8/5 Friday PM10:00
朝は晴れていたのに夜になって急に曇りだし、いきなり雨が降ってきた。 雫(しずく)にはその様子が今の自分の気持ちと重なって見えた。
駅近くのカフェの前。雫はカフェの花壇の前に座り込んだまま動けなかった。 周りはいきなり降り出した雨のせいで慌しい。 雨避けの屋根がない場所に座っている雫もずぶ濡れ状態だ。しかし、夏の雨で冷たくないせいか、他人事のように感じる。
8月5日――今日は雫の18歳の誕生日だ。 数時間前までは今日を恋人と過ごせると思い、胸を躍られていたのに、今はすっかり萎えてしまった。 雫の恋人――恭介(きょうすけ)は9歳年上の27歳で社会人で学生の雫とは週末にしか会えない。恭介と会えないのは寂しいが、恭介を困らせたくないため、あまり我侭は言ってない。 でも、今日はどうしても恭介と過ごしたくて、恭介に無理を言ってしまった。恭介は今日が雫の誕生日だと覚えてないかもしれない。それでもよかった。プレゼントなんかなくても、いつもみたいに部屋でのんびり過ごすだけでも……。生まれて初めて本気で好きになった人と一夜を過ごせるなら…。
雫が今日のことを言ったとき、恭介は少し渋ったが、滅多に自分のしたいことを口に出さない雫の初めての我侭だからか、『なるべく早めに帰れるようにする』と言ってくれた。 今日の待ち合わせはPM7:00。すごく楽しみで、1時間も早く待ち合わせのカフェに着いてしまった。しかし、そのカフェは金曜日が休業だというのを忘れていた雫は仕方なく店の前の花壇に座っていた。 しかし、恭介はいくら待っても来なかった。初めは仕事が長引いているのかもしれないと思っていたが、3時間経っても連絡がなくさすがに不安になって電話をしたら、
『悪い。急な接待が入って、今日は無理になった。連絡できなくてごめんな』 その言葉に浮き上がっていた気分が急に降下していった。 だが、いつもの雫なら『わかりました。お仕事がんばってください』と言うだろうが今日は自分の誕生日。恭介と過ごせると思っていて楽しみにしていた分、ドタキャンされたことがショックだった。だから思わず言ってしまった。
「だって、今日は……」
僕の誕生日なのに――そう続くはずの言葉は恭介の一言で詰まってしまった。
『今日がどうした?』
わかっていたはずだ。恭介が自分の誕生日を覚えているはずないと。それでもいいと思っていた……はずなのに、本当に忘れていたのかと思うとショックで、不意に涙があふれてきた。 『悪い、もう時間ないんだ。今日の埋め合わせは今度するから』 それだけ言うと雫の返事も聞かず切ってしまった。 それと同時にポツポツと雨が降ってきた。 しかし、雫は携帯を握り締めたまま、そこ動くことができなかった……。
いつまでもそうしているわけにはいかないと、立ち上がった時には今日が終わる1時間前。 (結局今年もひとりぼっちの誕生日か…) 雫は両親が幼いころ離婚し、父親に引き取られた。しかし、仕事ばかりの父は息子の誕生日など祝ってくれたことが無い。いつも雫はひとりだった。友達からプレゼントをもらったりしたが、そんなものより雫が本当にほしかったものは『愛情』だった。 だから、今日はどうしても恭介と過ごしたかったのに…。『仕事と私とどっちが大事?』なんて女々しいことを言いたいわけではないし、そんなこと言って恭介を困らせるのは嫌だ。 でも、今日だけは仕事より自分を優先してほしかった。
「雫?」 ずぶ濡れのまま家まで歩いていくと、不意に呼び止められた。 振り向くとそこには幼馴染で同級生の聡が右手に傘、左手にコンビニの袋を持って立っていた。 「何してんの!?今日は彼氏と過ごすって言ってたのに」 聡は雫のよき理解者で、恭介との関係も知っている。 (そう言えば毎年、家族はいなくても聡だけは傍にいてくれたな…) 不意にそんなことを思い出した。
