永谷にはじめて会った時、なんていうのかな、 椎名の好みのタイプだなって思ったんだ。 椎名は自分に弟がいるせいか、可愛がれる弟みたいな奴に弱くて。 永谷はまさにそのタイプだったから。 舌足らずな喋り方とか、可愛いルックスとか、 犬っぽい雰囲気もモロ椎名の好みだったと思う。 実際、よく可愛がってたし。
正直に言えば、面白くないと思った時もあった。 最初の頃は、俺と椎名の間にいきなり割って入られたような気がしてた。 けど、色々話し込んでいくうちに、永谷の性格の良さとか、 音楽に対する真剣さとかが伝わってきて 俺もいつの間にか椎名に負けないくらい永谷を可愛がるようになってた。 もう、生まれながらの年上キラーってやつ? だって、本当に可愛いんだからしょうがない。
「野口さ~ん」 俺を見つけると、犬コロみたいに走り寄ってくる。 もう、それだけで笑顔になってしまう。 ニコニコって笑われたら、もうなんだって許してしまうんだ。 その度に、椎名に甘やかすなって文句言われるんだけど・・・。 「久しぶりだね。元気だった?」 「はい。野口さん、今日これから暇ですか?」 「ん~、まあね。」 「じゃあ、ちょっと付き合ってくれません?」 そう言って、手でグラスを傾ける仕草をした。 椎名はあまり酒が好きではないから、もっぱら誘われるのは俺が多い。 永谷の誘いを断れるはずもなく、俺は快く返事をした。
「最近椎名君おかしいんですよ。」 「え?」 「な~んか、俺を避けてるみたいなんですよねぇ。」 「・・・・・。」 「・・・・俺、何かしたのかなあ。」 実は、俺も気が付いていた。 ここのところ、椎名は露骨に永谷を避けている。 目を合わせようとしない。 必要以上のことは話さない。 触れようとしない。 ・・・ただ、俺にはその理由がわかっていた。 椎名は、永谷に対する気持ちを自覚したんだ。 自分の気持ちを永谷に気付かれるのが怖くて、椎名は永谷を避けている。 「・・・野口さん、何か聞いてませんか?」 「・・・さあ・・」 「・・・・俺のこと、嫌いになっちゃったのかなあ・・」 いつの間にか永谷が涙目になってる。 ほんとに椎名のことが好きなんだね。 憧れてた先輩だもんな。 心配しなくても椎名は君のことが好きだよ。 これは絶対に言ってやらないけど。 だって、悔しいからね。
すっかり意識のない永谷の体を抱えてようやく部屋に辿り着いた。 少し飲ませすぎちゃったみたい。 また椎名に怒られるな。 ベッドに横たわらせて、シャツのボタンを緩める。 滑らかな肌から思わず目が離せなくなった。
「・・・し・・・・な・くん・・・」 小さくつぶやいて。 永谷の頬を涙が伝った。 ・・・そんなに、泣くほど椎名のことが好きなの? 苛立ちが胸を焼く。 誰に対してなのか、何に対してなのか自分でもわからないけれど。 けれど、永谷のあどけない寝顔をしばらく見ていたら、 いつの間にかそんな気持ちもどこかに 吹き飛んでしまった。 濡れた頬を指でそっと拭って、髪を撫でてやる。 どの位そうしていただろうか。 俺は、あることを思いついて、永谷の首筋に唇を押し当てた。
翌朝、俺は永谷に揺り起こされた。 見ると、全裸の永谷が真っ青な顔をしている。 もちろん、俺も全裸だ。 「・・・・ん、おはよ。」 「のぐ・・野口さん!俺、昨日・・・」 「何?なんも覚えてないの?残念だなあ。」 「やっぱり・・・僕達・・」 「ん?」 「・・・やっちゃったんですか?」 そんな泣きそうな顔しないでよ。 もう少しからかってやろうかと思ったけど、永谷の情けない顔を見ていたらなんだか 少し可愛そうになって、俺は思いっきり笑ってみせた。 「・・・野口さん?」 「アハハ・・・やってないよ、安心しな。」 「でもでも!・・・じゃあ、なんで二人とも裸で寝てんですか?」 「ああ、俺が少し驚かしてやろうと思って脱がしたんだよ。」 「・・・なあんだ・・・もうっひどいですよ!」 永谷君、ぐったりとベッドに蹲ってしまった。 ごめんね、君の寝顔があんまり可愛かったからさ。 くすくす笑いながらなんとなく時計を見ると、まだ朝の9時だった。 「永谷君、今日の仕事は何時から?」 「えっと・・・夕方の5時からですけど?」 「じゃあ、もう少し寝ようよ。・・・昨日は遅かったし。」 裸の肩を抱き寄せ、耳元で囁く。 「そう・・ですね。でも、その前に何か着ません?」 「何で?」 「何でって・・・」 「別にいいじゃん?」 永谷が困ったような顔をして俺を見た。 その顔がたまらなく可愛いんだって、自覚しなさいね? 俺はこみ上げてくる笑いを堪えながら、永谷にシャツを手渡した。 「ほら。」 「あ・・・ありがとうございます。」 いそいそとシャツに袖を通す永谷を見ながら、 俺はなんとなく幸福を感じて、枕に顔をうずめた。 「野口さん?寝ちゃったの?」 「・・・まだ。」 ごそごそと隣に潜り込んでくる気配がする。 俺はいきなり腕を伸ばすと、永谷の身体を強引に引き倒した。 「わっ・・・と。」 「おやすみ~。」 今、腕の中に永谷がいる。 そんなに困らなくてもいいでしょ? 目を閉じていても気配でわかる。 「野口さん・・・ちょっと苦しいんですけど・・」 「あ、ごめんごめん。」 腕の力は緩めないまま、口だけで謝った。 「・・・・・・・」 永谷はしばらくもぞもぞしていたが、諦めたように再び寝息をたてはじめた。 寝つきがイイのは相変わらずだね。 その寝顔を見ながら、俺は久しぶりにひどく幸福なキモチで眠りについた。
オヤスミ、永谷
|