※ この話は主人公の高校生(貴夜×旭)とその二人が演じる異世界の二人(ルシア×ミカル)の話が交互になっています。 ※ ルシア×ミカルの方は劇としてではなく、異世界の話として読んでもらった方がわかりやすいと思います。
プロローグ
10月23日土曜日 緑陽高校文化祭――緑陽祭の最終日。葛城旭(かつらぎ・あさひ)のクラス――3年C組の舞台発表直前。クラスメートたちは舞台裏で気合を入れていた。 「絶対、優秀賞取るぞー!!」 「おーーっ!!」 委員長の掛け声に全員が叫ぶ。そして各自の持ち場に着いた。
「葛城、頑張れよ」 「主役だからって緊張すんな」 「そうそう。いつも通りやれば大丈夫だからな」 旭を励ます言葉をかけてくれる同級生に「おう!わかってるって」と返事をする。 「黒崎(くろさき)も頑張ってくれよな!葛城がへましたらフォローしてやってくれ」 「ああ」 旭に声をかけた生徒は、続いて準主役の黒崎貴夜(くろさき・たかや)にも声をかけた。
「黒崎…」 旭が呼ぶと貴夜は無言でこちらを向く。 「今日は、よろしくな」 「ああ」
短い会話。2人の間に纏う居心地の悪い雰囲気。 それに耐えられなくなったのは旭が先だった。 「じゃあ」 旭はそう言って先に幕が下がった舞台に上がっていった。
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Ⅰ. 夏休み前。その日は緑陽祭の劇を何にするか決めていた。 「じゃあ、1番多かったこれに決定な」 多数決を取り、1番多かったものに決まった。タイトルは『禁断の恋』。 タイトルだけを聞くと、なんとなくエロティックな話を想像してしまうが、正真正銘の純愛だ。
内容は、異世界に住んでいる天使と悪魔の恋の話。 天使は毎朝、森の奥にある『聖なる泉』へ行くのが習慣になっていた。そんなある日、いつものように森へ入ったところで手負いの悪魔に出会った。漆黒の髪と羽に思わず魅入られてしまった天使は悪魔の傷の手当てをしてしまう。それ以来、その森で毎日のように悪魔と会い、次第に惹かれていく天使。そして、自分の気持ちを告白し結ばれた2人だが、そのことがばれ、2人は引き離されてしまう。天使は堕天使の烙印を押され、牢に閉じ込められるが悪魔のことを忘れられずにいた。そして牢に閉じ込められた天使を悪魔が助け出し逃げようとするものの、仲間に見つかり悪魔を庇って天使が死んでしまう。
バットエンド。悲恋ものだ。 原作では天使が女で悪魔が男の話だが、残念ながら緑陽は男子校だった。誰かが女装するかという話もあったが、委員長は「男同士でやる」と言い出した。
「これを見に来るのは大半が近辺の女子高生だ。女はなぜか知らないが、男同士の恋愛が好きらしい。これを男同士でやったら絶対に人気投票1位になる!」 「本気か?逆に引くんじゃねえの?」 「大丈夫だ。簡単なリサーチはしてある」 委員長の手際のよさにみんな唖然とする。 劇のタイトルも今決まったばかりなのに、何故リサーチ済みなんだ?という疑問はおいといて、みんなが気になるのは役柄だ。 「委員長ー。配役は?」 「全員は決まっていないが、主役の2人は推薦したい奴がいる」 「誰?……って、天使役は誰か想像つくかも」 「そう、天使・ミカル役が当てはまるのはこのクラスでただ1人。葛城旭だ!」
いきなり名前を呼ばれ、旭は慌てて立ち上がる。 「はあ?何で俺なわけ?」 「当たり前だろ!こんな男臭いクラスで唯一まともなのはお前だからだよ」 「まともって?俺も男なんだけど…」 「つまり可愛いってことだよ」 「そうそう。天使は葛城以外考えられないね」 委員長、副委員長の言葉にクラスのみんながうんうんと頷く。
けど、主役なんてとてもじゃないけど無理だから、断ろうと口を開くと、それを遮るように副委員長の厳しい言葉が飛ぶ。 「断るつもりじゃないよな」 「えっ…あの」 「お前が断った時点でうちのクラスの優秀賞は消えたも同然だからな!」 「……わ、わかったよ。やればいいんだろ!やればっ!」 やけっぱちで叫ぶように了承の返事をする。
そうなると、気になるのは相手役だ。学祭の劇だといっても恋愛モノだし、それなりに相手は気になる。フリだけでもキスシーンも入っているわけだし…。 ふて腐れたように椅子に座ると委員長に尋ねた。 「そ、それで…相手役は誰だよ」 その質問にクラス全員の視線が委員長に集まった。 このクラスで密かにアイドルとして扱われている旭の相手役。フリとはいえキスシーンまでできる相手。それはクラスの誰もが狙っているものだ。
