キラキラする、宝石みたいだと思った。
「なんで学校では他人の振りなんだよ」 「他人の振りも何も、他人だろうが」 「でも、幼馴染なんだから・・・!」 「ん?よしよしって頭撫でて欲しいのか、それともお手々繋いで学校に行って欲しいのか?」 「なっ、誰もそんなこと言ってないだろう?!」
緋桜(ひおう)は富貴(ふうき)のあまりな言いように腹立ちを超えて、泣きたくなってくる。 小学校の途中までは優しくて、大好きな友達だと思っていたのに、何がきっかけになったのか富貴はことある毎に緋桜を苛めるようになった。
嫌ならもうあわないようにすればいいいのだろうけれど、緋桜は富貴を嫌いになることができなかった。
「ただ、挨拶するくらいしてくれてもいいじゃんか」
俯き、聞こえるかどうかの声で呟くが、富貴には届いていたようだ。
「お前がちゃんと声かけてきたら、返事くらいしてやってるだろう」
ソファにふんぞり返って答える富貴は、完全に緋桜の反応を楽しんでいる。
「それに、家に帰ればちゃんと相手してやってるじゃないか」
傍で立ち尽くす緋桜の腰に腕を回してひっぱると、軽い緋桜は簡単に富貴に引きずられてしまう。 そのまま、膝の上をまたがされる恰好になり、緋桜は羞恥で顔を真っ赤に染めた。
「ふふ、これくらいで何紅くなってるんだ?いつものことだろうが」
そう、外では全く優しくない富貴は帰宅すると別人のように緋桜を扱う。昔は家でも意地悪だったのだが、中学に入る頃から緋桜に恋人になれと強要しだしたのだ。
綺麗な富貴が大好きだった緋桜はこれで富貴が元の優しい富貴に戻ってくれるのだと思い、二つ返事で受けた。
それも、緋桜の早とちりに過ぎなかったのだけれど。
「も、いやだ・・・。俺ばっかり富貴に振り回されてる」
悔しさと悲しさで、緋桜は我慢できず涙が頬を伝った。
そんな緋桜を抱きしめると、富貴は慰めるように背を撫でながらも顔が緩むのを止められなかった。
この涙をみるために、富貴は緋桜を手放せないのかもしれない。 そんな富貴の楽しみを増やしているなどと、緋桜が思いつくこともなく悔しいというのに涙が止まらず原因である富貴にしがみついていた。
緋桜は恋人でなくて構わないから、昔のように優しい、普通の友達として富貴に接してもらいたいだけなのだ。 緋桜のその気持ちは、富貴に通じているのかどうか。
涙の止まらない緋桜はついでとばかりに鳴かされてしまった。
ひんやりとした指の感触に、緋桜は目を覚ます。 目蓋から頬を辿るそれは、触れるか触れないかの羽のような感触を与える。優しさが伝わる指の持ち主を、緋桜はすぐ思い出すことは出来なかった。
散々、富貴に泣かされた翌日も緋桜はなんとか学校に行っていた。
もちろん富貴が一緒に行ってくれることもなく、精神的なものだけではなく体の方も悲鳴を上げていたから、無事に学校にたどり着いたのは1時間目が終了していた。
「緋桜・・・」
廊下で突然息苦しくなって、咳が止まらず蹲ってしまったのは覚えているがそこから記憶が途切れている。
もしかして、そのまま倒れてしまったのだろうか。
心配しているのだと分かる声が降って来る。 この声は最近聞いたことがない、それでも緋桜にとって大事で懐かしいものだった。
「緋桜・・・?」
辿る指を離さないとばかりに、緋桜がゆったりと腕を上げ顔に触れる指を掴む。 幼い子のようにきゅっと握り締めたまま、頬に当てる姿に指の持ち主は苦笑を漏らす。
「お前、俺が誰かわかってないんだろう」
緋桜の望むままに預けていた手をするりと解くと、ぼんやりとした目を覚ませようと軽く頬を叩く。 その指は、先ほどまで優しさを与えていたものとは別人のようだ。
「んんっ、・・・富貴・・・?」 「やっと分かったのか。ほんとに馬鹿だな、お前は」 「なっ・・・・・・。ダメ、頭がくらくらする」
