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 (高校生×桜の精?/過去/病院/切ない/--)
サヨナラノキセツ


また、会えたね。
ここから見える君は・・・少し、元気が無いかな。
昔はあんなに元気に走り回っていたのにね。
僕を見て、嬉しそうに話しかけてくれていたのに・・・
だから、今年は君のために準備してあげる。
そんなことしか出来ないから。


そしたら


元気になってくれる?






「っせーな!もう帰れよ!」
「弘樹・・・」
「邪魔なんだよ!」

病院の一室、ベッドの上で声を荒げている少年が居る。
水上弘樹という名の少年は布団を被るとそのまま黙り込んでしまった。

「・・・じゃあ、お母さん帰るね。また明日来るからね」
「・・・」

返事を返さない弘樹に涙ぐみながら母親は病室を後にした。
つい数日まで元気だった弘樹。
その弘樹が帰宅時に事故にあった。
信号を渡っていたところを、スピードオーバーの車に跳ねられたのだ。

「もう、陸上は無理でしょう」

足に負った怪我は思った以上に酷く、歩いたり普通に走ることはできるが、もう陸上はやってはいけないと宣告されてしまったのだ。
弘樹は小さい頃から運動が好きで、陸上がとても大好きだった。
走ったり、跳んだり・・・風を感じるのが好きだったのだ。
これからもずっと陸上をしていきたいと思ってた。
それなのに、それは突然壊されてしまった。
感情的に荒れてしまうのも無理は無い。
それでも、現実を受け入れて、もとの元気で明るき弘樹に戻って欲しかった。

「一樹・・・どうしたらいいのかしら・・・」

命が助かっただけで、感謝しなくてはいけない。とそう思わなくてはならない。
もう二度と、愛するわが子を失いたくは無かったから。





■■■




コンコン

ノックの音と同時に誰かが入ってくる。
立っていた人物は弘樹の知らない人だった。

「こんにちは」
「――誰」
「え、えと・・・」
「お前部屋間違えてんじゃねーの?」
「ううん!ここであってる・・・はず。だって、ミズカミヒロキって人だよね?」

オドオドしながらもニッコリ微笑みかけるその少年に弘樹は見覚えが無かった。
全く知らないが、相手は自分を知っているらしい。

(クラスメイトじゃないしな)

本当に思い出せない、と考えているとその少年は苦笑を漏らした。
「ボクのコト分からないの当然だよね」と。
ぴょこぴょこした歩みで弘樹の傍まで来る。目が合うとエヘへと笑った。

「・・・」

柔らかな笑顔。
普段なら知らない奴にここまで馴れ馴れしくされるとムカついてしてしまうのだが、彼にだけは何故かそんな感情を抱かなかった。

「ボク、サクラなんだ」
「?」
「ビョーインに植えられてるサクラの木」
「・・・は?」
「人間じゃないの」

もう一度微笑む。しかし、返されたのは冷たい言葉だった。

「お前、バカ?」
「ヒロキ・・・」
「人間・・は?桜?・・・っとに・・・人をからかうのもいい加減にしろっ!」
「う、嘘じゃないよ・・・?」
「近寄んなよっお前キモイ!頭変だし、出てけよっ」

傍に居られるのが鬱陶しくて、弘樹は枕を投げつけた。
それが、サクラと名乗る少年にあたる。
少年は当てられた枕を拾い上げると、そっとベッドに置いた。

「嘘じゃない・・・ボクは、ずっとここにいる。覚えてる?小さい頃、ヒロキここによく来てたんだよ?」
「・・・」
「お兄さん、ここにいたでしょ?」

その発言に弘樹の目が見開く。
死んでしまった兄、一樹は確かにここに入院していた。
同じく交通事故で運ばれた一樹は今の弘樹よりもずっと悪い状態だった。
といっても、その頃の弘樹は小さかったためによく覚えていないのだが、何でも意識不明が何日か続いたそうだ。

「毎日お見舞いに来ててね・・・ヒロキはいつもボクのところに来てくれてたんだよ?」
「・・・木に?」
「うん。その頃は春で、ボクは花を咲かせてた。風でサクラの花が舞うとね、ヒロキは凄く喜んだんだよ?覚えてない?」
「んな、作り話・・・」
「作り話じゃない。暫くして、ヒロキたちが来てくれなくなって・・・そしたら、この前ヒロキがここに来た。びっくりしたんだ・・・それで、どうしても会いたかった」
「・・・」
「会って、お礼を言いたかったんだ」
「礼?」
「うん。ありがとう、って」
「何で」
「――それは・・・ヒロキに思い出して欲しいな・・・」

