美しい月には刺がある
「あれ?どうしたんだい、そんなところで」
声に満足そうな響きを含ませながら、美月は言った。
バレーボール部、部室。
今日は文化祭だった。去年、インターハイ予選決勝戦で負けた学校に
雪辱戦を申し込み、無事、勝利を飾ることが出来た。
もちろん、オレたちの猛練習の末・・・なのだが、
この試合から、監督代行を勤め始めた美月の助言は大きかった。
美月は、中学生の時点で、ジュニアオリンピック代表に選ばれるほどの
実力の持ち主なのだ。
しかし、それだけがチームのエースであるオレを発奮させたのではない。
第一セットを落としてしまったオレに、美月は言ったのだ。
「この試合、勝ったら部室でヤラせてあげるよ」
と。
一瞬にして頭が真っ白になった。
正直、オレはこの美月に惚れている。
好きだ、嫌いだ、というレベルはない。
魂までもぎ取られてしまった。というぐらいに「惚れて」いるのだ。
美月という名前を持っているが、美月は、オレと同じ男だ。
名は体を現す。という言葉の通り。美しい容姿をしている。
長く伸ばした髪は、肩まで届き、手入れを行ったことがないという。
飴細工のような甘い瞳、その視線は人を蕩けさせるのに
十分な甘露に満ちているし、
それを覆うようなアンバランスなほどに、きりりと整えられた眉。
白皙の肌に色づく、薄い、紅い唇。
もともとバレーボール選手だったとは思えないほど、辞めた今では、
完璧なスタイルを保っている。
あの長くしなやかですべらかな足が、オレの背中に絡む、
その瞬間を思い出して、
「ヤラせてあげるよ」と言われた瞬間に、オレは不謹慎にも、
コートの中で前屈みになってしまったほどだ。
その時には、やはり同じように恋愛関係で悩んでいる後輩が
目覚めさせてくれて助かったのだが。
だが。
試合に勝ったはいいけれど、不謹慎なオレの一言が、
美月の機嫌をあっさりと損ねてしまったのだ。
情けない話で申し訳なのだが、オレは美月と相思相愛ではない。
今のところ、一方的に思いつめている。と言ってもいいぐらいだ。
だからといって、片思いというわけではなく、
こうしてたまに「ヤラせてもらえる」という非常に曖昧な関係を
保っているのだ。
それだけじゃないのだが、この美月、扱いが物凄く難しいのである。
「桜井も来れば良かったのに。面白かったよ。広海たちの劇」
広海というのは後輩の名前だ。
「陸人がわんわん泣いちゃってさ、可愛かったよ」
陸人というのは、美月が「僕の可愛い子」と言って憚らない後輩だ。
その二人が劇に出る。
この二人をくっつけるために、美月は、似合わないキューピッド
(本人がそう言っていた。むしろオレには悪魔にしか見えないのだが)
までやったのだから、結果が気にならないといえば嘘になる。
「あの二人、きっと上手くいったよ。劇が終わってから、
すぐに姿か見えなくなっちゃたんだけど、二人でしっぽりと
何処かにシケこんでいるんだと思うなあ」
くすくすと笑いながら、美月が言った。
「僕もキューピッドとして最後まで見届けないと駄目じゃない」
「見届ける・・・ってどういうことだよ」
試合が終わり、美月を不機嫌にさせてしまってから、
ずっと、部室で待っていたオレは憮然としながら聞いた。
「広海って単純そうだし、陸も、考える余裕がなさそうだからさ、
絶対に陸のアパートだと思うんだよね」
「だから、なんだよ」
「出歯亀するでしょう、普通」
「はあ!?な、なんでそんなことする必要があるんだよ。
せっかくなんだから、二人きりにさせてやれよ」
「なんで?僕が見たいもの」
ふふん。と、鼻歌を歌いながら、美月は当たり前のように言ってのけた。
「ほら。やり方がわからなかったら、先輩として指導してあげないと」
そんなもの、やり方などわからなくても、気持ちさえ繋がれば
どうにでもなるだろう。
と思うのだが、美月はそうは思わないらしい。
「手取り足取り・・・ってね。広海って、結構いい身体しているじゃない。
だから僕の可愛い陸人が壊れちゃわないか心配だよね」
「心配・・・する必要ないだろう。広海が野獣みたいに見えるか?」