勢いで起きようとした緋桜だったが襲ってくる眩暈に、再びベッドへと戻る。 さっきまでの優しい雰囲気は夢だったのかと緋桜はがっかりしてしまった。
「当たり前だろうが。なんで今頃倒れるんだ。喘息発作なんて最近起こしてないだろう?」 そんなにストレスとなることがあったかと、富貴は思い返すがさっぱり出来事に当たらない。
幼いころから、少し激しい運動をするとすぐにひゅーひゅーと呼吸困難になり、一緒に遊ぶことが難しかった。そんな緋桜を庇っていたのは、いつも富貴だったのだ。 小学校の半ばには大分改善して、よっぽどのことがない限り発作は起きなくなっていたし吸入を定期的にしていれば、普通に他の子供達と遊べるほどまで成長していた。
富貴は、そんな緋桜が不服だったのかもしれない。
苦しさで涙を流し、自分だけに縋りつく緋桜は富貴の庇護欲をそそった。自分が一生守ってやらなくてはいけないとまでに子供心に思ったほどなのだ。 それなのに、緋桜は富貴の思いを裏切るように他の子供にも心を開いていった。 それは富貴にとって裏切り以外のなにものでもない。
昨日も悔しさとはいえ涙を零す緋桜に、富貴は安心してしまったのだから歪んでいると罵られても仕方がないと思ってはいる。
「また、苛められたのか?」
くすくすと笑いながら言う富貴に、緋桜は憮然とする。 富貴以外に緋桜を苛める人間などいないというのに。そもそも、発作が起こったのだって富貴が原因なのだ。
「お前には、関係ない」
「いっつも構って欲しそうにするくせに、なんだよ、その態度は」
学校では冷たくしている富貴だが、いつだって緋桜のことは見ている。緋桜が倒れたと聞いたときはたまたま近くにいて、よかったと心底思ったほどだ。 普段なら声もかけないが、倒れている緋桜を見たとき思わず身体が動いてしまっていた。そのせいで富貴が優しいと勘違いした人間が富貴を慕ってこようとも、それは富貴の知ったことではなかった。 優しさも酷さも、富貴が感情を露にするのは緋桜の前だけだからだ。
「まだ、学校だろう?俺と関わりたくないんじゃなかったのか?」
パリっと糊のきいたシーツをぎゅっと握り締め俯く緋桜に富貴の表情は見えない。
緋桜を守ってやりたいと純粋に思っていた頃の気持ちは、はっきりいって富貴の中ではなくなっている。しかし、緋桜を自分のものにしたいという、漠然とした独占欲だけが年々積もっているように思う。
「・・・・・・そうだったな。保健室で二人っきりと言うのも、あまり喜ばしい環境じゃないだろ。それに、俺のファンがお前を締めに来たらかわいそうだしな」
「うるさい!」
出て行けと、手近にあった枕を投げるがカーテンにあたるだけで富貴に掠りもしなかった。
「とりあえず、気をつけろよ。今日はこのまま帰るんだ」
いいな、と小さな子に聞かせるように興奮している緋桜の頬をゆっくりと撫でる。 それは、夢見心地で感じた指先と同じ感触だった。
「富貴・・・?」
「じゃあな、いつまでも虚弱体質な緋桜くん」
くすくすと笑いながら出て行った富貴に、緋桜は混乱する。 優しいのかそうでないのか。嫌われているのか好かれているのか。 態度がコロコロと変わる富貴に緋桜はついていくことができない。
「全く、なんだんだよ・・・。俺ばっかり、やっぱり振り回されてる」
ストレスの原因はオマエだよ、と言い切ってやりたいが結局何も言い返せずに終わったことに緋桜は大きく溜め息をついた。
授業はあと2時間残っている。 滅入ったままで帰るのも癪だと、残りの時間ベッドの住人になることに決めた。
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