「ドタキャン…されちゃってさ……」 明るく言おうとしたのに声が震え、涙声になってしまった。雨に紛れて泣いているのがばれないと思ったが、聡にはばれてしまったようだ。 「ちょっと来い」 「えっ?」 そう言って聡はコンビニの袋を持っている手で、雫の腕をつかむと雫の家の方へ歩き出す。家の前まで来ると、雫から鍵を奪い取り、雫を玄関に押し込んだ。
玄関で待つように言うと、勝手知ったる他人の家とばかりに雫の家へ上がりこみ風呂場からバスタオルを持って戻ってきた。 「ほら、とりあえず身体を拭け。今の時期だってずぶ濡れのまんまだったら風邪引くぞ」 「あっ、ありがとう…」 渡されたタオルを受け取ると、濡れた髪を拭き、服の上から身体を大雑把に拭いた。 「その服脱いで、ついでに風呂入って来いよ。シャワーだけでも入らないよりはマシだろ」 「僕の家なのに聡の家にいるみたい」 クスクス笑いながら言うと、雫は風呂場へ向かった。
シャワーを浴びたら、さっきまで落ち込んでいた気分が少しだけ浮上した。聡がいてくれたからなのかもしれない。 風呂を出ると、脱衣所にパジャマが置いてあった。でも、そのパジャマは中学生の時着ていたやつで、今は少し小さくなってしまったものだった。 聡が用意してくれたのだろう。聡が最後に泊まりに来たときが中学二年のとき。そのとき着ていたパジャマをまだ着ていると思ったらしい。 雫は腰にタオルを巻くと、自室に行ってTシャツと短パンに着替え、リビングへ行った。 聡はリビングのソファにどっかりと座り、冷蔵庫から勝手に出したお茶を飲んでいた。他人の家なのにまったく遠慮しない聡に苦笑しながら、聡の隣に腰を下ろした。 すると聡は雫の格好を見て首を傾げた。
「あれ?パジャマ出しておいただろう?」 「あのパジャマもう小さくて着れないやつだよ。中学のとき着てたのなんて入るわけ無いじゃん」 「あっ、そう言えばそうだったな。お前ちっちゃいまんまだから、成長して無いように見えるけど、ちゃんと育ってるんだな」 「当たり前だろ。聡がでかすぎるんだ!」 身長のことを言われるのが嫌いな雫はムッとしながら聡の頭を叩く。 すると、仕返しに頬っぺたを抓られる。 そんな風に聡とじゃれあってると不意にTVの上の時計が目に入った。
8/6 Saturday AM0:03
デジタル時計が示す曜日と時刻に、自分の誕生日が過ぎてしまったのを知る。 すると浮上していた気持ちが急降下していく。 急に勢いが無くなった雫の視線をたどり、日付が変わった時計を目にすると聡は雫の頭をぽんぽんと叩き慰めた。その優しい仕草に雫は思わず涙ぐんでしまう。 「何があったかは聞かないけど、愚痴くらいなら聞いてやるぞ」 「………うん」 「言いたくなかったら無理しなくてもいいぞ」 「…………うん」 聡の言葉に何度か頷き、少しの沈黙の後、雫は口を開いた。
「恭介さんの仕事が忙しいのはわかってるんだ。付き合う前からそうだったし、告白したときも『あんまり会えなくてもいいなら』って言われたし。だから、恭介さんに迷惑かけないようにしてきたんだ。 でも、今日は――もう日付がかわってるから昨日だけど――どうしても恭介さんに会いたかった。たった数分でもいいから、恭介さんに会いたかった。恭介さんに『おめでとう』って言ってもらわなくても、ただ顔が見れたらよかった……って自分でもそう思ってたのに、恭介さんに『今日がどうした?』って聞かれたときショックだった。僕の誕生日忘れられててすごくショックだった」
聡は雫の肩を優しく抱き、雫の悲痛な本音を聞いていた。
「そんな自分がいやだった。片思いのころは恭介さんを一番に考えていたのに、両思いになったら、『もっと自分を見てほしい』『僕のことを優先してほしい』そんなことばっかり考えて……。恭介さんに迷惑かけないって決めたのに。 ――恭介さんといるときも『仕事だから』って言って恭介さんが帰ろうとするのを引き止めちゃいそうになって……」
