宮本タムラは放課後の理科室で恋人を待っていた。
立花春樹という学園中で知らない人間は居ないという位に 美形でかわいい恋人が出来たのはごく最近の事だった。 そしてその事実を知っているのは今の所春樹に片想いをしていた三人の美少年だけだった。
タムラは部室である理科室で美しい恋人がくるのを実は心待ちにしていた。 表面上はクールにいつものように物理学の本などを読みながらも心は春樹の事を思っていた。
その時ガラリとドアの開く音がした。 春樹かと思って振り向くとそこには教師が一人立っていた。 タムラは直接授業を受けた事がない教師で3年の理科を担当をしている山形という教師だった。
「ああ、宮本君、勉強の邪魔して悪いね。ちょっと準備室に用があるからお邪魔するよ」
山形はニコリと微笑んだがタムラは無視をした。 美形で知的でスマートな教師だったがタムラは生理的にこの教師が好きではなかった。 自分と同じような天才肌だが自分とは人種の違う人間だと感じていた。 どこか獲物を狙うようなその目付きも好きではなかった。
準備室で必要な物が見つかったのか山形は白衣のポケットに手を入れながら 準備室から出てきた。 タムラは気付かれないようにその山形の動きを窺っていた。 するとまっすぐ出ていくかと思った山形がタムラの座る椅子の横で立ち止まった。
「君、恋をしてるでしょう?」
いきなりの言葉に驚いたがタムラは平然と教師を見つめ返した。 そのタムラの睨むような視線にも山形は何でもないように微笑んでいた。
「相手は立花春樹君!違う?」
山形の口から春樹の名前が出た瞬間タムラは眉を顰めた。 「あはは・・・・図星だ。いつもクールな宮本君も恋をするとそういう表情するんだね」
タムラは不愉快になりながらも無視をした。 すると山形は手を伸ばしてタムラの顎を人差し指で上げて自分の方を向かせる。 「無視しないでくれよ。淋しいじゃないか?」
そのからかうような人をバカにしたような話し振りが気に入らなかった。 タムラは右手でその手を跳ね除けると強く睨んだ。
「用が済んだならさっさと帰ってもらえますか?僕は勉強で忙しいので」
そう言うタムラにも山形は余裕で微笑んでいた。 「冷たいな。せっかく僕が君に好意を抱いてこうして話しかけているって言うのに」
そう言う教師をタムラは睨んだがすぐにクールな顔に戻り物理学の本に視線を向ける。 すると山形は腕を組みながらタムラを見下ろす。
「ふーん。そう言う態度なんだ。冷たいなー。じゃあ仕方ない。僕は立花君にでも遊んでもらおうかな?」
その言葉にタムラは視線を上げる。 愛する春樹の名前を出されては反応しないワケにはいかなかった。
「ふーん。立花君はやっぱり大事なんだね。いつもクールな君が 立花君の側に居る時だけは普段とちがって素になるから意外と判りやすいんだよね・・・・・・」
その言葉にもタムラは何も言わずに睨んでいた。 すると山形はタムラの居る机に手をつくとタムラに顔を近づけた。
「ねえ、どうだい。君が僕の相手をしてくれないなら僕は立花君を口説こうかと思うんだけど・・・・」 その言葉にタムラはピクリと反応する。それに気を良くして山形は更に言う。
「君は自分の身体と立花君の身体のどっちが大切なのかな?」 山形はニコニコ微笑んで聞いた。するとタムラは即答した。
「ああ!立花さんをどうぞ!強姦でも何でもして下さい。僕は自分の身体の方が大事ですから!」
その言葉には流石の山形も何も言えなかった。 「は?」 あまりの予想外の返答に思考がついていかない。
「イヤー。きっと立花さん頭悪いから簡単に食べれちゃいますよ。良かったですね。先生」
その言葉に山形は冷や汗をかく。 まったくもって予想外な言葉ばかりをタムラが言うので計画が崩れていく。
「言っておきますが立花さん、かなり!頭悪いですからね。性交渉したらバカが移りかねませんよ? それにあの人の側に居るだけでとんでもない不幸に巻き込まれますからね。 犯りたいなら勝手にどうぞ。まあ、せいぜい不幸に巻き込まれないようにお大事に。」 そう言うとタムラはまたも本に視線を戻す。
「うーーーん。まいったなぁ・・・・・僕はもっと君にムキになって慌ててもらいたかったんだけど・・・・」 言いながら山形がタムラの肩に触れようとしたその時だった。
「タッムラーーーーーーーーーーーー!!」
勢い良くドアを開けて春樹が現れた。 そんな春樹を理科室に居た二人は見つめる。 「あれ?」
春樹は山形の姿を認めると驚いた顔をする。 二人の距離は近く、山形がタムラの肩に手をかけようとして屈んでいたのでまるで ラブシーンの途中のように客観的には見えた。けれど・・・・・。
「山梨先生!お久しぶりですね」 「ああ、こんにちは立花君。僕は山形だけどね・・・・・」 山形はニッコリ微笑んで言った。 春樹はそんな言葉を気にした様子もなく二人に近づいていった。 そんな春樹を見てタムラが言う。
