「祐ちゃん?」 光は、不思議そうな瞳を祐也に向けた。その大きな瞳を、祐也は不機嫌そうに見返す。 「・・・何?」 「ゴキゲンナナメ?」 ピクンッ。 祐也が、反応する。 「・・・・・・・・・」 「ビンゴ?」 ・・・コイツは、いちいち・・・ 内心、祐也は舌打ちしていた。6個年下の、幼なじみ。現在男子校に通う中学2年生・・・田辺 光(たなべ ひかり)。 無愛想な祐也に妙になついている、小柄な少年である。 「・・・お前には、関係無ぇだろ」 「だって、気になるよ~」 プクッと頬を膨らませて、光が言う。そして、そのまま祐也にギュゥッと抱き着く。 「何してんだよ・・・さっさと離れろ、暑苦しい」 季節は、真夏。外では、セミがやかましく騒いでいる。いくらここが祐也の部屋で、空調が効いているとはいえ、こんなにくっつかれたら、やはり暑いのだ。 「う~・・・祐ちゃん、イジワルだよ。前はもっと遊んでくれてたのに・・・ねぇ、何で~?」 何で何で、と騒ぎ、光は手足をバタつかせる。小さい頃からかまってくれていた大好きな祐也に邪険に扱われる、というのは、光にしてみれば世間が今騒いでいる『不景気』などというものよりも、ずっとずっと重要な問題なのだ。 「あ~うるさいうるさい・・・いいか、大学生ってな大変なんだよ。大体、お前だってもう中学生だろ。俺なんかにかまってないで、彼女の1人くらい作れ」 「イヤ。おれは、祐ちゃんのお嫁さんになるんだから!」 ・・・・・・・・・・・・祐也の時間が止まった。数十秒後、再び動き出す。 「あ、あのな・・・お前、男だろうが。どうやって嫁になる」 呆れたように、祐也が言う。・・・まさか、中2になっても言うとは・・・ そうなのだ。光は、幼い頃から、ずっとこのセリフを言い続けてきた。幼稚園児の頃から、小学校5年生まで。 最近は全然言わなくなったので、ああやっとコイツも常識というものを理解したか、と安心していたのだが。 どうやら違ったらしい。 「お父さんもお母さんも無理だなんて言わないよ!」 ・・・そうか。そこに問題があったのか。 光の両親がかなりアバウトな人であることは、知っていた。 ・・・知っていた、が。 ・・・自分の息子の間違った常識ぐらい直せ!!つーか、大事な一人息子がホモになってもいいのか!?いやその前に、俺の人権はどうなる!! そう、思わず祐也は叫びそうになった。 「おれ、18歳になったら絶っっっ対祐ちゃんのお嫁さんになるからね!」 祐也は額を押さえて、溜め息をついた。 「・・・あのな、光。男同士は結婚できねぇって法律があんの、知ってる?」 「・・・・・・えぇ!??」 その言葉を聞いた途端、光は素っ頓狂な声をあげ、目を見開いた。 「誰でも知ってることだと思うぞ?」 「な、そ、それじゃ・・・おれ、どうすればいいの・・・!?」 「そんなこと言われても・・・」 諦めるしかねぇだろ。 そう言おうとしたが、言えなくなった。 光の目から、ポロポロと涙がこぼれ出したから。 「・・・ふ・・・ふえぇ・・・・・・」 「ち、ちょ・・・光?」 まさか、泣かれるとは思わなかった。冷や汗を流しながら、祐也は光を宥めようとする。 「ヤダよぉ・・・お、おれは・・・ひっく・・・祐ちゃんの、お嫁さんに、なるん、だから・・・」 「と、とりあえず落ちつけ、な?」 さっきまでの不機嫌はどこへやら。祐也はすっかり光のペースにハマっていた。 ・・・そもそも、なぜ今まで祐也が不機嫌だったかといえば。 原因は、光なのだ。 *** 昨日ことだった。 「祐ちゃん、おれの友達でね、三崎 千尋(みさき ちひろ)くんっていうの!」 そう、嬉しそうな顔をし、光は言った。 ・・・急に人の家に来るから、何かと思えば・・・ 「ふぅん。で?なんで俺んとこに来る?」 「ちーくんに、おれの大好きな祐ちゃんを見て欲しかったんだ~♪」 ニコニコと笑いながら、そう告げる。 「あなたが、麻香 祐也(あさか ゆうや)さんですか?光ちゃんから、お話は聞いてます。よろしくお願いしますね」 ニッコリと、礼儀正しくお辞儀しながら、千尋は微笑む。とても可愛らしい、女のコのような少年だった。光と2人並んでいると、そこらのアイドルグループなんか足元にも及ばないほどだ。 「ん・・・ああ、よろしく」 無愛想にそう言い、祐也は軽く右手を挙げる。 「ね?祐ちゃん、かっこいいでしょ~?」 「うん、とっても」 「やっぱりちーくんも大好きだよ~vvv」 ガバァッ! 光は、千尋に思いきり飛びついた。 ・・・ムカッ ワケも無く、イライラする。祐也はその理由を探ってみた。 ・・・ああ。勉強中に突然押しかけられたから、こんなにイライラするんだ。 そう、納得する。 そしてその後千尋は、申し訳なさそうにしながら、5時過ぎくらいまで祐也の家に居、光にいたっては、夕飯を祐也宅で食べ、更に。そのまま、お泊りである。 たしかに家は隣だし、明日は日曜日だが・・・・・・それにしても、うちの親も、光の両親も、アバウト過ぎだ!! 無理矢理自分のベッドに潜りこんできた光の寝顔を見て、祐也は・・・少し、ドキッとした。 ・・・ヲイ。ちょい待て!なんだ今のは~!! その夜、祐也は、イライラ+本人の気付かない多くの思念のせいで、朝まで眠れなかった。 *** 光の涙は止まらなかった。後から後から、止めどなく流れ続ける。 どうしていいかわからない祐也は、とりあえず光の背中を摩ってやる。 「っく・・・おれ・・・祐ちゃんが、好きだよ・・・世界で一番、大好き・・・ひくっ・・・なのに・・・なん、で・・・・・・結婚しちゃ、いけないの・・・?」 しゃくりあげながら、光は言葉を紡いでいく。 「ねぇ・・・祐ちゃんは、おれの、こと・・・・・・どう、思って、るの・・・?」 光は潤んだ瞳で祐也を見つめ、そう言った。 どう思ってるか、と聞かれても。答えは、決まって・・・・・・いる、ハズだった。 幼なじみ。それ以外、あるワケ無いハズだったのに。 心の中のもう1人の俺が、何か叫んでる。 ・・・・・・でも、それを言ってはいけないような気がした。・・・だから。 「・・・幼なじみ」 そう、答えた。 「それ、だけ・・・なの・・・?」 「・・・他に、無い、だろ」 ・・・怖い。祐也は、何かに怯えていた。 「・・・そ、う・・・ごめんね・・・おれ・・・ずっと、迷惑、かけてたみたい・・・」 「・・・・・・え・・・?」 「・・・バイバイ!もう、おれ、ここ来ないよ。祐ちゃんに、迷惑・・・かけないから!」 「・・・光!?」 ニッコリと笑って。はっきりそう告げ、光は祐也の家を飛び出した。 *** 「・・・おれ、バカだ・・・祐ちゃんの気持ちも知らないで、勝手につきまとって・・・・・・ううん、ほんとは、わかってた・・・けど・・・」 認めるのが、イヤだった。 あても無く祐也の家を飛び出して。光は、『いつもの場所』に来ていた。 イヤなこと。悲しいこと。そういったものに飲みこまれそうになった時、必ず来る場所。近所の小さな公園。 中央に、大きな飛行機の乗り物があることから、飛行機公園と呼ばれている、人気の無い場所だ。 白いベンチに、膝を抱えて座る。 ・・・祐也は、自分がツライ時ここへ来ることを知っている。・・・・・・そう、自分は、まだどこかで期待しているのだ。祐也が、追いかけてきてくれることを。 「そんなこと・・・あるワケ、無いのに・・・おれ、ほんと、バカだなぁ・・・」 1度は止まった涙が、また頬を伝い始めた。 *** 「・・・ちきしょ・・・・・・一体、アイツは・・・何を望んでたんだよっ!!」 思いきり、自室の壁を殴りつけた。ミシッ、と音がする。 そんなもん、今更だろ。わかんねぇワケ、無ぇだろ? もう1人の自分が、嘲笑ってくる。・・・そう。本当にわからないのは・・・ 自分の、望み。 俺は一体、何を望んでる?何でこんなに、イライラするんだ? ・・・臆病者。いつまで怖がってやがる。 「・・・わかったよ・・・・・・認めて、やるよ!!!」 祐也は部屋から飛び出していった。 *** 飛行機公園。ここいらではそう呼ばれている、小さな公園。 光はイヤなことがあれば、必ずここへ来る。 もっとも、今回もそうとは限らない。・・・しかし、他に思いつく場所が無いのだ。家には絶対居ないと、直感で思ったから。 確かに、明日まで待てば、光は自分の家に居るだろう。学校もあるし。 でも、今探さなくては、話さなくては、ダメなのだ。 息を切らしながら、祐也は走った。・・・あの公園、こんなに遠かったか!? そう、言いたくなる。 そして、やっと公園に到着し、辺りをキョロキョロと見回すと・・・ ベンチに、小さな体を丸めた、光が居た。 「・・・光っ!!」 祐也が名前を叫ぶと、光はビクリと身を竦ませ、顔を上げる。 そして、祐也の方を向いた。 「・・・・・・祐・・・ちゃん・・・?」 *** 来てくれた。ほんとに、来てくれた。 光は自分の目を疑った。望んだ大切な人が、目の前に居る。 わけもわからず、呆然としていると、 「・・・ゴメン・・・!」 そんな謝罪の言葉と共に、きつく抱き締められた。 「・・・え・・・?」 「俺、怖かったんだよ・・・自分の気持ち認めんの・・・・・・でも、ちゃんとわかったから。認めたから」 「・・・それって・・・」 「・・・・・・俺は、光が好きだ。愛してる・・・」 「・・・・・・・・・」 嬉しかった。言葉には変えられないほどに。 「だから・・・・・・俺のこと、その・・・許して、くれるか?」 「・・・・・・ヤダ。許して、あげない」 「・・・え?」 頭を、10tのハンマーで殴られた気がした。確かに・・・無理の無い話ではある。許してくれなんて、自分の我侭以外の何者でも無い。 しかし・・・・・・ 「だったら、俺は・・・どうすればいい?どうすれば許してもらえる?」 形振りなんて、かまっていられなかった。好きだから。何でもしようと思った。 「・・・・・・キス、して」 ・・・とはいっても、さすがにこれにはビビったが。 「・・・・・・いいのか?」 「してくれないと、許してあげない」 そう言って、光がニッコリと微笑んだ瞬間。 夕闇の中で、2つの影が重なった。 「祐ちゃん・・・大好き、だよ・・・・・・ずっと・・・」
|