何ていうか。 オレがこの教師も生徒も男しかいない、まさに男だらけの男子校に入るというのは、何気に興味深かった。 だって、ねぇ。 正真正銘幼稚園から中学まで、オレは共学だったし、親戚に女の子もいた。 だから話すのには慣れてる。別に嫌いでもない。 ・・・まぁかといって、特別好きな訳でもない。 この学校は高校・大学とも男子校だ。(大学は男女別学になってる) だから当分合コンでもしない限り女とは会えないだろう、と思っていた。 まぁでも、いいや。 女と関わるとトラブルが耐えないって周りからいわれてるし。 まぁ良い機会なんじゃないかな。 と。 オレは密かに思っていたんだけど。
「・・・英知、手が止まってる」 「うぁーい・・」 そう。 こいつだ、こいつ。そう、紛れもなくこいつです。 誰もいない図書館で、且つ優雅に本をオレの目の前で読んじゃったりしてるこいつだ。
西村琥珀―――オレが高校で知り合った奴で、今のところ一番の友達。 オレはそんなに身長があるわけじゃないし、実際174cmだ。 でも琥珀はオレの視線と合わせるのに結構苦労しているみたいで、身長はやはり20cm差がある。 そんでもって真面目な性格なこともあって真っ黒なその髪。 人形かと問いたくなるぐらいの真っ白なその肌。 とどめは、その大きくて一番印象深いその瞳。 正直言って最初話しかけたとき、そんなことにオレは全く気付かなかったんだけど――― 周りが余りにも騒ぐもんだからさすがに認めた。 そんな訳で、オレは男子校にいるはずなのにほぼ毎日女顔負けの可愛い顔を眺めている訳だ。 当の本人はオレ以外の友達はほとんどいないし、全く見当もついていないようだ。
オレは余り頭がよろしくない。 そんな訳で、成績優秀な琥珀に今日提出しなければいけない宿題を見てもらっている。
「そんなに難しかったか?古文の訳は」 「オレ古文苦手なんだよな・・・はぁ」 「落ち込んでる暇があったらさっさと解け。先生がそのうち帰るぞ」 「う・・・」
がくっとうなだれると、ぺしんと平手で軽くはたかれる。 でもマジでやる気がしねえ。あぁもう、何で昔の人の言葉を理解しないといけないんだ。 大体この学校の古文難しすぎじゃないのか? 入学してから3週間たつけど、授業も意味解んないし。
「琥珀・・・ここ解んない」 「?あぁ・・そこは係り結びだから」
ジャスチャーと図を加えて、1から順にオレに丁寧に教えてくれている琥珀。 なんでそんなに優しいのに、友達が出来ないんだろう。(少しは容姿のせいもあるだろうけど)
「ウィース!よう英知ぃ」 「・・・洋一?何か用?」
がらっと図書室にドアが開くと、オレの悪友・桜庭洋一が入ってきた。 あぁもう、ようやく理解できるところだったのに。
「で、何」 「何じゃねーよ。古文の先生がもう帰りたいって嘆いてるぜ。帰ってもいいかー、だって」 「は!?駄目に決まってんだろーが!」
折角此処までやったのに、提出遅れでマイナス1されるなんて馬鹿馬鹿しい! そう思って風とため息をつくと、ふと目の前の存在に気が付いた。 少し俯いて、さっきみたいにオレと目を合わせてはいない。 心なしか、不安げな顔をして、洋一の方向に視線を向けている気がする。
「・・琥珀?」 「・・・ッ!」
声をかけると、ビクッと肩を震わせた。 先刻まで少し上側にあった視線が、ずるずると下に下がっていった。 どうしたんだろう?