「・・・・・・・何持ってるんですか?」 タムラは春樹の持っていたモノについて聞いた。
「ああ、そうそう!これさっき華道部の友達の所で作ったんだ。生け花! 結構上手く出来たからタムラに見てもらおうと思って持ってきたんだ!」
春樹は両手で抱くように生けられた盛花を持っていた。 「芸術的だろう?」 「・・・・・・芸術が爆発しちゃった後みたいだね」 山形は呟いた。
春樹の生けた生け花は恐ろしく山盛りに花が生けられていた。 寂寥感とかワビサビとは無縁の世界だった。 山形が言ったように爆発という表現が相応しいようなセンスのない生け花だった。
「へー、こりゃまたヒドイ・・・・・・」 そのタムラの呟きを山形は意外な思いで聞いた。 仮にも恋人の生けた花にそんな言い方をするなんてと。
「いいですか、生け花って言うのは神霊を慰めるために木や花を用いた民族信仰に根ざしたモノなんですよ。 6世紀に仏僧が仏前に花を捧げたのがその起源だといわれていますが、自然の花を使って 天(宇宙)、地(地球)、人の3要素をバランスよく表現するという考え方が基本なんですよ。 つまり主枝・副枝・客枝と呼ばれる3種類の花材を使うことです。貴方のそれのどこにそのバランスがあるんですか?」
言われた春樹はへこたれた様子もなく言う。 「えー、この山盛りの松が格好良いだろう?」 「サンダーソニアとミニバラが松に潰されてますが・・・・・・?」 「イヤ。違うよ、違う」 「それにそのカスミ草バラバラにされて上から振りかけられているように見えるんですが・・・・・・?」 「え、見えるんじゃなくてそうしてあるの」 タムラは頭を押さえた。
「・・・・・今、貴方はそれで華道部を追い出されてきたワケですね・・・・・」 あきれ顔で言うタムラに春樹は首を振る。 「違うよ、誉められたんだよ。前衛的だって!だからタムラに見せようと思って持って来たんだから!」 タムラは溜め息をついた。
「華道部の人達もさぞや迷惑したんでしょうね・・・・」 春樹が不器用にハサミを振り回し周りの人間に切り取った枝や葉をかけて迷惑をかける図が 目に浮かんでいた。
「何だよ!タムラってば近くで見ればこれの良さが判るよ。ほら!」 言いながら春樹は二人に近づいた。その時。 春樹は何もない床でバランスを崩した。
その瞬間生け花は宙を飛んだ。 「うわーーーーーーー!!」 「ええ?!」
二人は叫んだ。春樹は目をつぶってその劇的瞬間を見ないようにした。 そして暫くしてから怖々と目を開けてみた。 するとびしょ濡れになった山形が床で花に埋もれている。 タムラはタムラで何故か額を押さえて呻いていた。
「うわー山梨先生!すみません!」 「・・・・・・・・・・・・・・」 春樹はフォローを入れようとした。 「山梨先生、格好良いから水も滴る良い男・・・って感じ・・・・・・・・・・かな?」 「・・・・・・・僕は山形だから・・・・・」 「ああ、先生、その背中から生えた松がステキです・・・・・・」 「首に刺さってて痛いから・・・・・・・」 春樹はフォローを諦めてタムラを見た。
「タムラは何してんの?」
その言葉にタムラは怒鳴る。 「剣山が当たったんですよ!!剣山が!!」 タムラが額から手を離すとタムラの額には赤く剣山の針跡がついていた。 「う・・・うわ・・・・・ごめんタムラ・・・・・・・・・」 タムラはフルフルと怒りに震えていた。
そんな二人のやり取りを見ながら山形は立ち上がった。 そしてやけに重い溜め息をついた。
「僕もまだまだ甘かったみたいだね・・・・・・。ちょっと身体を鍛えて出直すよ・・・・・・・。 宮本君・・・・君の言ってた事はよーーーーーく理解出来たから。でも僕は諦めないからね。 じゃ、また・・・・・・」 そう言うと山形は理科室から出ていった。
「何を諦めないの?ってか山梨センセイと何してたんだよ?」 その言葉にタムラも溜め息をつく。 「何でもありませんよ。でもたまにはあなたの迷惑も役に立つって事ですね・・・・・・・・・・」 春樹には意味が判らなかった。 「それにしても・・・・・どうせなら剣山もあの人にぶつけてくれたら良かったのに・・・・・」 「???」
疑問符を浮かべる春樹にタムラは苦笑をした。 そして春樹の美しい顔に手を伸ばすと自分の方に向ける。 「もうちょっとお手柔らかにお願いします・・・・・・・」
そう言うとタムラは春樹の唇にキスをした。 春樹は嬉しくて嬉しくて胸がいっぱいになった。 こんな失敗ばかりの自分を文句を言いながらも愛してくれるタムラが嬉しかった。
タムラの唇が離れると春樹はタムラの額の前髪をかきあげる。 そして剣山跡のついた額にそっと口付けていく。 「ゴメンね。タムラ。大好きだからね・・・・・・・・」
そんな春樹の言葉に、やさしい春樹の口付けに、タムラも幸福な気持ちになった。
春樹がこんなにもかわいくて愛らしいのなら 多少の不幸はどうって事はないのだとタムラは思うのだった・・・・・・・・・・・・・・・・。
|