香港といえばマフィア、マフィアといえばイタリアのシチリア島。 逆の方程式が成り立っていないところが悲しいのですが、とりあえず70年代当時の香港と言えば、まず最初のイメージが「犯罪都市」、そして次に「アジアの汚い街」・・・・。
さらには「女の子が売りとばされる街」だの「試着室からさらわれる」だのと、七輪で魚を焼いているときのような生臭い噂にことかかなかったものでした。
これはそんな頃の香港で起こった、少し不気味で危ないお話でございます・・・・。
section.1 黒い太陽
その内向的な性格のためか、はたまた複雑な家庭環境のためでしょうか・・・・・・ 同級生からのいじめに遭って高校を中退したハルは、タンクトップにホットパンツというラフな姿をして、全財産102HKドルが入った財布が入った巾着袋を小脇に抱え、強い紫外線に焼かれながら尖沙咀や廟街をうろうろと歩き回っていました。
結論から言うと、彼は家出少年だったのです。 ハルの両親は彼が5歳の頃に離婚し、現在は母親と二人暮しでした。 誰も邪魔をする人がいないせいか母親は近所のセレクトショップで働く若い男性店員との不倫に耽り、3,4日家に帰ってこないことなど当たり前、むしろ一昼夜家に居ることの方が珍しいといった塩梅だったのです。 これが21世紀の現代ともなればたいしておかしな境遇と言うわけでもないのかもしれませんが、70年代の倫理観で言えば、それはあまりにもむちゃくちゃな家庭環境でしかありません。 この少年はそんな自堕落な母親に我慢ができなくなった挙句、こっそりとのマンションを出てきたというわけです。
家を出て、もう1週間になるでしょうか。 公園や駅の階段で夜を明かし、昼間は廟街や深水歩といった下町をあちこち歩き回り、買いもしないジャンク品を手にとっては眺め、また元に戻すといった毎日を繰り返していたのです。時間は何も録音されていないカセットテープを再生しているかのように、無音のままゆっくりと流れていきました。
そんなある日のことでした。 ハルが九龍仔公園の水道で髪の毛を水洗いしていると、このクソ暑い香港で全身黒づくめ、おまけに首にはマフラーを巻いているという、昔懐かしいカミナリ族を少しだけ精神的に成長させたような、不思議な姿の男に声をかけられたのでした。
「名前を教えてくれよ、青少年」
広東語のうるさいがなり声が飛び交う街中において、あまりにも落ち着いていたその声は、あたかも乾いた脱脂綿に砂糖水を含ませたかの如く、ハルの薄っぺらな心の中にゆっくりと染みこんでいきました。
「・・・・僕ですか?」 近眼だったハルは滴り落ちる水滴を適当に払い落とすと、いそいそとタンクトップの上に置いてあった眼鏡をかけました。そして、ただならぬ響きを持った声の発生源を確認しようと、火花が飛び散ったかのように両目をパチパチさせながら、ゆっくりと顔をあげたのでした。
「そう。お前の名前だ」 見るからにその筋だとわかる黒い男は、途切れ途切れになった縫い目のように短い単語を呟くに留まりました。おそらく、余計なことを口にしない性格なのでしょう。
「・・僕は、ハル・・・」 「日本人みたいな名前だ。学校は?」
180cm以上はあるかと思われる程の立派な体格に、いじめられっことしての本能的な恐怖を感じたハルは太陽の直射日光を避けるふりをして、両手で顔を覆い隠してしまいました。
「が、学校は行ってません。た、た、退学したから」 どもりながらも必死で搾り出したであろうハルのか細い言葉が言い終わらないうちに、長身の男はまるで早押しクイズのように次の質問を投げかけてきます。
「今は何をしている?」 「・・・・・」
ところがハルは、その質問に答えることはできませんでした。 もしも相手が補導員や警察官であれば、否が応にも自宅に連れ戻されてしまうか、矯正施設に送られてしまうからです。彼は口内に板を立てられたかのように言葉を詰まらせてしまいました。
「家出か?」 「・・・・・・・い、いえ!あの・・・。まあ、・・・そうです・・」
言わないでおこうとしたのもつかの間、答えをズバリと言い当てられてしまったハルはてっきり補導されるとでも勘違いしたのでしょうか。 彼はバッタみたいにおどした様子でそう答えました。 すると、家で少年をじっと見下ろしていたその筋の男は、顔面の筋肉を無理矢理解して微笑んだのです。
