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 (クリスマス物・高校生同士/--)
 きらきらの日に(後編)


 
 
 
無意識に溜息をついたとき、冬基が俺のすぐそばまで近づいて来た。

「仕事、あとどれぐらいで終わるんだ?」
「え…」
少し考えてから答えた。
「あと1時間くらいかな。9時半までなんだ」
「じゃぁさ、俺それまで待ってるから、一緒にパーティー行こう。朝方までやってるから」
一瞬、喜びかけて首を捻った。
「でも、さっきの友達は…?」
「あいつらは同じ学校だし、俺ひとり外れても気にしないよ」
だったら一緒に――と心が浮き立った直後、現実に引き戻された。
「俺、このあとコンビニ――」
「そんなの、仮病でも何でも使えばいいじゃないか」
「仮病…」
「行こう」
冬基は少し屈み込んで、俺の髪に軽く手を当てた。
「待ってるから。――今日はどうしても佐智と一緒に過ごしたいんだ。な?」
優しく髪を撫でられ、真面目な表情を間近に見て、俺は完全に魔法にかかった。

これは意地悪な偶然なんかじゃない。
仲直りできるチャンスだ。
それにもし、ここでも断ったりしたら、今度こそ冬基は本気で怒るだろう。
だから、もう、行ってしまおう――きっとすごく楽しい夜になる。

頷こうと思った。
だけど俺は首を横に振っていた。

「今って――どこの店も書き入れ時だし、すごく混むんだ。仮病なんて…嘘つけないよ…」
少し声が震えたけれど、はっきりそう言うと、冬基はすぐに背筋を伸ばして俺に微笑みかけた。
「そう。――ま、そう言うと思った」
それから身構える間もなく、冬基の口からはツララのような言葉が飛び出した。
「佐智ってさ、なんでそんなに冷たくなれるんだ?」
まずそんなふうに一刺しされた。
「俺との時間とバイト、どっちが大事なんだよ? 今までだっておまえはいつもバイト優先で――不満あったけど、ずっと我慢してたんだ」
「冬基…」
「どうせここだってコンビニだって、時給たいしたことないんだろ。それくらい俺が遣るって言ってるじゃないか? それとも他に何かあるのか?」
意地張るなよ、と言いたげな皮肉っぽい笑顔に向かって、俺はできるかぎり穏やかに答えた。
「俺、金は欲しいよ。だからバイトしてるんだ。――だけど冬基からお金もらうなんて変だろ」
自分では冷静だったつもりが、余計なことまで言った。
「第一さ、それって冬基の金? 親からもらう小遣い、じゃないの?」
冬基の整った顔はゆっくりと白くなった。
両眼には俺に対する怒りが揺れている。
「そうか、わかったよ。――佐智は、俺のこと、そういうふうに思ってたわけか…。なるほどね」
腹の底が冷たくなるような沈黙が流れた。
それから冬基は静かに言った。
「――俺はさ、どうしておまえのこと好きだなんて思ったんだろう。――全然、わかんなくなった」
俺は噛みしめていた奥歯をむりやりこじあけて答えた。
「俺は、よくわかったよ。――冬基は、俺のことなんか――俺の気持ちなんか…」
途中で声が出なくなった。
そのまま逃げるように店の中に戻って、横の狭い通路に飛び込んでしゃがんだ。


いくらなんでも、ひどすぎる。
冷たい、なんて、どうして言えるんだろう。
俺だって、冬基と一緒に行きたい――今日は一緒に過ごしたい。
そんなの、当然じゃないか。
今日だけじゃなくて、いつだって一緒にいたいんだから。

でも、どこかでわかってた。
俺じゃダメだって――冬基と同じレベルにいなくちゃ――冬基と同じように考えることのできる相手じゃなきゃ。
いくら頑張ったって、ムリなんだ。

通路にうずくまって、シャツの袖に涙を吸い取らせていると、誰かの足音が近づいてきた。
「佐智? おーい?」
山崎だ。
息をひそめていると、声はすぐそばを通り、過ぎ去った。


誰にも見られなかったとはいえ、泣いた自分が情けなかった。
それに山崎が仕事のあいだじゅう俺の顔をじろじろ観察していたから、何かきかれたらどうしようとびくつきながらも忙しく働いた。
そして9時半、カフェのバイトが終了した。
「お疲れー」
みんなにそう言われた時は笑顔で「お先!」なんて言ったけど、着替えて外に出たら、またいっきに真っ暗な気分になった。
「さむ…」
コートのポケットに手をつっこんで、入れっぱなしの包みに触る。
きらきら輝く街のなか――幸せそうな顔ばかりが歩く目抜き通りを、俺はたぶん世界一最悪の気分で、俯いて歩いて、電車に乗った。
これからもう一働きだ。
楽しい大学生活のことでも想像して頑張るとしよう。
そう思いながらも、冬基のことを考えるとまた涙が出そうになる。