少しだけ物悲しそうにそう言って、サクラは外の桜を見た。

「お前一体・・・」
「ボク、もう戻らなくちゃ。明日から毎日お見舞いに来るね」
「来んな」
「やーだよー」

バイバイと手を振りながら部屋を出て行くサクラ。
あっという間に過ぎてしまった時間を振り返って、弘樹は溜息をついた。
窓から見える大きな桜の木が人間になる、なんてとても信じれない。
きっと、自分も知らない親戚がからかい半分に言ったことだろうという考えで収まった。明日になったら母親を問い詰めねば。と弘樹は苛立ちながら決意した。

「ヒロキー具合どう?」
「・・・また来たのか」
「うんっ」

翌日、母親の見舞いよりも早くにサクラが病室にやってきた。
弘樹が相手にせずともベッドの傍らでじっと弘樹を眺めている。
その目は、どうしても自分をからかっているようには見えなかった。

「何見てんだよ
「だって、弘樹の顔こんなに近くで見たの久しぶりだもん」
「ふーん」
(言ってろ)
「・・・」

そっけない弘樹を見ながらサクラは苦笑にも似た笑みを漏らす。
あの時の可愛い少年が、今はこのようになってしまった。
少しぶっきらぼうな性格になってしまったらしい。
あの頃は、あんなに・・・

そこまで考えて、サクラは思考を止めた。それよりも重要なのは今後の事だと思い直した。
弘樹はやがてこの病院を後にする。
だからこそ、サクラにとってはこれが最後のチャンスであった。
再会できるはずが無いと諦めていた彼に送られた神様からの最後のプレゼント。

思いに馳せていると病室のドアがゆっくりと開いた。

「弘樹」

入ってきたのは弘樹の母親だった。
いつものように手には果物を持っている。
「体調はいいみたいね」と言いながら、来客用の椅子に座った。
弘樹はサクラの顔を見ると母親に問い詰めようとした。
だが、それをサクラが制止する。

「お母さんには、僕が見えないよ」

小さく呟いたサクラの言葉。

「え・・・?」
「何?弘樹」

何ごとも無いかのように顔を上げる母親に弘樹は顔をひきつらせる。
そして、恐る恐るサクラのほうを振り返った。
後ろに立っているサクラは寂しそうに弘樹を見ている。
今更ながら弘樹は足元を見た。

(足、ある・・・)

まじまじとサクラを見る弘樹を母親が不思議そうに訪ねる。

「どうしたの?外に何かある?」
「母さん・・・」

――本当に、見えてない・・・

その事実が冷や汗と共にどっと溢れてくる。
幽霊だの何だの・・・その手の類には全く無関心だが、今自分が接しているともなれば話は別だ。
弘樹の顔から血の気が引いた。
そんな弘樹の様子に気付いたのか、サクラは何も言わず部屋から出て行った。
部屋を出る際にドアが少しだけ音を立てて開いたのを、母親は子どもの間違いだととったが、弘樹にはその寂しそうに出て行く姿も何もかもがしっかりと脳裏に焼きついてしまっていた。

(本物の桜?あいつは桜なのか?)

サクラが居なくなった病室で、ヒロキはいつまでも考えていた。




翌日、サクラは同じ時間にやってきた。
病室に入った瞬間、弘樹の身体が強張る。人ではないと自覚してしまった今、サクラの存在が恐怖の対象に変わってしまったのを目の当たりにしたサクラは言いようの無い悲しみを抱いた。

(覚悟はしてたけど・・・)

近すぎず遠すぎずの距離で、サクラはヒロキに話しかけた。
第一声は「ごめんね」と。

「でも、これでボクの話信じてくれるよね?ボクは・・・あそこに見える桜の木なんだ」
「・・・」
「ボクは、ずっとヒロキに会いたかった」
「・・・」
「ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだよ?本当に、お礼が言いたかっただけなんだ」

何も返さない弘樹にサクラは泣きそうになるのを必死で堪えた。
それでも、涙は抑えられなくて・・・ポロポロと流れ落ちた。

「ごめんね・・・ごめんね・・・」
「・・・桜の木も泣くのかよ」
「え?」
「泣くなっての」

傍にあったタオルをぶっきらぼうにサクラに投げつける。
サクラはそれを取ると「どうして?」という疑問符だらけの顔でヒロキを見た。

「ユーレイとかそんなんじゃないんならいいよ。桜の木なんだろ?」
「・・・ユーレイじゃない」
「俺に会いに来たんだろ?」
「うん」
「なら、いつまでも泣いてないでこっちに来いよ」
「いいの・・・?」
「俺の気がかわらねーうちに来いっての」

