女が居るとしても、四肢切断までされたい女なんて居やしないからな・・・。 妄想ってのは、なかなか奥深いものでさ。 たとえば、無意識にトラウマの克服のために書き綴っている、なんて場合もあるんだからな。」 「え? なに、それ?」 興味を引いたらしく、隼人が首をぐるんと回した。 こういうトリビア的話題が大好きな隼人のために、貴文は日夜、使えない無駄知識の収拾に血道を上げているのだけれど。 そんな事などおくびにも見せずに、貴文は続ける。 「うん。サブリミナルの手法の一つを、無意識のうちにやっている作者はけっこう居るよ。・・・こういう『凌辱』とか『性的虐待』とかのキーワードが、実はその作者自身の過去にも符合しているって、場合だな。」 「えっ!? このヒト等って、自分も虐待されてたんか!?」 隼人はびっくりして、画面をもう一度見た。 「まぁ、はっきり意識してる場合以外にも、忘れている場合や、そうと認識していない場合もあるからね。・・けど、かなり高い割合だと思うな。」 ちょっと小難しい事を並べただけで、隼人はルームメイトを尊敬の目で見る。 それが楽しくて、貴文は偉ぶったウンチクを集めまくっているのだ。 専門的なツッコミを入れられると、絶対に解からなくなる程度の知識だが。 こほん、と一つ咳払い。 「・・・辛い記憶を過去へ流してしまうために、催眠療法ではサブリミナルのイメージ法を使って第三者の演出的な加工を施してしまうんだけど、それと同様の事が、Web作品にも多く見られるって事さ。」 「イメージ法?」 期待に満ちた瞳が、キラキラと輝きながら貴文を見上げる。 至福の時。得意満面な貴文は、また眼鏡の縁を指で押し上げた。 「例えば・・謂れのない事で、親に傷付けられたとしよう。 その言葉を客観的に・・自分が監督になったように捕らえて、当時の自分自身や両親を役者と捉えてしまうんだ。 辛い記憶を呼び起こして、鮮明な映像を作るだろ? それをどんどんセピアに、古臭いイメージに、と、変換してゆくんだってさ。 そうやって何度も何度も繰り返し、思い出して過去のものというイメージで加工し直してゆくことで、トラウマを克服するんだそうだ。」 「ふーん・・、」 せっかく演説をぶってやったのに、気のない返事の隼人。 よく解かっていなさそうな隼人の表情に、貴文はムキになってしまう。 せっかく週刊誌で仕入れてきた豆知識なのに、もっとイイ反応が見たい。 「・・・だからさ、Webで書いている作者だって、どうか判ったもんじゃない。 隼人が好きな『凌辱』とか『調教』とかだって、書いてる方は、自身のトラウマを克服するために書いているのかも知れないって事さ。自身の中の、よく似た記憶を、別の役者に演じさせているのかも知れない。親の理不尽な要求に逆らえないまま、成長してしまった、とかさ。 書き続けていくうちに、彼女等の受けた現実の傷は癒されていくのかもね。 だから、読み手が感じがちな、『ホントはそういう願望があるんだろ?』なんてのは、ゲスの勘ぐりってヤツなのさ。 99%は、それを自身に置き換えたいなどとは思わないよ。」 「そっかぁ・・・、」 素直な隼人はしゅん、としてしまい、貴文の腕を無意識に撫でる。 「少しだけ、賢くなった? 隼人?」 バカにした物言いに、また、隼人はむっとヘソを曲げた。 「べっつに! そんなん、読む側には関係ねーじゃん! いや、むしろ逆効果だっての! 煽り立ててるに決まってんじゃん!」 隼人は貴文の腕を振り払い、カチカチとマウスをクリックしてしまった。 からかいがいのある、Hな文章の羅列は他のサイトの下敷きにされる。 つ、と目を細めて貴文は意地悪な企みを思い付く。 「んじゃあさ、隼人。・・・こんな噂は知ってる?」 もう一度、隼人の背に被さるようにして、耳元へ囁いた。
「・・・ただの、都市伝説だよ? 単なる噂だけどね、実はさっきも話したサブリミナル効果の罠が、Webの作品の中に散りばめられているらしいんだ。」 少しだけ不安げな顔で、隼人は食い付いた。 貴文は少しだけ、嫌な笑みを浮かべた。怖がらせてやろう、と、これから先の展開に期待している。 「実は、誰かが無作為に100個の命令文をWebの作品に織り込んだんだ。 その作品を作った本人でさえ解からないように、巧妙に、文章の中に混ぜたらしい。 サブリミナルっていうのは、元々、気付かれないうちに脳にインプットされる効果だからね、うまいトコを突いたと思うな、確かに。」 疑うような視線で、隼人はルームメイトを見上げた。 気持ちが現われている、彼は自分を怖がらせている貴文の腕をしっかりと握って離さないようにした。・・少々、怖くなってきたのだろう。 貴文は、そんな態度にますます気を良くする・・・。 「お前も好きな、『凌辱』とか『調教』、『四肢切断』なんか・・そういう猟奇的なキーワードが盛り込まれている作品は、特に要注意だ。 何者かの意図する作戦にはうってつけで、さらに命令文の効果を高める。 何者かは、作品を読んでるヤツが妄想を膨らませている時に、その妄想に近い形の命令を密かに脳に刻み付けるんだ。」 「そ、その命令って・・・?」 びくびくと、隼人が尋ねた。 「なに、単純には命令文を100個集めるように仕向けるだけの事だ。読んでも読んでも、なんだか満たされない気がしてきて・・・あちこちでそんな作品を読み漁ってしまうようになる。 そして、知らず知らずに、散りばめられた100の命令を全て、集めてしまうんだよ。・・・集めるように、仕向けられたんだな。」 気を良くして、貴文は隼人の首筋に顔を埋めた。 柔らかい、甘い子供の匂いがして、思わず唇を押し付けた。 「な、・・バカ、そんなんより、続き・・、」 隼人は甘い空気どころではなく、今現在も、当たり障りないサイトページの下敷きにしている、例の黒いページが気になって仕方ない。 急かすように、貴文の腕を引っ張った。 「ん~? ・・・ああ、100の命令が揃った後? ・・・えーと、なんだっけな? ・・・ああ、そうそう。 100個の命令を全て脳が記憶してしまうと、いよいよその命令が脳を動かし始めるんだってさ。 『調教』『監禁』『虐待』『四肢切断』・・・色んなキーワードの中に隠されていた真実の命令文が、すべてのピースが揃ったパズルのように、一つのプログラムを創り出すのさ。恐ろしい、猟奇殺人鬼に狙われるマボロシかな? 何が起きるのかは謎だそうだけど、何かが起きるんだ。 そして・・・100日掛けて・・、じんわりと・・・その人間は、オカシクなっていくんだってさ・・・。 そして、100日目の夜に・・・気が狂って、自殺するんだって。」 「う、嘘だ! そんなん!」 「うん。たぶんね。」 叫んだ隼人に対して、貴文はあっさりと肯定した。 「俺も2組のヤツに聞いただけだし、そいつも友達に聞いたって言ってた。 ・・・そんなモンだろ? 都市伝説なんてさ。」 にっこりと笑った貴文に、隼人は、ぽかん、とした顔を向ける。 「ぶっ、」 かわいい~! 貴文はまた、隼人を力一杯に抱き締めた。 貴文はインターネット作品に興味はない。ほとんど蚊帳の外で、本当に無関係だと思っている。・・・恋人を怖がらせるのには、打って付けだけれども。
おわり
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