「見えないけどさ」
「なら・・・」
言って、オレは美月を後ろから抱き込んだ。
「オレの心配もしてくれよ。あれからずっと美月のこと待ってたんだ。
・・・ほら」
「待っている間、僕のこと考えてた?」
「そりゃもう」
だから、こんなに。と、美月の腰に既に猛ったものを当てながら、
オレは美月の耳元に囁きかけた。
「僕はねえ・・・一度、決めたことは撤回しないタイプなんだけどね」
「たけどオレは我慢できない!美月が欲しいよ」
「そうみたいだね」
そう言うと、美月は、くるりと身体の向きを変え、手でそっと、
オレの高ぶりを撫ぜた。
「うっ・・・美月っ」
「わかった。ここに座って。・・・そう」
正面から抱きとめようとしたオレの胸を、美月はそっと押して、
部室に1つしかないパイプ椅子に座らせた。
「今日はもう誰も部室になんて来ないと思うけど、鍵、かけるよ」
「あ、ああ、そうだな」
「声、聞かれたくないだろう?」
「そりゃあ、もう!」
美月の声を誰にも聞かせたくない。オレは力一杯頷いた。
カチャリと鍵をかける音。たったそれだけで、文化祭の喧騒から部室が
遠ざかる気がする。
ここにいるのは、美月とオレだけだ。と思うと、ますますオレは気持ちが
高ぶった。
美月が、そっと足音を忍ばせて、オレの近くに寄る。
「じっとしてて。脱がせてあげる」
「お、おう」
うるんだ瞳で美月が言ってくれることが、どうして断ることが出来るだろう。
オレは頷き、目を閉じた。
「桜井・・・身体、熱くなってるね・・・」
ジャージのジッパーを降ろし、すっ・・・と、美月の手が身体を撫でていく。
「うっ・・・」
そのすべらかな感触だけで、我慢も限界に達してしまいそうだ。
こんな手をかけずとも、今すぐにでも美月を押し倒してしまいたい。
ジャージの下のユニフォームを脱がし、下のジャージに手をかける。
オレをわざと煽るような、しっくりとした美月の手が股に触れ、
ふくらはぎを軽く揉む。
「すごいよ・・・桜井」
ふっ。と美月の柔らかい息が、高ぶりにかかった。
「そのままにしてて」
美月がしゃべるたびに、息が高ぶりを揺さぶる。
オレは、息を詰めた。まさか、美月がオレのモノを・・・口で。
と、想像に身体が燃えるようだ。
「美月っ・・・」
汚いから辞めてくれ。などと、どうして言えるだろう。
オレは感極まり、そこにあるだろう美月の頭を捕らえようと手を伸ばした。
「もうちょっと待ってて。まだ支度が出来てないから」
「支度なんていいっ。早く欲しいんだ。美月っ」
「それは駄目」
きっぱりと言われて、オレはうなだれた。ここで美月の機嫌を再度、
損ねたら、
もう二度と、美月の口腔の中にオレがいる。なんて僥倖には巡りあえない
と思ったからだ。
「桜井がしたいのは、僕にも十分、わかっているから」
「そ、そうか」
優しい美月の言葉にホッと安堵する。
今日の美月は機嫌がいい。
やはり、可愛がっていた陸人が長く片思いをしていた広海と上手くいった
効果だろう。
と思う。オレは、今頃、上手くやっているだろう二人に心の中で感謝した。
「お、おいっ、美月。どういうことだよ、これ」
「え?ただの親切だけど」
「親切・・・?これが?」
そうだよ。と、美月は、邪気のまるでない顔でにっこりと笑った。
いつのまにか、美月は、パイプ椅子のバックにオレの左手だけを回し、
ジャージで縛り上げていたのだ。同じように両足も。
自由なのは右手一本だけ。
オレはその右手を伸ばして美月を捕らえようと、虚空に手をさまよわせた。
「桜井、僕のユニフォーム姿、好きだったよねえ」
「あ、ああ」
「だから見せてあげようと思って」
「えっ・・・」
彷徨っていた右手が、驚きでポトリと股の上に落ちた。
美月はオレが見ている前で、制服を脱ぎ始めたのだ。
「やっぱりちょっとサイズが合わないね。桜井のほうが大きいよ」
バックスタイルの背筋からの線、引き締まった臀部が視界で動く。
シミ1つない美月の身体が、オレから脱がせたユニフォームを纏っていく。
「どう?久しぶりにみた感想は」