そばの椅子を差し出すとサクラの顔が笑顔になる。
泣きながら、それでも笑うサクラの顔は、とても綺麗だった。
そしてサクラが椅子に座ると、弘樹は照れたようにそっぽを向く。
それでもサクラは嬉しくて、「ありがとう」と呟いた。

そうして始まった桜の木との時間。
母親などの見舞いがあるとき以外、ずっとサクラは弘樹の横に居た。
話すのは他愛も無い話。どうしてサクラが現れたのか、という話題が上がることはなかった。
当たり障りのない毎日が続く。そんな中、弘樹の中に変化が現れた。
いつからか、サクラが来るのを心待ちにしている自分がいたのだ。
四六時中一緒に居てくれていたせいか、サクラとの時間がとても落ち着くものとなってきた。
始めは疎ましく、人間ではないと分かった時は恐ろしささえ抱いていたが、今となっては全く逆の気持ちになっていた。
サクラが来ないと不安になり、外の桜をずっと眺めている。
サクラのことを考える時間が次第に多くなっていった。

「サクラ」
「何?」
「俺・・・陸上やめたら何したらいいんだろう」
「今は見つからなくても、そのうち見つかると思うよ」
「そうかな」
「焦っても・・・運命なんて決まってるから」
「え?」
「何でもない」

ニコリと笑顔になり、サクラは席を立った。
その姿と桜の木が重なり、弘樹はどうしようもないほど胸が切なくなるのを感じた。

「俺から陸上が無くなったら、生きてたってしょうがないんじゃないかって思うときがある」
「・・・!」
「リハビリしても・・・もう走れないなら・・・ずっとここにいて、お前と一緒に居た方が楽しいんじゃないかな」

それは心から思う本音であり、願いでもあった。
だが、サクラは何も言わない。
再び泣きそうな顔をして、顔を横に振った。

「そんな事言っちゃダメだよ。ヒロキは元気にならなくちゃいけないんだ」
「どうして?」
「どうして、って」
「怖い」
「ヒロキ・・・」
「退院して・・・その後にどうなるのかって思ったら怖いんだよ」

それは今までの中で最も心細い言葉だった。
堪らずサクラは弘樹を抱きしめた。何も言葉をかけず、ただ優しく包み込むように。

「サクラ・・・サクラ・・・っ」

弘樹の両腕がサクラの背中に回される。
安心して泣くことの出来るサクラの腕の中。


このとき、弘樹ははっきりと自覚した。


自分の、サクラへの気持ちを。


サクラの存在の大切さを、彼の存在を、心から感謝した。




■■■



『思い出して欲しいな・・・ヒロキがボクに何をしてくれたのか』



サクラはヒロキに救われたのだと、言っていた。

「ボク、もう帰るね」

まだ日も明るい時間に、サクラは帰ると言い出した。
母親が帰ってそんなに時間も経っていない。母親の見舞い中は喋らない為、実際一緒に居たのは僅かな時間だった。

「まだいろよ。そんな時間たってねーし」
「うん・・・でも・・・戻らないと」
「何で?前は遅くまで居ただろ?」
「ごめんね。ほら、ボク・・・もうすぐ咲くからさ、準備が必要なんだ」
「え・・・」
「ボク桜の木だよ?忘れちゃったの?」

クスクス笑うサクラに思わず顔が赤らんでしまう。
弘樹は窓から見える桜の木に目をやった。

「咲くのか・・・」
「今年はヒロキのために咲いてあげる」
「マジ?」
「咲く前になったら教えてあげる」

そうして、二人は約束をした。
指きりを交わしてサクラが部屋を出る。
弘樹はサクラが居なくなったのを伺うようにして、触れた指に唇を寄せた。

(好きだ・・・)

たとえ人間じゃなくてもいい。こうして傍に居てくれるなら。

「退院なんか、したくねぇよ・・・サクラ」

その嘆きに返事は返ってこない。
弘樹は沈痛な眼差しで桜の木を眺めた。



サクラの報告があったのはそれから2日後のことだった。

「ようやく準備も出来たんだ・・・明日、咲くよ」
「そっか・・・」
「綺麗に咲けるかなぁ。ヒロキに気に入ってもらえたらいいんだけど」
「気に入るよ。絶対」
「ありがとう」
「・・・」

いつからか、サクラは椅子ではなくて弘樹のベッドに腰掛けるようになっていた。
その方が話も良くできると、お互いの距離も近くなって嬉しいと思っていた。
今日は別の意味で嬉しいと思う。