冬基から好きだと言われるずっと以前から、俺は冬基のことが好きだった。
出逢ったのは去年の冬の近隣校のクラブの交流会。
そのとき冬基と俺はそれぞれの学校から委員として出ていて、交流会の準備や進行を担当していた。
数人いる委員のなかで、冬基は特に目立っていた。
状況を読むのが早い――判断力もあって、人をまとめるのが上手かった。
かっこいいな、と思って委員の打ち上げの時にそう言ったら、冬基は照れたように笑った。
「俺はさ、1人じゃ何もできないんだ。だから人に協力してもらうことばっかり」
そんなことを言った冬基が、俺にはもっとかっこよく見えた。
一目惚れだったのかもしれない。
いろいろな話をするうちに、打ち上げもお開きになり、もう会えないだろうな、と思っていたら、冬基の方から今度どこかに遊びに行こうと誘ってくれた。
すごく嬉しくて――次に本当に2人で会ったときは、時間を忘れるほど楽しかった。
それからも何度か遊んだし、一緒に受験勉強することもあった。
でも俺は、入試の準備で忙しくなって――あまり会えなくなるって言ったら、冬基は「じゃぁ俺たちの友情はおしまいだな」と言った。

「えっ…」
「でも――俺を友達以上にしてくれれば、話は別」
「――どういう…意味…?」
それまで冬基は笑っていたのに、急に真顔になった。

――だから、さ。



もし、仲のいい友達同士のままでいたら、こんなに辛くなかったかもしれない。
バイト中は、冬基のことと、その隣に座っていた女の子のことばかり思い浮かんだ。
フワフワの白いセーターに真っ赤なコートの、芸能人みたいに綺麗な子――彼女が冬基のことを好きなのは一目瞭然だった。
冬基も彼女ばっかりと話して、2人で何か囁きあっては笑いこけて、そんな姿はなんだか別人のようだった。
帰る時に冬基と並んでいるのを見たら、2人とも雑誌モデルみたいだった。
もしかすると冬基は、パーティーの帰りにあの子を家に呼んだかもしれない。
今ごろは一緒に過ごしているのかもしれない。
誰もいない冬基の家で――パーティーなんかで酒でも飲んでたら、本当に――
そんな想像をすると苦しくて、体のどこかがじりじりして、焼き切れてしまいそうだった。


コンビニもいつもより混んだ。
忙しかったおかげで余計なことは考えずに済んだけど、時間がたつのがひどく遅く感じた。
長い長い夜だった。


朝、ようやく仕事を終えて店を出ると、年に1度だけの、華やかな夜も終わっていた。
朝の街並はひっそりとして、少し明るく、白っぽく褪せてみえる。
これから――始発に乗って家に帰って睡眠と食事を取ったら、昼前には次の仕事に行かなくちゃならない。
そうやって時間を計算していると、急に疲れと寒さを感じた。
「はぁ…」
ひとけのないことを幸いに、大きな溜息をつく。
マフラーを巻き直したとき、また冬基のことが思い浮かんだ――と、後ろから急に肩をつかまれた。
驚いて振り返ると、そこに冬基が立っていた。
思わず目を擦った。
眠かったし、見違いかと――。


「――なん、で…?」

昨夜のコート姿のまま、冬基は俺を見おろしていた。
驚いている俺の顔を見て、苦笑する。
「なぁ、俺って、ほとんどストーカー、じゃないか?」
「な…んでこんなとこに……、なに、してるんだ…?」
尋ねてすぐ俺はドキリとした。
冬基の顔も唇も変に白い――朝だからそう見えるのか、それとも――
「冬基……いつ、来た…の?」
「さっきだよ」
「さっきって、でも、電車ない…」
冬基は俺の顔を見て見透かしたように言った。
「ヤマザキって奴にこの場所を教えてもらって――来たのは夜。でも近くのファミレスにいたから大丈夫」
だけど、パーティーは?
あの彼女は?
いろいろな疑問がわきおこって、何から聞けばいいのかわからなかった。
「パーティーには行ったけど、すぐ帰ってきた。――やっぱり、佐智と一緒じゃないとつまらなくて」
冬基の微笑が悲しそうになるのを見て、ぐっと喉が詰まった。

俺はゆうべ、冬基にとても酷いことを言った。
そのことはちゃんとわかっていたけど、自分は悪くないと思っていた。
あんなことを言わせたのは冬基だ――冬基が酷いことを言ったからだ。
でも、それも嘘だった。
冬基はただ、俺といたいと言ってくれただけだ。
何度も言ってくれた。
それなのに俺は――
「冬基、俺…」
「わからずやで、ごめんな」
先にそう言われて、ますます何も言えなくなる。
「俺、佐智のこと全然考えてなかった。1人でいろいろ計画して期待して――それをあっさり断られて、もうがっかりでさ。でも勝手だよな。ちゃんと佐智の事情をわかってなかったんだ。少しはわかってるつもりだったけど…でも――」
冬基は息を吸い込んで、俺の顔をまっすぐに見つめた。

――許して、くれるか?

