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 (兄弟 三角関係 年下攻/18禁)
家族ごっこ(前)


               航太(1)

長男 淳平 大学1年
次男 数馬 高校1年
三男 航太 中学1年(ボク)
父親


 ボクの家は四人家族だ。
 お母さんが生きていたときも、死んでしまった今も四人家族なのは変わらない。

 お母さんが病気で死ぬまでは、両親と兄とボクの平凡な家族だった。
 普通の家とちょっとだけ違っていたのは、兄の数馬のお母さんとボクのお母さんが別人ということだけだ。
 お父さんが初めに結婚した数馬のお母さんは、数馬を産んですぐに亡くなった。
 お父さんが再婚してボクが生まれた。
 だから、ボクも数馬も、数馬の本当のお母さんが、ボクたちのお母さんと違う人だっていうことを意識したことはほとんどなかった。
 ボクと数馬は本当に普通の兄弟として育ったのだった。

 ここで少しだけ言っておくと、ボクと数馬には共通している、普通じゃないところがある。
 二人とも女の子にはまったく興味がなくて、好きになるのも付き合うのも男の子だ。
 しかも、ボクにとって非常に都合の悪いことに、二人の好みのタイプは100%同じだった。
 子供の頃から、ボクは何度、好きな子を数馬に盗られたか数え切れないほどだ。
 中学生になって少しは学習したボクは、家に友人を連れて来るのをやめた。
 この場合「友人」と「好きな子」とはほとんど同じ意味になるけど、実際のところ好きだから友達になるんであって、友達の延長が恋人でも全然おかしくない。
 そうボクは思うんだ。

 三つ年上の数馬は今年から高校生になった。
 いいかげんに弟の友人を盗るのはやめて、自力で相手を探して欲しい。
 ボクは切実にそう願っている。
 数馬はスラリと背が高く、なかなか男前だから、その気になれば簡単に恋人だって作れるはずだ。
 ボクなんかチビで、学校の成績だってあんまり良くないのに、ひたすら努力、努力で友人を獲得しているのだ。

 話を元に戻すことにする。
 お母さんが死んでしまったのに、今でもボクの家が四人家族のままなのは、お父さんがまた再婚したからではない。
 ボクと数馬の上にもうひとり兄ができたからだ。
 へんな話しだと思うでしょう。
 ボクだって、すごくへんだと思う。
 だけど本当のことなんだ。

 ボクと数馬が知らなかっただけで、元々お父さんには、子供が三人いたんだ。
 ボクは三人兄弟の末っ子なのだった。
 突然、降って湧いたように、もうひとりの兄、淳平がやってきたのは桜が咲いている頃だった。
 母親と二人で北海道に住んでいるという淳平が、東京の大学に入学したから上京すると知らせてきた。
 そのとき初めてボクと数馬は、淳平のことを知った。
 初めて会った瞬間から、淳平はボクたち家族に溶け込んでしまった。
 そして、そのまま居ついてしまったのだった。



「航太、お弁当、忘れてるよ」
「あ、ごめん」
 玄関で靴を履いているところに淳平が弁当を持ってきてくれる。
「いってきまーす」
「夕飯までには帰ってくるよね」
「うん、もちろん」
 今は夏休みで学校は休みだけど、サッカーチームの練習だけは毎日ある。
 去年の夏休みには、お母さんが弁当を作ってくれた。
 今年は淳平が作ってくれる。

 淳平は大学生だから夏休みが長い。
 バイトはしているけど、昼過ぎまで家にいることが多い。
 どうやって時間をやりくりしているのか、家事をほとんどこなしているのがすごいと思う。
 誰も淳平にそんなことを期待していたわけじゃなかったのに、淳平はごく自然にお母さんの代わりになってしまった。

 数馬より三つ年上なのに、小柄で細身の淳平は逆に数馬の弟に見える。
 気持ちも、見た目も優しい淳平をボクは好きになった。
 ボクの心に空いたお母さんの形の隙間を、淳平が埋めてくれたんだと思う。
 ボクは母親のいない寂しさをあまり感じることなく日々を過ごしていた。



 中学生になって初めてのボクの失敗は、友人を家に連れてきたことだった。
 同じクラスの玲人は、おとなしいけどしっかりした性格のやつで、言うべきことがあるときにははっきり言うタイプで、いつもワイワイガヤガヤうるさいのに、いざというときになにも言えずに黙ってしまうボクとは正反対だ。
 玲人のそんなところが気に入って、ボクは仲良くしたいと思ったんだ。
 ただの友人でもいいけど、もっと仲良くなれたらいいな、と単純なボクはそう思って家に連れてきた。

「あれ? 数馬、今日でかけてるはずじゃなかったっけ」
「中止だ」
 数馬は主語を抜かしてしゃべったけど、中止になったのはデートだってことをボクは知っている。
「お邪魔します」
「ああ……」
 玲人を見る数馬の視線に、ボクは嫌な予感がした。
 絶対に、数馬は玲人に興味を持ったに違いない。
 そして、こういう場合、必ずといっていいくらい高い確率で数馬はボクの友人を盗ってしまうんだ。