「ああ、その相手は……俺」 「「はあ???」」 「ちょっと待て!そんなのずるいぞ!」 「職権乱用だ!」 委員長が自分を推薦したと同時に、クラス全体で一斉にブーイングが沸き起こった。 「お、おい。冗談だってば……はぁ、ここまで非難されるとは思わなかったな…」 「で、結局誰なんだよ!」 「ああ。悪魔・ルシア役は……黒崎貴夜だ」 「……」
みんなの視線が委員長から貴夜へ向いた。先ほど委員長が自分を推薦した時はとは全く違う反応だ。 「……く、黒崎ならしょうがないか…」 「ああ。諦めるしかないな」 「そうだな…」 口々に出る言葉に旭も、「黒崎ならいいかも」と一瞬思ってしまった。 なぜなら黒崎は、漆黒の髪と瞳に目鼻立ちのはっきりとした男前。身長も180以上あり舞台の上でも見劣りしない。弱点があるとすれば、一匹狼で誰ともつるまないこと。それさえもかっこいいと思えなくはないが、クラスの団結力が必要な劇で彼は協力してくれるだろうか?と言うのがみんなの不安だ。
「どうかな?黒崎。みんなは賛成意見だけど本人の意見も尊重しないといけないから」 「ちょっと待てよ。俺の意見は尊重してなかったじゃねえか!」 「葛城は別。お前以外の適任者はいないからな。黒崎の場合は……多少見劣りしてもいいなら他にも用意できる……たとえば俺とか?」 「……やるよ」 旭と委員長の討論にいきなり低い声が割って入った。 「えっ?」 「だから、やるって言ってるんだ」 「本当か?」 そう尋ねてしまったのは旭の方だった。 「ああ、嫌なのか?」 「いや別に…」 「よし、じゃあ決まり!その他の配役は適当に決めていくからな」
貴夜の了承が出た途端、委員長は次の配役決めに移ってしまった。 これが、旭が貴夜と初めて深く関わるきっかけだった。
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【『禁断の恋』第1幕~出会い~】
ミカルはその日もいつものように『聖なる泉』へ行くため、森の中を歩いていた。『聖なる泉』まで一本道。迷うことなどあり得ない。 ミカルが背中にある純白の羽を揺らしながら歩いていると、大きな大木の根元で誰かが倒れているのを見つけた。 慌てて駆け寄ったミカルの目に入ったのは…漆黒の翼。 「あ、悪魔…!?」
『聖なる泉』は傷と心を癒す働きがある。しかし、邪まな心の持ち主は近寄れないはず。ましてや悪魔なんて、森にすら入れないはずなのに……。 それにしても―― 「なんて、綺麗な髪…そして翼……」 「うっ……」
ミカルは思わず美しい髪に触れた途端、悪魔がうめき声を出す。驚いて身を引いたが、どうやら意識はあるらしい。腕と足にひどいけがを負っている。 「だ、大丈夫ですか?」 「……お、お前は?」
顔を上げた悪魔を見た瞬間、ミカルは思わず息を呑んでしまった。 (なんて、美しいんだろう…。本当に彼は悪魔なのか?) 「おいっ……」 「えっ?」 「お前も、あいつらの仲間か?俺を殺しに来たのか」 「何を……?」 「もういい。こんな状態で逃れることなどできないのだからな…。一思いにやってくれ」 「な、何を言っているんですか!?ちょ、ちょっと待っててください」
そう言うとミカルは『聖なる泉』へ走って向かった。いつもなら泉の中央にある女神様にお祈りをするのだが、今はそんなことをしている場合ではない。鞄の中から水筒を取り出し、その中に泉の水を入れると急いでさっきの大木へ向かった。 先ほどの悪魔は動けないのか、さっきと同じ格好のまま座り込んでいた。 そして戻ってきたミカルを見て驚いたような顔をした。
「大丈夫ですか?早くこれ飲んでください。『聖なる泉』の水です。傷を癒してくれますから」 「お前……これを取りに行っていたのか?」 「ええ。何だと思いました?」 「仲間を呼びに言ったのかと……」 「そんなことしません」 「何故?俺が怖くないのか?この黒い翼が…」 「この森に入れるのですから、悪い人ではないんでしょう?」 「お前……」 「いいから早く飲んでください」
ミカルは彼に水筒のコップを押し付ける。男は少し身体を起こし、水を飲んだ。すると、腕や足の傷口が徐々にふさがり、最後には完全に元の状態に戻った。 ほっとした顔のミカルを見た途端、男は顔を顰め尋ねてきた。 「お前、名前は?」 「ミカルです。……貴方は?」 「俺は、ルシアだ」
