伏せた瞳を彩る長い睫が、立ち昇る湯気で曇る。 カップの中には、冬の夜空の様なココアに、星の様に小さなマシュマロ群が浮かぶ。 さながら、手のひらに包まれた小さな宇宙だ。 「甘くて美味しい」 「好きだろ、そうゆうの」 「龍大がくれるなら、どんなものも好きだよ・・・」 甘ったるい香りが部屋いっぱいに広がる。
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先日、駅へと続くアーケードで、偶然、ホワイトデーフェアの前を通りかかった。 輸入雑貨店の店先には、カラフルなキャンディやマシュマロが並んでいた。 3/14はホワイトデー・・・思わず足が止まる。
「このキャラクターの商品は人気がありますよ」 店員のおすすめは、いかにも女の子が好きそうな、缶入りの黄色いくまのキャンディ。 きっと彼女へのお返し選びに、戸惑っていると思われたんだろうな。 あいにくオレがお返ししたい相手は彼女ではない、彼氏なんだ。 遥音は男だからこんな物では喜ぶ訳が無い。 棚を見渡してSWISS MISSのマシュマロ入りココアを見つけた。 やっと見つけた。甘党の遥音が間違いなく喜ぶお返しを・・・
オレと遥音は6年越しの恋人同士で、生まれて17年の幼なじみ(親がいとこ同士) 誰よりも側にいるし、どんなコトも知っている。 遥音がバレンタインに贈ってくれる手作りチョコは、年々腕に磨きが掛かり、見た目も麗しく、愛情がギュッと込っていて最高に美味しい。 毎夜、コーヒーを淹れて、減っていくのを惜しみながら、大切に1コずつ食べ切った。 そんな心の込ったプレゼントのお返しに値するものは、なかなか見つからない。 オレは手作りとは言えないが、遥音に温かいココアを入れてあげることにした。
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今日はホワイトデー。 こんな事なら、一人で行かせなければ良かった。 昼休みに、パンを買いに行ったまま、なかなか教室に戻らない遥音を探している。 本人は気づいていないが遥音ファンは意外と多く(特に女より男に) バレンタインにはしっかりガードした積もりだったが、ホワイトデーにも気は抜けない。 階段の下から遥音の声が聞こえてくる、上からそっと覗くと、二人の女に囲まれていた。 たしか一人は遥音と同じ美術を選択していて、いつも痛いほど遥音を見ている、7組のおとなしい子だ。
「ボクには、ずっと前から好きな人がいるから・・・」
「その人は・・・龍大君?」
いつも遙音を眼で追っているからバレたのか、心臓がドキッとする。 遥音はなんて答えるんだろうか?
「えっ・・なに言ってるの、それじゃホモだよ」 付き添いの女が無神経に口を挟む。
遥音はしばらく黙ってから、寂しそうに首を振り、
「勘違いだよ、龍大とは、はとこ同士なんだ」
似てないよね、血が繋がってるんだ、勝手なことを言って付き添いの女が一人で騒いでいる。
そう、これでも幼児の頃は双子に間違えられる程に背格好が似ていたけれど、今では似ているところを探すことが難しい。 バスケ部で上背があるオレは遥音より一頭でかく、体格もいい。性格は明るく大雑把だ。 遥音は小柄ではないが華奢でキレイ、真面目な性分で何事にも一生懸命で、くるくると変わる表情は見ていて愛らしく、飽きない。
「遥音君と龍大君は、眼差しや空気が似てる。なぜか同じ匂いがする」
オレと遥音が似ているって、秘密を共有しているからか?そんなふうにオレ達の事を感じてくれる人がいたなんて、振られた彼女には悪いけれど、その言葉はうれしくて、胸にグッとくるものがあった。
「遥音、腹減った、早くそのパンよこせ」 たった今、来たみたいに大げさに声を掛け、手首を掴んで連れ出す。 「ごめんね」 遥音が振り返って彼女に謝る。 ぐんぐんと引っ張りながら階段を昇り、教室の前で手首を離してから、
「今日、オレの家によれよ、春休みの予定を話そう」 「龍大、部活はいいの?」 「さぼる」 今日は絶対に遥音を一人にしないと心に誓った。
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窓から入り込む夕日が、遥音の濃茶のネコ毛に天使の輪を作る。 もし天使がいるとしたら、オレの天使はきっと彼の姿をしているはず。 どんなことをしても、けして汚れることの無い遥音。 あくまでも透明で無垢・・・自分のなかの唯一、澄んでいる大切な半身。 ココアのカップを握り込む細くキレイな指を見つめる。
「これもお返し。オレとお揃い!」 デパートの包みを遥音に渡す。 「ありがとう・・・なに?」 嬉しそうにいそいそと包装紙を破く。 箱を開けたとたん、右だけ眉をしかめる。 困った時の顔になった。 「・・・・・」 「ほら、お揃いだろ」 オレはシャツをめくり、制服のズボンを下げ、はみ出た黒のボクサーパンツ を見せ付けた。
「ボクはトランクス派だからいいよ。龍大が使いなよ」 「バカだな、遥音とオレじゃサイズが違うだろ」 「困るよ・・・」 「オレは遥音とお揃いがいいんだ」 ぼそっと言って、泣き落としを掛けてみる。 遥音がイヤがる事くらい初めからお見通し・・・・
「じぁ・・一応もらっとくから・・・」 穏便に収めようと、いそいそとカバンに入れようとする。 もらっといて、穿く気は無いな。うやむやにする気か、そっちがそうくるなら・・・ オレはもっと困らせて、いじめたい衝動に駆り立てられる。
