「隆起(りゅうき)。もう、別れようか」 「はっ!?」 「だから、別れよう」 「何で!?」 「別れたいから」
佐伯俊(さえき・すぐる)は木場隆起(こば・りゅうき)に向かい、冷たい口調で言い放った。
「一体どうしたんだ?そんな話をするために態々(わざわざ)こんな時間の公園に呼び出したのか?」 「ああ。そうだよ」 「何でそんな急に……」 「急じゃない。俺は、隆起が好きだったことなんて、一度も無かったから」 「なっ………!」
俊の言葉に隆起は目を見開き、信じられないという風な顔をした。
「何故!?『木場先輩が好きです』って告白してきたのは、俊からじゃないか!」 「あれは嘘。……というより復讐のため、かな?」 「ふ、復讐って…まさか………」 「フフッ。流石にあんたたちが俺にしたこと忘れてないみたいだね」
俊は恐ろしいくらい、艶やかな笑みを浮かべ、2年前――俊が高1だった時の話をし始めた。
「高校に入学したばかりで右も左のわからない俺を、先輩たちは親切な振りしてサッカー部に入部させたんだよね。あれから、2ヶ月は悪夢のような日々だったよ」 「す、俊……」 「入部して1週間経った日、いきなりあんたに強姦された。そして、その日を境に毎日のように他の部員から輪姦されたよな。そしてその全てのことを命令していたのはあんただった」 「…………」 「後から聞いたよ。あんた、あの学校の理事長の孫なんだってね。だから何回も退部届け出したのに受理されなかったわけだ。それを聞いた時にね、俺考えたんだ。この状況から抜け出して、あんたに報復できる方法を……。それで思いついたのがこれ。 思った以上に簡単だったよ。ちょっとあんたに甘えた振りするだけで、コロッと騙されるんだもん。俺が好きって言った時のあんたの反応見て、胸のうちで嘲笑ってたの知らなかっただろ」 「じゃあ、俊は今までそのために、俺と付き合っていたのか」 「そうだよ。すべてはこの日のために我慢してきたことさ。好きでもない人に抱かれるのは嫌だったけど、複数に輪されるよりはマシだったかな」
すべてを話し、用は済んだとばかりにベンチから立ち上がった俊の腕を隆起が掴む。
「痛い。離して」 「嘘だよな!そんなのデタラメだよな!俺のこと好きって言ったじゃねえか!」 「だから、それが嘘なんだって。大体あんな言葉に騙される方がバカなんだよ」 「俊!!」 「鬱陶しいな……。自分がしたこと考えてみなよ。強姦された相手が強姦した相手に惚れるわけ無いだろ!あんたが高校卒業するまで待ったんだからいい加減にしてくれ」 「嫌だ。俺はお前が好きなんだ!愛してるんだ!」
隆起はそう言うと俊をそのまま押し倒した。不意をつかれ、俊は呆気なく組み敷かれる。
「退け!邪魔だ!」 「俊、俊、すぐる……」 「いい加減にしろっ!」
俊は隆起の腹を思いっきり蹴り上げた。すると隆起はその場に蹲り、その隙を見て俊は抜け出した。
「あんたがこんな奴だとは思わなかったな……。 ……隆起、最後だからいいこと教えてあげるよ。俺さ、今まで『好き』って言ってたけど『愛してる』って言わなかったの気づいてた?俺ね、本気で惚れた相手しかその言葉言わないの。そんで、俺がその言葉を言った相手はすでにいるの」 「それって……」 「そう。俺の本命の相手。今までのこと全部知っててそれでも俺を好きだといってくれる人。だからもう付きまとわないで」
その言葉を告げた時、公園の入り口に人影が見えた。
「健吾さん!?」 「俊!大丈夫かい?」 「来なくてもいいって言ったのに…」 「けど、どうしても不安だったから」 「俊…そいつが……」 「ああ、今言っていた俺の恋人の佐藤健吾(さとう・けんご)さん。これでわかったでしょ。俺はあなたのことは好きじゃないの。俺の恋人は健吾さんだけ」 「…………」
俊の最後の言葉を聞いた途端、黙りこくって俯いた隆起を横目に俊は踵を返した。
「もう、俺の前に姿を現さないで下さい。 それじゃ『木場先輩』さようなら」 「俊……」 「健吾さん。行こう」
健吾と腕を組み仲良さそうに公園を出る俊。
「俊。彼、本当に良かったのか?」 「健吾さん、何言ってるの!貴方も知ってるでしょ。あいつが俺に何をしたのか!」 「それは許せないけど……」 「けど、何?」 「あんな言い方で彼が納得するとは思わないんだ…」 「どういうこと?」 「だから、もしかしたら今まで以上に俊に纏わりつくかもしれないだろ……」 「………」 「それに、最後のほうの彼の目、少し異常だったような気がして…」 「そんな……まさか…」
あり得ない、と笑おうとしたが引き攣ってしまった。
「俊。気をつけてね。俺も絶対に俊のこと守るから」 「健吾さん」
公園を出て一つ目の角を曲がった死角で、健吾は俊を抱きしめるとそっとキスをした。
「すぐる…」 「健吾さん。好き…愛してる」 「俺も俊のこと愛してるよ」
そしてもう一度、今度は深いキスをした。 2人とも口付けに夢中になっていて気づかなかった。先ほど俊に振られた男がそんな2人をじっと見つめていることに。そして、その瞳の光が異常であることに。
「俊…君は俺のものだ。あんな男に渡すものか…。絶対に許さないよ。この俺を捨てるなんて……。今に後悔させてあげるから」
にやりと恐ろしい笑みを浮かべた隆起はその場から踵を返し、家に急いだ。俊を自分の元へ戻すための準備をするために。俊を捕まえ、二度と外へ出さないために…。 自分が持つ権力を全て使ってでも俊を取り戻してみせる。
(さあ、どうやって捕まえてあげようか…。俊…)
今から1ヵ月後に起こる、自分の運命を俊はまだ知らなかった。 あの頃の悪夢のような2ヶ月間以上に恐ろしい出来事がその身に降りかかることを…。
「俊。すぐに迎えに行くからね」
<FIN>
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