悟の肩に顔を伏せた雫が小刻みに震えている。聡は肩に生温かい水分が広がるのを感じた。
「でも、引き止めて『鬱陶しい』とか言われるのが怖くて……。 今日だって本当は『仕事より僕を優先してください』って言いたかったのに、無理やり呑み飲んで……。 恭介さんが僕のことどう思っているか考えただけで胸が苦しくて……こんな風に誰かを思ったこと無いから、自分でもどうしたらいいのかわかんなくって………」
そこまで喋ると嗚咽で言葉が告げなくて雫は聡の胸に抱きつく、聡は雫の背中をあやすように叩きながら、胸の中で震える幼馴染が泣き止むのを待った。
しばらくして、泣き声が聞こえなくなり、雫の顔を覗き込むと泣きつかれて眠ってしまったようだ。雫の目に溜まった涙をそっと掬い、指先で涙の後をなぞるように雫の頬を撫でる。
高校生になってそれなりに身長も伸び、声変わりをして、少しばかり大人っぽくなったといっても、雫はいつまでたっても雫のままだ。寝ている姿は無防備で、小動物を思わせる愛らしさがある。こんな雫を見ていると庇護欲を掻き立てられてしまう。 だが、聡は雫に対して全くと言っていいほど恋愛感情は無い。あるのは友情と親愛の情のみ。だからこそ、雫も無邪気に聡に懐いてくれる。もし、聡に少しでも邪まな気持ちがあれば、勘の鋭い雫は少しづつ距離を置くはずだ。相手の気持ちに応えられない自分を責めるかもしれない。
雫にとって聡は友達であり、兄であり、時に父親のような存在であった。 それは聡も同様で、聡にとって雫はかけがえの無い大切な存在であった。 だから、『男の恋人ができた』と聞かされたときは、本気で驚いたし、不安も少しあった。でも、雫の幸せな顔を見ていたら、そんなことどうでもよくなった。
「それなのに、こんなに雫を泣かせやがって」 聡はボソッと呟くと、雫の携帯から『日高 恭介』のメモリーを引き出す。そして通話ボタンを押そうとした。しかし、目に入った時計を見てあまりに非常識な時間帯だと思い、恭介に文句を言うのは夜が明けてからにすることにした。 聡に凭れたまま眠ってしまった雫をソファの上に倒し、タオルケットをかけてやる。聡はその下の床へ寝転がると、クッションを枕代わりにしてそのまま眠ってしまった。
明け方、恭介に文句を言ってやることを決意して。
*******
恭介は枕元に置いた携帯電話の音で目が覚めた。 時計を見るとAM6:00だった。 昨日は急な接待で取引先に結構飲まされた。酒に強い自覚はあったがさすがに二日酔いだ。今日が休みで良かったのかもしれない。 恭介は枕元でまだ鳴り続けている携帯電話を手に取る。液晶画面には『水上 雫』の名前が表示されていた。 雫は恭介の最愛の恋人だ。真面目で大人しく、恭介が仕事で忙しくても文句を言わない優しい子だ。昨日も前から約束していたデートを仕事のせいでキャンセルしてしまい、申し訳ないと思っていた。
その雫がこんな朝早くから電話して来たことなどないのにいったいどうしたのだろう? 訝しく思いながら電話に出る。 「もしもし。雫、どうした?」 『あんたが恭介か?』 電話に出たとたん聞こえてきたのは雫の柔らかい声ではなく、雫より幾分低い男の声だった。さっき見た液晶画面に雫の名前が出ていたから、雫の携帯から電話してきたんだろう。
「誰だ?」 警戒心丸出しの硬い声で尋ねる。答えるはず無いかと思ったら相手はあっさりと名乗ってくれた。 『雫の幼馴染の聡だ。雫から聞いたこと無いか?』 確か、何度か雫の話に『聡』という名前が出てきたのを思い出す。雫からも幼馴染だと聞いていた。その聡がいったい自分に何の用だろう? その疑問は恭介が口に出さなくても相手に伝わったらしい。
『単刀直入に言う。雫と別れてくれ』 「えっ?」
一瞬自分の耳を疑った。 今、彼はなんと言った? ――雫と別れてくれ?
