いつもみたいに、もう下校時間も過ぎてしまってから、俺はこっそり学校に忍び込む。
20分くらい前に、俺の携帯に入った1件のメール。
今、何してる? 今日は宿直で学校に泊まり
直樹の顔が見たい
そんな言葉に、俺は今年の春卒業したばかりの校舎へ自転車を飛ばす。
ああ、しょっちゅうこういう事があるんだったら、さっさと原付きの免許だけでも取っておけば良かった。
職員用の通用門を通り抜けて、自転車を見覚えのあるマウンテンバイクの横へ止める。
グリーンの車体に、黒とシルバーのラインが入った、センセイの愛車。
卒業するまでの3年間、国語の担当だった、センセイ。
中等部と高等部がエスカレーターになってるこの学校で、俺は6年間世話になったけど、センセイは俺が高等部に上がった年に、新卒採用でやってきた。
俺は、センセイに一目惚れで、勿論、他にもセンセイにアプローチかける奴はいっぱいいたけど、だけど、センセイはどうしてか、こんな俺を選んでくれた。
未だに、センセイが俺のドコが好きなのか、さっぱり分からない。
自慢じゃないけど、顔はそこそこイケてるとは思うけど、だけど、後は特に自慢出来る所がある訳じゃない。
勉強だって中の上くらいだったし、6年続けた剣道部でも、県大会ベスト16止まりで、イマイチ、パッとしない。
身長は平均位だと思うし、性格だって、どこにでもいそうな19歳だと思う。
センセイとこんなふうに付き合うようになって、何度か聞いてみたけど、センセイは上手くはぐらかして、一度も教えてはくれなかった。
職員専用の下足室から、裸足になって廊下を歩く。
宿直室は1階の一番奥の部屋。
こうやって学校に忍び込むのは、実はもう3回目以上になる。
初めのウチは酷くドキドキして緊張したけど、今はセンセイと会えない時間が多過ぎて、寂し過ぎて、そんな事以上に会いたい気持ちの方が大きくて。
メールや電話は毎日。
イヤという程交わしているけど、お互いに生活時間が違うし、直接会う事なんて、週に1、2回になっていた。
ましてや、身体を重ねることなんて、もう、暫く御無沙汰だ。
初体験は中等部3年の時。
兄妹校の女子校の女の子と合コンの後で、なし崩しに済ませてしまっていた。
だけど、それ以降はなんとなくしっくりこない感じがして、女の子と話したり遊んだりしても、なんだかつまらなくて。
そんな時に、進級した高等部で、新任の挨拶をするセンセイに、一目惚れした。
もう、晴天の霹靂って、こんな感じかって思うくらいに。
確かに、男子校だからそう言う奴も話も、中等部の頃から聞いたり見たりはしていたけど、やっぱり女の子と付き合うのが普通だと思ってたから、最初の頃はすっげぇ悩んでて。
でも、やっぱりどうしても好きで、好きで好きで、どうしようもなくて。
高等部の2年の1学期の修業式の日に、思い切って告白したら、なんか、あっさりOKされてしまった。
まったく、今思い出しても、あの日の事は鮮明に思い出せる。
夕日はすっかり沈んでしまって、地平線辺りの空がほんのり赤味を帯びている。
暗い、非常灯だけの廊下を歩いて、そこだけ部屋の中の灯りが洩れている、宿直室のドアの前に立つ。
あんなメールに、飛びついて息を切らせて来たなんて、子供っぽいって思われるのはイヤだから、深呼吸して息を整える。
ガラガラと必要以上に廊下に響く音にドキンとして、第一声が上擦ってしまった。
「センセイ、俺。」
一歩入って、カーテンで仕切られた奥へと進むと、その薄いベージュの布の向こうから、大好きな人の声が聞こえた。
「直樹? 早かったじゃないか。」
現われる、優しい顔。
目鼻立ちのハッキリした、それでいて、優し気な顔。
俺みたいな、ガキで、男なんか相手にしなくても、十分、女には不自由しないだろうに。
「…うん。」
だって、会いたかったんだよ。
そう言って、抱き着きたいのを我慢して、一段高くなった畳のブースへ上がり込む。
センセイは、いつものスーツ姿じゃなくて、なんだかだらしない感じのスエットの上下だった。
「…なんだ?」
俺がジロジロと見るから、センセイは不思議そうに尋ねて来る。
「いや、なんか、ダサくねぇ?」
「なんで?」
センセイは指さされた自分の格好をキョロキョロと見回して、首を捻る。
「いくら楽な格好するっていっても、センセイ、それじゃちょっと…」
俺がにへらと笑ってセンセイの隣に座ると、すかさず逞しい腕が伸びて来て、膝の上に抱き上げられた。
「…ちょっ、センセイッ!?」
俺だって華奢な方じゃないはずなのに、やっぱり、オトナのセンセイには軽々とあしらわれてしまう。
それがちょっと悔しかったり。
センセイは学生時代はずっとサッカーでキーパーをやってたって言ってた。
『あんまり真面目な部員じゃなかったけどな。』
前に、そう言って笑いながら教えてくれた事がある。
188センチの長身で、大きくて分厚い掌。
決してマッチョという訳ではないけれど、酷く均整の取れた筋肉が、身体を覆っている事を俺は知ってる。
俺だって、そこそこ筋肉付いてるのに、センセイとくらべると、どう見たって細っこい。
『俺よりマッチョになられちゃ困る。』