「家出少年、心配するな。警察じゃねえよ。・・・それより、仕事紹介してやろうか?」 「・・・・・・。ええ?」
ほんの1分19秒ほどの短い会話でしたが、これはいじめられっこだったハルの人生に、地球の皮が全部裏返しになるほどの転機を与えたのです。
section.2 地獄の花園
男の名前はキリエといいました。 といっても、そう呼んでくれと言われただけなので、果たして本当の名前なのかどうかはわかりません。おそらく偽名か通名なのだと思われますが、そんなことをいちいち聞くような間柄でもないので黙っていました。
彼は黒社会・・・・つまりチョウ・ユンファ氏出演の映画あたりによく出てくる香港マフィアの構成員で、聞けば抗争の最も激しい旺角地区を担当しているとのことでした。もっとも、まだ若いせいかそんなに上の幹部職というわけでもないらしく、どちらかというと下から数えた方が早そうな地位に就いていたようです。
ハルはどうして自分に声をかけてきたのかを尋ねてみようと機をうかがっていましたが、黒一色で統一された威圧感溢れるキリエの後姿に向かって声をかける勇気など、生まれたときから持ち合わせてはいませんでした。
そもそも、こんな危ない世界の男がどうしてハルのような家出少年に声をかけてきたのか、ちょっと考えれば予想はつきそうなものです。 『仕事を紹介してやる』、『いいアルバイトがある』 ・・・などとうまい事を言って騙した挙句に売り飛ばしたりするのが彼らの常套手段だという事は、香港人の子供ならば両親や学校の先生から幾度となく聞かされていた事柄だったからです。すでに消費者センターでマニュアルが作られているほど使い古されたやり方でしたが、不運なことに高校も中退して両親からも愛情を注がれなかったハルのこと、そんな事情を知る由もありません。
ハルは微塵切りのタマネギほどにもキリエの言葉を疑わず、のこのこと彼の背中を追って行きましたが、やがて中途半端に新しいマンションの一室に連れてこられたのでした。
「それじゃあ身体検査だ。服を脱ぎな、家出少年」 「はあっ?」
部屋に入るなり、いきなり鍵をかけられてそう言いつけられたハルは、 BB弾を食らったハトのように目をきょときょとさせながら、眼鏡のレンズを指で拭っていました。なぜ服を脱がなければならないのか、一体どんな仕事をするのかというのことを真剣に考え込んでしまったからです。
「チッ。仕方ないな」 ところがキリエの方は、こんな状況には既に慣れてしまっているらしく、あたかも空港職員が平気な顔をして乗客のスーツケースを放り投げるようにして、 ハルの身体をベッドに突き飛ばしました。
「痛い!何・・?何すんですか・・・」 「ウルサイよ家出少年、黙ってろ」
彼はそう叱り付けながらハルの横っ面を数回平手打ちし、抵抗しようという気力を奪ってから有無を言わさず服をひん剥いていきました。
一糸纏わぬ姿にさせられたハルはベッドの上に寝かされた状態で身体のサイズを測られた後、逃げられないように両腕を後ろに回した状態で拘束され、部屋の隅にあった猛獣運搬用の鉄檻に押し込まれてしまいました。
「ちょっ・・・・どうしてこんな事!出してください」
ようやく騙されたことに気がついたハルは興奮したチンパンジーの如く、身体全体を使って激しく鉄柵を揺さぶりながらキリエに問い掛けました。
「バーカ、騙されてんじゃねえよ。お前の仕事ってのはホモ専のウリだよ。年齢も丁度いいしな・・・・。助けを呼んだって無駄だよ。お前みたいな家出少年は警察も捜索なんかしやしないからな」
確かに当時の香港警察は賄賂さえ渡せば多少の悪事など見て見ぬフリで、 ましてや高校中退の家出少年とあれば、政府要人の子息でもない限り捜索などするはずがありません。キリエは南京錠がかけられた鉄檻の中に手を差し入れてハルの口にガムテープをべったりと貼り付けたのでした。
「・・・・んんー。うー!・・・」
少し長めの髪の毛が数本口の中に入りこみ、頬の辺りをかすかにくすぐっていましたが、両手を縛られているとあっては自分でそれを振り払うこともできません。そしてハルの細い肩を軽く掴んだキリエは、ゴツゴツとしてささくれの目立つ荒れた手を肩から両腕にかけて滑らせていきました。