「どういうことだ?」 『そのままの意味だ。雫と別れて、二度と雫に近寄るな』 「何で君がそんなことを言うんだ?雫は?雫に代わってくれ」 『雫は俺の隣でまだ寝ている』 「隣?」 雫が聡の隣で寝ている? その言葉を聞いたとたん、卑猥な場面を想像してしまった。 寝ているって、ただ寝ているだけなのか? ならなぜ、聡の隣で寝る必要がある? 二人は幼馴染の関係のはずじゃなかったのか? まさか……彼が言った『別れてくれ』とは雫が望んだことなのか? 二日酔いでガンガンしていた頭の痛みは飛んでいき、今度は妙な胸騒ぎがした。
聡は、こちらの心情を知ってか知らずか、言葉を続けてくる。 『俺は雫の傍でずっとあいつを見てきた。あいつが選んだ相手ならたとえ男でもいいと思っていた。けど、大切な日を忘れてあいつを泣かすような奴に雫をやれるかよっ!』 「えっ!?雫が泣いた?何故?」 恭介は混乱していた。仕事のせいで約束をキャンセルすることはよくある。それなのにどうして昨日に限って泣いたんだろうか? 『ホントに覚えてねぇのかよ。昨日は雫の誕生日だったんだぞっ!』 「えっ………」
――雫の誕生日……
『あいつ、誕生日をあんたと過ごせるって喜んでたんだぞっ。それなのにドタキャンされたって泣いて帰ってきて……。それでも、あんたの迷惑になるからって文句ひとつ言おうとしないっ。それどころか、仕事が忙しいあんたに我が侭言ったって自分のこと責めてるし。 あんた、いつでも雫が待っててくれるって甘えてんじゃねぇよっ。少しは雫のこと考えてやれよ』 聡の言葉は恭介にとって衝撃的なものだった。 確かに、雫はいつも恭介のために我が侭を言ったことが無かった。初めはその気遣いに感謝していたが、それはいつの間にか恭介の中で当たり前になっていたのかもしれない。
――雫は優しいからわかってくれるはずだ。 ――仕事で忙しいのは仕方が無いんだ。
無意識のうちに、心の中でそう思っていたのかもしれない。 今までの身勝手さを改めて思い知らされたと同時に、そんな自分を責めたことも無い雫の健気さに本気で申し訳なくなった。
『う…ん……聡?それ…僕のケータイ……どこに掛けてんの?――まさかっ…』 『日高恭介だよ』 『何勝手なことしてんだよっ!返せっ。』 聡の隣で寝ていたらしい雫の声が起きたと思ったら急に叫びだし、ガタゴトと音がしたかと思ったら、雫の声が聞こえた。 『恭介さんっ、朝っぱらからごめんなさい。聡が何言ったか知らないけど、気にしないで。また後で電話します』 雫は早口でそれだけ言うと、恭介の返事も聞かず電話を切ってしまった。
切られた携帯を見ながら恭介は呆然としていた。 今まで自分がしてきたことと、それで雫がどれだけ悲しんだかを改めて考えた。考えれば考えるほど、自己中心的だった自分を思い出す。『あの時ああしていれば…』と滅多にしない後悔も溢れてきた。 そして、昨夜のことで泣いた雫を思うと恭介はいても立ってもいられず、慌ててベッドから飛び降りた。
*******
「聡、何勝手なことしてんだよっ!」 電話を切った後、目の前で悪びれもなく平然としている幼馴染に怒鳴った。 「勝手なことじゃないだろ。昨日あんだけ泣いてたくせに、お前も文句のひとつでも言えばよかったんだよ」 「そんなことできないよ……恭介さんは仕事だったんだから」 「はんっ。お人好し」 聡の馬鹿にした言い方にムッとする。 「なんだよ、昨日はあんだけ優しくしてくれたくせに……」 「あんな風に泣かれたら、優しくするしかないだろ…」 ボソッと呟く聡の言葉が聞き取れず聞き返そうとしたが、それを遮るように聡が言葉を続ける。 「お前、見ててイライラすんだよ! ホントは言いたい事あるくせに相手のためとか言って我慢して。言いたい事抱え込んで泣きべそかいて。悲劇のヒロインぶってんなよっ。 お前、相手のためとか言いながらホントは自分が傷つきたくないだけなんだろ?言いたいこといって、相手に捨てられるのが怖いだけなんだろ!?自分の言いたいこと言って捨てられるくらいの相手なら、こっちから捨ててやれよっ!」
聡の言葉に雫は黙り込んだ。 幼い頃からの付き合いである聡は遠慮なしに、痛い言葉をぶつけてくる。事実であるからこそ痛い言葉。