「サクラ・・・」
「ひろ・・・」

弘樹の身体がサクラの身体を引き寄せる。
サクラの身体からは、甘い香りがした。きっと、桜の花の匂いなのかもしれないと、煩く音を立てる心臓の音を聞きながらどこか冷静にそう思った。

「サクラ、俺・・・」
「ねぇ、ヒロキ」

言葉を遮られて弘樹は「何?」と聞き返した。

「ボクが咲いたら元気になってくれる?」
「・・・なる。」
「陸上が出来なくても・・・ヒロキにはこれから前を見る時間が沢山あるんだから・・・もし辛くなったら、ボクのコト思い出して欲しいな」
「何だよ・・・最後の別れみたいな言い方」
「だって、ヒロキ退院したらもう会えないもん」

その言葉を弘樹は否定した。
後ろから軽く頭を小突いてやる。

「バカか。会いに来てやるに決まってるだろ?ありがたく思え」

本当は自分が会いたくて仕方ないのに、素直に口に出していえなかった。それでもサクラはクスクスと小さく笑う。「うれしいなぁ」と呟くのが聴こえた。

「――じゃあ、ボクもう戻るね」
「・・・ん」

抱擁を解き、サクラの微笑んだ顔が視界に入る。
一瞬、もう一度引き寄せてキスしたいと思った。

「・・・っ」
「ヒロキ?」
「何でもね」
「そう?・・・じゃあ、明日」
「あぁ」

軽いドアの音と共にサクラの姿が消える。まだ恋仲ではないからという常識観念が、キスを躊躇したコトを少しだけ後悔した。

「っは・・・ぁ」

病室を出た途端、サクラは地面に座り込んだ。
周囲からサクラが見えることは無い為、誰もがそのまま通り過ぎていく。
サクラの目から涙が零れた。

もう、時間がない。

「ヒロキ・・・っ」

(もっと一緒にいたかった・・・)

「もう今年はだめかしら、あの桜」

ふと看護士たちの会話が耳に入る。

「去年も少ししか咲かなかったものねぇ」
「寿命かしら」
「前まではあんなに綺麗に咲いていたのに」

(・・・)
「っ、う・・・!」

体中に襲い掛かる激しい痛み。
人間の身体を保つことが限界なのだと思い知らされる。
それでもサクラは諦めなかった。

「今年は・・・咲くもん」

そうしたら弘樹は元気になると言ってくれた。
弘樹のために、“最後”の開花を成し遂げてみせる。


『いっぱいお水あげますねー』
『そしたら元気になるんだよ!お水は栄養なんだって。ボクのお兄ちゃんはお薬が栄養なんだってセンセイ言ってたんだ』

「思い、出して・・・欲しかった・・・な・・・」


■■■




翌日、サクラの言っていた通り桜は満開を遂げた。
綺麗に色づくピンクの花びらが時折風に吹かれては舞っている。
あまりの綺麗さに誰もが足を止めて魅入ってしまうほどだった。

「サクラ・・・」
「弘樹君、おはようございます」

桜を見ていると看護士たちが入ってきた。朝の日課である回診が始まる。
いつもと同じように検温をし、体調の様子などを聞かれ終わると思ったが、突然医師が話しかけてきた。

「君は、水上一樹君の弟だったよね」
「そうですけど」
「じゃあ、あの桜の木のこと覚えているかい?」
「・・・え?」

その医師は優しく笑うと何も覚えていない弘樹に話してくれた。
過去の話を・・・


「君はね、あの桜にとって命の恩人なんだよ」
「命の恩人?」
「そう、君は毎日お兄さんのお見舞いに来てはここで桜の木を見ていた。時々水まであげたりしていてね・・・」
「・・・」
「ある日、あの桜を伐採しようと言う話しが出たんだ」
「!」
「別の木を植えようという話しになってね・・・病院の医者達はみんな反対した。もちろん、沢山の病室から見えることもあって、患者さん達からも反対の声は多かった。でも、上の決定には逆らえなかった。」
「そんな事が・・・」
「君が桜の木と遊んでいる時に業者の人たちが切ろうとその場所へ行った。君は、どうしたと思う?」

答えられない弘樹に医師は構わず続けた。

「君はね、泣いて抵抗したんだ。お願いだから切らないで!桜が死んじゃう!殺さないで!ってね」




嬉しかった。

ずっと、お礼が言いたかった。



「弘樹君の泣いた効果もあってか、その場に居た患者達からも続々と切らないでくれと言う声が上がって、結局桜はそのままあの場所に置かれることになった」



だから、ヒロキが来てくれたとき、どうしても会いたかったんだ。



「それにしても今年は本当に綺麗に咲いたもんだ」
「今年は?」
「あぁ、実はね・・・」








「サクラ!!」

ぎこちない歩みで弘樹は外へ出た。
入院して初めての外の空気が新鮮さを感じさせる。だが、その気分に浸っている暇はなかった。
一分でも、一秒でも早くサクラの近くに行きたかった。