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Ⅱ. 「葛城~。練習始めるぞ!」 「ああ。わかった」 クラスの奴に返事をすると、傍らで寝そべっている貴夜を起こした。 「黒崎。これから練習だって。行くぞ!」 「ああ?もう少しだけ…」 「ダメだって。ほら、行くよ」 貴夜を無理やり起こし、教室へと向かう。
夏休み前、旭と貴夜の配役が決まってから、旭は貴夜と行動を共にすることが多かった。台本の読み合わせや、二人だけで練習をしているからだ。さっきも、お昼を食べに屋上へ向かい、台本片手に弁当を食べていた。 旭と貴夜は二学期に入ってから、急激に仲が良くなった。周囲は夏休み中の自主練のせいだと思っているだろうし、実際にそうだった。しかし、仲が良くなったのにはもう一つ理由がある。
それは旭の気持ちだ。 夏休みの間毎日のように一緒にいて、普段知らない貴夜の一面を目の当たりにし、急激の心を惹かれたのだ。つまり、好きになってしまったのだ。 旭も男だし、貴夜だって正真正銘男だ。それなのに惹かれてしまうなんて……と悩んだが好きなものはしょうがないと、最終的に開き直ったのだ。でもそう考えるまでにかなり時間がかかったし、開き直ってからといって想いを告げることなんてできない。ただ、友人としてでもそばに入れればそれでいいと思う。
「遅い!練習時間は一分一秒たりとも無駄にできないんだからな!!」 「悪い。ほら、始めようぜ」 「まったく……。遅れてきた分、下手なへまするなよ!」 「解ってるって。ほら黒崎も自分の立ち位置に付けよ」 「ああ」 黒崎は、言葉少なに返事をすると、自分の立ち位置に付いた。 「今日は第2幕からやるからな。2幕はミカルとルシアが森で会話する場面だ。お互いに惹かれていくところだからな。ちゃんと感情込めてやれよ!」
委員長の厳しい言葉に旭は頷く。 感情を込めてやるなんて簡単だ。今の自分の想いを素直に出したらいいだけ。貴夜に惹かれているこの想いを、『ミカル』として演じればいいだけ。 ちらりと貴夜を見ると、彼もこちらを見ていたのか、目が合った。先に逸らしたのは貴夜だった。貴夜の耳が少し赤くなって見えるのは、旭の都合のいい勘違いだろうか?
「それじゃあいくぞ。……よーいスタート」
パチンと委員長が手を叩いた。
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【『禁断の恋』第2幕~惹かれていく想い~】
あの日以来、悪魔・ルシアは毎朝森の大木の下にいた。そして、ミカルがそこを通るたびに声をかけてくる。 「何故、いつもそこにいるんですか?」 「いたらダメか?」 「ダメではないですけど…他の人に見られたら……」 「こんな朝早くから来る奴はいないだろ」 「そうですけど…」
あの日からミカルはルシアに会うたび、自分でも解らない感情に苛まれる。 気が付いたらルシアのことを考えていて。いつの間にか明日会うことを楽しみにしていて。ルシアが大木の前で座り込んでいるのを見るたび嬉しくなる。 こんな想い今まで知らなかった…。こんな感情になったことなかった…。これは一体何なのだろう? 「もっと奥へ行ったら、隠れ家のような洞窟があるのですが、そこへ行きます?」 「そんなところがあるなら、行きたいんだけどな……」 「けど?」 「これ以上は無理っぽいな…。やはりこの黒い翼がいけないのだろう」 「そう、ですか……」 ミカルはルシアの漆黒の翼を見る。 (こんなに美しい翼なのに……)
ミカルはルシアの黒い翼を気に入っていたが、それはミカルとルシアの立場の違いを物語っていた。この世界では白い翼――つまり天使の方が立場が上だった。黒い翼――つまり悪魔は白い翼のものから差別を受けている。 初めて会ったときルシアがけがをしていたのはおそらく、白い翼から受けたのもだろう。 ミカルは幼い頃から「悪魔は恐ろしいものだ」と教えられてきた。しかし、ルシアに出会い、それが間違いであることに気づいた。例え翼は黒くとも、ルシアの心は優しい。表情は豊かではないし、口数もそれほど多くない。けど、ルシアは優しいのだ。 そんなルシアがミカルは好きだった。 ――好き……。
(僕は、ルシアが好き。でもそれは友達のセシルやフェンに対するものと同じはず…。でも、なんか違う気がする…。これは一体何なのだろう?)