黙りこんだ雫に聡はため息をつくと、さっきとは打って変わって穏やかな口調で話す。 「なあ雫…。もっと相手のこと信じてみろよ。恭介って奴は雫が我が侭言ったくらいで『鬱陶しい』なんて言う奴なのか?」 その言葉に雫は首を横に振った。 「……恭介さんは、仕事熱心でよく約束破るけど会えるときはすごく優しくしてくれるし、僕の話もちゃんと聞いてくれてる…」 ポツリと呟くような雫の言葉を聞くと、聡はポンポン頭を叩いた。 「だったら、自分の言いたいことはっきり言えよ。思ってること全部ぶつけて来い」 聡の励ましの言葉に頷いた瞬間。
――ピーンポーン
家のチャイムがなった。 「誰だろ、こんな朝早くから…」 雫は首をかしげながら玄関へ向かったが、聡は訪問客が誰だか予想できていた。 「はい?」 インターホン越しではなく、直接玄関のドアを開けるとそこには―― 「恭介さんっ!?」 「雫っ!」 恭介は雫の顔を見たとたん、雫の腕を引き抱きしめてきた。
「雫、悪かった。今まで自分勝手なことばかりして、雫に悲しい思いをさせていたのに気づかなかった………」 恭介の謝罪の言葉に雫は首を横に振った。 「確かに、仕事のせいで約束キャンセルされたのは悲しかったけど、僕も恭介さんに言いたいこと言えなかった。『恭介さんのために』って言いながら本当は自分が傷つくのが怖かっただけなんだ」 「雫……一日遅れてしまったけど、誕生日おめでとう。急いできたからプレゼントは用意できてないけど……」 「いいんです。プレゼントが無くても、恭介さんが傍にいてくれるなら」 「雫」 「恭介さん――」 恭介が囁くように雫の名前を呼ぶと、それに応えるように雫も恭介の名前を呼ぶ。そしてどちらからともなく、唇を合わせた。
すでに二人はここが雫の家の玄関先だということも、そんな二人を見て呆れたため息をついている雫の幼馴染がいることもすっかり忘れていたのだ。
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「雫、ひとつきいてもいいかな?」 恭介の部屋のベッドの上でことが終わった後、雫の身体を抱きしめながら恭介は囁いた。
あの後、聡によって現実に引き戻された二人は、一日遅れの誕生日デートをした。 ドライブして、映画を見た後ショッピング。そこで雫の誕生日プレゼントを買った後、レストランへ行った。その後恭介はホテルへ行こうと誘ったが、雫は恭介の部屋がいいといったので、恭介の部屋へやってきたのだ。 そこで、いきなり押し倒されたりはしなかったが、いつもより性急に求められたのだ。
「何?」 情事の後の疲れでうとうとしている雫は、半分眠っている状態で尋ねた。 「聡くんとは幼馴染……なんだよね?」 「うん。そうだよ。…それがどうかした?」 雫の問いに少し躊躇ったあと恭介は思い切って尋ねてみた。 「……聡くんとは、その…こんな風に寝たことはあるのか?」 「何言ってんの!?」 寝ぼけていた雫は恭介の一言で、目が覚めた。 「恭介さんは僕のこと、誰とでも寝るような尻軽だと思ってるのっ!?」 雫が怒り出したことに、恭介は慌てて否定した。 「違う、そうじゃない。雫のことは信じているけど、今朝、聡くんから電話もらったとき、雫が隣で寝てるとか、ずっと傍で見てきたとか、言ってたから……」 「寝てたっていうのは本当に眠ってただけだし、傍で見てきたっていうのも小さい頃からずっと一緒にいたからだよ」 「でも、聡くんはいつも雫の傍にいるし、雫のこと泣かせたりしないだろ?」 いつになく弱気な恭介に雫はクスッと笑った後、軽くキスをしてにっこりと笑顔で言った。
「それでも僕は、仕事熱心で真面目で優しい恭介さんが一番好きなんだよ」
その雫の言葉に落ち込み気味だった恭介の気分は一気に浮上した。
「雫…。俺も雫が一番好きだよ」
先ほどの雫の軽いキスより濃厚なキスを恭介から仕掛けた。 雫は甘いキスの快感に酔いしるためにそっと目を瞑った。
<FIN>
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