「サクラ・・・っ」

木に触れる。自然と涙が溢れてきた。

「ヒロキ」

声と共に温かい風が弘樹を包み込む。
一瞬にして世界が変わった。

「・・・ぁ・・・」

思い出してくれたんだね。と言う声が聞こえる。その声が風となって弘樹の頬を掠めた。

「どうして・・・どうして・・・こんな・・・」
「ヒロキにお礼が言いたかった・・・ボクがこうしてここにいられたのはヒロキのお陰だから。」

「でも・・・お前、もう・・・っ」

最後の医師の台詞は弘樹の体温を一気に下げてしまった。桜の寿命のことを聞かされたのだ。
ここ数年咲かなかった桜の花。
きっと、今年は最後だろうと・・・「もしかしたら、弘樹君に感謝して、最後に力いっぱい咲いたのかもしれないね」と言われたのだ。

「やめろよ・・・もう、咲くな・・・っ」
「泣かないで。元気出して?」
「んなこと・・・」

零れる涙はとどまることを知らない。
姿を見せないことがより一層悲しさを増す。

「ボク、今まで沢山の人を見てきた。ボクが咲いたら綺麗だね、って喜んでくれた」
「・・・っく・・・うぅ・・・」
「でも最近上手く咲けなくて・・・そのたびにヒロキのこと考えてた。ヒロキがくれた命だから・・・最後まで頑張ろうって。いつも心の中でお礼を言いながら頑張ってきた」
「サクラ・・・っ」
「会えたとき・・・お礼を言って、ボクは自分の最後に気付いた。だから、最後はヒロキの為に咲いてあげたいって・・・今までにないくらい、綺麗に咲きたいって、そう思ったよ」
「・・・・ぅぁ・・・ひ、っく・・・」
「ねぇ、ボクは綺麗に咲けてる?」

言葉が出なくて、弘樹は顔を縦に振った。
それが、自分に出来る最大の肯定だったから。それでもサクラはちゃんとわかってくれたようだった。

「ありがとう・・・ボク、ヒロキに会えて嬉しかったよ」
「っさ、サクラ!」
「退院しても、僕のこと忘れないで」

声が遠のく。

「ま・・っ待ってくれ!」

まだ何も伝えてない・・・本当の気持ちも何も伝えていないんだ・・・

「元気になって」
「サクラ!!」

好きだと言いたい。サクラが好きだと、傍に居て欲しいと言わせて欲しかった。

「ありがとう。ヒロキ・・・」
「っあぁあ」





さよなら








■■■





「弘樹、忘れ物ない?」
「大丈夫」

弘樹はボストンバッグに荷物を詰めると、もう何度見たか分からない桜の木に目をやった。
木の周りには立ち入り禁止の線が幾重にも張り巡らされている。
結局、桜が咲いていたのはあの日一日だけだった。

「サクラ・・・」

近いうちに桜は伐採されるそうだ。
跡地にはまた新しい桜の木を植えるという。

時を経て再会したサクラと弘樹。不思議な出会いが生んだ二人の時間はとてもかけがいのないものだった。
沢山の素敵な思い出を残してくれた。それを弘樹が忘れる事はないだろう。

「母さん、先に車行ってて」
「え?」
「俺、ちょっと桜の木見てから行く」

まだあまり慣れない足を動かして弘樹は桜の元へ向かった。
あれからリハビリを繰り返した弘樹の足は多少引きずるものの、きちんと歩けるようになってきていた。
木を見上げて弘樹はやりきれない切なさをこらえつつ必死で笑顔を保つ。
そして、言えなかった想いを口にした。

「好きだよ、サクラ・・・これからもずっと」

聞こえているのか分からないけれど、伝えずにはいられなかった。

「ありがとうな、俺の前に現れてくれて・・・傍に居てくれて・・・」

それだけ言って踵を返す。
これ以上居たら泣いてしまうのは明らかだったから。



――ありがとう



遠くからそう言ってくれたサクラの声が聞こえた気がした。




きっと、桜の季節になるたび弘樹はこの事を思い出すだろう。
大丈夫、信じてる。
春はさよならの季節なんかじゃない。

「そうだろ?サクラ」





うん。




ボクはいつもヒロキの傍に居るよ










END
「学園BLをメインにすれ違いや無理矢理・略奪など甘切な小説を置いてますv18禁要素含。」
...2005/3/14(月) [No.177]
うつみあおい
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