ああ、きっとあの時だ・・・。 あの時の政弘の目は俺を明らかに責めていた。 どうして、ここまでするんだ、と。 あの目は今までにも何度か見た。俺が抑えきれずに暴走した時、政弘は何も反論しない代わりに、必ずあんな目で俺を見つめていた。 ・・・貯め込むタイプだったのか、政弘。 平然と、翌朝にはケロリとしてみせて、どんどん、心の底に貯めていたんだ。 「なぁ、今度の連休でさー、どっか旅行とか行きたくね?」 甘えるみたいに、ソファでくつろぐ俺の背中に抱きついてきた。 「貧乏学生が、どこにンな金あるんだ? ・・それとも、俺に、連れてってください、とかおねだりしてんのか?」 旅先で色々イジメてやるのも楽しいかも知れない、などと思って、俺はそんな風に誘い掛けてみた。顔は今まで読んでいた雑誌に向けたまま、けれど、内心はとても嬉しくて、クールを装うのに必死だ。 急に、政弘の体重を感じなくなった。 慌てて振り返って見れば、政弘は知らん顔でキッチンへ入って行く。 何か、気に障ったらしい。どうせ下らない理由だ。 「おい、政弘! 冗談だって!」 そんな小さな事で拗ねているのも可愛くて、俺はわざわざキッチンまで追い掛けて政弘を後ろから抱き締めた。 「なんだよ、素直に言えばいいだろ? 連れて行けって。 何所かに行きたいなら連れてってやるよ、ちょっと意地悪したくなっただけだって。・・・何所に行きたい? 政弘?」 耳朶を甘く噛んで、舌を差し入れて・・・少し緊張して、政弘は俺の腕に自分の手を重ねる。甘える事に慣れてないこいつは、いつもぎこちない。 「・・・いいよ・・・、もう、」 掠れた声が誘い掛けているようで、俺は堪らなく欲しくなる。 「旅行、行こうぜ、政弘。 お前の首に鋲の付いたアクセ嵌めてさ、首輪にして、見せ付けてやりたい。」 お前が俺の物だって事を。世界中のヤツ等に。 首筋にキスをして、そのままキッチンから引きずり出した。 ほんの少しの抵抗と抗議は、ベッドの中で甘い吐息に変わった。 気紛れに言ってみただけなのかと思っていた。それから先、政弘からのアプローチはまったくなかったから。
相変わらず政弘は、自分だけが裸にされる事を好まなかった。 素っ裸にされ、明るい室内で辱められる事には抵抗しなかったが、自分だけがいつまでも裸だと、徐々に不機嫌になる。 俺はタイミングを測って、服を脱がねばならなかった。 最初は手首を縛ることから始めて、最近は目隠しや轡も使うようになった。 鞭を使ったのはずいぶん後になってからだ。 鞭打つと、政弘は悲鳴を上げてもがく。その姿を見て、俺はひどく興奮する。 俺は鞭で政弘の白い尻を打つのが好きだ。 柔らかな双丘が真っ赤に染められてゆくと、異常なほどに昂ぶった。 その腫れ上がった肉に手を掛けて、高温の熱を確める。尻に指を入れ、滅茶苦茶に掻き回して、血みどろにしてやりたくなる。 内部の湿った肉壁に、思いきり爪を立てて抉ってやりたい。 欲望を押し殺して、傷付けないようにゆっくりと抜き差しし、政弘の快感を呼び起こす努力をした。 鞭打たれた痛みが、快感なのだと錯覚するように・・・。 粘着力のあるローションで充分に湿らせてから、わざと音をたてるようにファックする。指を二本に増やし、指の間に隙間を持たせ、政弘の尻に埋める。 抜き差しを繰り返すごとに、クチュクチュといやらしい音が響いた。 「政弘、お前の尻はどうなってるんだ? この音が聞こえてるだろう? 締まりが悪いと、こんな風に音が漏れるんだぜ? 興奮してるんだ。 お前、淫乱だからケツ穴がぱくぱく開くんだ。」 意地悪い事を言ってやると、政弘の尻はぎゅっと俺の指を締める。 ガバガバだなんて嘘だ、政弘はとてもよく締まる。俺以外の男を知らない政弘が、自身の事など知るわけがないんだ。 適当に慣れてきたところで、俺は自分のモノを問答無用でいきなり政弘の尻にねじ込んだ。 突然、指の数倍にもなる容量のモノが入り込んで、政弘は息を詰まらせた。 でも、そういう苦痛が好きなのは知っているんだ、政弘の逸物は反比例で膨張するから。