 夏休みの宿題を一緒にやろうと言って誘ったので、いまさらどこかへ遊びにでかけるわけにもいかずに、ボクと玲人はリビングで教科書とノートを広げた。
「どれ、見てやろうか」
 いいから、あっちに行っててくれよ。
 ボクが言うより早く、玲人が返事をしてしまう。
「お願いします、お兄さん」
 数馬を見上げて「お兄さん」と言ったときの玲人は、とてもかわいらしくてボクはクラッときた。
 だけど、それはボクにではなく数馬に向けた笑顔で、これはもう決定的にボクにとって不利な状況だった。

 家にいるときの数馬はたいてい無口で機嫌が悪いのかと思ってしまうくらい愛想がない。
 目の前でニコニコ笑いながら、勉強を教えてくれているのと同じ人物とはとうてい信じられない。
 そんな数馬に玲人が好意を抱いてしまっているのを、目の前で見ているボクは辛かった。
 玲人の指先がノートの隅をなぞっているので、そっと覗き込むと、そこには数馬の字で携帯の番号が書かれてあった。
 ボクが席をはずしていたあいだに、数馬が自分の携帯番号を書いたんだ。
 数馬と視線が合うたびに恥ずかしそうにうつむく玲人。
 ボクの初恋は、恋になる前に、こうやって潰されてしまった。
 今までと同じように、兄の数馬のせいで。



               航太(2) 

 三年後。

 オレは今年の春、高校生になった。
 母親のいなくなった穴を埋める形で、淳平が家族になってから三年が過ぎている。
 数馬は大学生になり、淳平は来春には社会人になる。
 父親はあいかわらず、黙々と働くサラリーマンをやっている。
 ごく平凡な男にしか見えない父には、それぞれ母親の違う三人の息子がいる。

 長男 淳平 大学4年
 次男 数馬 大学1年
 三男 航太 高校1年(オレ)

 三年前にはチビの中学生だったオレは、今では兄の数馬より背が高くなった。
 淳平は元々が小柄なほうなので、すぐに追い越してしまったし、そのことでなんとも思ったりはしなかった。
 だけど、去年の夏休み中に数馬より背が高くなったことを発見したときには、踊りだしそうなくらいうれしかった。
 今まで散々悔しい思いをさせられてきたんだ。
 これからは、そうはいかないぞ。
 と、一人で勝手に盛り上がっていた。
 今では確実に五センチはオレのほうが背が高い。
 それに加えて、数馬はひょろっと細いままなのに、オレのほうは骨太の身体に筋肉がついて縦横にでかくなった。
 言っておくけど、太っているわけじゃない。
 逞しい男に成長したのだ。
 見た目は……。
 そうなんだ、見た目は成長著しいんだけど、頭の中身は三年前とあんまり変わらない。
 生まれつき素直で正直な性格のオレが、ずる賢い数馬に勝てるはずがなかった。

 何で勝とうと思っているかと言うと、恋愛というかなんというか。
 オレはいまだに恋人ができたことがなくて、好きだと思っても友逹以上になれないんだ。
 素直で正直な性格が、オレの恋路を邪魔しているらしい。
 せっかく、数馬という障害がなくなったというのに、問題は自分自身にあったことを気づかせられただけだった。
 人生って、残酷だ。

 長男の淳平は、大学に通いながら塾講師のバイトをして、家事もこなしている。
 オレと数馬にとっては、ありがたい存在だ。
 その淳平がどうやらバイト先の塾長といい仲になっているらしいのを数馬から聞いた。
 オレはそういうことに疎いらしくて、今まで気づかなかった。

「淳平は、就職活動しなくていいの?」
「うん、僕はバイトしている塾にこのまま就職することに決まってるんだ」
「へえ、そうなんだ」
 ひょっとして、それってば永久就職ってやつ?
「来年の春には、淳平いなくなっちゃうんだ」
「えっ? なんで僕がいなくなるの」
「だって、あの、その人と一緒に暮らすんだろう」
「なに言ってんだよ。ただの就職だよ」
 淳平が顔をそむけたので表情が読めなかったけど、照れているわけじゃないらしかった。
 なんだか、悲しそうな顔をして黙ってしまった淳平と、マヌケなことを言ってしまったらしいオレは数馬が帰ってくるまでの時間を気まずい空気の中で過ごした。

「数馬、ちょっといい?」
「なんだ」
 オレはどうしても昼間の自分の発言のどこが失言だったのか知りたくて、夜中に数馬の部屋をノックした。
 そして、教えてもらって、激しく落ち込んだ。

「……な、だから、そういうことだよ」
「そんなあ、淳平がかわいそうじゃんか」
「しかたねえだろ、それでも好きなんだったらさ」
「だって……」
 淳平の相手は結婚していて子供までいるなんて、数馬はどうして知ってたんだろう。
「ほっといてやれよ」
「数馬は、それでいいのかよ」
「本人がいいってんだから、しかたないだろ」
「オレは嫌だ。そんなの嫌だよ」
「ガキだな」
「数馬のバカヤロー」
 自分の部屋に戻って、少しだけ泣いた。
 だって、淳平がかわいそうで……。
 あんなにいいやつなのに、どうして?

