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 (ソフトSM・調教・別れ話(逃げられる)/18禁)
カレーライスの日<前編>


大学構内の廊下で、俺は政弘を見掛けて手を上げた。
距離にして200メートル、俺と政弘は廊下の端と端に居て、そして政弘は俺に気付くとそそくさと足早にその場から逃げ出した。
え・・・? 一瞬、思考が白くなる。
どうして政弘がそんな態度に出たのかが、俺には解からなかった。
まさか、と思いながら今日受ける予定の全ての講義を終えて、家路を辿った俺を待ち受けていたのは、誰も居ない真っ暗なマンションの一室。
一緒に住んでいたはずの政弘は、とうに逃げた後だった。
・・・何も持たず、身一つに近い状態でここへ来ていたのだから、なるほど、逃げるのも簡単だろう。
ボロアパートで貧乏学生をしていた政弘に目をつけて、半ば強引に引っ張り込んでいたのは俺の方だ。
家賃タダ、食費タダ、光熱費も要らないから、家事だけ担当してくれ・・そんなオイシイ条件で釣って、まんまとアイツをこの部屋へ引越させた。
文字通りの蜜月・・・溶けるほど甘い声を上げさせて、泣きながら悦んでいる政弘の嬌態を堪能した。
俺がサディストだと知ったから、政弘は逃げ出したわけじゃない。
しっかり調教して、躾てやったつもりだったけど、何かが不満だったんだ。
昨夜もアイツの望んでいた通りに、跡が付かない程度の強さで、慎重に鞭を使ってやったのに。
政弘は、あまりに痛い事、恥かしい事をするのは嫌いだ。裸で外を歩かされたり、傷になるほど痛めつけられたりは嫌がる。汚い事も好きじゃなかった。
後ろに入れた後に舐めさせようとしたら、本気で嫌がっていたっけ・・・。
あまり無理を言って逃げられても困るから、俺は平手で頬を張って許してやったものだ。・・・あれがまずかった?
仕方なく、真っ暗な部屋を手探りで照明のスイッチを探り、明かりを燈す。
室内にはカレーの美味そうな匂いが充満していて、俺は喉を鳴らした。
電気鍋にはいっぱいのカレールー。
わざわざ作ってから、出て行ったのだろう。・・・俺は少しだけ安堵した。
まだ決定打じゃない、完全に俺を見限って出たのではない事を証明する状態で、どうやって連れ戻そうかと考えを巡らせた。
単なる自己への誤魔化しだと解かっていても。
SMのパートナーを選ぶなら、思いきり遠くか、思いきり近くがいいというのが、俺の持論だ。政弘は同じ大学の生徒という、ちょうど中途半端な距離に居て・・そこで、俺はアイツを同居させて近くへ置いた。
昨夜の出来事をおさらいする。何が、原因だったのかを。

政弘は、俺が帰る頃にはもう帰ってきていて、普段と同じに夕食の準備をしていたはずだ。
「おかえり、司。もうじき出来るから、ちょっと待ってて。」
いつもと同じ、少し小生意気な口調で、ヤンチャな政弘は鼻歌混じりで御機嫌だった。
はて、今日は何かあったか、と・・俺は心のカレンダーをめくり、スケジュールをチェックして、政弘の好きな番組があるのだと気付いた。
俺の御機嫌を取って、見せてもらおうという魂胆だ。
普段は面倒臭がって付けないエプロンをきちんと付けて、楽しげにキッチンに立っている。
政弘は背が低い。170だと言い張るが、たぶん、ないだろう。
黒髪は重くならないよう、短いシャギーで散らした上にワックスで跳ねさせている。青系のギンガム柄のシャツを前全開でノースリーブの下着の上に羽織り、ジーンズからはだらしなく半分のシャツが出ていた。
そのまま、昨日もおとついも着ていた服だ。頓着がない。
「政弘、何度も言わせるな。服は二日で着替えろよ!」
ほーい、だか、へーい、だか間のびした返事がキッチンから返る。
到底、こいつが俺の前に跪いて、俺の足を舐めた事もあるだなんて、思えはしないだろう。俺に出会うまで、こいつはそんな事を知らなかったし、そうなるように仕込んだのは俺だ。
政弘は脅迫されるのが好きだから、最初はやんわりと身体の関係を強要した。俺が好意を抱いている事、それが目的で好条件を出した事、色々並べたててから、出てゆくか、抱かれるか、どちらがいいかと聞いてやった。
一つの答えしか出せないように、ベッドへ抑え付けておいて。
「なんで・・・、そんなん、今になって言うなよ!
俺、アパートも引き払っちまって、行くトコないのに・・!」
困惑の中に、別の迷いを滲ませている政弘は、覗うような視線を俺に向けてくる。甘えが混じったその瞳に、俺は状況も忘れて浮れ出しそうだった。
最大の山場だ、政弘がここに残ってくれれば、全てが巧く行くんだ。
「・・・俺だって言いたくないさ。けど、こんなのは嫌なんだ。
目の前に好きなヤツが居て・・だけど何もしちゃいけないなんて、生殺しじゃないか。・・・俺の身にもなってくれよ、政弘。」
精一杯の真剣さと、同情を買えるように計算した切羽詰った表情で。
一度だけ、とは言わなかった。それらしい言葉は言ったかも知れないが、はっきりと、一度でいい、などとは言っていない。