中で感じるタイプなのも、俺にはラッキーだった。 快感と綯い交ぜになってしまえば、大抵の苦痛を受け入れるようになる。 背中から政弘を抱いて、尻穴に俺の逸物を埋め込んだ。脚を開くようにと強要するが、政弘は言う事を聞かない。 泣いて嫌だと言いつづけた。 政弘の尻に突っ込んだまま、手に鏡を持たせて、入ってる部分を政弘に見させようと思ったんだ。 「さあ、見てみろよ、政弘。 俺のはけっこう太いんだぜ、それを、お前は全部呑み込んじまったんだ。」 とてもスゴイ事だと言って、褒めてやった。 「感じてるんだろ? ほら、触れてもないのに、お前のからは汁が出てる・・・。 ガマン汁だろ、それ? そんなにイイの?」 「や・・、なんでそんな意地悪い事ばっか、言うんだよ・・・、」 半泣きで政弘は俺に文句を言った。 「それはお前がマゾで、イジメられた方が喜ぶからだって、何度言ったよ?」 俺がこれを言うと、政弘は唇を噛み締める。 政弘は侮辱の言葉はあまり好きじゃない、それは知っていたけれど、時間を開けて何度か繰り返した。言い聞かせ、納得させるためだ。 自身がマゾで、鞭打たれたり、縛られたり、罵られたりするのが好きなんだと暗示を掛けるために。本当はそこまで被虐趣味じゃないのも知ってる。 どうしても政弘を俺に合わせたくて、あいつの中にはないモノまで吐き出させようとしていた。かなりのレベルで救いようがない俺と、せいぜいソフトSM止まりだった政弘では、最初から壁が見えていたのに。 自尊心など邪魔になるだけだから、捨ててしまえ、と。 時には命令口調と、この頃には多少の暴力も振るっていただろうか。 「政弘、脚を開け! それじゃ、鏡に映らないんだよ!」 少しイラついた俺は、政弘の後頭部を殴った。 泣きながら、政弘は嫌だと呟いて・・・急に激しく暴れ出した。 「やだ! もう嫌だ! お前なんか嫌いだ、帰る!」 ワケの解からない事を口走って、滅茶苦茶に手足をばたつかせ、あげくに肛門を傷付けた。 「痛っ!!」 見る間にシーツが赤く染まる。 かなりの出血に、俺の方が焦ってしまう。 「馬鹿! 何やってんだよ、もう!」 慌てて身を引いて、政弘をうつ伏せに返し、双丘を押し開く。 傷の具合を見ても、よく解からない・・舌打ちをしながら、俺はベッドを離れ、居間に置いてある救急箱を取りに行った。
「・・・やだ・・・、もう、帰る・・・、帰る、」 泣きじゃくって、帰ると連発する政弘に、俺は急激に不安を煽られている。 帰ると言っても、苦学生で田舎から一人東京へ出てきている政弘に、帰る場所などあるものかと自分に言い聞かせて・・・。 ここのところ、政弘はひどく情緒不安定で、精神的に弱りきってみえた。 怯えたように俺を見る政弘に、俺は苛立ちを覚えてさらに酷い仕打ちをした。 距離が感じられ始めて・・それはどんどん広がってゆく。 追い詰めすぎたら、自殺すると思った。 「また脅しかよ! もう、うんざりだよ、司! 俺の事でも何でも、バラしたきゃバラせよ! その代わり、俺は警察に駆け込んでお前にされた事、全部、喋ってやる! 逮捕されちまえ! 犯罪者!」 キレて、政弘は俺に食って掛かった。 もろともに破滅さえ選びかねない。同意の上のプレイだから、俺は犯罪者にはならない・・・けれど、無駄だ、とはとても言えなかった。 切羽詰った政弘が、それを最後の拠り所にしていると気付いたからだ。 言えば、政弘はこの関係を清算する。