 それぞれに母親が違うオレたち三兄弟は、揃いも揃ってゲイだった。
 オレと数馬は子供の頃から、好みのタイプが同じで、いろいろ揉めたりオレのほうが一方的に泣かされたりしてきた。
 だけど淳平は違っていた。
 どうやら年上の男に尽くすのが好きらしく、身も心も捧げたあげくに捨てられてボロボロ。
 なんてことが今までにも何度かあったらしい。
 それはみんな淳平が北海道に住んでた頃のことで、オレたちの家にきてからはなかったことなのでオレは淳平にどう接していいのかわからなくて困っている。
 数馬みたいに薄情にはなれないよ。
 だって、淳平は兄弟だし、優しくていいやつで、オレは淳平のことが好きなんだから。



               航太(3)

「ただいまー」
 家の中に一歩入っただけで、今日の夕飯のメニューがわかる。
 ビーフシチューとコロッケだ。
 カニクリームコロッケだといいな。
 それにしてもカロリーありすぎじゃないの、このメニュー。

「あれ? 誰もいないの」
 キッチンには灯りがついているのに、リビングは暗いままになっている。
 秋になって日が暮れるのが早くなったから、ちょっと油断すると真っ暗だ。
 淳平が料理中に買い忘れた調味料でも買いに行ったんだろう。
 そう思ってリビングの灯りをつけた。

 いちおう淳平の部屋ということになっているリビングの隣りの和室に人の気配を感じる。
「淳平、いるの?」
 襖に内側からなにかがぶつかったような物音がした。
「淳平、大丈夫? 開けるよ」
 オレが襖の取っ手に手を掛けたとたんに、いきおいよくそれが開けられて数馬が現れた。
「な、なんで、数馬がいるんだよ」
 数馬はオレを睨みつけてから自分の部屋に入っていった。

 淳平の部屋の襖はいつも開けっ放しになっている。
 冬になるとここにコタツを置いてみんなで鍋をつついたりして、淳平の部屋だか茶の間だかわからなくなる。
 ずっと母親と二人暮らしだったから、家族が大勢いるっていいね。
 なんて、優しい淳平は言ってくれるんだ。
 そんな淳平が、辛い恋をしていることを知って、オレまで辛くなってしまった。
 我ながらなんて単純なんだろう。

 カサカサ……。

 えっ、今の音なに?
「わあっ、びっくりした、淳平いたんだ」
「おかえり、航太、すぐ晩ご飯にするから」
 なんか顔色悪くないか。
「じゅん……ぺい?」
 その瞬間にオレの頭は沸騰した。
 数馬の部屋に飛び込んで、数馬の顔を殴った。

 いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるだろ!
 数馬のバカヤロー!
 なんで、淳平にあんなことしたんだよ。
 なんで、なんでだよ。

 オレは言葉が一言も出てこなくて、数馬の胸倉を掴んで殴りかかった。
 数馬は、黙ってオレに殴られていた。
 どうして、子供の頃から、オレの一番好きなものばかり盗るんだよ。
 数馬のバカヤロー!
 淳平は、オレたちの大切な家族なのに。

 その日から、オレは数馬と口をきかなくなった。
 淳平とは、今までどおりに接しようと精一杯努力した。
 オレの得意なことは努力することだけだもんな。
 淳平につきまとって、数馬と淳平を二人きりにしないように気を配った。

 大好きな淳平を数馬から守ろうとしていたはずのオレは、淳平といる時間が長くなるに従って嫌でも気づかされることになる。
 オレも、数馬と変わらないということに。
 家族として淳平を好きなわけじゃなかった。
 オレの気持ちは初めから、そうだったんだ。
 抱きたい。
 頭の中で言葉にしてしまうと、もうそれは取り消せなくなった。
 オレは淳平を恋人として抱きたいんだ。
 母親が違うとはいえ、実の兄の淳平を、オレは抱きたいと思っている。
 数馬と同じだ。
 そうだよ、いつだってオレと数馬が好きになるのは、優しくて頼りなくて守ってやりたくなるような、それでいて本当は芯が強いそんな相手ばかりだった。

「淳平……」
「なに?」
「キス、していい?」
 黙って目を閉じた淳平の薄い唇に、そっと指で触れてみた。
 それから、自分の唇を重ねる。
 予想していた激しい衝動が自分の中に起こらなかった。

 触れていただけの唇を離すと、淳平が目を開ける。
「淳平のこと、好きだよ」
「うん、僕も航太のこと、大好きだよ」
 淳平がオレの頭を、自分の胸に抱きかかえる。
 柔らかく髪を撫でられながら、母親に甘える子供のように淳平に抱きついた。

……つづく
「後編につづきます」
...2005/1/27(木) [No.160]
aruki
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