「嘘吐き! 一度だけって言ったじゃんか!」
「言ってない。」
小柄な政弘を抑え込むくらいわけもない。今度は少し冷酷なくらいに、嫌がる政弘を力ずくで裸に剥いた。暴力は使わない。どれだけ政弘が暴れ倒して、俺を蹴り上げていても、だ。
暴力が決定的に嫌いだったら、取り返しがつかない。
脅しの範囲で、派手にシャツを引き裂き、ボタンを跳ね飛ばす。政弘は半泣きで、恐怖に顔を引き攣らせて、俺の嗜虐心を刺激する。
「やだ! やだ! 放せ、馬鹿!」
「言うこと聞け、政弘! お前、ここ出て、行くトコあんのか!?」
多少の乱暴さは許されるか?
俺は政弘の襟首を締め上げ、がくがくと揺さぶった。脅迫が効いたのだろう、政弘は観念して、目を固く閉ざした。
一度許してしまっているから、ガードはあっさりと崩れる。
政弘は、脅迫の言葉は好きなんだ、・・・言い訳になるから。
政弘の、魅力的な柔らかい肌を撫でながら、俺は満足して優しい言葉を掛けてやる気になっていた。ビンゴを引いた時の気分は最高だ。
「毎日なんて言わない、俺の気が向いた時だけだよ、な?」
安心させてやるつもりで、俺はぽろりと本音を漏らした。
「・・・それって・・・、」
勘のいい政弘は、俺が奴隷を欲しがっているのだと、この時には気付いてしまったのかも知れない。
ボタンの弾け飛んだ白いシャツを、改めて脱がせる。
政弘はもう抵抗をせずに、黙って従っていた。
衣服を脱がせて、政弘だけを裸にすると、表情が硬くなった。昨日と同じに耳を舐めて愛撫してやっても、反応が悪い。
脅迫が好きなんだから、無理矢理のシチュエーションも好きかと思ったのに、違ったらしい。裸の政弘をひっくり返し、尻を撫でてやってから、俺も自身の服を脱ぎに掛かった。・・・難しいヤツだと思う、政弘は。

政弘を相手にする前にも、俺は何人ものマゾを相手にしてきたし、それなりに相手からは信頼を勝ち得てきた。
身勝手に自分だけが満足しているようでは長続きしないし、何より、今回のようにパートナーに逃げられて激しいショックを受ける事になる。
俺など、とても繊細でプライドが高い方だから、逃げられたとなれば、それだけで大ダメージを食らう。
その辺り、厚顔なマゾ奴隷たちとは違うんだ。
サディストの連中は、たいがい、物静かで無口で、どこか傷付いた表情をしている・・・みんな、過去、愛していた誰かに裏切られた経験があるんだろう。
いつになく、今夜の俺は弱音を吐いている。
・・・政弘に、本気で参っていたからだ。

「政弘、どうして欲しいのか言ってみろよ。
ほら、言わないのなら、いつまでもそのままで放っとくぞ?」
意地悪く言葉で責める。冷たいフローリングの床に座らせて、両手は後ろで手錠を掛けてある。俺は裸足の指先でそそり立つ政弘のモノを撫でてやった。
上気した頬を紅色に染め、潤んだ瞳を床にさまよわせている姿は、ぞくぞくするほど俺を昂ぶらせてくれる。
足を伸ばし、指で政弘のソレを床に押し付け、踏みにじるように力を掛けた。

「・・・ぅ、・・あぁ・・」
涙が沸き上がり、飴玉のように濡れている政弘の瞳をさらに艶やかに色付けてゆく。前のめりになる身体は、体勢が辛いからだ。
ぽたぽたと、床に雫を落とす。
無理に引き起こすとさぞ痛いだろう。
よせばいいのに、俺は欲望を抑えられなかった。
肩を掴み、踏みつけたまま、ぐい、と仰け反らせた。
「ひぃ!」
歯を剥いて、政弘は悲鳴を上げた。
そして、俺を見た。
・・・政弘の瞳から、信頼が、少しだけ失われた。
「続きます。」
...2005/4/26(火) [No.194]
藤原綾人
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