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Ⅲ. 緑陽祭を一ヵ月後に控えたある日、旭はある生徒に呼び出された。朝、靴箱の中に手紙が入っていたのだ。時間は放課後、場所は体育館裏。こんなことはたまにあるため、目的が何かは予想がついている。 なんと言われても返事は決まっているから、放課後練習の前にこっそり抜けてさっさと済ませつもりだった。 「葛城先輩」 体育館裏で待っていたのは、1つ下の学年で旭も顔くらいは知っている、陸上部のエースだった。名前は確か…松坂祐二(まつざか・ゆうじ)。
「何?」 「あ、あの…いきなりですけど、俺……先輩のこと好きなんです!もしよければ付き合ってください」 「ごめんね。俺、好きな人いるから……」 「……」 断った途端、松坂は俯いて黙り込んでしまった。ショックを受けているんだろうか?今までも多かれ少なかれ、似たような反応をしてきた人はいる。なんと言われても付き合えないのだから、こういう場合は変に声をかけて気を持たせるようなことは、しない方うがいい。
俯いている松坂に背を向け、教室に戻ろうとした途端、いきなり腕を引かれ後ろに倒れこんでしまう。 「わっ…!何?」 「あっ、すいません」 尻餅を付いてしまった旭に松坂が慌てて旭の腕を放す。 「どうしたの?」 「すいません。考える前に身体が動いちゃって…。そんなに勢いよく引っ張ったつもりはないんですけど、大丈夫ですか?」 「ああ。大丈夫だけど……」
旭が立ち上がり、お尻の土を払っていると、松坂は徐に声をかけた。 「………あの、先輩の好きな人って誰ですか?」 「えっ?」 「この学校の生徒なんですか?」 「そ、そうだけど…」 「つまり、男でもいけるんですよね?」 「さあ?男を好きになったのはあいつが初めてだから…」 「なら、俺と試しに付き合ってください!まだ、その人とは付き合ってないんでしょう!」 松坂のいきなりの提案に驚いてしまう。しかし、ちゃんと自分の気持ちを伝える。 「ダメだよ。そんな好きでもない人と試しでなんて付き合えない」 「どうしてですか!?」 「俺はあいつが好きなんだ。あいつ以外と付き合うなんてできない」 「俺は先輩が好きなんです!」
松坂はそう叫ぶと、旭の腕を引き自分の胸へ抱き込んだ。慌てて身を捩り抜け出そうとするが、松坂の力の強さに抜け出せない。 もがく旭の顎を捉え上を向かせると、松坂はそのまま強引に自分の唇を近づけてきた。 (キスされる…っ!) そう思った瞬間、無意識のうちに身体が動いた。 ――パンッ 乾いた音が響く。 気が付いたら旭は松坂の頬を平手打ちしていたのだ。
「俺が好きなのは、黒崎だけだっ!!」
そしてとんでもないことを口走っていた。 「先輩……」 「あっ…ご、ごめん。つい……」 「いえ、俺のほうこそすいません…。無理やりしようとして…」 「………」 「先輩の気持ちわかりました……もう、諦めます」 「――ごめん」 項垂れたまま「諦める」と言った松坂にそんな言葉しか、かけられなかった。 松坂はそのまま旭に背を向け、走り去ってしまった。 「はあ…」と安堵のため息をついていると、ガタッと物音が聞こえ顔を上げた。そして目に入った人物を見て絶句してしまった。
「葛城……」 「………く、黒崎…」 気まずそうな顔をした貴夜が立っていた。 いつからそこにいたんだろう…。 それは、解らないけど、先ほどの旭の告白を聞いていたのは間違いなかった。
「えっと……その…」 「葛城」 「な、なに?」 しどろもどろでパニック状態の旭に黒崎は近づくと、その腕をつかんだ。そして真剣なお顔を近づけてくる。旭は思わず俯いてしまう。