「琥珀、どうしたんだよ?気分でも悪くなったのか?」 「・・・別に」
否定の言葉を吐き出した、琥珀の表情はそうは物語っていないようにオレには思えた。 先刻まで明るく話していたはずだし、気分が悪そうには見えなかった。
「あれ、その子って西村琥珀?」 「へ・・そうだけど、何で洋一知ってんだ?」 「そりゃそうだろ!今や知らないほうが馬鹿だぜ!?」 「・・っ?」
琥珀は警戒しながら、洋一に少し視線を向けて話を聞いている。 オレも気になる話題だったから、身を乗り出した。
「だってさ、こんなに可愛い男が男子校にいるっていったらぶっちゃけ問題にもなるだろ?そうだろ?」 「・・・よく話が見えないんだけど」
もしもーし、オレは手を耳の方でひらひらさせる。
「だからぁ、つまり皆狙ってるって事だよ!琥珀ちゃん、気をつけろよーv」 「!」
洋一は馴れ馴れしく琥珀の肩を抱くと、ぐっと一気に距離を縮めた。
「や・・やめろっ!!」
琥珀はソレに気付くと、思いっきり洋一の腕を放して、大声で叫んだらしい。 一瞬、オレには何が何だか解らなかった。 オレが呆気に取られている瞬間に、琥珀は椅子にかけて置いた荷物を取って図書室から走って出て行った。
「ちょっ・・・!?オイ、琥珀!?」
オレもすぐに立ち上がって、図書室から飛び出して行った。 琥珀は運動神経が悪い訳じゃないけど、運動しか取り得の無いオレに比べれば全然遅い。 校門を少し出たところでオレはようやく琥珀を捕らえた。 乱れた息が元に戻るまで、オレは琥珀の腕を掴んで逃げられないようにした。
「琥珀・・・どうしたんだよ」 「・・・・・・」
問いかけると、琥珀はオレと目を合わせずに、ぎゅっと目を瞑った。 掴んだ腕が少し震えたように感じるのは、気のせいなのか・・?
「なぁ、黙ってたって解んないだろ。どうしたんだよ」
返事を急かすと、琥珀は少し硬くなって、ようやく答えを口から出した。
「・・・気持ち悪かった」 「え?」 「あんな奴知らない。触られたら、・・・・・・・・・気持ち悪かった」 「―――――」
まだ話は終わらないようで、琥珀はその綺麗な眉を歪めて、更に続けた。
「オレの知らない奴がいきなりオレのこと話してて・・お前も、楽しそうで・・居心地が悪かった」 「琥珀」 「嫌だ。何で、・・・触れる必要があった?」
オレは琥珀と知り合ったのは今年の4月。 そして今はまだ4月の半ば。 そんなこと、オレは知りもしなかったし、気が付きもしなかった。 琥珀は友達が少ないのは性格が内気で、無口だからと思ってたけど―――それだけじゃなかったのか。
「ごめん。あいつは――――オレの悪友で、別のクラスだから琥珀は知らなくて・・」 「どうしてアイツはオレのことを知っていたんだ?別のクラスで、今まで話した覚えも無いのに」
・・・・そういわれると激しく困る。 あぁ、どう説明をしたものか。自分のことを自覚していない奴ほど、面倒なものはない。
「他の奴も、アイツみたいにオレのことを知っているのか?」 「それは・・」 「どうして?オレは、話したことも無いのに」 「何ていうか・・その、琥珀は目立つから」 「目立つ?」
琥珀は少し困ったような顔をしてオレに目で訴えてくる。 でも、本人に『目立つ』の意味教えても、納得できないんじゃないのかなあ。
「他の奴もああなのか」 「え?」 「―――――――――――・・・・あんな風に、触れてくるのか」 「!」
オレは琥珀の言葉に衝撃を受けて、掴んでいた腕を強く引いて、思い切り引き寄せた。 琥珀の身体はオレの胸にもたれるような姿になっていて、おれは体全体で琥珀を受け止めている。 でも、それを冷静に理解するほどオレは頭が良く無かった。
「そんなことさせない」 「英知?」 「させない・・・今日みたいなことは、もう無いから」 「・・・・・」 「ごめんな」
そういうと、琥珀は赤く染まった顔を隠すようにまた俯いてしまった。 何となく惹かれて、オレは琥珀を両手で抱きしめていた。 そこでふと気が付いた。 そういえば琥珀は、誰かに触れられるのが嫌なんだった。 小さく、もう一度「ごめん」といって、腕の力を少し緩めた。
「その、触られるのやだったんだよな。ごめん」 「・・・・」
琥珀は離れるかと思ったら―――――――離れなかった。 今度は、オレが驚く番だった。
「別にいい」 「え?だって洋一のときは」 「お前ならいい」 「・・・」
オレは。 信頼されているだろう、か?
オレは琥珀のぬくもりを感じながら、図書室に荷物を置いてきてしまったのを急に思い出した。 オレはまた「ごめん」とって、取りに帰ると言った。
「―――――!」
そのとき。 琥珀の余り喜怒哀楽の無い表情が、少しだけ微笑った―――――――――――。
「英知?取りに帰るんじゃ・・?」 「え、あっ、ごめんっ待ってて!」
あぁもう、オレは何回ごめんと言っているんだ。 でも、今先刻微笑った琥珀の表情は今まで一度も見たことが無くて。 オレはすごく、惹かれてしまったのだ。
それがどんな感情かは解らない。 けれど、今のこの想いは本物なのだと、強く思った。
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