「隣に住んでるのも俺のツレだけど・・・。あまり大騒ぎされても困るからな。お前は来週までここに居て、それから数日の調教訓練の後、旺角の売春宿の地下室で客を取って貰う。決まりね」
キリエの手がまるで粘土を人型に形作っているかのようにハルの身体を撫で回している間、彼は屈辱と恐怖感に必死で耐えながらも固く目を閉じていましたが、 それでもやはり我慢できずに溢れ出した涙が目尻からこぼれ落ち、口に貼られたガムテープのところまでしとしとと垂れていきました。怯えた目つきでキリエに助けを求めても、彼は唇の端っこを不自然に吊り上げて微笑むだけです。
「泣いたって駄目だよボクちゃん。この檻の中に入れられたのは今までで9人。 お前が10人目だよ。他の連中はどうなったか知らないが、今頃ジャンキーになってるか廃人になってるかどっちかだろうな・・・・・アハハハ」 「・・・・・・・・・・うう・・・」
・・・・・・・・・つい昨日まで、普通に街を歩いている一般人だったのに、 どうしてこんな恥ずかしい事をさせられなくてはならないんだろう・・・
ハルは自分を囲んでいる鉄柵の一本一本を見つめたまま、ずっとそのことばかりを考えていました。
鉄檻の中に入れられてからというもの、食事は一日二回の粗末なお粥だけでした。着るものなどは布切れ一枚与えられず、肛門から陰部までを余すところなく曝け出している有様でしたし、排泄物も隅っこにあるアヒル型のおまるに垂れ流しといった具合で、まさに実験用の小動物と同じような扱いをされていたのです。隠す事のできない痴態を見られているという耐え難い恥辱感から、ハルの身体も心もだんだんと衰弱していきました。
「ハルちゃん。ご飯とおしっこも一緒のところでするなんて恥ずかしいね」 「・・・・・・う・・・。う・・」
彼が日に日に弱々しくなっていく様子を見ているキリエは、松ヤニのようにネチャネチャとした微笑みを浮かべながら自分の机でパソコンを弄くったり食事をしたりしていました。
「まあ、これでも観て気分を紛らわせなよ」 そう呟いて起動していたアプリケーションを終了させたろくでなしは、引き出しの中から旺角あたりの裏ビデオ屋で売っていそうな安物VCDを取り出すと、パソコン本体のドライブに挿入したのでした。
「・・・・・・・・」 するとどうでしょう。 先程までファイル共有ソフトが起動していたパソコンのモニターには、男性同士が激しくセックスしているシーンが映し出されたのです。これが『最初は子供向けアニメだったのに、気がついたらいつの間にかエロシーンになっていました』・・・といった具合に順を追って見せられたのならまだしも、あまりにも突然の画面にハルは思わず顔を反らしました。ところが目を閉じる事はできても、両手を拘束されているとあっては耳を塞ぐことができません。
『あっ、・・・はぁ・・・っ、あぁ・・。あっ!・・くぅ・・っ』 スピーカーから垂れ流される男の喘ぎ声とベッドの軋む音を否が応にも聞かされ続けていると、アメリカンチェリーの果実みたいな色をしたハル陰棒は彼の理性とは裏腹に、まるで糸で吊り上げられたように天を向いてくるのでした。
「何?“遇怪魔我即刻変大個・・”って感じだな。お前、勃起してるじゃないか」 「・・・っ・・・。ふ・・ぅ・・・」 「じゃ、ずっとこのビデオを観られるようにしてあげるよ。うれしい?」 「・・・・う・・・・っく、うう!」
それ以来、パソコンのモニターはハルの目の前に設置され、キリエが使用しているとき以外はいつでも男同士でセックスしているアダルトビデオが映し出されるようになりました。どんなに目を閉じても、アナルファックをしている男の艶めかしい姿態が瞼に浮かび上がり、激しい喘ぎ声と獣のような息づかいが耳に入ってくるのです。
こんなことを一ヶ月も続けたでしょうか。 やがてハルは身悶えするように腰を微動させ、物欲しそうな目でキリエを見上げるようになったのでした。
(続く)
注) 遇怪魔我即刻変大個・・・・『怪物に会うと僕はすぐに大きくなる(大人の身体になる)』の意味。
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