「さっきの、本当なのか?」 「えっ…あの……う、うん。ごめん」 「何で謝る?」 「だって、男からの告白なんて、気持ち悪いだろ?」 「そんなことない」 「えっ?」 思わず顔を上げると貴夜の顔がアップでちょっと驚いてしまった。 「俺は高校入ってからずっとお前のことを見てきた」 「嘘…」 「嘘じゃない」 「黒崎。俺のこと好きなの」 「ああ」 「本当に?」 貴夜が頷くと旭は思わず貴夜抱きついてしまった。
少しの間、抱き合っていたが貴夜が不意に口を開いた。 「……もう少しこのままでいたいが、俺は委員長命令で葛城を探しに来たんだ。そろそろ帰らないと委員長が怒り狂ってるはずだ」 「えっ。マジで…じゃあ、早く行こう」 そうして、旭と貴夜は放課後で誰もいない裏庭を少しの間だけ手をつないで歩いた。
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【『禁断の恋』第3幕~愛の告白~】
「はあ~」 ミカルの口から重いため息が出る。 「どうしたの?ミカル。らしくないじゃん」 「うん……」 心配そうに声をかけてくれたフェンに「なんでもない」と作り笑いを返す。しかし、フェンはコツンとミカルの頭を叩くと、心配そうな顔で覗き込んだ。 「なんでもない顔じゃないだろ。一体何があった?」 「う、うん…」 「どうしたんだ?」 「………」 「俺に言えないことなのか?」 「………わからないんだ」 「えっ?」 「自分の気持ちがわからないんだ…」 「どういうことだ?」
ミカルの言葉にフェンは何度も尋ねる。そしてミカルは自分の気持ちを全て打ち明けた。 ルシアを見ると胸がドキドキすること。 気が付くとルシアのことを考えていること。 ルシアの気持ちが気になること。 もちろんルシアが悪魔だと言うことは伏せてある。
「ミカルはそのルシアって奴に恋してるんだよ」 「恋?」 「そう。相手のことが好きだっていうことだよ」 「そうなの?」 「そうだよ。ミカルはそいつのことが好きなんだ」 「そう、なんだ……」 フェンの言葉はミカルの今の気持ちに一番当てはまっていることを本能的に感じた。
(そうか。僕はルシアのことが好きなんだ…) 胸の中の霧が一気に晴れた気がした。 『好き』と言う言葉が見つかり、この想いを早くルシアに伝えたくて仕方がなかった。
翌日、いつもより早めに森へ行くとすでにルシアが座っていた。 「今日は早いじゃん。どうしたんだ?」 「ぼ、僕…ルシアのことが好きなんです!」 「はあ?」 「だから僕、貴方のことが好きなんです」 「……俺もお前のこと好きだぜ。でも、お前の『好き』と俺の『好き』は違う」
ルシアはそう言うと、立ち上がりミカルの前に立つ。頭半分大きいルシアをミカルは、泣きそうになりながら見上げる。 「そう、なんですか?僕はあなたのことが『好き』だけどルシアは違うんですか…」 「ああ、俺の好きは――」
そこまで言うとミカルの唇に自分のそれを落としてきた。 キスされた――と気づいた時には、チュッと音を立てて離れていた。 「こういうことだ。お前が言うお友達感覚じゃない」 「ぼ、僕……」 「それ以上言うな。悪魔にキスされて喜ぶ奴なんかいないよな。……これでも隠しておくつもりだったけど、お前が『好きだ』って言って俺を煽るから―――」 「い、嫌じゃありません!」 「えっ…?」 「僕が言った『好き』もルシアの『好き』も同じです!キスされても嫌なんかじゃありません!」 「……本気か?お前…」 「ほ、本気です」
真っ赤になったまま、ルシアを見つめるミカルに、ルシアは驚いたような顔をした後、真っ赤になった。そんな顔を初めて見たミカルは思わず笑顔になってしまった。 そしてそのまま抱き寄せられ、きつく、苦しいくらいに抱きしめられた。
ミカルはこの時、この幸せがずっと続くものだと信じて疑わなかった。
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