センセイはいつもそうやって、俺を子供扱いする。
「直樹、『センセイ』はもうやめるって言わなかったか?」
後ろから抱きすくめられて、首筋にセンセイの息が掛かると、俺はゾクリと身体を震わせた。
「…だ、だってこんないきなり…!」
狼狽えたまま、それでも抗う事はしないで、頬を赤くした。
センセイは、いつも狡い。
「卒業したら、生徒と教師じゃなくなるからって、名前で呼ぶんじゃなかったのか?」
表向きは優しいままで、でも、きっと今のセンセイの表情は、とてもエロイと思う。
「直樹?」
唇が、耳朶に触れて、俺は思わず小さく声を上げてしまった。
センセイは、いつも俺の弱い所ばかりを、攻める。
「…ッ!」
背が仰け反って、逃げ腰になるのを、センセイは更に力を込めて抱き締めた。
「ごめん、直樹。今日は優しく出来ないかもしれない。」
『何が…?』なんて馬鹿な事は聞かない。
聞かなくたって、もう身体は理解して反応してる。
それに、抱えられた俺の腰には、酷く熱を持ったセンセイのソレが、スエット越しに主張していて、もう、俺はそれだけでイッパイイッパイだった。
「直…」
掠れた声で請われて、俺は首を後ろに捻った。
待ち受けた唇が、噛み付くように合わせられて、俺は身体が波打つのを感じた。
センセイの唇も、舌も、腕も、肌も、匂いも、すべてが、久し振りで、もう、俺はいきなり我慢が決壊してしまったように、ひたすら口付けに没頭した。
既に敷かれていた宿直用の薄い綿布団に抱きかかえられて移動して、センセイが横たわった俺にのしかかる。
腕を伸ばして、まだスエットに包まれたままのセンセイの身体を抱き締めて、俺は小さく喘いだ。
「…会いたかったんだ。」
「…直…」
瞳を合わせて、また口付ける。
こんな甘ったるい時間は、何日ぶりだろう。
センセイが俺の髪をくしゃくしゃと掻き乱して、口付けを更に深めて行く。
俺は息を継ぐのにも必死で、口腔内を蠢くセンセイの舌に、必死で付いて行くだけで精一杯だった。
「んっ…ふぅ…!」
シャツをまさぐられて、そのまま直接胸に掌を差し込まれて、自分の肌が泡立つのが分かる。
「直…、乳首、立ってる。」
ツンとソレを摘まれて、俺はもう、ただひたすら声を上げるだけになってしまった。
「や…言うなっ…!」
センセイに良いようにあしらわれて、俺だけが啼かされて、悔しいのに、なのに、身体が宙に浮いてしまったようになって、何も出来ない。
快感の波にのまれて、ただ、声を上げて、身体を仰け反らせて。
「すげぇ、ヤらしい。直樹、溜ってたんだ?」
センセイ、なんかいつもより、ヤらしいよ。
「…違う!…そん…なんじゃっ…!」
腰骨の辺りを吸い上げられて、腰がズキンと疼いた。
そして、センセイの大きな掌が、すっかりあらわにされてしまった下半身に伸びて、俺の勃ち上がったモノを包み込む。
「違う? じゃあ、コレはなに?」
意地悪に囁かれて、更に硬さを増すソレを、センセイは舌先でチョンと突ついた。
「ひあっ!」
思わずセンセイの頭を鷲掴みにしてしまう。
「直、こうされるの、好きだよナ。」
ズズッと吸い込むようにして飲み込まれて、俺は腰から背筋を這い上がる電流に、思わず息を詰めた。
「俺も、直のこうするの、好きだよ。」
口に含まれたままセンセイが話すから、舌や歯が微妙に先端を刺激して、俺は堪らなくなる。
「んっ! も、センセイ! あ…あぁ…!」
久し振りに与えられた快感は、あんまりにも刺激が強過ぎて、俺は目眩を覚えた。
「俺、死にそうだったよ。直に会えなくて…」
擦り上げる手は休めずに、身体だけを伸び上がらせて、センセイは掠れた声で俺に囁く。
「こうやって、直に、触れられなくて…、死にそうだった。」
目尻に唇を落とされて、ソコが酷く熱くなるのを感じた。
ゆっくりと俺の先走りで濡れた指を後ろに這わす。
「直、ホント、ごめん。我慢出来ない。」
センセイが唇を俺の頬に這わせたまま、切羽詰まった様子で囁くのに、俺は余裕もなくガクガクと頷いた。
なんだか分からないけれど、だけど、酷く熱にうかされて、身体が求めてる。
「…せ…んせ!」
急に酷く切なくなって、沸き上がる涙の意味も分からなくて、唇を求めてセンセイを呼んだ。
間を置かずに求めた唇はすぐに降りて来て。
そして、いきなり、下半身を圧迫された。
「あああっ……!!!」
合わせた唇から逃れるように上向いて、思わず声を上げる。
慣らされもせずに受け入れさせられたソコが、ジンジンと火傷したように熱い。
「痛ぅ…!」
「直、ごめんっ!」
眉間に皺を寄せて、額に汗すら浮かべて、酷く切な気に俺を見つめるセンセイの表情に、俺は一瞬見蕩れてしまった。
「ん…へ…いき、だからっ…!」
深く挿し込まれたセンセイの熱が、俺の熱と合わさって、融ける。
「もっと、…俺を…て…」
声が、掠れたのは、恥ずかしかったから……
『もっと俺を求めて…』
激しく身体をぶつけられて、優しい声で名前を呼ばれる。
出来る限り強く腕を回して抱き締めて、言葉に出来ない思いをぶつける。
センセイ、俺、こんなにもセンセイが好きだよ。
なあ…
センセイは、俺の事、どンくらい好き?