「あ、ああ・・・最高だ」
オレは最高に満足なため息を漏らした。
美月のユニフォーム姿はオレが一番好きなスタイルだからだ。
二の腕に息づく筋肉。
やわらかな股の動き、引き締まった足首に、高ぶりから蜜があふれ出した。
「もっとよく観ていいんだよ」
美月は、古くなったネットの上に自分の身体を投げ出した。
「ねえ、よく見える?」
「ああ、ちゃんと見えてる。ああ・・・美月、もっと、もっと見せてくれ!」
「いいよ」
美月は、オレに見やすい位置に移動すると、くもの巣に捕らえられた
蝶のように、大きく足を開いた。
紅い唇をペロリと嘗める。
自分の身体に手を這わせ、気持ちよさそうに顎をあげる。
サポータをしていない膨らみが、ほんのりと左右に揺れる。
もがくように臀部が持ち上がり、観ているオレの前に差し出される。
「美月っ・・・もうっ・・・」
オレの足がガクガクと震えた。今すぐ、戒めを解いてしまいたいのに、
きつく縛られたそれから逃れられない。
オレは、じりじりと焦り、それでも美月から目が逸らせなかった。
「美月っ・・・させてくれよ。もう・・・限界、だよ」
オレは根をあげた。今すぐ、軽く火照った顔を見せる美月を抱き寄せて、
思う存分、むさぼりたい。もう、それしか考えられなかった。
「いいよ・・・」
「美月っ!」
「ヤッていいよ」
美月は、まるで聖母のように微笑み、そっと自由なオレの手を取った。
「お、おいっ・・・どういうことだよ。うっ、ま、待てっ」
「待てないんでしょ?」
「待てない・・・だけどっ」
美月に添えられたオレの手は、そのまま限界を迎えたオレの高ぶりに
触れさせたのだ。
自分の手とはいえ、すでに猛りきった高ぶりは、それだけでまた
蜜を溢れさせた。
「さあ、どうぞ」
「どうぞ・・・って、お、おい」
美月は、そのまま、またネットの上に横たわり、視線をオレの高ぶりに
固定させた。
絡みつくような視線に、面白がるように軽く開いた唇。
長くしなやかな足をもどかしそうに組み、手でギュッとネットを握る。
「ちくしょっ・・!」
もうこれ以上、懇願することも、我慢することも出来なかった。
「美月っ、美月、美月ぃっ」
右手が止まらない。蜜がポタポタと床に落ちる音。
右手がこすりあげる高ぶりが放つ淫らな音。
美月の名前だけが熱い息と共に部室に蔓延していく。
「イ、イクッ、美月!」
そして、美月の視線だけで、オレは果てた。
「気持ちよかった?」
「良かった・・・っていうのか、こういう場合も」
ふふ・・・と、美月が笑う。
一人で果て、放心している間に、制服に着替えてしまった美月は、
ようやくオレの戒めを解いた。
「ヤラせてくれるんじゃなかったのかよ」
美月が欲しかったよ。とは言わずに、オレはわざとすねた口調で美月を
攻めた。
「僕と、とは言わなかったはずだけど?」
「あ?・・・ああっ!」
普通、そこまで確認しないだろう。と思うのだが、美月という人間を
よく知っているオレでさえ、
さすがにガックリと肩を落としてしまう。
「桜井、文句言ってるけど、僕の目には十分に気持ち良さそうに見えた
けどねえ」
気持ちよくないはずがない。だけど、それは求めていた気持ちよさとは
違うのだ。
「なあ・・・キスは好きなヤツとしか出来ない。って、あれホントか?」
「もちろん。僕が嘘をついたことが一度でもある?人を不幸に陥れるような
嘘はつかないよ。僕の美意識が許さない」
「だよな・・・なあ、キスしてくれよ」
身体も簡単に手に入れさせてはくれない。
性格は扱い憎いの一言に限るし、気持ちも、言葉もくれない。
だけど、それぐらいなんだと言うのだろう。
悲しいとか苦しいとか、足りないといえばキリがないし、
なにも持っていなし、なにもかもない。
それでも惚れているのだ。
「いいよ」
微笑む美月は、それでもオレの心を捕らえて離さないのだから。
美しい月には棘がある。
それでも求めない日も、狂おしいと思わない日も、存在しないのだから。
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