俺の中にあった氷の塊はあっという間にとけた。
両眼からはぶわっと熱い水が溢れ出した。

いけなかったのは俺の方だ――本当は、どっちかのバイトを休んでも良かったのかもしれないのに。
ダメモトで、店に尋ねてみるくらいはしてみても良かったのに。
なのに俺はムキになって自分の立てた予定を守ろうとした。
心のどこかで自分の状況にこだわって――自分でも気づかないほど、いじけてた。
結局、自分は冬基とは違うんだって。
負けるもんか、って、見当違いの戦いをしてた――。

「ごめ……俺、バカな意地、張って…」
顔をごしごし拭いていると、冬基が小さな声で言った。
「俺、思い出したんだ」
「え…」
「俺は、何に対しても一生懸命な佐智を好きになった。なのに頑張ってる佐智の邪魔ばっかりしてた」
俺は首を振って、冬基にしがみついた。
すぐに抱き寄せてくれた冬基のコートはすっかり冷たくなっていた。
それに気づいたら、涙が止まらなくなった。

――ずっと、俺を待っててくれたんだ…。



それから自宅には帰らず、冬基の家に行った。
次のバイトまでの時間、眠らせてもらうためだけど――冬基のベッドの上で、少しだけ話した。
冬基は以前から俺のバイト先を知っていたと言った。
偶然知って、俺を驚かしてやろうと思って店の前まで来たこともあった。
でもそこで通りからガラス越しに「ずいぶん仲のいい」山崎と俺を見て、入る気が失せてしまったという。
それで俺が、冬基と過ごすことよりバイトを選んだのも、山崎が理由なんじゃないかって想像したらしい。
その山崎は、昨夜、裏口にいた冬基を呼び止めたそうだ。
俺と冬基の話は聞かれてたみたいだった。
山崎が冬基に何を話したのか知らないけど、きっと俺が必死で隠していたことを残らず喋ってしまったんだろう。

「それで、もっと嫉妬したんだけど」
冬基は笑いながらそう言った。
「あいつ、俺よりずっと佐智のことわかってて――悔しかった。何も言えなかった」
「そりゃ、山崎は同じ学校だし、親友なんだ。…いつも、俺のこと助けてくれるし…」
今回もだ、と思いながら説明すると冬基は苦笑した。
「それって、俺を挑発してるのか?」
「違うよ――だって……冬基は」
小さな声で言った。
「冬基は、俺にとって、1番大切な存在、…なんだ…」

いつも思っていることだけど、冬基に言ったのは初めてだった。
顔が火照るのを感じて下を向いたら、唇が頬のところにそっと触れてきた。
少し顔を上げると、耳のそばで声がした。

「最悪だと思ってたら、最高のクリスマス…」

声の方に顔を向けると、ちょうど口と口がぶつかった。
「佐智…」
冬基は俺の頭を引き寄せて、俺の唇を温めようとするみたいなキスをしてくれた。
それから何度も何度も唇を重ねているうちに、ずっと悲しかった気持ちも疲れも、全部すうっと溶けて――体までチョコレートみたいに溶けそうだった。
時間が止まってしまえばいいのに、と目を瞑ったところで思い出す。

ささやかだけど、冬基にはプレゼントを買ってあった。
旅行から帰ったら渡すつもりで――喧嘩してからはずっと持ち歩いていた。
今ごろはコートの中で、包装も巻いたリボンもくしゃくしゃになっているだろう。
笑われるかもしれないけど、渡したい。
渡そう――
そう思っていたのに、冬基の腕に抱かれているうちに、暖かくて気持ちよくて、まぶたが上がらなくなって――。


――好きだよ、佐智。

そう囁く声はずっと聞こえていた。
俺も――と答えたかったけれど、あんまり気持ち良くてもう口も動かない。


――いいんだ。ゆっくり眠って…。


甘く優しい声に導かれて俺は眠りに落ちた。
そして夢を見た。

夢の中で、俺は冬基と手を繋いで、イルミネーションの輝く街を仲良く歩いていた。
俺たちの吐く息は真っ白なのに、体は暖かいという、少し変なところもあったけど、最高に楽しい気分だった。
そして冬基の手首には銀色のブレスレットが揺れていた。
幾種類もの光を反射して、キラキラ輝いている。

ああ、思った通りだ――きっと、絶対、似合うと思ってたんだ。
「 」
...2004/12/15(水) [No.149]
鵜飼
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