「あ…もう、…センセッ!」
奥の方まで突き上げられて、俺はすっかり余裕なんかなくて。
「…ん、…イこう、直。」
困ったように微笑んだセンセイも、なんだか余裕なさげで。
もう一度唇を合わせて、見つめられて、そして、センセイは俺の膝を抱え上げた。
弾む息。
滴る、汗。
センセイの短い呼吸と、漏れる声がヤらしくて、俺は呆気無く先に果ててしまった。
自分の放ったモノを腹と胸に熱く感じて、恥じ入る間もなく、センセイに名前を呼ばれる。
「直…っ!」
歯を食いしばるようにして、センセイが腰を打ち付ける。
湿った音がひと際大きく宿直室に響いて、そして、俺は、熱く放たれたモノを受け止めた。
「泊まって行ってもいいだろ?」
濡れたタオルで身体を互いに拭いながら、俺はセンセイに尋ねる。
するとセンセイは困ったように笑って、首を横に振った。
「ダメだ。」
「なんで?!」
すかさず問いただすと、本当に困ってしまった様子で、俺に背を向けてしまう。
「センセイッ!」
俺はセンセイの顔を追って場所を移動して、更に問い詰めた。
困ったように伏せられた、切れ長の目が、そうっと開かれて、フッと視線を逸らす。
「ダメなものは、ダメだ。大体、明日大学あるんだろう?」
「昼からだから全然大丈夫だってば!」
だって、こんなふうに一緒にいられるなんて、今度はいつになるか分からない。
「なあ、センセイってば!」
俺がズイッと顔を近付けると、センセイは何故か頬をほんのり赤らめて、またそっぽを向いた。
「…直樹。我侭言うなよ。俺だって…」
そこまで言って、センセイは言葉を区切ってしまう。
「なんだよ、言いかけてやめるなよ。」
俺の声に、センセイは観念した様子で、渋々向き直って口を開いた。
「このまま一緒にいたら、際限なくヤッちまって、お互い明日は使い物にならなくなるから!」
あの、いつも落ち着いてて、オトナのセンセイが、顔を真っ赤にして、唇を尖らせている。
「…せ、センセ?」
あまりのセンセイの言葉に、俺の方が恥ずかしくなって、俺はいきなり自分の服を掴むと、さっさとそれを身に付けてしまった。
「…お前、それはあんまりだろう。」
俺の態度にセンセイが苦笑する。
「だって、…だって!」
俺はもう、兎に角この場から離れる事だけを考えていた。
…じゃないと…
「だって、センセイがそんな事言ったら、俺、我慢出来なくなるじゃん!」
さっき、抱き合ったばかりだと言うのに、俺の下半身は既に反応しているなんて!
死んだって、言えるか!
慌ててドアを飛び出して、俺はペタペタと廊下を走った。
あんなセンセイの言葉を聞いてしまうなんて!
あんな…、あんなふうに、俺を求めてくれてたなんて…
嬉しくて、恥ずかしくて。
ああ、俺だけじゃなかったんだって、凄く、嬉しくて。
会えないのは、寂しいけど、俺だけじゃないって分ったから。
センセイも、同じだったんだな。
だからきっと、好きって言う気持ちも、同じくらい、大きい。
すっかり真っ暗になってしまった自転車置場で、俺はセンセイのバイクのサドルに、小さく口付けを落とした。
なあ、センセイ。
でも、いつか聞かせてくれよな。
俺の、ドコが好きになったのかって。
今日の所は、勘弁してやるからさ。
センセイ、…大好きだよ。
end
|