目を開けるとそこは辺り一面真っ白だった。 壁も天井も床も、自分が着ている服さえも全て真っ白。
「・・・・ここ、どこ?」
抜けたような自分の声が部屋中に響く。 どうやらここは病院の病室のようだった。
起き上がり更に辺りを見渡す。辺りには人の気配なんて無かった。
「どこだよここ・・・。」
自分が誰なのか、ここがどこなのか、それすら分からない。 ううん。自分の名前は分かる。
九月十五日生まれ。乙女座。AB型。今年やっと高校に入ったばかり。 そして身長は百五十七センチ。趣味はギター。好きな歌手は幅広くて、たくさんのCDを持ってた。
そして名前は築遊芽。キズキユメ。
「俺、何があったんだろう・・・・・。」
何かとてつもない事を忘れているような気がするし、ここ数日の記憶が全く無い。それ所か、自分のこと以外ほとんど思い出せない。
「誰だよ、そんな自己主張すんなよっ・・・・。」
頭の中で一人の人が自分に向かって懸命に何かを訴えてる。
早く思い出して。僕はまだここに居るから。 早くここに来て。今だったまだ僕はここに居れる。 だけどそろそろ時間が来るから、その前に君に逢いたいから、 早く思い出して・・・。
「思い出すって何をだよ」
自分で自分の心の声に問いかける。だけど頭の中のその人は思い出してと言うくせに、シルエットはずっと黒いまま。 姿すら見せようとしない。
「訳わかんねぇ。」
辺りをもう一度見まわす。 するとベッドの横にアルバムが置いてあった。 もしかして自分の昔の事が思い出せると思ったので開いたが、。
「何も写真入ってないじゃん。」
アルバムを閉じて元に戻す。
と、今度は鏡があるのを見つけたので、覗いて見た。 鏡に映ったのは、少し眠そうなトロンとした瞳と、癖のある茶色の髪の毛だった。 確かこれが自分の、見慣れた筈の顔だったのに、何故だか違和感がある。
じっと鏡を見詰める。
(・・・この茶色い瞳、好きだよ)
どこかからそんな声が聞こえ、うっとりと目を閉じる。 そしてそのまま鏡にキスをした。
(俺ってナルシストだったけ!?)
そばらくして俺は我に帰って部屋を出ることにした。
※
医者の話では俺はどうやら交通事故に遭ったらしい。 俺は「そうなんだ。」ぐらいにしか受け止めてないが。 明らかに左手に包帯巻いてそう言うんだ。信じられる訳無い。
意識が戻ったのでもう退院しても良いですよと医者が言うので、俺は退院することにした。
迎えに来たのは母親らしき人物だった。 「帰るわよ、遊芽ちゃん。」 年にしてはだいぶ若いようだが、その綺麗な顔には皺が刻まれてる。 俺はこの人が確か、女の子が欲しがっていたのを思い出した。だから俺の名前もこんな女みたいな名前になって、小さい頃には女物の服を着せられたような気がする。 全く、思い出したくも無いのに。
車に乗って俺は呼びかけた。 「ねぇ、母さん」 この人を「母さん」と呼ぶには多少の勇気が要ったが、そう呼ばないとこの人は変な顔をするだろう。 「なぁに、遊芽?」 「俺が自殺した原因って何?」
一気に車内の気配が凍りついたのが俺にも分かった。 どうやら禁句だったらしい。
「あなたは自殺なんてして無いわ。事故に遭ったのよ。」 この人はそう言う。 だけど気付いてる?今あなたの声、震えてましたよ。
俺は早々にこの人も、何もかもが嫌になった。
※
三日して俺は俺が行ってたという高校に行く事にした。 そこでも最悪だった。
好奇心だけの人、俺に対して少なからず悪意を持っているだろう人。 最悪だ。何もかも。 授業もついて行けない訳じゃない。 逆に今までの成績で何故この高校に来たかと考えるくらいだ。
ここに来ても何かが足りないような気がする。
(早く思い出してしまいたいっ!)
姿を現さないその人は今だ俺の脳の中の海馬に居座って、思い出してとせっついてる。
※
俺が退院して既に一週間が経っていた。 あれからキーワードとなる筈の鏡と何も入ってないアルバムを見るが、何も思い出せない。
鏡を見ると何故か「懐かしい」というような気はするけれども、何もヒントはくれ無い。
だけど何か忘れているという気持ちだけはしてくるのだ。
思い出さなきゃ。 早くしないと間に合わなくなる。 そう、せっつく。
しかし俺が全てを思い出すのはもう少し先の事だった。
※
空のアルバムがもったいないので、それに入れる写真をさがすことにした。
その写真はは机の引出しから出てきた。 どこかの公園で写したようなそれには、自分と、空色に近い髪の毛の、同い年くらいの少年が写ってた。
彼はその瞳をくるくるくるくる目を廻しながら言った。
ねぇ、ゆーちゃん、僕らは本当の愛を持ってるんだよ。 それは僕が君に対してのもの。 ゆーちゃんも僕に対してそうだよね。 何時だって僕ら、一緒にいたいよね。離れ離れに何かなりたくないよ。 でもね、もし僕らが離れてしまっても・・・・ もしどちらかが居なくなってしまっても・・・・ 僕は君がその時も好きだから、僕の写真にでも良いから、 ちょっと想ってくれるだけで良いから、 キスして欲しいなぁ・・・・・・。
失われた時のように、失われた記憶は一気に頭の中へ流れ込む。
※
あいつと俺は昔からの幼馴染。ずっと友達だった。その線を越えたのは二人が中学二年生の頃。周りが彼女、彼氏を作っていく中で俺達は恋人になった。
俺はあいつが好きだし、あいつも俺が好きだといった。 今までの延長線って感じで、俺達は仲良くしてた。 でも高校に進むってなったら、俺達はもめた。 どちらも分かってくれなくて。
二人ともやりたい事が違う。でも同じ高校に行きたかった。離れたくなんか無かった。
だから結局一番近くの高校に二人で行く事にした。 早く家に帰って二人で居る時間を増やしたのだ。
でも進路のことでもめてから、俺達は好き同士なのにギクシャクした。 互いに互いが信じられなくなった。
そんな時、あいつが公園にデートしに行こうと誘った。 その時にあいつが俺にもう一度告白したんだ。 そしてあの写真を撮った。二人で持ってる。
その帰りだった。 あいつが俺の目の前でトラックに轢かれたのは。
俺は狂った。 どうしてもあいつとなんか離れたくなった。 だから俺はあいつの左目を自分の視力が落ちた目の方に移植した。 そして自殺を図った。
だって自分もそれくらいにあいつが好きだったから。
※
「ああぁ・・・・!」
全てを理解してしまうと、止めど無く涙が溢れた。
自分はしくじってしまって、あなたの所に行きたいけど逝けない。 でも、狂おしいくらいにあなたが好き・・・・。
俺は目を閉じてその写真にキスをした。
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