「オレがくれるものなら、どんなものでも好きだって、遥音さっき言ったよな」 「だから・・ありがたくもらっとくって、言ってるだろ」 「それなら、今、ここで穿いて見せろよ。折角のお揃いなんだから」
遥音は息を呑み、これ以上ない無い程に、どんぐり眼を見開き。 「な なっ 何てこと言うんだよ・・・このエロ野郎」 顔を真っ赤にしてボクサーパンツをぷるぷると握り締め、オレに向かって投げつけた。 ナイスキャッチ。 楽勝だね。何年、一緒にキャッチボールしてきたと思ってるんだよ・・・ 「穿いてもらうからね」
戸惑う遥音をなんとか勉強机まで追い詰めた。 真っ直ぐに見詰め合うと、いつもの幼なじみの顔でなくなる。 机に後ろ手を着いた遥音の制服のズボンに手を掛ける。
「おばさんは・・・」 「今日は仕事で遅くなる」
それだけ答えると、唇を塞いだ。 遥音の緊張を溶くように、怯えさせないようにと何度かキスを繰り返す。 くちづけが深くなるにつれ、段々に力が抜けていった。 膝に引っかかっていたズボンが床に落ちる。 躰を押し付けると、トランクス越しに遥音が感じ始めていることが判った。 唇を離し、じっと見下ろす。 伏せていた鳶色の瞳がゆっくりと明き、オレが映り込んだ。 トランクスの上から遥音の雄を優しく何度も擦り上げる。 オレの手の中で遥音が硬くその形を変えていく。 ぎゅつと強く握り込むと、切なそうな顔をして唇を噛みしめる。 仰け反った白い首筋に我慢できず、唇を押し付ける。 柔らかい髪やこめかみへと甘噛を繰り返すと、ふっと遥音のいい匂いがした。 抑えようもない欲望が這い上がり、夢中で追い上げると、遥音は小さく声を上げる。 「やっ・・あっ・・」 後ろに倒れ込みそうな躰を抱き留め、オレの肩に顔を埋めさせる。 既に、遥音の雄は勃ちきっていて、擦り上げる度に腹に当たり硬さを増す。 トランクスは先走りが零れて、しっとりと濡れている。 「・・・遥音」 オレは堪らなくなって、切なげに名前を呼ぶと、 「りゅう・・もう・・だめ・・」 掠れた声で切れ切れに訴えて、トランクスの中に白濁を飛ばし達した。
まだ荒い息に合わせて上下する柔らかい髪に、オレは頬を寄せる。 愛しさが心の深いところから溢れてくる。 「ごめん・・・怒ってる?」 遥音は額を肩に付けたまま、小さく左右に頚を振った。 「気持ち悪いだろ。シャワー浴びる?」 「うん・・・」 声を詰まらせながら答えた。
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幼なじみと恋人のスイッチは一体どこで切り変わるんだろう・・・・ いつも一緒にいるから、いつでも恋人でいたいのに近すぎて上手くいかない。 こんなに側にいるのに、いつでも恋人ではいられないなんて、もどかしい。 オレたちは、はとこ同士で、同級生で、表向きはとても仲の良い幼なじみ。 好きの意味を、周りに悟られないようにと気も抜けない・・・この関係は絶対に秘密。 遥音も俺と同じ様に揺れたり、悩んだりしてスイッチを入れるのだろうか? 自由に振舞えるまでは、まだ先が長く、今は未だオレたちにはその力がない。 遥音を護りたい。悲しませたくない。誰にも渡さない。 オレの望みはただそれだけ・・・・
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「もっと上までシャツ上げて」 無言で遥音がシャツの裾を捲り上げる。 一見華奢に見えるが、しなやかに均等が取れた躰が露わになる。 オレは遥音の下肢に残るボディソープを丁寧にシャワーで流す。
腰にバスタオルを巻いてやり、さっき投げつけられたボクサーパンツを手渡すと、 今度は素直に穿きながら、遥音が、 「ねぇ、龍大は憶えてる?お揃いのトミカのパンツ」 トミカのパンツ???オレは記憶を手繰る。 「ほら、高知のば~ちぁんが買ってくれた車の柄のパンツだよ」 そういえば、小2の夏に2人で遥音のば~ちゃん家に行ったとき買ってもらったっけ。 海から戻って、風呂から出たら置いてあってお揃いで穿いた。 サイズが同じだから、洗濯する度にどっちのだか判らなくなって、ひと夏、共用していた トミカパンツ。 「・・・思い出した。懐かしいな」 「ボクサーパンツなんてボクらも大人になったね」 恥ずかしそうに微笑む。 バスタオルを外すと、色白の肌に黒が映えて色っぽすぎる。 制服の白いシャツの裾から覗く、黒のボクサーパンツに、すらりと伸びるキレイな素足。 頑張ってお返しした甲斐があった。えらいぞ、オレと心の中でガッツポーズを決める。
「ボクはお返し用意してないだけど、バレンタインに奢ってもらったのに悪いな」 済まなそうに言うと、オレの顔を覗き込む。 ラーメン&チャーハンを奢ったことかな?そんな積もりじゃなかったけれど・・・
「後で、お返しするよ。何がいい?」 何がいいって、聞かれたら欲しいものは、ただ一つ。 「遥音が欲しい!」 オレは即答して、遥音の腰を抱き寄せる。 これ以上して嫌われるのか嫌だから、今日は我慢していたけど、そんなに可愛いコト 言われたらもう限界。 シャツに手を入れて、なめらかな素肌を辿り、ボクサーパンツのゴムに手を掛けると、 遥音は焦って、躰を捩りながら抵抗する。
「やめろよ。今、穿いたばかりだろ」 「やっぱりさ、恋人にパンツを贈るのって、穿かせるより、脱がせたいからじゃない」
オレは一生懸命、キスをして遥音のスイッチを入れた。
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