本当にはSM的な繋がりを求めているのに、俺は政弘に遠慮をし、ごく普通のセックスをした。尻で感じるから政弘は悦んでいるが、俺は物足りない。 「あっ、・・・・あー! あぁ・・!」 尻を上げ、よがりまくってる政弘を見て、ただ抜き差しを繰り返すだけで、何がそんなにイイんだ、とノリ切れずに思っていた。 身体だけの満足なら、お前でなくたっていいのに。 けれど、それで政弘が俺への警戒を解いてくれるなら、我慢しようと思っていたんだ。おあずけを食らった犬のように、俺はじりじりと待った。 そして、少し気を許してくれるようになれば、また、縛っていいかとか、目隠ししたいとか、徐々に政弘を調教し直した。 根競べだと思っている。 もう少しこんな、じれったいせめぎ合いが続いて、そして政弘は俺の色に染まってくれるだろうと思っていた。 俺の奴隷として、俺に全てを捧げてくれると思った。 甘い拘束を受け入れてくれると思った。 俺のペットになって、甘えてくれると・・・。 傷が付くほどに鞭打った憶えはないし、酷く傷付く言葉で罵った事もない。 「さあ言ってみろ、お前は淫乱なメス豚なんだから、『もっとぐちゃぐちゃにかき廻してください』とか、おねだりしてみろよ!」 そんな言葉は胸にじっと仕舞い込んだままだ。 感極まって、俺に背を預けて、泣きながら小便まで漏らしていたくせに。
誰も居ないマンションの部屋。 政弘が唯一持ち込んだCDケースだけが無くなっている。最新のじゃなく、古い、90年代のポップスばかりだった。 代わりに、部屋中に篭もっている刺激のある独特の匂い。 ・・・こんな、食いきれない量のカレーだけを残して去ってゆくなんて・・・思ってもみなかった。俺が捨てられないのを承知で、最後の逆襲かよ? 追い掛ければ、連れ戻せるのは解かってる。 たぶん、政弘だって、それを期待してるんだ。心の片隅で。 俺があいつに強要し続けた事を、逆に俺へと問い掛けてきた。 プライドも何も捨てて、手をついて謝れば、政弘は戻ってくるだろう。俺が悪かった、もうあんな真似はしないから、頼むから帰ってきてくれ・・・その言葉を待っている。見栄も虚栄も捨てて本当の心を見せろと、俺に迫っているんだ。奴隷が欲しいなら他を当たれ、と。 だけど、俺は下らないプライドばっか、高いから。 あいつの気持ちが解かってても、追いかけられないんだ。 下らない、『御主人様』のプライドを選んでしまうんだよ、政弘。 ただ一言の謝罪さえ、出来ない男なんだ。 お前がこうしてメッセージを残して、最後のチャンスを与えてくれていても、俺はそれに従えない。本当に頭の悪い、最低な人間だと思ってるさ。 だから、惚れた相手を自分の元へと引き摺り下ろしたくなるんだ。 解かってるんだよ、政弘。 自分のことは、自分が一番よく解かってる。・・・俺は、お前に捨てられるのが怖くて、お前を束縛しようとしていたんだ。本当は弱いくせに、強く見せようとしてる道化師なんだ。 お前と、対等の立場に立って、向き合う事が怖いんだ。 お前が許してくれる事に、甘えていたんだ・・・。
料理の美味かった政弘の作るカレーは、いつも最初に甘くて、後で激辛だ。 「・・・なんで、カレーなんだよぉ・・・、」 俺はただ、泣き笑いで力ない溜息を零すばかりだった。
END
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